駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

八月納涼歌舞伎第三部『狐花』

2024年08月22日 | 観劇記/タイトルか行
 歌舞伎座、2024年8月20日18時15分。

 江戸末期、風が吹き荒れるある夜のこと。神職を生業とする信田家に何者かが押し込み、家の者が次々と殺されてしまう。その惨劇の中、信田の妻・美冬(市川笑三郎)は我が子を下男の権七(松本錦吾)に託して逃がす。そこへ覆面の男たちが現れ、美冬を攫い、屋敷に火をかけて…
 脚本/京極夏彦、演出・補綴/今井豊茂。サブタイトルは「葉不見冥府路行(はもみずにあのよのみちゆき)」。作家生活30周年を迎えた京極夏彦が初めて歌舞伎の舞台化のために書き下ろした新作歌舞伎。同作品名で新作ミステリー小説として先行発売。「百鬼夜行」シリーズの主人公で、中野で古本屋・京極堂を営む武蔵晴明神社の宮司にして陰陽師である中禅寺秋彦の、曽祖父を主人公にした物語。

紅蓮の炎を模した幕が飛んでアバンが終わると、一面に咲き乱れる真紅の曼殊沙華、並ぶ鳥居、そこにたたずむ黒衣の男(松本幸四郎)と狐の面をつけた男(中村七之助)…なのでこれが中禪寺洲齋と、火事を逃れた赤子が育ちあがった青年なのかな?と類推できて、しかしそこから一筋縄ではいかない物語が展開していくのでした。
 歌舞伎役者がやっているだけで、歌舞伎ではなく普通のストプレみたい…という感想も聞きましたが、その後の火事その他セットなどに外連味があることもあって、私はちゃんと歌舞伎かな、とは思いました。ただ、役者の動きがどうにも少ないのはやはり歌舞伎の醍醐味を欠かしていたとは感じましたし、何より場数が多く暗転ばかりなのは演劇として芝居として下の下だと私は考えているので、それは残念に思いました。
 台詞も練れていなくて、目で文字として読んでわかりやすい言葉と耳で聞いて音でわかりやすい言葉とは違うのに、その区別や工夫ができていないな、とか、重要なことだから二度言うというのはいいにしても特に意味もなくただ繰り返すのは時間の無駄だよ、言い回しを変える工夫もしていないので壊れたレコードかと思ったよ、というのが何箇所かあったので、それもとても残念でした。思うに、京極氏は歌舞伎化を想定した原作小説だけ書けばよかったんじゃないかな…脚本はプロに任せるべきだったと思います。小説も戯曲も専門家がいるもので、それが「文"芸"」なのでは? 脚本が素人っぽすぎれば、補綴や演出、役者ができることって限界があると思うので…
 でも、そういう残念さはやや感じながらも、個人的にはとても楽しく観ました。ブラッシュアップしてもっと尺詰めて、もうちょっと演出を派手にして、再演されるといいのにな、と思いました。新作歌舞伎を育てていくことって、大事ですよね。あとは、私は原作を未読なので単純に話の行き先が知りたくて楽しく観られたというのもありますし、配役が私がわかるスターさんたちばかりだったので楽しかった、というのもあります。役替わりが重ねられていくと、それもまた楽しいのではないでしょうか…
 というかあまり予習していかなかったので、的場佐平次(市川染五郎)さん凛々しいなあ、いい声だなあ、水際立っているなあ…とか思っちゃったくらいです(笑)。一階後列どセンターからオペラグラスなしで観ているもので、声だけではなんとも判別できなかったのです。てか一昨日、鵜になって長袴ですっ転ぶひょうきんなお殿様を観たばっかだし…(笑)上月監物(中村勘九郎)に一心に仕える忠義者の家臣のお役ですが、主人がそれに見合う人柄ではないので、ああもったいない、なんでこんな人に仕えているの、なんの義理があるの、あれっあの赤子が萩之介(七之助)だと思っていたけどもしやこの人だったりするの…?など、いろいろ考えながらドキドキ観ちゃいました。
