手前三列はHO-101 組立済を「トビカ」
(グラファイトスプレー)で黒吹き付けしたもの
(汚し無しの車両用)
次の二列はHO-101 組立済を汚し色に吹いたもの
(シンガーフィニッシュ等の交換用)
向こう側はHO-102、HO-301、HO-401をトビカで黒吹きつけ。
(これらの汚しバージョンはこの時点では在庫無し・・・書いている時点=現在は在庫有り)
D51412のテンダーを開けてみました。
もちろんと言っては何ですが、特定番号機ではなく製品名は「D51重装備 長野工場形A」です。 そのラベルに「412」というスタンプが押してあります。
D51785は「D51重装備 長野工場形B」で、これらは乗工社1993年の製品です。
構造に問題を抱えたD51ですが、生産するたびに「音を小さくする工夫」「モーターのトルクで
(特に)テンダーが傾かない工夫」を凝らしています。
下回り;台車を外さなくてはカプラー交換は上手く行かないので下回りもばらします。
ばらしてみました。
真鍮の上の塗装をキサゲで剥がして通電を確保している部分、真鍮剝き出しでは錆びて(艶が無くなるので判ります)通電しなくなりますのでいさみやの常温黒染液で黒染め磨きをしておきます。
テンダー床板と台車の間に見える細かいものは?
左の2つは既存の段付ビス(真鍮黒ニッケルメッキ;マイナスドライバー使用)
→ スプリング無しなので集電の都合上テンダーにも重量が必要
次の6つは交換用に用意した現在IMON製品で使っているスプリング+真鍮ニッケルメッキ後黒ニッケルメッキしたジャケット+鉄製プラスネジです。
→ この組み合わせにすることによって集電力が向上し、テンダーを軽く出来るようになりました。
その右側は黒ニッケルメッキ済み抜け止め段差付ジャケットと鉄ビスの組み合わせと黒ニッケルメッキ済のドローバーピンです。
→ これは、D51412のニッケルメッキのドローバーピンが取り外すのが困難で使用を諦めました。
(抜け止め段差無しのドローバーピンは組立式レイアウト(段差が大きい)を走らせていると外れてしまいます)
グラファイト塗装のHO-101と飾りカプラーポケットに付け替えました。
乗工社時代のD51は布巻線を使った暖房管を少し曲げてやらないと飾りカプラーポケットが取り付けられません。
ボルスター先端が黒染し終わっています。 重すぎるウェイトをはずして分厚い金属ワッシャを(2枚使いました)2mmネジとナットで止めます。
昔、普通だと思っていた2mmネジは今見ると2.6mmネジに見えます。
OJはどうか知りませんが16番の世界でも2mmネジはだんだん使わなくなっていくと思います。
再組立を終わったD51412のテンダー テンダーに関しては最新のIMON製品に近くなりました。
機関車本体を開けてみます。
乗工社製品を乗工社蒸機火室内モーター換装キットを使って「メーカー換装」をした状態です。
モーターはキャノンLN-14。
ヘビーデューティーの仕業がこなせる機関車にするべくシリンダーブロック用ウェイトが入るかどうか試してみます。
ゆるみ止めの筒型ナットを外して寸法ぴったりのはずのD51シリンダーブロック用ウェイトを入れます。
固定にはちょっとゴム系クリアを付けて・・・
・・・結果は駄目でした。
シリンダーブロックウェイトを使うIMONはヘッドライト用の配線コネクターをボイラー内を通して安全弁下で繋ぐ構造です。
乗工社は煙室内にコネクターが来る構造を採っており、それ
(コネクター部分は凄く長い)がシリンダーブロック内にまで絶対達するのでウェイトを積むと合体不能になってしまうのです。
残念ながら諦めます。
乗工社のヘッドライトは、天賞堂がかつて猛烈に多数使っていた「イルミネライト」と同様の火室内の電球を導いてヘッドライトを光らせる構造です。
薄暗くボ~~っと光る様を「昼行灯」と呼ばれたりしました。
私は天賞堂と乗工社のヘッドライト・・・・光ればいいんでしょ?・・・・という態度の薄暗いヘッドライトが許せず「幽霊屋敷」と呼んできました。
そう、その幽霊屋敷も残しておかなければなりません。
IMONカプラーへの交換完了! ぐっとディティールフルなイメージに変わりました。
連結してみた感じです。
次のお題はD51197 1995年発売のD51長工デフ重装備という製品です。
この車両は以前の所有者によって前のカプラーもケーディー#711に交換されています。
フロントカプラーを「トビカ」塗装のHO-301に交換しました。
カプラー取り付け板が先輪同様の支点を中心に動くようになっています。
