goo blog サービス終了のお知らせ 

書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

Jacob E. Van Vleet, "Informal Logical Fallacies: A Brief Guide"

2016年08月16日 | 人文科学
  A formal logical fallacy is an argument that is flawed due to an error pertaining to the structure of the argument. An informal logical fallacy is an argument taht is flawed due to the error pertaining to the content of the argument. ('Introduction," p. ix)

 これはこの著者の定義と区別だが、formal logicとinformal logicの区別については、いろいろと違う観点による説があるようだ。

(Maryland: University Press of America, 2011)

たとえ話 - Wikipedia

2016年08月07日 | 人文科学
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%9F%E3%81%A8%E3%81%88%E8%A9%B1  

 たとえ話(parable)は、短い話で普遍的な真理を説明するものであり、物語の中でも最も単純なもののひとつである。

たとえ話は、メタファー(隠喩)と同様に、短い一貫した架空の物語に拡張される。キリスト教のたとえ話は、近年では拡張されたメタファーとして研究されている。

 直喩の場合とは異なり、たとえ話においては、表面上の物語と平行するもうひとつの意味は、通常は秘密として隠されている訳ではないが、直接語られることはなく、示唆されるだけである。たとえ話の特徴は、人がいかに振る舞うべきか、信じるべきかを示唆する規範的なサブテキスト(いわゆる「行間」のメッセージ)が存在していることにある。たとえ話には、人生の中で適切な行動とは何かを導き、示唆することに加え、頻繁にメタファーな言葉遣いを用いることで、難しかったり複雑であったりする概念を、より簡単に論じることができるようにする働きがある。

 プラトンの『国家』では、「洞窟のたとえ」(真理の理解について、洞窟の壁に投じられた影に欺かれる話によって、説明される)のように、分かりやすい具体的な物語を使って、抽象的な議論を教えている。


 問い。抽象という概念のない文化が存在するとして、そこでの「たとえ話」とはいかなるものか。隠喩が存在すればたとえ話は存在するであろうから。

野崎昭弘 『詭弁論理学』

2016年07月30日 | 人文科学
 必要あって埃を払って読んでみる。面白い。

 強弁術の要諦を格言ふうにまとめると、次のようになるであろう。
(1)相手のいうことを聞くな。
(2)自分の主張に確信を持て。
(3)逆らうものは悪魔である(レッテルを利用せよ)。
(4)自分のいいたいことを繰り返せ。
(5)おどし、泣き、またはしゃべりまくること。
 (「強弁術の総括」52頁)

 強弁術をふりまわすことができるかどうかは、頭の良しあしでも技術の問題でもなく、結局は人柄の問題である。 (54頁)

 小児病患者たち (54頁)

 言葉による真理の追求と詭弁術とは、紙一重である。 (「詭弁術の誕生」58頁)

 理屈抜きの『押しの一手』は、『強弁』と呼ぶべきであろう。これに対して、多少とも論理や常識をふまえて『相手を丸め込む(あるいはごまかす)』のが『詭弁』である。 (「議論の種々相」9頁)

 もっとも面白かったのは最後の二つで、この二つを一丸にして、さらに少しく敷衍しつつ言い換えれば、こうなるであろう。強弁と詭弁が別のものであるとして、真理の追及を目指すものがときとして陥るのが詭弁であり、真理に関心のないものがたやすく向かうのは強弁ということである。

(中央公論社 1976年10月)

王育徳 「福建の開発と福建語の成立」

2016年07月29日 | 人文科学
 『日本中国学会報』21、1969年12月掲載、同誌123-142頁。

 福建語が「浙江側移民のproto『呉語』と江西側移民のproto『贛語』が西北部で混淆して、福建語の基盤になる」のは後漢時代から三世紀頃にかけて、さらに閩北語と閩何語とに分裂するのは六世紀中頃、隋による一郡四県への改編=境内の重点的開発の終了時期かという議論。
 もっともこれは口語もしくは方言としての福建語(白話音)の成立についてであって、文言音(文言文の発音)は白話音の成立後、「白話音」の発音体系から“借用”されて作られた発音体系であるという(133-134頁)。
 ではその時期はといえば、9世紀唐末五代、閩王国の定めた標準音が、福建語文言音の「本質と考えられる」(「十 閩王国と文言音」133頁)というのが、筆者の見立てである。
 王家の王氏はもと河南省東南隅の固始出身であり、すなわち長安・洛陽方言とは異なるものの同じ中原方言圏の出身であった。彼らの出身地の発音が彼らが福建に立てた閩王国の文言音の発音=標準音となったにちがいないと著者は推測する。
 そしてその標準音に合わせて、既存の福建語白話音から同じ、もしくはそれに近似した発音が、取り出され当てられたのであろうと、著者は論を進める。

