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書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

黒田勝弘 『韓国人の歴史観』

2009年02月09日 | 政治
 Mr. Kuroda says it is ahistorical. He also says, history is a bargaining chip for some of them, the government, the press and patriotic intellectuals. I would say these people are just like some of the Chinese, the government, the party and intellectual puppets of these two.

(文藝春秋 1999年1月 1999年2月第2刷)

アプハジアと南オセチア

2009年02月08日 | 思考の断片
▲「ИТАР-ТАСС」07.02.2009, 04.29、Корр. ИТАР-ТАСС Александр Пахомов「США сожалеют о планах РФ создать базы в Абхазии и Южной Осетии」
 〈http://www.itar-tass.com/level2.html?NewsID=13558271&PageNum=0

▲「ИТАР-ТАСС」07.02.2009, 16.41、Спец.корр.ИТАР-ТАСС Елена Малышева, Дмитрий Белкин「США не признают независимость Абхазии и Южной Осетии」
 〈http://www.itar-tass.com/level2.html?NewsID=13559912&PageNum=0

 中央ユーラシアにおける米ロの角逐は、カザフスタンよりまずこちらに来た。

アジア・アフリカ国際関係研究会編 『中国をめぐる国境紛争』 から

2009年02月07日 | 東洋史
 黒竜江流域のツングース族の長・ガンチムールのロシア側領域逃亡事件をめぐって、ロシアが1670年に中国(清)に派遣した使節(イグナーチー・ミロヴァノフ首席)に発せられた政府の訓令は、清国皇帝をしてロシア皇帝の支配下に属さしめよというものであった。

 アレクセイ・ミハイロヴィッチ大公〔当時のロシア皇帝・モスクワ大公〕は、全大ロシヤ、小ロシヤ及び白ロシヤの大君主皇帝、万邦の独裁者、支配者(略)と称し、中国の皇帝をその庇護下に受容して、外敵にたいし、防御、保護を与える用意がある旨告げるとともに、中国皇帝も永久に帰依して、貢賦(略)を納入するよう要求したものである。恰も中国で「協和万邦」(尚書、虞書、堯典)につき、「万邦、天下諸侯之国也」(書経集伝)とした外、万邦の皇帝が、天朝を以て自ら居り、諸夏以外の夷国を藩属視しようとしたのと同様、モスクワ帝も清国を従属国として処遇しようとした態度に外ならない。当時ロシアは、まだヨーロッパ一般国際社会の一員にすらなっていなかったのであって、その対外的態度に幼稚なところがあったのは、同じ時代の中国とともに、別段甲乙なかったものである。 (入江啓四郎「ネルチンスク条約の研究」 本書5-6頁)

 使節のもたらした口上もしくは文書に接した清の康煕帝はどのような顔をしたであろう。聖徳太子の「日出る処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙無きや云々」を読んだ隋の煬帝のように、あきれて「復た以て聞するなかれ」とでも言ったか。

(嶺南堂書店 1967年9月)

「Foreign relations of Imperial China」 から

2009年02月06日 | 抜き書き
 「Wikipedia」(English)。
 〈http://en.wikipedia.org/wiki/Foreign_relations_of_Imperial_China

 Later on, in 1665, when Russian explorers met the Manchus in what is today northeastern China. Using the common language of Latin, which the Chinese knew from Jesuit missionaries, the Chinese emperor and Russian tsar negotiated the Treaty of Nerchinsk in 1689, which delineated the border between Russia and China, some of which exists to this day. In some ways, this treaty was a turning point. Russia was not dealt with through the Ministry of Tributary Affairs, but rather through the same ministry as the problematic Mongols, which served to acknowledge Russia's status as a nontributary nation. From then on, the Chinese worldview of all other nations as tributaries began to unravel.  (太字は引用者)

