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書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

マークス寿子 『ひ弱な男とフワフワした女の国日本』

2006年04月26日 | その他
“大量消費を目的とする品物のなかには、ほんとうの贅沢品はない” (「2 中流意識と見せかけの豊かさ」 本書45頁)

 当たり前でしょう。
 つまりこの本は、この当たり前のことも分からないほど愚かな者か、あるいは分かってはいるのだが有名人や地位肩書きのある人間によるお墨付きがないと自信が持てない権威主義者を、ターゲットにしているということだ。

(草思社 1997年10月第12刷)

▲韓国の竹島(独島)を自国領土と主張する根拠は、1952年の李承晩ラインのはずである。その李承晩ラインによれば、対馬も韓国領である。それではなぜ竹島同様、対馬にも軍隊を送って占拠しないのか。筋の通らないことをする。一刻も早く実効支配すればよかろう。

日高のり子 『のんこ』

2006年04月04日 | その他
 中身は自叙伝半分、エッセイ半分。
 著者は言うまでもなく、『タッチ』の朝倉南と『となりのトトロ』のサツキが当たり役の声優さん。
 そしてカバーイラストはなんと、『魔女の宅急便』のトンボ(注)、山口勝平氏。

(主婦の友社 1999年4月)

注。個人的には、「『ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日』の草間大作」と言いたい。

ネルソン・クリスチャン・ストークス著 有沢善樹訳 『クール・ランニング物語』

2006年03月22日 | その他
 副題は「ジャマイカ・ボブスレーチームの軌跡」。
 映画『クール・ランニング』(1993年)は、私の好きな映画の一つである。
 →http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0009Y297Y/ref=pd_sims_dp__3/249-6623419-9639524

 そしてこの書の筆者は、映画の主人公のモデルとなった選手である。
 しかし、「訳者あとがき」で有沢氏が書かれているが、現実のヒーローがみずから語る“クール・ランニングの物語”においては、ジャマイカ・チームは、映画で描かれているような常夏の国の陽気な面々ではない。そして物語自体も「どちらかといえば『プロジェクトX』の世界」と、これも訳者がいみじくも評するとおり、「多くの挫折を乗り越えながらゴールに向かって努力する人々」のそれである。現実のジャマイカが、決してこの世の楽園などではないように。

(日本放送出版協会 2005年12月)

和田誠 『お楽しみはこれからだ』 PART 6

2006年01月16日 | その他
 気に入った台詞。

“思い出とフィルムは残ります。アーヴィング・バーリンの言うように、歌は終ってもメロディは残るのです” (「ザッツ・エンタテイメント PART 3」、1994年)

“お前はバカじゃない。バカなことをする人がバカなのだ” (「フォレスト・ガンプ」、1994年)

(文藝春秋 1996年4月)

▲「日本列島魚釣り周航記⇒隠居波平釣り日誌」2006年1月14日、「種と仕掛け」
→http://hamatidori.cocolog-nifty.com/namihei/2006/01/post_01fa.html

 秀逸な内田樹論だと思った。そして優れたポストモダン派論だとも思った。彼(等)の言うことは本心からのものではない、彼(等)は社会を引っ掻き回しておもしろがるために、自分でも信じていないウソデタラメを撒き散らしている、愉快犯にして確信犯だということである。
 彼等の発言をあれこれ批判するのも、彼等の言うことをまともに取るほうが悪いらしい。騙されるやつが悪いということである。例えばどこぞの馬鹿なポストモダン評論家が「ノドンでもデポドンでも落ちてきて日本人が大量に死んだところでそれがどうした。別にいいじゃないか」などと放言したとする。それを私のように、「言っていいことと悪いことの区別つかんのか」と怒り狂うのは、野暮の極みにして無知な一般大衆の反応なのであろう。「うーん、そういう視点もありかな?」と、話半分に軽く受け流すのがインテリの証明ということであるらしい。内田氏についても、氏にとっての中国は単におのれの主義主張を展開するためのダシにすぎず、本当はたいして関心などないのであって、あの国の人々が生きようと死のうと知ったことかというくらいが本音なのだろう、というぐらいに鷹揚に構えていればよいということだ。バカなことをする人がバカなのだから。

