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書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

江川達也 『日露戦争物語』 19

2006年03月12日 | コミック
 桂太郎が日清戦争の最中にニコポンをやっている。10年早くないか?

(小学館 2006年4月)

▲「大紀元日本」2006年3月11日、「元北京大学教授・焦国標氏が説く『日・台・韓の道』」
 →http://www.epochtimes.jp/jp/2006/03/html/d45279.html

 立派だが、この程度かという感もある。結局はこれもまた「先に結論ありき」の議論である。

“マルクス主義以外に社会科学の訓練を受けていない中国側学者の報告は実に顰蹙を買うものばかりだった。彼等は往々にして国家、党が与えた結論を前提に演繹法で固めるばかりである。例えば、「台湾が中国に戻ることは台湾人民にとっても最大の幸福に相異ない」と主張する。「何故、そして何処にその幸福があるのか。もっと具体的に説明してくれ」と要求すると、「必ずいいんだ。十二億の同胞がそれを保証する」と答える。正に「先に結論ありき」の論説である” (郭煥圭『台湾の行方 Whither Taiwan?』、創風社、2005年8月、59-60頁)

 さらに。

“五行の「土」は五色の「赤」であるとされた。なぜ土が赤であるのか、論理はそこでゆきどまりになる。このことは公理ともいうべきもので、証明はできず、証明ができないために、ひらきなおったように絶対の真理とされ、その後、二千年以上、この理論〔引用者注・陰陽五行説〕は中国とその周辺の民族の思考力をどこかで昏(くら)くしてきた” (司馬遼太郎『項羽と劉邦』、新潮文庫、1993年7月35刷、上巻81頁)

“科学の発展はまた、より完全な論理の体系を中国人が完成できなかったことによって阻まれた。論理学を用いれば、思想を思想によって、一説を他説と体系的に対決させることによって、吟味することができたはずである。ところが中国の哲学者は、かれらの原理はすでにそれが述べられたとき自明であると考えた。かれらはギリシャ人のように、文法と修辞法とを区別せず、したがって抽象と具体、もしくは一般と特殊とを区別しなかった。中国の著作家は、均整、反対のものとの均衡、自然秩序との調和、という一般的な考えに強く頼っていた。有名な連鎖論法〔引用者注・例えば『大学』の“修身斉家治国平天下”論〕は、二十世紀の中国学者にとっては、反駁の余地ない論法ではあるが、ギリシャ人の観点からすれば、それは前提とは関係なく生まれてくるおかしな推論でしかなかった” (J.K. フェアバンク著/市古宙三訳『中国』、東京大学出版会、1979年12月第7刷、上巻83頁。→2005年7月28日欄)

宮崎駿 『風の谷のナウシカ』 1-3

2006年02月23日 | コミック
 映画の続きが知りたくなって図書館で借りてはみたが、漫画として読みづらい。これなら、私には映画版のエンディングで充分だ。  

(徳間書店ワイド判 1997年9月67刷ほか)

▲「人民網日本語版」2006年2月22日、「韓国で抗議デモ 日本の『竹島の日』めぐり」
 →http://j1.peopledaily.com.cn/2006/02/22/jp20060222_57654.html
「Sankei Web」2006年2月23日、「『竹島の日』に猛抗議 韓国政府」
 →http://www.sankei.co.jp/news/060223/kok052.htm

 「Sankei Web」記事に付けられた共同通信の写真、右下部に写っている張り紙に、「謝罪」と「賠償」の文字が見える。ここには引いていないが、本日付「明報網站」(http://www.mingpaonews.com/)の「竹島日慶祝 南韓民眾反小泉」の写真では「靖国神社参拝反対」の文言らしい張り紙が焼かれている。
 ソレとコレと、問題としてどういう論理的連関があるのか、よくわからない。

皆川亮二 『D-LIVE!!』 13

2006年02月22日 | コミック
 この巻は烏丸理香、亜取アキラ、ロコと、私のお気に入りの脇役たちがゲストに目白押し。嬉し嬉し。

(小学館 2006年3月)

▲「Sankei Web」 2006年2月20日、「米俳優のR・ブライト氏死去 『ゴッドファーザー』3部作に出演」
 →http://www.sankei.co.jp/news/060220/bun057.htm

 この人の演じるアル・ネリ、渋い不気味さが好きでした。

浦沢直樹 『20世紀少年』 17

2006年02月21日 | コミック
 しばらく他所(よそ)で遊んで頭を冷やそう。 

(小学館 2004年12月)

▲「YOMIURI ONLINE」2006年2月20日、「自立した知性で見つめた戦後日本、茨木のり子さん死去」
→http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20060220i501.htm?from=main5
「SankeiWeb」2006年2月20日、「詩人、茨木のり子さんが死去 平易な言葉で読者つかむ」
→http://www.sankei.co.jp/news/060220/bun031.htm

 黙祷。