 前半分はそのとおりだと思うし、後世から見てネルチンスク条約が中国の伝統的な世界観が転回するターニングポイントだったという評価も、正しいだろう。しかしロシアが礼部ではなく理藩院管轄であった事実が、清朝がロシアを朝貢国扱いしていなかった証拠とするのはどうか。単純に、礼部は東から東南、理藩院は西から西北にかけての方面を担当していたためとみるべきではないか。たしかに、ネルチンスク条約は、ラテン語の正文は当時の国際法(一般国際法)に依拠した、平等と互恵の原則に基づく完全に対等な二国間条約となっている。しかし国内向けに作成された漢文版では、内容は伝統的な属国向けの語彙と文脈に直され、完全な朝貢国(藩部)に対する諭旨の内容へと改変された。たとえば「両国」という言葉はことごとく消されるか、「すべて」あるいは「中国と」といった別の言葉に置き換えられた。さらには、国境画定に関わる条項ほかで、全文あるいは部分的に条文が削除された。要するに、当時の中国内部においては、情況は何も変わらなかった。
 もちろん、条約締結の中国側の当事者であった康煕帝は、正文であるラテン文の内容を知悉していた(条約は満洲語版も作られた。吉田金一氏によれば、ほぼ正確な翻訳であるという)。だがこの事実は、当局者は別として100年以上後の嘉慶帝の時代に至るまで、一般には知られることがなかった。
 それどころか、ネルチンスク条約締結から200年近くが経過した咸豊帝の時代になると、清の政府官僚でさえ、康煕帝の次の雍正帝の時代にロシアへ使臣を送った史実を忘れていた。遣使の記録がある時期を境に政府の一切の関係文書から抹消されたためである(雍正帝の次、乾隆帝の時代。清の極勢期)。天朝が藩部に使者を送るなど――二度も、そしてその天朝の使者が蛮夷の首長に向かって叩頭したなど――、あってはならぬというのが、その理由だったらしい。

 参考:吉田金一 『近代露清関係史』 (近藤出版社、1974年10月)

名誉毀損訴訟の話ではないですよね?

2009年02月06日 | 思考の断片
▲「環球網」2009-02-06 08:09、东北新闻网「中国缘何放弃对日战争索赔」 (部分)
 〈http://history.huanqiu.com/china/2009-02/364213_5.html

  1978年8月12日,在北京发表了《日中共同声明》,中日两国签订了《日中和平友好条约》,同年10月23日生效。二战结束后,苏联从国获得 120亿美元的战争赔偿;犹太人从国获得600亿美元的赔偿。而中国政府从中日人民世代友好的愿望和长远利益出发,放弃了赔偿要求。必须指出的是,中国政府虽然放弃了对日本的战争赔偿要求,即放弃了1200亿美元国家间的赔偿要求,但是,就日本军国主义战争罪行的赔偿要求―――1800亿美元的国民赔偿要求,中国政府在任何场合都没有宣布予以放弃。这种对受害赔偿要求的保留,给我们留下了一个符合国际法的向日本提出受害赔偿的机会。 (太字は引用者)

 日本軍国主義戦争の罪行について、今度は誰を訴えるのか。書いていないが。やはり国家か、それとも特定の個人や団体か? 
 いずれにせよ、どうぞどんどんおやりください。やって、こちら側からの自発的な動きの芽を潰して、両国の関係を悪化させてください。たぶんそれがお望みなのだろう。

→「レコードチャイナ」2009-02-06 10:08、「<南京大虐殺>生存者の名誉毀損訴訟、日本人研究者が敗訴確定―東京

→「新華網」2009年02月05日 21:25、「外交部:日本应立即停止任何加强对钓鱼岛实际控制的举动

「In the court of King Kim」 から

2009年02月05日 | 抜き書き
▲「Economist.com」Feb 4th 2009 | SEOUL。 (部分)
 〈http://www.economist.com/world/asia/displayStory.cfm?story_id=13055304&source=features_box_main

