DVD-ROM 平凡社『世界大百科事典 第2版』より
ゴールディング 1911‐93
William Golding
イギリスの小説家。オックスフォード大学卒業後,1934年から40年まで小劇団の座付き作者兼俳優。その後海軍軍人として第2次大戦に参加,除隊後は高校教師(1945‐54)をつとめた。54年,核戦争下に孤島に漂着した少年たちが原始的な悪に染まってゆく姿を描いた寓話《蠅の王》を発表,18,19世紀のイギリスの漂流孤島文学(特に少年もの)をパロディ化したこの作品は,その反楽天的な人間と透明な文体で一躍文壇の注目を浴びた。この後も原始人の世界を描いた《継承者たち》(1955),第2次大戦中昏死した男の,生死ももうはっきりしない状態での我執を描いた《ピンチャー・マーティン》(1956),一見普通のイギリスの若者の成長と挫折を描いた《自由な堕落》(1960),《ピラミッド》(1967),独力で教会の尖塔建設に没頭する中世の聖職者の物語《尖塔》(1964)などがある。〈自然状態〉では決して善とはいえぬ人間が,いかにして〈人間として〉生きてゆくかという倫理的・実存的な関心が全作品を貫いている。1983年ノーベル文学賞受賞。 (鈴木 建三)
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
『蝿の王』
『蝿の王』(はえのおう、原題:Lord of the Flies)は、1954年出版のウィリアム・ゴールディングの小説。題名の「蝿の王」とは、悪魔「ベルゼブブ」のことである。
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9D%BF%E3%81%AE%E7%8E%8B)
「日経BPエキスパート」「ほっとSPOT・書評EXPERT文庫」より
第24回 『蠅の王』 ウィリアム・ゴールディング 平井正穂訳 520 新潮文庫
1954年に発表された、漂流文学の傑作中の傑作。「そんなの中高生時代に読んだよ!」という方も多いかもしれませんが、スミマセン、私、未読でした。ある人から「絶対に読んでおくべき」と強力にプッシュされて手に取ったところ、その物語世界に完全に圧倒され、ここで紹介することにしました。
戦時中、イギリスから疎開する少年たちを乗せた飛行機が無人島に墜落します。生き残ったのは少年たちだけ。当初、彼らは、みんなを招集するための「ほら貝」を持った少年ラーフを隊長に選び、力を合わせて共同生活を営みます。しかし、近くを船が通りかかったにもかかわらず、救助を求めるためののろしが消えていたという事件をきっかけに、「狩猟隊」の隊長であるジャックが反旗を翻し集団は分裂。激しい抗争は、ついには凄惨な殺戮にまでエスカレートしていく…。あらすじはこんな感じです。
「ほら貝」を平和的な秩序の象徴として調和のとれた集団を目指すラーフと、狩猟で手に入れた肉で食を保障することによりファッショ的な絶対権力を握ろうとするジャックの対立。似たようなことは人類の歴史の中で何度も繰り返されてきましたし、これからも起こっていくのでしょう。そして、少年たちが徐々に精神的に追いつめられていく背景には、得体の知れない「獣」の存在があります。実はこの「獣」は、パラシュートが絡みついた人間の死体なのですが、恐怖に怯えた少年たちは、勝手に「獣」の幻想を膨らまし、自滅の道をたどるのです。恐怖の対象より、人の心に巣くう恐怖そのものこそが本当に恐れるべきものであることを、まざまざと思い知らされます。
「蠅の王」とは聖書に出てくる悪魔ベルゼブルのことだそうです。ただ1人「獣」の恐怖に向かい合い、「蠅の王」と対決する少年サイモンは、正気を失った少年たちによって惨殺されます。これは一体、何を暗示するのか。テーマは重く、そして深いです。(荒濱 一)
(http://ex.nikkeibp.co.jp/hotspot/bunko/24.shtml)
「読売新聞」2005年2月28日より
平井正穂氏=英文学者
平井正穂氏(ひらい・まさお=英文学者)24日、肺炎で死去。93歳。告別式は5日午後2時、東京都新宿区大久保1の14の14日本福音ルーテル東京教会。喪主は長男、正樹氏。
ルネサンス期、英革命期の人文主義と宗教的信条の相克を通してイギリス詩の歴史を見直した。著書に「ルネサンスの人間像」、訳書にミルトン「失楽園」など。
テーマ(what to say) だけの小説で、如何に書くか(how to say it )があまりおもしろくないので、自分で評を書く気が起こらない。
もっともこれは訳文にも因るかもしれない。平井正穂氏は本質的に老成した精神を持った、大人である。文体もその通りである。だから『ヘンリ・ライクロフトの私記』(ジョージ・R・ギッシング著 岩波書店 1951年1月)のような、大人の文学作品を手がけると素晴らしい出来になる。しかし大人は子供のふりは苦手である。子供っぽい、つまり未熟なことばづかいができない。
早い話が、子供は「黙らんか!」(本書145頁)などと言ったりしない。
(新潮社 1975年3月)