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書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

二ノ宮知子 『のだめカンタービレ』 16

2006年10月16日 | コミック
 誰かが絶対、とっくに言っているはずだが、それでも言いたい。

  クラシックやるべ。

 むきゃー!

(講談社 2006年10月)

▲「MSN毎日インタラクティブ」2006年10月16日、「桑田佳祐:米国音楽カバー公演(スポーツニッポン)」
 →http://www.mainichi-msn.co.jp/entertainment/music/news/20061016spn00m200005000c.html

 “なおサザンオールスターズ恒例の年越し公演は、創作活動に専念するため今年は開催しない”

 ゲー! 
 でもアルバムがまた出るのなら、いい。

▲「Sankei Web」2006年10月16日、「イーストウッド監督の硫黄島“双子映画”、全米公開へ」
 →http://www.sankei.co.jp/news/061016/kok005.htm

 観たい。

皆川亮二 『D-LIVE!!』 15

2006年08月15日 | コミック
 とうとう完結。ちかごろ読む漫画の数が減ってきているので寂しい限りである。
 それはそうとして、クレーバー・オウルの次の仕事は、カリヨンタワー潜入だそうだ。あはは。

(小学館 2006年9月)

▲謹告。今後「台湾の声」(http://www.emaga.com/info/3407.html)の購読を取り止める。
 このところ内容がひどすぎる。
 以前は、台湾と台湾人に対する共感と愛情が、論者によって程度の多少はあってもまだ感じられた。それが今では、台湾は反中国、反左翼というおのれの政治運動の、ありていに言えば手段にすぎなくなった観がある。これでは、ある人がいみじくも評したように、「台湾の声」ではなくて「日本右翼の声」である。
 我が「日知録」のほうに転載している同メールマガジンの過去の記事をご覧いただければ判るのだが、以前はこんなふうではなかった。
 右翼だから悪いというのではない。国家のために国民は犠牲になるのが当然という考え方に、我慢がならないのである。国益とは国家の利益ではあっても国民の利益ではないのか。彼らの考え方は、彼らの敵と符を合わせたように同じ、全体主義、超国家主義である。

井上雄彦 『バガボンド』 23

2006年06月29日 | コミック
 好きなあまり、「天才バガボンド」などと口走って、わけのわからぬ反発をしてみる。

(講談社 2006年6月)

▲「MSN毎日インタラクティブ」2006年6月29日、「拉致問題:金英男さん会見内容 不自然さも浮き彫り」
 →http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060630k0000m030122000c.html
 「MSN毎日インタラクティブ」2006年6月29日、「拉致問題:金英男さん会見 北朝鮮のしたたかな戦略」
→http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/asia/news/20060630k0000m030115000c.html

 阿呆らしい。自国民保護の責任を果たさない南の政府がである。

荒木飛呂彦 『STEEL BALL RUN』 8

2006年05月10日 | コミック
“オレは「納得」したいだけだ” (ジャイロ・ツェペリ)

 私も納得したいだけだが。

(集英社 2006年5月)

▲『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズが実写で映画化されたら、ジョジョは誰に演じてもらうのがいいだろうか。

  ジョナサン・ジョースター=キアヌ・リーヴス
  ジョセフ・ジョースター=ブレンダン・フレイザー
  空条承太郎=古尾谷雅人
  東方杖助=オダギリジョー
  ジョルノ・ジョバーナ=レオナルド・ディカプリオ
  空条ジョリーン=ミラ・ジョヴォヴィッチ

 というキャスティングはどうだろう。いかにもの気味もあるが、ええいままよ。ジャイロ・ツェペリにジョニー・デップ、DIOにダニエル・デイ・ルイス!

橋本以蔵作 たなか亜希夫画 『軍鶏』 23

2006年04月05日 | コミック
 橋本以蔵氏には大変な失礼になることはわかっているのだが、どうしても狩撫麻礼氏にイメージをたぶらせてしまう。
 成島亮が『ボーダー』の蜂須賀に見える。そして高原東馬が『天使派リョウ』の“大天使”多田加代に見える。これから始まる二人の決闘編を、"REDEMPTION SONG" と名づけたくなるのである。

(講談社 2006年3月)

西村ミツル原作 かわすみひろし漫画 『大使閣下の料理人』 17

2006年03月29日 | コミック
“先日は失礼をしました / シェフ・オーサワ” (「誇りのレシピ⑧」)

 この巻における、まさに圧巻というべきシーンの台詞。古典劇の一場面を観るようである。
 青柳愛、持ち味はまったく違うが、ミン・ホアに迫る存在感が出てきた。これで続けて読む気になる。
 
(講談社 2003年9月)

