第二次世界大戦の最中、1941年に、ツヴァイクが追憶し描き出す1910年代の世界――主としてヨーロッパ世界だが――は、興味深い。戦争(第一次世界大戦)が始まると諸国民は愛国心に燃えあがり、「敵を殺せ」と熱狂的に叫んだ。敵を殺すのが憚るところのない正義であり、愛国心の精華だった。しかしその一方で、詩人の一片の詩、作家の一遍の文章が、国境や文化を超えて人びとの心を揺り動かした、そんな時代だったという。
あの頃には言葉はまだ力を持っていた。まだ言葉は、「宣伝」という組織化された虚偽によって、死滅するほど酷使されてはいなかった。人々はまだ書かれた言葉を聞き、それを待っていた。〔・・・〕道徳的な世界良心は、まだ今日のように困憊し尽くし灰汁(あく)を抜かれてはいなかった。その良心はあらゆる明白な虚偽に対して、また国際法や人道の侵害に対して、数百年来の確信の全力を挙げて烈しく反応したのであった。〔・・・〕一人の偉大な詩人の自発的な宣言〔ロマン・ロランの『戦いを超えて』〕は、政治家たちのあらゆる公式の演説よりも千倍も多くの効果を及ぼした。 (下巻、358-160頁)
(みすず書房 1973年6月第1刷 1979年9月第3刷)
あの頃には言葉はまだ力を持っていた。まだ言葉は、「宣伝」という組織化された虚偽によって、死滅するほど酷使されてはいなかった。人々はまだ書かれた言葉を聞き、それを待っていた。〔・・・〕道徳的な世界良心は、まだ今日のように困憊し尽くし灰汁(あく)を抜かれてはいなかった。その良心はあらゆる明白な虚偽に対して、また国際法や人道の侵害に対して、数百年来の確信の全力を挙げて烈しく反応したのであった。〔・・・〕一人の偉大な詩人の自発的な宣言〔ロマン・ロランの『戦いを超えて』〕は、政治家たちのあらゆる公式の演説よりも千倍も多くの効果を及ぼした。 (下巻、358-160頁)
(みすず書房 1973年6月第1刷 1979年9月第3刷)