 It is probable that Mr Kim’s bluster is intended more for an American audience than a South Korean one―as well as for his own people. After an illness last year, the 67-year-old may want to underscore his grip on the country. Rallying North Korea’s military to his side by attacking South Korea is an old trick of Mr Kim’s. What is more, says Ren Xiao of Fudan University in Shanghai, North Korea feels “marginalised” by the United States as President Barack Obama’s new administration gets to grips with a daunting agenda. Through brinkmanship, says Mr Ren, North Korea is warning the Americans not to forget about its existence and, it thinks, putting pressure on the United States to change its supposedly hostile policy towards North Korea. It is a reminder of just how much the tinpot dictatorship hates to be ignored.

 全体的に突き放した、きつい筆致だが、この段落は特にきつい。"supposedly"と"tinpot"とが、氷の刃のようである。

キルギスの次はカザフスタンか?

2009年02月05日 | 抜き書き
▲「ИТАР-ТАСС」04.02.2009, 20.25、Корр.ИТАР-ТАСС Ксения Каминская「Дмитрий Медведев встретился с Нурсултаном Назарбаевым」 (部分)
 〈http://www.itar-tass.com/level2.html?NewsID=13548516&PageNum=0

  Экономические проекты России и Казахстана позволят им, находясь в тисках кризиса, выдержать тяжелую финансовую ситуацию, не сбавляя темп. Об этом заявил президент РФ Дмитрий Медведев на двусторонней встрече с президентом Казахстана Нурсултаном Назарбаевым в Кремле.

「Подписаны соглашения между Россией и Киргизией」

2009年02月05日 | 抜き書き
▲「ИТАР-ТАСС」03.02.2009, 20.25。 〈部分)
 〈http://www.itar-tass.com/level2.html?NewsID=13540398&PageNum=0

  Президенты Дмитрий Медведев и Курманбек Бакиев подписали в Москве соглашения о безвозмездной финансовой помощи России Киргизии, о предоставлении Киргизии государственного кредита, и о погашении части государственного долга в имущественной форме и списании оставшейся задолженности Киргизии перед Российской Федерации.
  Подписаны также соглашение между правительствами двух стран о строительстве Камбаратинской ГЭС, меморандум о взаимопонимании относительно развития экономического и кредитно-финансового сотрудничества между двумя странами.

  12 декабря 2008 года на заседании Межгоссовета ЕврАзЭС премьер Путин сообщил, что Россия планирует предоставить Киргизии на поддержку экономики 2 млрд долл. Для Киргизской Республики это очень крупный кредит - на уровне свыше 60 проц. ВВП страны. Из этой суммы 300 млн долл. пойдут на поддержку бюджета Киргизии, а 1,7 млрд - на крупные инфраструктурные проекты, в частности, в сфере энергетики.

  Военное и военно-техническое сотрудничество Киргизии и России основано на договорной базе, которая охватывает весь спектр отношений - от поставок продукции военного назначения до подготовки военных кадров. На территории Киргизии находятся три российских военных объекта: авиабаза в Канте, узел связи ВМФ РФ "Марево" в Чуйской области и испытательный центр военно- морской техники на озере Иссык-Куль. Авиабаза в Канте открыта 23 октября 2003 года на основе соглашения, рассчитанного на 15 лет с последующим автоматическим продлением каждые 5 лет. База является авиационным компонентом Коллективных сил быстрого развертывания Центрально-Азиатского региона Организации Договора о коллективной безопасности /ОДКБ/, в рамках которой Киргизия и Россия сотрудничают с 1992 года.

