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書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

永六輔 『芸人』 

2005年12月15日 | その他
 『芸人 その世界』(→今年11月24日)とは別の本で、こちらは岩波新書。
 著者の言葉を借りると、“芸人とその周辺語録”である。
 気に入った文句を抜き書き。

「話半分っていうでしょう。/それなんですよ。/テレビ半分なんです」 (「Ⅱ テレビ」 73頁)

 ――「テレビ半分」とは「春秋に義戦なし」に勝るとも劣らぬ閃光の名言であろう。しかしこれは芸談ではない。周辺語録のほうである。

「テレビを観ていると、番組も出演者もゴミというのが多いですよ。/テレビはゴミ捨て場です。/ゴミ捨て場ですから、/もったいないものも捨ててあります」 (「Ⅱ テレビ」 73-74頁)

 ――理屈の通らぬことを納得させてしまうところは凄い話芸ではあるけれども、これまた芸談とは言い難い。

「電話とか、ラジオとか、声だけで相手を説得しようと思ったら、/聞いている人の頭の中にあるテレビのスイッチをいれなければいけません。/言葉が相手の頭のなかで映像になれば、なんとか伝わる」 (「Ⅱ テレビ」 78-79頁)

 ――周辺から芸談プロパーへと、かなり接近してきた。

「陸上の選手のネックレスは、/走っているときのゆれ方やはずみ方で、/自分のフォームをチェックするためにかけるんです。/調子のいいときの微妙なフォームをネックレスがおぼえているというわけ」 (「Ⅲ スポーツ」 98頁)

 ――まさに芸談。

(岩波書店 1997年10月第2刷)

大谷由里子 『吉本興業女マネージャー奮戦記「そんなアホな!」』

2005年12月12日 | その他
 働く女性が自らを語った作品として、谷崎光『中国てなもんや商社』(→2002年8月10日)とくらべてみると。
 文章のうまさは両者同じくくらい。
 タイトルの妙(とそれから短さ)は、『中国てなもんや商社』の勝ち。
 仕事に対する真剣さと、そのしゃかりきな自分を眺めるもう一人の冷めた自分の目線の高さは、こちらの勝ち。

(朝日新聞社版 1999年6月) 

遠藤誉 『日本の大学はどこへいく 中国教育革命が描く世界戦略』

2005年12月05日 | その他
 “中国にハエはいない”式の「理想郷中国」礼賛(と“それに比べてこの国は”式の「遅れた日本」批判)をやる人がまだいたとは。“中国教育革命が描く世界戦略”は、“中国教育戦略が描く世界革命”のアナグラムか?

(厚有出版 2000年8月)

▲「Sankei Web」2005年12月4日、「与党敗北、陳総統苦境に 台湾・統一地方選」
 →http://www.sankei.co.jp/news/051203/kok073.htm
 「asahi.com」2005年12月4日、「台湾民進党が地方選大敗 党主席が辞意表明」
 →http://www.asahi.com/international/update/1203/013.html

 台湾人が選択の機会を与えられていないというのなら問題だが、そうではない。これが台湾人の選択なのであれば、他所から何も言うことはない。ラファイエット事件を放っておいていいのだろうかとは思うけれども。

▲「人民網日本語版」2005年12月4日、「温総理『首脳会合の可否は日本の行動次第』」
 →http://j1.peopledaily.com.cn/2005/12/04/jp20051204_55628.html

 “mixed signals”。

和田誠 『お楽しみはこれからだ』 PART 2

2005年12月04日 | その他
 副題「映画の名セリフ」。
 気に入ったセリフを抜き書き。

“紀元前二一八年、ハンニバルは三十七頭の象と一万二千の騎馬を率いてアルプスを越えた。ルイ・アームストロングは二十世紀半ば、一本のトランペットと五人のミュージシャンを率いてアルプスを越えたのである” (「サッチモは世界を廻る SATCHMO THE GREAT 」、1957)

“メフィスト 「死を恐れるのか?」
 ファウスト 「死は恐れない。無益な生涯を恐れるのだ」” (「悪魔の美しさ LA BEAUTE DU DIABLE」、1950)

(文藝春秋 1987年2月第17刷)

