『芸人 その世界』(→今年11月24日)とは別の本で、こちらは岩波新書。
著者の言葉を借りると、“芸人とその周辺語録”である。
気に入った文句を抜き書き。
「話半分っていうでしょう。/それなんですよ。/テレビ半分なんです」 (「Ⅱ テレビ」 73頁)
――「テレビ半分」とは「春秋に義戦なし」に勝るとも劣らぬ閃光の名言であろう。しかしこれは芸談ではない。周辺語録のほうである。
「テレビを観ていると、番組も出演者もゴミというのが多いですよ。/テレビはゴミ捨て場です。/ゴミ捨て場ですから、/もったいないものも捨ててあります」 (「Ⅱ テレビ」 73-74頁)
――理屈の通らぬことを納得させてしまうところは凄い話芸ではあるけれども、これまた芸談とは言い難い。
「電話とか、ラジオとか、声だけで相手を説得しようと思ったら、/聞いている人の頭の中にあるテレビのスイッチをいれなければいけません。/言葉が相手の頭のなかで映像になれば、なんとか伝わる」 (「Ⅱ テレビ」 78-79頁)
――周辺から芸談プロパーへと、かなり接近してきた。
「陸上の選手のネックレスは、/走っているときのゆれ方やはずみ方で、/自分のフォームをチェックするためにかけるんです。/調子のいいときの微妙なフォームをネックレスがおぼえているというわけ」 (「Ⅲ スポーツ」 98頁)
――まさに芸談。
(岩波書店 1997年10月第2刷)
著者の言葉を借りると、“芸人とその周辺語録”である。
気に入った文句を抜き書き。
「話半分っていうでしょう。/それなんですよ。/テレビ半分なんです」 (「Ⅱ テレビ」 73頁)
――「テレビ半分」とは「春秋に義戦なし」に勝るとも劣らぬ閃光の名言であろう。しかしこれは芸談ではない。周辺語録のほうである。
「テレビを観ていると、番組も出演者もゴミというのが多いですよ。/テレビはゴミ捨て場です。/ゴミ捨て場ですから、/もったいないものも捨ててあります」 (「Ⅱ テレビ」 73-74頁)
――理屈の通らぬことを納得させてしまうところは凄い話芸ではあるけれども、これまた芸談とは言い難い。
「電話とか、ラジオとか、声だけで相手を説得しようと思ったら、/聞いている人の頭の中にあるテレビのスイッチをいれなければいけません。/言葉が相手の頭のなかで映像になれば、なんとか伝わる」 (「Ⅱ テレビ」 78-79頁)
――周辺から芸談プロパーへと、かなり接近してきた。
「陸上の選手のネックレスは、/走っているときのゆれ方やはずみ方で、/自分のフォームをチェックするためにかけるんです。/調子のいいときの微妙なフォームをネックレスがおぼえているというわけ」 (「Ⅲ スポーツ」 98頁)
――まさに芸談。
(岩波書店 1997年10月第2刷)