 音韻史的に見ても、 一般に〔福建語における〕白話音の音は古く、文言音の音は新しい。明らかに白話音の層の上に文言音の層がかぶさったのである。 
 (「九 時代性の明確な文言音」131頁)

 以下の指摘は、言われてみれば当たり前のことだが、非常に興味深く思った。字が先にあってことばと発音がそれにくっつくのではなく、ことばと発音があって、それを書きあらわすために字が作られるのであるから。

 白話音がすべての漢字に出ないわけは、個々の語彙の上に伝承されてきたものだからである。これに対して、文言音は古典を読むために教授されたものであるから、すべての漢字に必ず発音がつく。 (同上)

志村和久 『漢文早わかり』

2016年07月27日 | 人文科学
 〔88〕の④「A――之謂B――。A――を之れB――と謂ふ。〈A――をB――という。BとはAのことである。〉」(170頁)。この文型がいまだによくわからない。通常はBが主語、Aが目的語とされるが(つまり倒置であると)、本当にそうか。主語・述語ではなく、主題語・説明語の概念で考えれば、どちらが主題語でどちらが説明語なのであろう。

 A之謂Bを、「B也者A之謂(也)」の倒置(という言葉は使っていないが)と主張した先人の一人に戴震がいる。

  古人言辭,「之謂」「謂之」有異:凡曰「之謂」,以上所稱解下,如中庸「天命之謂性,率性之謂道,脩道之謂教」,此為性、道、教言之,若曰性也者 天命之謂也,道也者率性之謂也,教也者脩道之謂也;易「一陰一陽之謂道」,則為天道言之,若曰道也者一陰一陽之謂也。凡曰「謂之」者,以下所稱之名辨上之實,如中庸「自誠明謂之性,自明誠謂之教」,此非為性教言之,以性教區別「自誠明」「自明誠」二者耳。
 (『孟子字義疏証』「巻中 天道四条」。テキストは中國哲學書電子化計劃のそれによる)

 だが私には「之謂」の“以上所稱解下”と、「謂之」 の“以下所稱之名辨上之實”の区別がよくわからない。いや、わかるのだが、それほど大きな違いがあるとは思えないのだ。だがそのどちらも、下が説明されるべき名であり上がその説明(一歩踏みこんで言えば定義)であることだけは確かである。つまり主題語は両者ともに説明語の後に置かれている。

(學燈社 1982年12月)

魚返善雄 『漢文入門』

2016年07月27日 | 人文科学
 白話文(中国語・現代漢語)を英文とすれば漢文(文言文・古代漢語)はラテン文に相当し、両者は「別もの」と、はっきり断ってある。

 おなじローマ字で書いてありますが、だからとてラテン文と英文とを同時に、おなじ方法で学ぼうとするのはムチャでしょう。 (17頁)

 この本、漢文の文法構造を大づかみに「主題語(主体語)」と「説明語」とに二分してみせたのは、とてもとっつきやすい全体図の提示だと思う。

 〔「主題語」と「説明語」は〕英語その他の『主語・述語』とくらべて、役わりは大体おなじであるが、内容はかなりちがっている。 (170頁)

 あとはその「かなりちがっている」ところを、実例を挙げつつ説明すればよいのであり、実際、ほぼそうなっている。

 つけたり。

 「論語」は、たしかにむずかしい。はじめの二、三章からとった、わずかな文例からでも、そのことがしみじみと感じられる。「論語は孔子の時代の口語体だからやさしい」などというもは、とんでもない考えちがいだ。口語体どころか、すこぶるヤッカイな文語体である
(208頁)

 興味深い意見。口語でも、いったん筆記されれば意識的無意識的に整理が行われて、もとの口語(体)そのままではなくなる。あるのは口語的な要素の多い文語(体)である。筆者はそのことを言っておられるのかどうか。それとも別の意味で(だとすればこれは『論語』という書物の成立にも関わってくる問題になるが)を、示唆しておられるのか。

(社会思想社 1966年12月)

佐藤信夫 『わざとらしさのレトリック 言述のすがた』

2016年07月15日 | 人文科学
 さて、くだんの太陽系の諷喩〔夏目漱石『それから』における〕は、その気になれば、たとえはなしではなく実話〔原文傍点〕によって語ることもできそうである。親爺(おやじ)と代助との関係を、なにも天体の話などにたとえなくても、文字どおり人間関係を語ることばで、実話として記述することも、いちおうできそうである。しかし、さて、ものはためしにこの一節をそういう直接のことばによって言いあらわしてみようとすれば、たちまち私たちは途方にくれる。そううまくいくほど言語は便利にできているわけではない、ということに思いあたる。そこで、あらためて、もし直接のことばですなお〔原文傍点〕に記述できるくらいなら漱石もはなからそうしていただろう、という、はなはだ間の抜けた当然の事実に思いあたることになる。 (「Ⅰ 漱石のばあい」“諷喩=アレゴリー 2”本書31頁