横須賀壽子編 『胸中にあり火の柱 三浦つとむの遺したもの』

2005年11月28日 | その他
 『哲学入門』(→今年9月15日)の三浦つとむ氏(1911-1989)の追悼文集と遺稿集である。
 板倉聖宣氏の「三浦つとむの弁証法と仮説実験授業」(本書127-138頁)が目当てで、あとはざっと拾い読み。巻頭吉本隆明氏の「別れの言葉」はさておき、追悼文部分の冒頭、故人を偲ぶ場だというのに故人との関係をネタにして、おのれとおのれの著作の宣伝にもっぱらこれ努める原口清氏「『マルクス主義の基礎』と『戊辰戦争』」のおかげで、初っ端から胸糞が悪くなってしまった。師匠が常識(common sense)に欠けると弟子もやはり欠けることになるらしい。
 もっともその弟子の一人ではあるけれども、板倉氏は三浦つとむという人物の学問的な業績と欠点双方をしっかりと認識し、そのことを自分の文章の中ではっきりと具体的な例を挙げて指摘している。流石である。
 そのほかの収穫としては、30年前に読んだきりの『武道の理論 科学的武道論への招待』(三一書房、1972年1月)の著者南郷継正氏の名を、寄稿者のなかに発見して驚いたことぐらいか(「恩師の果たした弁証法の凄みとその構造―二十一世紀に三浦つとむの確立した弁証法が生きるために―」、本書99-126頁)。

(明石書店 2002年8月)

▲「asahi.com」2005年11月26日、「中国外相、ロシア大使に謝罪表明 松花江の汚染問題」
→http://www.asahi.com/international/update/1126/006.html

 “中国の李肇星(リー・チャオシン)外相は26日、ロシアのラゾフ駐中国大使と会談し、松花江への汚染物質の流出事故について「中国政府の名のもとにロシアに深くおわびする」と伝えた。北京発のインタファクス通信などが伝えた”

 ロシアにはすぐ謝るが、4月のデモから7か月経っても日本には謝らないという大人気のなさには驚く。しかし個人的には別に気にしない。弁償さえしてもらえればいいのであるから。ただこの行動が日本人の面子=めんつを潰したことになることを、中国政府が弁えているかどうかは、気になる(もっとも日本側がそれ以前に中国の面子=ミェンツを潰しているから、中国側もこういう挙に出たのだろうが)。

▲「Sankei Web」2005年11月26日、「三島由紀夫没後35年 『憂国忌』に800人」
→http://www.sankei.co.jp/news/051126/bun052.htm

 忘れていた。それにしても「憂国忌」とは、なんと悪趣味な名称か。

永六輔 『芸人 その世界』

2005年11月24日 | その他
 やはり私は芸談のたぐいが好きなのだ。日本人だなあと、つくづく。
 付録の参考資料一覧がとても魅力的。

(岩波書店版 2005年5月)

▲12月17日(土)封切りの映画版アニメ『ブラックジャック ふたりの黒い医者』(手塚眞監督)で、ドクター・キリコの声を演じるのは鹿賀丈史氏である。ディズニーの『モンスターズ・インク』で、ランドール役を振られたスティーブ・ブシェーミは、ランドールの画を見て「顔で選んだのか?」とスタッフに訊いたそうだが、鹿賀氏の場合はどうだろう。

和田誠 『お楽しみはこれからだ』

2005年11月21日 | その他
 「お楽しみはこれからだ」という、このあまりにも有名な言葉が(というより和田氏のこの著のおかげで有名になったと言うほうが正しいのだろうけれども)、アメリカ映画「ジョルスン物語 The Jolson Story」(1946年)の台詞であること、原語では“You ain't heard nothin' yet. ”であることを、この本のおかげで、知る。
 つい最近観て大変楽しんだ「スウィング・ガールズ」(2004年)で、野球部員の井上が幾度か口にする「この世には二種類の人間がいる」という台詞が、「続・夕陽のガンマン」(1966年)の「この世には二種類の人間がいる」を、わかる奴だけわかれ式にそのまま借用したものだったことも、知る。

(文藝春秋 1980年10月第14刷)

片岡敏郎 『片岡敏郎スモカ広告全集』

2005年11月21日 | その他
 大正14(1925)年から昭和16(1941)年までの新聞広告。
 「タバコのみの歯磨スモカ 定價十五銭煙草店ニアリ」の定番のあと、イラストとともにアドライター(当時はコピーライターをこういった)片岡敏郎(1882-1945)の手になる様々なコピーが附せられる。
 片岡は“鬼才”と呼ばれた。全1155点駄作なし、傑作揃いのコピー群の中から、鬼才の評に相応しい鬼気を帯びた作品を一つ。

 “廣告より效く” (46頁) 

 これは天才だ!

(マドラ出版 1985年5月)