goo blog サービス終了のお知らせ 

書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

和久田幸助 『証言 昭和史の断面 日本占領下香港で何をしたか』 

2005年07月08日 | 東洋史
巻末の著者紹介より

和久田幸助(わくだ・こうすけ)

一九一五年東京生まれ。天理外語広東語部卒。一九三四年四月より一九四三年末まで広州・香港に留学・滞在。その間南支派遣軍艦「嵯峨」通訳、香港総領事館嘱託、外務省書記生、華南文化協会職員、香港占領軍報道部芸能班長等を専任。以後、広東語と中国事情を専攻し現在に至る。著書に『私の中国人ノート』(既刊7冊、続刊中)。

 本来は「今週のコメントしない本」の②、「読んですぐ感想をまとめようとすべきでないと思える本」に入れるべき書籍だが、以下にしるす個人的な心覚えの抜き書きを行うため、特に一項を立てる。

“話が脇道にそれるが、汪精衛〔引用者注・汪兆銘のこと〕夫人陳璧君には一面識があり、その一門の中には親しい友人もいたので、その人たちについて書き足しておきたい。(略)前記の一門の中の親しい広東人の友に、汪精衛が漢奸とののしられながら出馬した真因はなへんにあるのかを質してみたところ、
 「僕も最初は、日本の無理無体さを考えただけでも、汪先生ともあろうお人がなぜなのかと考えもし悩みもしたが、汪先生は僕を同志の一人として重慶(チョンチン)から行をともにすることを決められると、その心情をこう話してくれたんだ。「日本軍が占領しているわが国の広大な土地は、自国内では最も高い文化度と人口密度を持った省と都市を網羅していて、それら占領地の何億という中国人たちは、中国から離脱したのも同然で、責任ある中国人の統治者も持っていない。重慶もそんなことは重々承知していながら、手をこまねいているばかりだ。わたしは中国の一政治家として、そんな有様を見るにしのびない。漢奸の親玉といわれようが、なんとののしられようが、まず日本軍の手から中国人民だけでも取り戻す者が出てこなくてはいけないのだ。だから、わたしは、これが大きな賭けであることはわかっていながら、意を決して乗り出したのだ・・・」。そう話し終って目がしらに手を当てた。
 それから後の、死に至るまでの汪精衛の去就は、詳述するまでもあるまい。そして現在でも、彼に対する評価は、大漢奸の域から抜け出していない。だが、当時日本軍占領地に捨てられたも同然な中国人民 〔引用者注・原文傍点〕という言葉に、私の心も痛むのである” (「占領軍芸能班長として」 同書25-26頁)

(岩波書店 1991年5月)

Bob Woodward/Carl Bernstein 『The Secret Man』 

2005年07月08日 | 西洋史
 副題 The Story of Watergate's Deep Throat
 マーク・フェルト(Mark Felt)は痴呆症を患い、過去の記憶を殆ど失った。著者にもついに分からなかったフェルトの動機――なぜディープ・スロートとなったのかという彼ににまつわる最大の疑問――は、永遠の謎となるのだろう。

(New York: Simon & Schuster, 2005)

▲ロンドンの同時多発テロに快哉を叫ぶ人間がまた出てくるだろう。お前たちは最低の屑だと、前もって言っておく。