(HO-301、HO-401はもちろん)IMONカプラーは首振能力が素晴しいので無用の機能と言えますが・・・
そして触らなければこの様に中央に来ます。
フロントカプラーはこれにて解決。
テンダーは93年発売商品と違うつくりです。
テンダー内側に真鍮波板が貼ってあります。
テンダーモーターが発する轟音と戦う苦心の跡が伺えます。
鉄道模型においてはモーター音は無ければ無いに越したことは無いです。
鉄道模型の中で蒸機だけはモーター音が絶対駄目な車両です。
「サウンド」が出てきたのもそれが理由だと私は思っています。
私は個人としては天賞堂カンタムDD51を2両持っていますし、委託でブロードウェイのアメDL買ってしまいました。
しかし、磐越西線で改めて感じたDD51オリジナルエンジンの音、音が小さいです。
DD51のサウンドとは何か? やはり「チャンチャン」言う中間台車の音に尽きます。 以前から百も承知していましたが、世間で「ディーゼル音」と言うから気にして注意深く聞いてきましたがディーゼル音は小さいです。
電関の吊り掛け音よりは大きいけれど、いかなる力行時といえどジョイント音と同程度以上にはなりません。
そんな静かなのは日本のDLの特徴かもしれません。
中国のDLは音が大きいです。 音圧は100倍程度・・・下手をすると千倍かもしれません。
アメリカもそうかもしれません。 すみませんまた話が逸れました。
ウェイトの交換
テンダー台車のセンタービスの交換も終えてD51197も一丁上がりです。
最後にもう一台、D5195です。
特定ナンバーとして1995年に発売されたようです。
これはテンダーモーターを残してあります。 キャブ下からシャフトが飛び出しています。
こちらテンダーです。
シャフトを入れる部分が見えます。
シャフトの両端の突起をテンダー側の雌型シャフトの両端の溝に合わせて線路上で繋ぎます。
この構造を採ったせいでドローバーもワンタッチタイプ、しかも2ポジションのワンタッチタイプという珍しいドローバーを使っていました。
機関車+テンダーの連結は慣れればそれほど大変ではないですが、最初のときのハードルが結構高かったです。
D5195はフロントはダミーが付いていました。
先輪、従輪には復元バネが付いています。
この復元バネは強すぎて、付けた状態では全く走行不能です。 したがって外しておきます。
12mmゲージャー
(これは正しくはアメリカ同様にHOスケーラーと言わなくてはいけないのです・・・本当に滅多に例外が無く9mmと16.5mmの線路、其れに載るHOスケールの車両を持っているからです)の先輩から「乗工社蒸機は何も考えずに復元バネを取り去りなさい。そうしないと絶対走らないよ」と言われてきました。
D5195に関してはそれすらやっていなかった事がばれてしまいました・・・・
カプラー交換するにはスノープラウごと外す事になります。
ケーディー#711
(厚さ3mm)に交換してもスノープラウ高さが変化しないように高さ2mmのスペーサーを噛ませる構造です。
下から見た姿です。
一番オリジナルに近い乗工社D51として置いておいても良いかとの考えも無いではないのですが、このダミーカプラー
(中央)はかなり良くないのです。
手前は乗工社の何か
(電機かな?)から外したダミーカプラーです。
上から見た姿です。
D51ダミーカプラーだけが肉抜きの表現がありません。
正面から見た姿です。 此処では割合善戦しますが、異様に小さいかなと思います。 それが他の蒸機などと比べての違和感になります。
そのままでも良いか?という考えに勝るのは100点満点の機能を持ち、外観でもより優れたHO-301に変えておいたほうが後々実験するときにも重連してみるときにも便利だからです。
テンダーの中にはEN-22が入っています。
集電性能向上を狙ってスプリング組込の新システムに交換します。
(集電性能の悪いことが原因の)モーターのトルクの急変でテンダーが傾かないように前側台車のボルスターをうんと広くしていますが、今度は乗工社のテンダー台車の仕組み
(台車枠とイコライジングシステム+車輪が別々で2本の1.4mmビスで固定する)と相反することになってしまっています。
1993年モデルでは此処は1.4mm×長さ2mmビス2つで固定していますが、95年モデルでは巨大ボルスターを引っかいてしまうので1.4mm×1.5mmビスを前側だけ使っています。
それでも引っかいています。 回転時の抵抗になりますし機械としていかがなものかと・・・
