導く

2008-06-17 10:51:24 | 塾あれこれ
できない子は教えないと書きました。

同じ考えで仕事をしている方に申し訳ないので
表現を改めますと、
できない子には教えないですむ段階まで徐々に
導いてあげる、というのが穏当な表現でした。

ただ(導く)と書くと教えるイメージが強く出てきそう
なので避けたかったわけです。


全国で「教えない」ことを頑張っておられる塾が
増えているのではないでしょうか。
レイによって調べたわけではないのですが。

吉備学習システムの方も教えて下さいました。
かの会社のシステムを使って「教えない」塾がある
そうで、HPに紹介されています。
(関心のある方はネットで検索して下さい
 当塾は小規模すぎて採用していないですが。)

知り合いの多くも大なり小なり「教えない」という
ことを考えておられるようです。
打ち合わせたわけでもありません。
学問の主流ではないでしょうし
ヒットした本があるわけでもありません。

ただ、多くの塾が同様のことに辿り着いたということは
ある種の必然があるのではないでしょうか。
もうすぐトレンドになるかもね。


難しいのは教え方。
経営も採算にのせるのが大変でしょう。
考え方の一部を使いながら全面的に移行できない塾も
あるのではないでしょうか。

でも、やりづらいからこそ小さな塾の武器なのです。
大きな塾では出来ないことなのです。

集団授業で「教えない」ところもあるようです。
先生が大変ではないかなあ。

多人数個別という形式で「教えない」もあります。
もしかして余裕がなく「教えられない」・・?

大切なことは個人の把握です。
これなくしては「教えない」は成り立ちません。


ほとんどの先生は生徒を把握していると、自分では
思っているハズです。
していなければ教えられませんから。

ただし深さの問題があります。

私は以前の進学塾で3Aという難関校受験クラスを
担当していました。
生徒は毎年20~25人くらいです。
たったこれだけの人数ですからキチンと生徒を把握
していました。もちろん。

けれども現在の形式で同一時間に向き合う生徒が
3~4人というカタチをとると、以前の20人の時は全く
生徒が見えていなかったという気持ちになりました。

把握の質が違うのですね。

従って、人数が多いときは教えない試みをしても
せいぜい考えさせる時間を増やす程度の事しか
できなかったように思います。

極論すれば(付いてこれないなら仕方ない)というの
が当時のホンネでしたね。
細かく「教えない」対応ができなかった。
一度に20人もいれば例え毎日のクラスでも対応出来な
いし、私も教えない技術を磨けなかったのです。


「教えない」は受験に強い、という話をしたいのです
が・・また宣伝ですね、塾が苦しいのかしらん?
・・すみません、次回。