駒子の備忘録

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アンディ・ウィアー『火星の人』(ハヤカワ文庫SF)上下巻

2016年01月30日 | 乱読記/書名か行
 有人火星探査が開始されて三度目のミッションは、猛烈な砂嵐によってわずか六日で中止を余儀なくされた。火星を離脱する際、折れたアンテナがクルーのマーク・トワニーを直撃、彼は砂嵐の中に姿を消した。だがマークは奇跡的に生きていた。不毛の惑星にひとり残された彼は、限られた食料、物資、自らの技術と知識を駆使して生き延びようとするが…!? 映画『オデッセイ』原作小説。

 映画の予告は観て、なかなかおもしろそうだったので原作小説を読んでみました。
 著者はプロの小説家ではなく、本業はエンジニアとかプログラマーとかいった人だそうで、SFオタク。ネットで無償で公開し、その後キンドルジェンで売り出して大ヒットして、紙の本が大手出版社から出て映画化されることにもなった…という、典型的現代的シンデレラ・ストーリーを辿った作品のようです。
 確かに、いい意味で素人くさいというか、文芸色がないなと思いながら、でもすごくおもしろく読みました。
 もちろん、どう生き残るか、というサバイバルものとしてハラハラドキドキさせられるし、地球ではごく簡単なことでも、大気がない、つまり圧力がない温度がない世界では一事が万事なかなか大変なことになるということがすごく勉強になるし、長期のミッションを見越してそういう人材を最初から選んでいるということなのでしょうが主人公のタフさやユーモアを忘れないところに本当に感心させられます。
 それでも、普通の小説家だったら、もうちょっと内省的な部分や感傷的なパートを書いちゃうんじゃないかと思うんですよね。故郷のことを思ったり、仲間のことを考えたり、来し方行く末とか宇宙の深淵を覗いちゃったりとか。そういうのがいかにも文学っぽいじゃないですか。
 でも、生き延びるのに忙しくて意外にいろいろやることあってそんな暇ないから、というのを別にしても、そういうパートがほとんどないんですね。これが私には意外でしたし、でもそこが目新しくてウケたのかもしれないな、とも思いました。私がちょっともの足りなく感じたのは、私がもう古い人間だからなのでしょう。
 でも宇宙飛行士たちを新時代のニュータイプだとするならば、こういう志向の、常に前向きで楽観的で希望と理想とユーモアを忘れず、かつ現実に丁寧に真摯に向き合い知恵を絞りひとつずつ着実にこなす、新人類がもう生まれ育っているのかもしれません。よきにつけあしきにつけ。
 映画はもう少し古いタイプの人間が作るものだろうから(笑)、過度にお涙頂戴ものになってしまって原作のこのライトでドライな味わいを損ねるようなことがなければいいなと、余計な心配をしてしまったりもするのでした。

 
コメント
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