西村ミツル原作 かわすみひろし漫画 『大使閣下の料理人』 16

2006年03月28日 | コミック
 N国(あきらかにNorth KoreaのN)編の、政府と一般人は別、人間としての感情はイデオロギーを超えて普遍的という主張は、そのとおりだと思う。だが、続くフランス・ロシア編の「どんな努力や誠意も相手の理不尽さの前には無力だ」という主人公の心の声もまた、そのとおりだと思う。
 ついでながら、N国編で、冷麺の起源について「高句麗時代の両班(貴族)の食べ物だった」という説明に首を傾げる。
 冷麺はともかく両班(ヤンパン)は高句麗(前37?--668)ではなく高麗(918--1392)起源である。科挙制度が実施されていなければ両班(科挙官僚およびその出身母体となる階層)は存在しないからだ。朝鮮半島で科挙が行われるのは高麗時代以降のはずである。

(講談社 2003年6月)

▲麻原彰光・松本智津夫被告の控訴棄却。手続き上当然であるし、よしんば同被告の控訴審をやったところでオウム真理教関連事件の真実が明らかになるとは思えない。そもそも他人の人権を侵害した者の人権をそこまでして守らなければならない必要性がわからない。つまり私は賛成である。

高橋ツトム 『SIDOOH 士道』 4

2006年03月24日 | コミック
 この人の作品で、読んだあとで値段が高すぎると思った本は、これが初めてである。

(集英社 2006年3月)

▲「Infoseek ニュース」2006年3月23日、「(スポーツ報知)韓国が10月以降 再戦要求 ドーム球場ある日本で」 →http://news.www.infoseek.co.jp/topics/sports/wcup_baseball.html?d=20060323hochi006&cat=60

 辛相佑・韓国野球委員会(KBO)総裁なる人物、信じられないほど精神の柄が小さい。この人の民族意識は「反日」のほかには何もないのだろうか。貧しすぎるアイデンティティである。
 しかも、勝手な屁理屈をこねて負けを認めず、「もう一度戦え」などと強制する上に、それについては自分のところにはドーム球場がないから試合場はお前の責任で準備しろ、と当然の権利のように要求するのはどういう神経だろう。
 国内向けのジェスチャーなのかもしれない。しかしながらそのダシに使われる側としては、人さらいを国家の英雄として処遇する北朝鮮もだが、ちょっと、もう付き合いきれないというのが、私個人としての正直な感想である。

▲「人民網日本語版」2006年3月22日、「歴史否定に処罰を 『歴史の刺客』たちの末路」(1)(2)
 →http://j1.peopledaily.com.cn/2006/03/22/jp20060322_58389.html
 →http://j1.peopledaily.com.cn/2006/03/22/jp20060322_58401.html

“過ぎ去ったばかりの2006年2月は、歴史の重々しさに満ちていた。2月14日、日本の安部晋三官房長官と麻生太郎外相は国会答弁の中で「日本の国内法ではA級戦犯は犯罪者ではない」と発言した。同23日、フランスではシラク大統領やドビルパン首相など多くの政府要人がユダヤ人青年アリミさんの葬儀に参列した。アリミさんはユダヤ人であるために殺害されたのだ。同25日、米オーランド市ではナチスの軍服を着たネオナチがデモを行い、抗議する人々と殴り〔原文ママ〕になった。さまざまな「歴史の刺客」が歴史を抹殺する中、英国の右翼学者デビッド・アービング氏は歴史を否定したために、オーストリアで禁固3年の判決を言い渡された。この判決は「歴史の刺客」たちへの警鐘である” (前掲両記事の冒頭)

 「日本の国内法ではA級戦犯は犯罪者ではない」。事実である。
 東京裁判=極東国際軍事裁判は、極東国際軍事裁判所条例(極東国際軍事裁判所憲章)に拠って行われたものである。(そしてA級戦犯とは、その極東国際軍事裁判所条例 Charter of the International Military Tribunal for the Far East の第五条A項に該当する犯罪を犯したとして極東国際軍事裁判によって有罪判決を受け、戦争犯罪人とされた人々を指す。)
 だからサンフランシスコ平和条約(日本国との平和条約)の第11条で、「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする。これらの拘禁されている者を赦免し、減刑し、及び仮出獄させる権限は、各事件について刑を課した1又は2以上の政府の決定及び日本国の勧告に基くの外、行使することができない。極東国際軍事裁判所が刑を宣告した者については、この権限は、裁判所に代表者を出した政府の過半数の決定及び日本国の勧告に基くの外、行使することができない」と、定められているのである。
 事実を述べることがなぜ「歴史の否定」になるのか。否定しているのは厚顔無恥な虚言の散布者、下劣な扇動者たるこの論説の筆者ではないか。「歴史の刺客」とは、この者をこそ指して呼ぶべき名である。
 こういう輩(背後で糸を引く黒幕も含めて)にまともに相手になって、彼らに真摯に語りかけて誤解を解こうとする行為は、いったい意味があるのだろうか。こちらもまた、私個人の感情を正直に言えば、もううんざりなのだが・・・・・・。