乗工社時代に組み立てていた人の中にはかなり危ない人も居て、まっすぐ付いていないものが結構ありました。
このD5195も台枠とボルスター、どちらがセンターから狂っているのか判りません。
日本で組み立てると日本人の性質なのか韓国、中国での組立に比べると遥かにまっすぐ綺麗に、水平垂直がきちんと出るように組んできますが、中にはかなり怪しい組立もあるのです。
現在のIMON
(五反田工房)の組立、現在IMON南品川工房となっている旧フクシマの組立は現時点では夫々個性も違うし
(クリアランスの取り方など)哲学が違うとまで言っても良いような違いがありますが、いずれにしても非常に高いレベルにきていると自負しています。
しかし、こういうものを見たときにも「気を付けなければ!」とヒヤッとする感じがあります。
(また話がそれてしまいました・・・)
一応作業終了です。
実はD5195はシンガーフィニッシュです。
中古委託で手に入れた4台の乗工社D51の中で唯一のシンガーフィニッシュです。
この時代のシンガーフィニッシュは極限に近くまで強くなり、ノーマルフィニッシュにまでシンガー的なフィニッシュをしていた時代です。
オーストリアのシンガーさんが開発して乗工社スタッフが習い、真似して倉持尚弘乗工社代表の言葉を借りれば「免許皆伝」を頂いたシンガーフィニッシュの手法ですが、日本型に適用するのに「そのままではいけないんじゃないか」と思ったことがあります。
シンガーフィニッシュはスイス、オーストリアの山岳ナロー・・・主にメーターゲージ・・・車両をレイアウトに置いても出来の良い風景の中で浮かない為の舞台用メーキャップだと倉持さんに聞かされてきました。
日本型にやる場合、手法は使えるとして、夫々の手法の比率や汚れ色の比率は日本の事情に合わせる必要があると感じています。
日本のサブロク
(3ft6in≒1067mm)はメインラインですから走行距離がぜんぜん違ってきますし、高湿度な気候が全く違います。
鉄のブレーキシューを使った時代、真っ赤な線路
(Nゲージトラックも昔は錆び色だった)を遠くまで走る日本型に相応しい舞台メイクをしなくてはならないのです。
D5195
(シンガーフィニッシュ)とD51197
(ノーマル) ともに1995年モデル
並べてみるとD5195は真っ白だということが判ると思います。
この時代の乗工社蒸機は白く
(本当は銀色ですが)汚しすぎているのです。
シンガーさん本人がフィニッシュしたらしいというOm
(1/45 22.2mm・・・MOROPでは22.5mmだがフェロースイスは22.2mmという主張を曲げない)のモデルを見たのですが、買って置けばよかった・・・
それは
(特に銀の使い方に)メリハリが利いたこのD51とは結構違う雰囲気のモデルでした。
残念ながら
(失礼ながら)この時代のD51SFは三十数年前大学生時代に自分がウェザリングしたがやりすぎて失敗だった模型に見えて仕方が無いのです。
写真はしかし、必ずしも真を写しません。
「良く」写せて仕舞うものだと思います。 まずはSFのD5195から参ります。
(クリックで拡大できます・・・いつものことですが・・・)
D5195はこんな箱に入れることにします。
D51197
D51412
動輪のテーパー角度やいろいろなところがIMONのD51と違うので何時か能力テストをしてみたいと考えています。
ところで、同時期にIMONのD511も手を加えましたので(似てるか似てないか)比較の意味でもちょっと紹介いたします。
これは社員が会社のスタジオで撮ったものです。
D511は過渡期の製品で、架線注意が貼られていてケーディーが付いています。
台車を外してみて「あっまだ真鍮色のままにしてあったんだ」と気が付きました。
後ろのボルスター、後ろのマクラバリをマッハキサゲ刷毛で磨きました。
台車枠をひっくり返した状態です。 この構造の場合両側磨く必要があるのです。
ボルスターを黒染め磨きしました。 ちょっと水をつけてティッシュで拭きます。
後ろ側だけ黒染め磨きした状態です。
実は結構あっという間に出来てしまう作業です。
本当はいさみやの常温黒染液は強すぎるので4倍程度に薄めて付けて磨くのがいいかもしれません。
真鍮剝き出しで「錆びるに任せる」はこれまでの50年も行われてきた普通のことです。
黒染め磨きが「そのまま」に比べて優れているのか劣っているのか10年したら判定を下せるかなと思います。
(此処まで私は黒染め磨き実施に軍配を上げてきました・・・今後は製品でもやって見ます)
無事IMONカプラーに換装なってがっちりした感じになったD511です。