 女性陣がまた良くて、新婦違った新郎になってもやっぱり米吉さんの娘芸は絶品だし、そのお嬢・雪乃(中村米吉)に使えるお葉(七之助)が七之助さんの二役ってのがまた歌舞伎っぽいけどそうまでする意味ある?とか思っていたらやっぱり意味はあったし(笑)、新吾さんのお登紀(坂東新吾)と虎之助さんの実弥(中村虎之助)のキャットファイトとかたまらんし…と、これまたどう転ぶの?とドキドキ観ちゃいました。美形の男に入れあげて好きすぎてやきもち妬き合って協力して殺す…って、怖っ! でも歌舞伎の世界ならありそう、と思えたというのもあります。あ、儀助(中村橋之助)さんも素敵でした! いいお役だったしいい芝居だったなあぁ…!
 要するに、美冬に横恋慕して信田家に火をかけたのは監物で、その悪仲間が辰巳屋(片岡亀蔵)と近江屋(市川猿弥)で、その娘がそれぞれ雪乃、実弥、お登紀なワケです。萩之介は娘たちを惑わし、怯えさせ、操って、それぞれの父親を破滅させ、自分たちも傷つくように仕向けるワケです。それが彼の復讐、つまり彼こそがあの赤子…と思っていたらここにもう一ギミックあって、実は雪乃は監物が美冬を座敷牢に監禁したのちに凌辱して産ませた娘であり、実は双子の片割れで、生き別れた兄が萩之介なのでした。彼は彼で辛酸を舐めて育ったので、母親の仇である父親の監物を滅ぼしたいのでしょうが、では彼らの兄にあたる、美冬が逃がした赤子は…?となると、なんとそれが洲齋だというのです。それぞれの兄弟の名乗り、そして兄弟の腕の中で死んでいく悲哀…
 なのでラスボスというか黒幕というか、そもそもの元凶は監物でありその邪恋なワケですが、しかし勘九郎さんは私が一昨日幽霊の又蔵を観たばかりなところで、またそもそも『いだてん』とかの印象もあっていい人とか気が小さいような人の方がニンな気がしていて、なのでこのお役には申し訳ないけれどちょっと足りないのではなかろうか、と感じてしまったんですよね。声も野太く作っていて、でっかく見せてはいましたが…それこそ亀蔵さんか猿弥さんの方がハマって上手く演じたのでは、なんなら幸四郎さんと役を入れ替えてもよかったのでは…とすら思ってしまいました。それだとメタが過ぎるかもしれませんが…やはり魔性の美青年・萩之介を七之助さんで、というところからスタートした企画なのかな、と思いますしね。
 まあでもその点以外はおもしろく観ました。監物は自分の欲望が自分の身を食らって破滅してしまうような男です。財や権力は得て、好きな女もものにできて満足しているのかもしれませんが、女は死に、息子も娘も死んで財を受け継がせる者もなくなり、虚しすぎる人生なワケですよ。それでいいの?と洲齋はつきつける。彼は断罪したり、まして罰を下して手にかけて処分したりしない。ただ静かにつきつける、それで幸せか?と…やや説教臭かったかもしれませんが、ここが芝居の白眉であり、よかったです。
 崩壊しかけた屋敷の背後に曼殊沙華が広がる。花弁も天からぼたぼた落ちてくる。監物ががっくりと膝をつき、憤怒のような、絶望のような、諦観のような表情で固まってしまう…幕。恐ろしく、美しく、悲しい物語でした。京極ワールドと歌舞伎、良き出会いだったと思います。


 ところでこれは本筋とは全然関係ない話ですが、私が観た回ではなんか花道のとっつき近くに、やたら拍手を切る観客がいたんですよ。それがさぁ、なんか「ハイここ拍手すべきポイントですよー」って周りに知らしめるような、デカい音でひとつ、ふたつだけ手を打つワケ。それで周りもつられて拍手し始めるんだけど、私はなんかヤな感じ、と思ってしまいました。歌舞伎では慣習的になされている、スター役者の出ハケや場面終わりの拍手も、ちょっとそぐわない静かな場面も多い演目だったと思うので、そういうふうにいちいち仕切ってほしくないなー、と私はイライラさせられました。もちろんまったく同調しなかったし、拍手したいときには自分でタイミングを選んでしていました。そういうものでは? 拍手って…初めて歌舞伎を観た、歌舞伎座に来たって京極ファンも多かろう、と思える客席で、でもみんな集中して観ている空気を感じられたし、それは拍手が入ろうとないままだろうと舞台に絶対に伝わると思うんですよ…お義理みたいに入れさせられても楽しくないっつーの。まさかスタッフとかではないでしょうね…(><)
 筋書の表紙が素敵で、解説コラムもとてもよかったです。










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