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書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

鄭問 『鄭問画集 鄭問之三国誌』

2011年04月19日 | 芸術
 この人の『東周英雄伝』(全3巻、講談社)は傑作である。これを読んで、おのれの日本人としての感性に無自覚なままで軽々しく中国(および台湾)の事象を観たり論じたりしてはならないとまで思わされた。
 さてこの画集だが、司馬師がどういうわけか朴訥なぼんち、というかまるで鈍くさいあほぼんなのが意外だった。曹丕が線の細さにぎりぎり陥らない才気走った美男に造型されているというのに、おなじ大家の二代目でこの差は何処から来たものか。司馬師は曹丕におとらず場数を踏んでいるだろう。地方的有力者の中途半端な――袁紹の袁氏ほどの全国的な名家でもないかわり、曹操の曹氏のような宦官の家という卑しまれる家でもなくという意味――家系の出のために、かえってそれがゆえに過剰に家柄に固執し誇りの拠り所とする、いわば虚勢の雰囲気があってもよかったかもしれない。だがということは、田舎者の雰囲気を前面に押し出した鄭問氏の描法は、その点に限れば良かったということか。
 一方、司馬懿はまさにこのイメージ。私に画才があったらまさにこの顔に描いているだろうという容貌だ。ただ若いころはもうすこし軽量級だろう。なにせ出仕した当初は曹操直属にしてもらえず、「小僧ニハ小僧ヲ配スルガヨカロウ」とばかりに息子の曹丕(当時まだ十代半ばだった)付きにされたという経歴の持ち主である。歳を重ねてからは知らぬが若い頃の中途半端な家柄誇りも子の司馬師と同じ。

(角川書店 2002年8月)

桂米朝 『特選!! 米朝落語全集』 第29集 「始末の極意 厄払い」

2011年03月30日 | 芸術
始末の極意」(平成4・1992年5月11日 大阪コスモ証券ホール)

 マクラと本筋の区別が定かでない、変わった構成の咄である。見立て(仕草)オチ。CDで声だけ聴いてもぜんぜんおもしろくないだろう。それ以前になんのことかわかるまい。

厄払い」(平成4・1992年1月17日 大阪コスモ証券ホール)

 主人公がはけたあともしばらく咄は続くという、これもちょっと変わった構成。

(東芝EMI 2002年12月)

荒木飛呂彦著 (株)樹想社編 『JOJO A-GO!GO!』

2011年03月24日 | 芸術
 大型本カラー画集。とうとう買いました。『JOJO 6251 荒木飛呂彦の世界』(集英社 1993年12月)と一緒に。
 このあいだ、中川翔子さんがローマ地下遺跡でのシーザー・ツェペリのジョジョ立ちを(あれ?おかしいな。まあいいや)、「ドドドドドドド!」と言いながらしているのを YouTube で見て、「やるな」と思った。

(集英社 2000年2月)

桂米朝 『特選!! 米朝落語全集』 第27集 「質屋蔵 所帯念仏 看板の一」

2011年03月09日 | 芸術
 質屋蔵(ひちやぐら) (平成3・1991年9月9日 大阪コスモ証券ホール) 
 所帯念仏 (平成4・1992年4月9日 大阪コスモ証券ホール)
 看板の一(ぴん) (平成3・1991年12月20日 大阪コスモ証券ホール)

 近くの図書館所蔵の全30巻、剰すところ28・29巻だけになったところで(どなたかは存じまへんが借りていやはる御方、お早うお返し)、このシリーズに収録された演目のなか、全巻を観終えたあと繰り返して見たい噺ベスト3は、1に「百年目」、2に「たちぎれ線香」、3にこの巻収録の「質屋蔵」。単純な面白さの濃度から言えば、誰もが認める大ネタの前2者は措いて、「質屋蔵」が1番。ひたすら笑える。ただし演じる側にとってはよほどの技倆がないとだれてしまう、かなり難しい噺らしい(権藤芳一氏「演目解説」による)。

(東芝EMI 2002年12月)

「入川保則、がん告白…余命5カ月も治療拒否『もう一度結婚したかった』」

2011年03月09日 | 芸術
▲「msn 産経ニュース」2011.3.9 06:11。(部分)
 〈http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/110309/ent11030906140002-n1.htm

 がんは昨年7月、直腸に見つかったが、すでに全身に転移。しかし、仕事を最優先して抗がん剤などの延命治療を拒否し、舞台に立ち続けた。「人は生まれた時から死はつきものだからね。医者からは、1月に(余命は)早くて8月までかなと言われてます」と淡々と語った。バーテンダー役で主演し、今月下旬にクランクインする映画(タイトル未定)を最後に引退するという。

 NHK大河ドラマ『花神』(1977年度)で、この人は福澤諭吉を演じた。面差しはかなり本当の諭吉を想わせるものだったが、すこし粋すぎるような感じもした。しかしこの記事を読んで、今更ながら、根っこの覚悟の座り方――とりわけ生死観――はかなり似ているかと思った。人生殺されるのはまっぴら御免だが寿命ならそれは仕方がないというところ。