「【噴水台】戦艦大和」 から

2009年02月04日 | 抜き書き
▲「中央日報 Joins.com」2009.02.04 14:33、イェ栄俊(イェ・ヨンジュン)政治部門次長。 (部分)
 〈http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=110885&servcode=100§code=120

 最近、呉の有志を中心に九州沖に眠っている大和の引き揚げを推進しているという報道があった。60余年間も海の下でさまよっている霊魂を慰めるためのものであれ、金儲けのための観光資源化が目的であれ、生きた歴史の証拠を復元するということには異論はない。 にもかかわらず大和引き揚げのニュースには何か胸に引っかかるものがある。狂気の歴史を繰り返さないという教訓の資料として活用されるべき戦争遺物が、侵略の歴史を美化し盲目的な愛国心をあおるものに変わる例を何度も見てきたからだ。過去の過ちと断絶できなければ、脳裏のどこかに刻印された形状記憶合金は元に戻ろうとするものだ。 (太字は引用者)

 さっそく無知無理解無能力の実例。これはもうこちら側の努力不足ではないだろう。早い話が聴く耳を持たず、看る眼も無いのである。

 20万人の死傷者を出した人類最初の原子爆弾がよりによって広島に落ちた理由は何か。罪なく犠牲になった市民としては‘なぜ自分たちが’という気持ちだろうが、米軍首脳部の立場では「高度な戦略的価値を持つ都市」という選択基準に適合する地域だった。 日本陸軍第2銃軍司令部と第5師団司令部のほか、三菱重工業など数十カ所の軍需工場が密集した軍事都市だったからだ。その広島の戦略的価値をさらに高めたのが、すぐ隣にあった日本屈指の軍港であり造船基地である呉だった。
 
 では長崎は?

東郷和彦 『歴史と外交 靖国・アジア・東京裁判』

2009年02月04日 | 政治
 欧米の一部の日本研究家のなかには、日本人の歴史に対する「健忘症(amnesia)」を批判する声がある。学校教育などで、たしかそういう側面がないわけではないと思う。しかし、全体としては、これは、大きなまちがいである。  日本内部では、くりかえし、くりかえし、歴史についての問いかけと議論がおこなわれている。歴史の実相に迫り、歴史を糧として、みずからのものの見かたをつくっていくうえで、率直な議論ほど役に立つものはない。  (「オール・ジャパンとして―あとがきにかえて」 本書302頁)

 太字は引用者による。欧米の批判者のこれらの批判は、無知および/もしくは無理解によって現実の日本を知らないことに起因するが、隣りの国々の同様の批判者については、無知・無理解のほか無能力という要素も加わってくると思われる。彼らは、誰かが決めた結論が先にあって、自分もそれと全然同意見であると唱和するか、結論と違う主張を持つ第三者を頭ごなしに断罪するか、という思考と行動しかできない(あるいは許されない。もっとも許されないでしないでいるうちに本当にできなくなってしまうので、結局はできないと同じことだ)。彼らは、多分いつまでも今とほとんど変わらぬおなじ時間、同じ空間にいるだろう。観察に基づいて仮説を立てそれを実験によって検証するということを知らない文明、倫理と物理の区別がない文化、社会科学を自然科学より科学的だと見なす体制下の人間である彼らは。
 この点については彼らのこういった無知、無理解、無能力のほか、もちろんのこと、日本人と日本政府の説明不足もあろう。もし日本人が歴史について健忘症(もっと直裁な言葉遣いをすれば謝罪しない)と見えるところがあるとすれば、それは論理的にかつ感情的に、つまりは率直に、あの戦争(およびそれに至る過程)を語れば、米国の戦争責任(あいまいな言葉だが)を厳しく問わざるをえなくなるからだ。それは、法律的には日本対米請求権を放棄することおよび米国が主導して行った東京裁判の判決を受諾することを定めたサンフランシスコ講和条約によって、さらに、

 この問題〔原爆投下をめぐる歴史認識〕で正面からアメリカ政府を叩くならば、アメリカのよって立つ正義への挑戦と受け止められ、そのことは、同盟への根本的な挑戦と見なされかねない。これは、わが国の国益に裨益しない。 (「第五章 原爆投下をアメリカに抗議すべきか」 本書254頁)

という、現代日本人とその政府の現実的・政治的判断によって、禁じられているのである。

(講談社 2008年12月)