軍事及び経済の両面において大国に伸し上がった中国は、国際機関の’ポスト職漁り’に奔走しています。現状にあって、国連に設置されている15の専門機関の内、国際電気通信連合(ITU)、国連食糧農業機関(FAO)、国際民間航空機関(ICAO)、並びに、国連工業開発機関(UNIDO)の4つの機関において中国人がトップを占めています。WHOのテドロス事務局長の親中ぶりは既に知られるところですが、中国人が直接にトップの椅子に座らなくとも、他の国際機関でも、中国に擁立されているトップは少なくないのです。中国による国際機関の’ポスト漁り’で問題となるのは、凡そ以下の2点です。
第一の問題点は、中国による票の’買収工作’です。国際機関の多くは、トップの選出に当たって凡そ加盟国間による多数決に基づく投票制度を採用しています。いわば、国際社会にあって、完璧ではないにせよ、加盟国を’有権者’とする民主的制度が取り入れられているのですが(各専門機関によって多少選出制度には違いはある…)、非民主国家である中国は、この制度の弱点を悪用しています。何れの民主主義国家にあっても、国内の何れの選挙に際しても立候補者や政党による票の買収が問題となり、刑罰を科すなど様々な対策を講じています。ところが、国際機関の選挙にあっては、票の買収工作に対する取り締まりの仕組みがありません(時には、個人的な買収ではなく、政府に対する支援であることも…)。賄賂文化は、共産主義体制下にあっても中国の伝統的な政治文化なのですが、この悪しき腐敗体質が、国際社会にあっては国際機関の’ポスト漁り’として表面化しているのです。言い換えますと、国際社会における民主的制度は、民主主義を否定する大国によって崩壊寸前に追い込まれていると言えましょう。中国による積極的な’買収工作’が存在しなければ、中国人が、これほど多くの国際機関において要職を占める事態はあり得ないことなのです。
第二の問題点は、中国による権力の’私物化’です。中国が国際機関のトップを狙う動機は、名誉や権威を求めて「○○機関トップ職」というタイトルを得るためのみではありません。より国家戦略的、あるいは、実利的な目的があります。この側面については、新型コロナウイルス感染症のパンデミック化に際してのWHOのテドロス事務局長の動きを見れば一目瞭然です。また、2015年から中国人の柳芳氏が事務局長を務めるICAOでは、総会から台湾を締め出すと共に、ITUでも、趙厚麟事務総局長が「一帯一路構想」との協力を推進し、ファウェイ押しの発言も見られるそうです。国際組織を中国の下部組織へと改革し、これらに付随する国際利権をも独占することこそ、世界支配に向けた国家戦略なのです(中国の背後には、超国家権力体が控えているのかもしれない…)。
以上に2点ほど中国による国際機関に’ポスト漁り’の問題について述べてきましたが、この状態を放置しますと、中国人をトップとする国際機関が増加してゆくこととなりましょう。2020年3月に行われた世界知的所有権機関(WIPO)の事務局長選挙では、かろうじてシンガポール出身のダレン・タン氏が当選しましたが、決戦投票に残った対抗馬は、中国出身の王彬穎氏でした。WIPOのトップまで中国が握るとなりますと、その数のみならず、知的財産権に関する制度そのものが危機に晒されるリスクもあり、冷や汗が出るような一幕もあったのです。
もっとも、WIPOの事務局長選にあって中国の躍進にストップがかかったことは、国際社会において中国警戒論が広がっている証左でもあります。このことは、上述した問題点に関する理解や認識が国際社会に広がっていることをも意味しますので、トップの人選に関する制度改革は国際世論の支持を得ることでしょう。日本国政府は、自国出身者を国際機関のトップに据える戦略を描いているようですが、他の諸国が、中国と同じように買収工作も厭わずの行動をとれば、国際機関の腐敗をむしろ加速化させてしまうリスクもありましょう。ミイラ取りがミイラになってはならないのです。
現実に照らして、不正なき自由で公平な選挙の実現が難しいのであれば、国際機関のトップを抽選制とするのも一案であるように思えます。古代ギリシャの民主的制度は、投票制よりも抽選制が主流であったのですが、国際機関のトップという役職が、全ての加盟国に対して開かれるとなりますと、様々なプラス方向への変化が期待されます。国際機関には、中立・公平性が強く求められており、否、これこそが国際機関がその職務を果たすための絶対条件です。少なくとも、国際機関のポストが、事実上、資金力がものを言う’買官制度’と化し、国際的な権力が私物化されるよりは、遥かにましであると言えましょう。
今年の2月には、WTOの事務局長にナイジェリア出身のンゴジ・オコンジョ=イウェアラ氏が選ばれましたが、この事例は、途上国出身者でも、事務局長を務めるに際して問題がないことを示していますし、WHOのテドロス事務局長も出身国はエチオピアです。抽選制であれば、事前に結果は予測できませんので、選出に際して背後で巨額の買収資金が動く懸念は低下します。また、途上国にとりましても、国際機関にあって大役を務めるチャンスやその実務的な経験は、国際社会に対する責任感が増すと共に、統治能力の向上や自国の自立的な発展にも資することにもなりましょう。
もっとも、抽選によるポスト就任後にあって、中国や超国家権力体等からマネー攻勢を受けるリスクは残りますので、通常の業務における透明性の確保や腐敗防止も課題となります。何れにしましても、人類は、国際機関が特定の国や勢力の下部機関と化す事態は阻止せねばならず、国際機関に関する制度改革は急ぐべき課題ではないかと思うのです。