 その間の事情を、やや言語理論めいた用語にたよって言いなおしてみれば、たぶんこんなぐあいに説明できるだろう。すなわち、標準的な意味分節の標準的な構造化にあてはまらないような現実(もしくは虚構的現実)を、あえて構造化してみるひとつの手だては、別のカテゴリーに属する意味分節からその構造性を借用してみることである、と。そして、いずれにせよ認識とは現実の構造化(分けることによって分かろうとすること)にほかならないとすれば、既成の認識体制の微妙な交換――レンズの交換――としての《諷喩》は、ほんの少々でも冒険的な表現者にとっては《たんなる》レトリックどころではない、ほとんど不可欠のレトリックだということになる。安易な《いい気な》肉眼信仰――というより、肉言語信仰――を別とすれば、すなわち、所詮(しょせん)肉眼と言語は別のことがらだと覚悟するほかはないとすれば、肉眼にかわる多様なレンズの交換は、レトリックの問題である以上に、端的に《言語》の問題となる。 (「Ⅰ 漱石のばあい 2 アレゴリーと漱石と」“諷喩=アレゴリー 2”本書31-32頁。太字は引用者、以下同じ)

 《諷喩》においては、話の筋が二本並行して進行する、と説明することがいちおうはできる。伝統的に、諷喩はそう説明されてきた。一方は、たいていは暗示的にしか表現されない実情のものがたりであり、他方は言語化され表現されているたとえばなしである。一方は、《むなしい工夫》が次々と《挫折する》という実情であり、それに対して、他方は、「水の泡」が「拵へても、すぐ後から消えて行く」という隠喩の連鎖でわる。漱石自身のことばで言えば、「其(その)物に就ての出来事の序列」を「他の一組の出来事の序列」であらわす方法が、伝統的な意味での諷喩=アレゴリーであった。
 が、じっさいには、たいていのばあい、「其物に就ての出来事の序列」のほうはまだ序列化されていない。そういう分節以前=構造化以前のアモルフな世界に対して「他の一組の出来事の序列」を重層化させることによって、いわばその序列性を投影するこころみとして《諷喩》は成立するのであった。
 図式的に言えば、実態の世界においてあらかじめ成立している個々の分節単位に対して、諷喩の構成単位としての個々の隠喩が、一対一で対応するということではない。ときには、諷喩をかたちすくる隠喩たちは、実情の世界が対応しきれぬほどに、自己増殖をはじめるだろう。
 (「Ⅰ 漱石のばあい 2 アレゴリーと漱石と」“諷喩の自立性(あるいは自己増殖性)”本書34頁)

 言語は、現実に対してあまり忠実ではない。むしろ現実に対立して独立した存在を主張してしまう。諷喩とは、そういう言語に対立してさらに独立性を主張する別種の言語でもある。 (「Ⅰ 漱石のばあい 2 アレゴリーと漱石と」“反《随意性(アルビトレール)》”本書41頁)

(講談社 1994年11月)


二宮陸雄 『サンスクリット語の構文と語法』

2016年07月06日 | 人文科学
 2016年07月06日「J. ゴンダ著 鎧淳訳 『サンスクリット語初等文法 練習題,選文,語彙付』」より続き。


 5・・・・・・asti「~である」(繋辞)は省略されることが多い。
     その場合、述語が先行することがある。〔以下例文、省略〕
 6・・・・・・astiには(1)~である,(2)存在する,の2義がある。〔以下例文、省略〕
 (「繋辞」本書5頁)

 いまふと思ったが、『爾雅』の「悠,傷,憂,思也,懷,惟,慮,願,念,惄,思也」は、繋辞がないこともさることながら(古代漢語には繋辞自体が存在しない)、これは述語が先行している構文ではないのか。これは「思」という字の説明なのだから。そしてさらに思うのだが、古代漢文には、従来AB(AはBである)と解釈訓読されている文に、もしかして「BはAである」の文がまじっているということはなかろうか。

(平河出版社 1989年6月)
 

上田美汀子 「岡嶋冠山と太平記 近世文学交流の先駆」

2016年06月22日 | 人文科学
 『桃源』4-2、1949掲載。同誌48-67頁。原文旧漢字・旧仮名遣い。

 同論考では、『太平記演義』の文体は文語(古代漢語)的で『水滸伝』のような白話調ではなく、『三国志演義』のそれに近いと断じている。そしてそれは荻生徂徠に中国語を教え、その『六諭衍義』の翻訳を助けて訓詁を付けさせ、また服部南郭には「和中の華客」と称されたほど、古今の中国語に通じていた冠山による、元の『太平記』の文体に合わせた、意識的な選択であったとする。つまり荒木説とは真っ向から衝突する。ちなみに上田説は、表現・文レベルではなく、使用される虚詞の共通性という語彙レベルの文体分析に基づくものである。