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書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

浜本一典 「イスラームと自然法に関する諸言説の批判的検討 啓示解釈の観点から」

2015年07月02日 | 地域研究
 『一神教世界』3、2012年3月、1-13頁。
 http://ci.nii.ac.jp/naid/120004898341

 アブー・アル=フ. サイン・アル=バスリー『ムウタマド』よりの引用(8頁)。

 もし出来事についての法判断を知りたければ、それが何であるかを理性によって考え、次に、理性の判断が変更されるべき理由があるか、啓示の典拠の中にその判断の適用を求めるものがあるか否かを考えなければならない。もし理性の判断を変えるべき理由がなければ、その判断に従う。その際の条件は、もし福利が理性の主張するものから変更されているのなら、それについて至高なる神が私たちに示さないということはあり得ない、と知っておくことである。もし変化を示すものが啓示の中に見つかれば、その変化に従う。なぜなら理性は、啓示が私たちに変化を求めない限りで、判断を示すからである。

 この引用部分から、著者は、「このように、法学的な問題に関する限り、ムウタズィラ派は啓示に対し理性を超える権威を認めていたのである」と結論する。
 一方私は、浜本氏と私の問題意識の違いにより、バズリーないしムウタズィラ派が、人間において「理性」の存在をしかと自覚し、かつその機能を明確に認識していたという情報を、ここからひきだすことができる。

Wikipedia「条理」項

2015年06月15日 | 抜き書き
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E8%A7%A3%E9%87%88#.E6.9D.A1.E7.90.86
 
(引用開始 []は原脚注番号。)
条理

条理とは、物事の筋道であり、人間の理性に基づいて考えられるものをいう[108]。

ある事件について適用すべき制定法の不備・欠缺があり、適当な慣習法も判例法も無い場合に、この条理に基づく裁判をすることができるかは困難な問題である[109]。なぜなら、裁判官が裁判に際して制定法・慣習法のほかに拠るべき基準を自ら発見するのは困難が伴うとともに、その判断の客観性が問題とならざるをえないからである[110]。そこで、英米法においてしばしば条理として採用されたのはローマ法であった[111]。また、自然法論者であったトマス・アクィナスは、人の法は神の法によって補完されなければならないと主張したが[112]、聖書が法源となることによってかえって魔女裁判のような恣意的な裁判を許し、アンシャン・レジームの理論的支柱となって、フランス革命の遠因になったと批判されている[113]。19世紀の歴史法学が、自然法思想を徹底的に排撃しようとしたのはこのような背景がある[114]。

一方、成文法がある程度整備されている場合には、近代的な三権分立の原則から、可能な限り成文法の枠内で補充的に条理を取り込む解釈によって、法的安定性と具体的妥当性の調和をはかることができると主張される[115](→#論理解釈の典型例)。このような立場からは、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』や大岡忠相の大岡政談などに対しては、狡猾な脱法行為であるとして法的安定性の観点から批判的な目が向けられることもある[116][註 9]。

もっとも、いかに成文法の解釈及び判例・慣習法による補充をもってしても、なお法律の不備が生じることは避けがたいと考えられる[117]。そこで、司法を信頼して裁判官の自由な裁量を認め(→#立法的解釈か学理解釈か)、正面から条理の法源性を肯定すべきであるという自由法学に代表される立場も有力化しており[118]、例えば後述するスイス民法1条をはじめ、オーストリア普通民法7条やイタリア法例3条2項等は、明文で条理の法源性を認めたものと解されている[119]。このような立場は、人為的な成文法の上に普遍的な自然法を認める自然法学派の主張が形を変えて現れたものとみることができる[120]。

日本でも、明治8年には、民法典が制定されておらず、統一的・近代的な法慣習も無かったことから、明治八年太政官布告百三号裁判事務心得第三条において、「民事ノ裁判二成文ノ法律ナキモノハ習慣二依リ習慣ナキモノハ条理ヲ推考シテ裁判スヘシ」とされ、これに基づく裁判が為されたが、何をもって条理とすべきか紛糾した[121]。フランス法系の法律学校で学んだ者はフランス法を条理であるとし、イギリス法系の法律学校で学んだ者はイギリス法を条理として援用し、日本の昔の教育を受けた者は昔の道徳倫理を基礎に物事を決し、その不統一が問題となったのである[121]。実際に施行されることのなかった旧民法が公布されたときにおいても、裁判官や学者がこれを事実上の法源として利用・研究したのはこのためであった[122]。民法典が制定された直後には、条理を法源から排除すべきと主張されたこともあったが[123]、この裁判事務心得の規定は21世紀に入っても廃止されておらず、なお効力を保っているとみられており[124]、古い判決文の中にも「筋合」とか新しい時代の「社会の観念」を理由とするものがしばしば見受けられる[125]。特に、国際私法分野において強調されることが多い[126]。しかし、これは成文法の解釈にあたって考慮すべき一要素として条理があるという当然のことを確認した規定にすぎないとみることもできるから、必ずしも条理の独立の法源性を強調する必要はないと考えることも可能であり[127]、法解釈の考え方の違いを巡って理論的な対立がある[128]。

(引用終わり)

「ローマ法」 Wikipediaから

2015年05月16日 | 抜き書き
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E6%B3%95

 万民法と共通性を有しつつも少し異なる観点の『自然法』 (Ius naturale) という概念もある。ガイウスは、何故『万民法』は帝国内に住むあらゆる人に受け入れられているのかを考えた。その結論は、これらの法は人間の自然な理性(naturalis ratio)に沿ったものであり、それ故に皆が従うのだというものであった。

 ※Ius naturale - Wikipedia

 "Ius naturale is Latin for "natural law", the laws common to all beings. Roman jurists wondered why the ius gentium (the laws which applied to foreigners and citizens alike) was in general accepted by all people living in the Empire. Their conclusion was that these laws made sense to a reasonable person and thus were followed. All laws which would make sense to a normal person were called ius naturale."