山田啓二/京都府政研究会編著 『危機来襲 鳥インフルエンザ・48日間の攻防』

2006年01月10日 | その他
 山田氏の執筆箇所から抜き書き。

“いま「中央集権、地方分権」といわれていますが、今回の事件を見れば、実態は「中央分権、地方集権」ではないかと、正直思います。
 私どもは、最初、鶏の関係では農林水産省、人の健康のことでは厚生労働省、カラスの問題が出てからは環境省、自衛隊派遣では防衛庁、保障補填関係では財務省と総務省と、各省に頻繁に出かけていきました。どこにも総合的に対策を講じてくれる機関も総合窓口もありません。もし、府民の皆さんが鳥インフルエンザのことで京都府庁の農林水産部に電話をしたとします。しかし、それが保健福祉部の担当する事項であった場合、保健福祉部の職員があなたに、何で農林水産部に電話したんだ、保健福祉部にしないとはけしからんと怒ったとしたら、おそらく府民の方は激怒されると思います。
 都道府県や市町村ではそんな対応は絶対できません。しかし国では、農林水産省に連絡してしばらくたつと厚生労働省から電話があって、「なぜわれわれには連絡をしてこないんだ」と怒鳴りつけてきます。中央官庁とはそういうところです。農林水産省にカラスからついにウイルスが出ました、とあわてて連絡をした時、鶏の時は熱心だった担当官が突然「それは環境省です。われわれではありません」と一言であしらわれてしまう。思わずうなってしまいました” (「危機来襲――鳥インフルエンザ・48日間の攻防――」「第二章 戦い」 本書97-98頁)

 言うまでもないことだが、山田啓二氏は現京都府知事である。もと総務(旧自治)官僚という氏の経歴を考えると、この発言には凄みがある。2004年2月26日から4月13日までの間、府下の高病原性鳥インフルエンザ防疫作戦を指揮した知事としての経験が持つ重みは、言うまでもない。

(京都新聞出版センター 2005年12月)

▲「NIKKEI NET」2006年1月9日(共同)、「中国、日本に『報道規制』を要求・マイナス面の報道多い」
 →http://www.nikkei.co.jp/news/main/20060109STXKB032609012006.html

 話にならない。2001年7月24日、唐家璇・田中真紀子両国外相「ゲンメイ」事件以来の馬鹿馬鹿しさである。

▲「Sankei Web」2006年1月9日(共同)、「中国、ガス田開発で新提案へ 月内にも正式協議」
 →http://www.sankei.co.jp/news/060109/sei045.htm

 こちらは喜ばしい知らせである。「(日本側の提案には)いろいろ問題がある」などという中国側の牽制など、外交が駆け引きである以上いわば当然のことであって、ことさら問題視するに値しない。なにせあちら側にはこのガス田問題であわよくば日本との戦争に持ち込もうと画策する狂信的な軍国主義者連が存在するのである。この勢力は昨年、“2005年中に日本と戦争になる(する)”と、公言していた(→2005年08月15日、板倉聖宣『新哲学入門 楽しく生きるための考え方』、▲欄参照)。今回の政府間非公式協議における回答で、中国政府が彼らの蠢動(口先だけだったかどうかは別として)を押えたことが分かるとはいえまいか。

和田誠 『お楽しみはこれからだ』 PART 4

2005年12月23日 | その他
 気に入った映画の名セリフ。

“誰でも白鯨をさがしているんだ。追いついた時が死ぬ時だ” (「ハッスル HUSTLE」、1975)

“芝居が終ったら、劇場から出るものよ” (「北ホテル HOTEL DU NORD」、1938)

“嘘は着ていられないほど重い衣服ね” (「大いなる幻影 LA REGLE DU JEU」、1939)

(文藝春秋 1987年1月第2刷) 

 ▲先日、近くの理髪店で自分の順番を待っていると、「スターウォーズ エピソード1」(1999)のクワイ=ガン・ジン(リーアム・ニーソン)そっくりの中年男性が入ってきた。日本人である。日本人である証拠に、連れていた小学生ぐらいのこれは純日本風の女の子(たぶん娘)とバリバリの京都弁でしゃべっていた。この話、べつに意味はない。