高坂直之 『トマス・アクィナスの自然法研究』

2015年04月30日 | 抜き書き
 「第四章『公共の福祉』に関するトマス派法理の展開」「第一節 トマスの『共通善』と憲法における『公共の福祉』との関係」から。

 一般に『公共の福祉』は国内秩序を意味し、ほとんど道徳と関連のない便宜、政策の面までも包含する実定法上の概念にほかならない。ところが『共通善』〔金谷注・bonum commune〕は、むしろ国家を超越した人類の『秩序の静けさ』(tranquillitas ordinis)を目指し、正義、道徳をその内容とする自然法および実定法に通ずる概念である。 (本書255-256頁)

(創文社1971/11)

ウィキペディア 「永久法」項

2015年04月21日 | 社会科学
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E4%B9%85%E6%B3%95

 アウグスティヌスのような教父の法理論においては神定法と同義に扱われるが、トマス・アキナスにおいては両者は分離され、神定法は特に聖書によって啓示された法を指す。永久法が人間の自然本性である理性によって把握された場合は、自然法と呼ばれる。

 アウグスティヌスの場合はさておき、トマス・アキナスの定義に拠れば、儒教の教えには元来神定法(聖人が定めたのだから聖定法というべきか)のみあって、永久法がない。
 宋学はこの永久法を探究・獲得しようという運動とその結果だったと見ることは可能か。

藤堂明保 「中国人のはかり方 陪伴詞の語源について」

2015年02月16日 | 東洋史
 『東京支那學報』1、1955年6月掲載、同誌146-163頁。原文旧漢字。

 〔中国の度量衡の単位の〕多くは手足の動作と、容器又は計量の道具の名に由来する。 (163頁)

 言語の世界においては、「法治的」なはかり方が、「自然的」なはかり方を駆逐したといえるのではあるまいか。〔略〕日本語の陪伴詞においても、人為法による単位は、殆ど自然法による単位を駆逐したといえるのである。 (148-149頁)

 ところが中国語においてはそうではない。〔略〕依然として太古以来のはかり方が、生活の中に生きているばかりでなく、言語の面においても、後起的な度量衡の単位と並んで、自然的な単位がりっぱに陪伴詞として厳存している。即ち人為法は自然法を駆逐し去ることができなかったのである。 (149頁)  
 以上、成程と首肯するばかり。ただ、続く以下は以上との繋がりがよくわからない。

 十八・九世紀のヨーロッパのシナ学者は、西洋の文明が人為法の上に組成されているのに対して、中国の文明が自然法に基づいていると言った。 (149頁) 

池田信夫 blog 「民主政治を食い物にする『沖縄の心』」

2014年12月31日 | 政治
 http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51882386.html

 政府債務は将来世代が負担するので、有権者の過半数を占める団塊の世代以上にとっても問題ない。新聞購読者の過半数も60代以上だから、彼らが沖縄を美化するのも合理的だ。

 「合理的」という言葉の使い方。ここでの「理」は「物理(自然法則)」でも「倫理(道徳原則)」でもない。社会科学的法則。こんにちの「道理」?

吉田光 「西周 啓蒙期の哲学者」

2014年11月29日 | 伝記
 朝日ジャーナル編『日本の思想家』1(朝日新聞社 1962年9月)所収、同書105-120頁。
 再読

 『百一新論』の特色と意義は、〔略〕「法」(法律)と「教」(道徳)のもとづくべき「理」(法則)の観念の分析に進み、これまでの東洋的な「道理」の観念のあいまいさを批判して、「物理」(自然法則)と「真理」(人間界の法則)の区別を論じている点にある。/これまでの儒学では、この両者を混同していたために、事物について実証的・合理的な見方、考え方を徹底することができなかった。東洋で実証科学の発達がおくれた原因の一つもそこにある。したがって、ここで西が行った「道理」の観念の分析は、同時に伝統的な考え方の欠陥に対する根本的な批判でもあった。 (114頁。引用は1963年10月第4刷から)

吉田光 「西周 啓蒙期の哲学者」

2014年10月22日 | 日本史
 朝日ジャーナル編『日本の思想家』1(朝日新聞社 1962年9月第一刷、1963年10月第四刷)所収、同書105-120頁。

 『百一新論』の特色と意義は、〔略〕「法」(法律)と「教」(道徳)のもとづくべき「理」(法則)の観念の分析に進み、これまでの東洋的な「道理」の観念のあいまいさを批判して、「物理」(自然法則)と「心理」(人間界の法則)の区別を論じている点にある。/これまでの儒学では、この両者を混同していたために、事物について実証的・合理的な見方、考え方を徹底することができなかった。東洋で実証科学の発達がおくれた原因の一つもそこにある。したがって、ここで西が行った「道理」の観念の分析は、同時に伝統的な考え方の欠陥に対する根本的な批判でもあった。 (114頁)

 「百一新論」は、わずかに先んじて書かれた福澤諭吉の『訓蒙 窮理図解』(明治元・1867年)とともに、江戸時代から次第に進んできた日本人の認識における倫理原則と物理原則の分離の完成を告げる著作であり出来事である。