病院食3日間9食分の「カロリーと塩分」を一気に!

2022-07-31 | 喰いだおれ

家族で食事に行きました。 銭湯(いや、戦闘じゃなくて先頭ですね)を行く英子が入店する瞬間。

“ジェントル”というお店です。 我家から2番目に近いお店です。

スペアリブのバルサミコマリネ、ザジキソース

これはコースの前菜です!本当ですよ!

今はそうではないですが、昔はこのお店、日本人は殆ど見かけない店だった・・・今は店が変わったのですが、所謂“オークラ盛り”と感じます。

リングイネ 真蛸とハラペーニョのアラビアータ

我々もハラペーニョ!なんちって。

塩焼き鮎のラグー 枝豆とルッコラ

トイレは階段で地下に降りて行きます。 なかなかのリハビリで2回行きました。

博多地鶏のグリル ディアボラ 朝天唐辛子

なかなか辛くて頭にも汗をかきました。

おすすめのラム肉

デザート 左はチーズケーキ、右は生チョコレート

このデザートだけで「一食分」くらいの飢えは凌げます。

恐るべき滋養!

コーヒー

デザートと同時がどちらにとっても良いのですが、大概別々に出てきて両方大きな不満が残り馬す。(ますとも言います)

一年のダイエットも一夜にして無に帰さしめる!恐るべき塩分とカロリー!

まあ、入院の14日間の努力を「無に帰さしめ」そうな感じはあります。

この悩みはどんな量でも食べ尽くせる胃袋を持つ者の悩みで他人にはは全く理解してもらえません。

どれほどこんな事が嫌なことだかわかってくれる人も居ません。 私は貝になりたい。

不満の捌け口でたまたま隣に来た画像を出します。

10代最後の頃のドイツ撮影行きがイモンの大食らいの原点です。

「日本人か!?」とわかった瞬間のニコニコ顔と「超山盛」の大歓迎!

増田さんとは、いかなることがあってドイツ軍の物量攻撃に負けてはならないのだ!と訳のわからないことを叫びながら絶対に残さなかったです。

食べ物にありつけず、絶食も多かった・・・いや殆ど年中でした。

それ以降「大食いショー」が特技となり、仕事でイタリアで日本人四人でテーブルを囲んだ時、適量の4倍ほどの量が出てきて他の三人が絶望の叫びをを上げても、私が「あっ!」という間に殆ど食べる・・・でも恥ずかしいから少しだけ残す・・・なんてことをよくやったモノです。 店のオーナーシェフが食いっぷりに感激して出てきて握手とか。

変なことに話題が逸れますね。

この写真は1979年3月、ライプチッヒの駅です。

画角を決める暇もあらばこそ、絵になる女性が歩いてきたからシャッターだけ切ってしまったという写真です。

女性はもしかするとメルケルさんかもしれない!など適当なことを言ってみたりします。

このような写真を撮ると何人かは必ず機関車を見ているというのが東とは言え“ドイツ”ですね。

列車は“メッセツーク”です。 ライプチッヒメッセです。 始発駅はハルバシュタットです。 まだ「連帯」によるストで混乱する前で東ドイツの蒸汽機関車に絶望がのしかかっていた時代の中でのラッキーでした。

あまりにも写真が無いのを憂いて少し持ち込みました。

 


久々の出社

2022-07-30 | 鉄道模型

時間に追われまくりの生活に戻る感じです。

エレベーターの中にでっかいポスターが貼られていました。 忙しいワクワクする3日間がやってきます。

私の立場(主催する側)でも見切れない、会うべき人に会いきれない忙しい日々ではありますが、体をダメにしないように気をつけて頑張ろうと思います。

157系片栓特急色【ひびき】です。

まもなく完成間際の渋谷店レイアウトを使ってJAMで使う画像を撮影します。

デハ3507の電装もそれに合わせて実行したのですが【ひびき】でも同じ目的でちょっと作業があります。

説明書をRocoの機関車の説明書同様、中身の下に収納して邪魔にならないようにして、下り寄り床下に号車番号シールを貼ります。

工房ミーティングがありました。

メッキ仕上げを目指すEF81−300です

メッキですが上にクリアラッカーを吹きます。

その仕上げのチェックです。

素晴らしい機関車になりそうです。

Jパンタシリーズ、1/80 Jスケールのパンタグラフ最新の“PS2”です。

PS2は1919年製造の国産電気機関車ED40に使われたパンタグラフです。 台枠の形状が後のパンタグラフとは随分違います。

フクシマ模型製作所で発売していたパンタグラフで、社員全員がIMONに引っ越して南品川工房となった時、これを一つのチャンスと捉えてパンタグラフ全機種を見直して新構造にすること目指しました。

これでその挑戦は完遂(かんつい)できたわけです。

(日本語では「かんつい」ですが漢字の読み方を無理して減らす改悪を強制したので遂を「つい」と読ませないようになりました。私が中学受験した頃は「かんつい」と読まないと「」がついたように思います)

EF66の台車です。 アップルはすぐ「代車」と変換しますが、代車などと言うものは日本語の中でも滅多に使わないものです。自動車事故や故障の後にだけ出てくる言葉で、台車のようにいろいろな局面で出てくる言葉ではないです。 この言葉のランク分けみたいな話は意見の相違ではなく、単語としてもカーストが違う明確な話だと私は思います。 ウィンドウズを見限ってアップルに全面移行しようとしているイモンにはアップルの日本語の拙さが心にグサグサ刺さる怖さです。

マクラバリは強烈な機関車重量にも充分耐える強度を持たせています。

EF66という機関車は非常に意欲的な設計がなされた機関車です。 日本の鉄道全体を通してみても画期的な存在であったと感じています。

HO1067で作るということは実物で「ある」その立体感を模型に表現可能な作り方として作るのですから、それだけの存在感を示せる素晴らしい製品にしたいです。

当然全軸駆動(模型のF級機は実は多くが実はED)ですからこのような床下機器の姿になります。

このポロシャツ、Tシャツが2022JAMの出展サイドの特典ウェアです。

1号機関車(150形・・・なんと形式150 です)の当初の姿です。 今残っている1号機関車は後年になってからの改造後の姿です。

出展者専用ウェアではなく記念ウェアを作ることを計画しています。 力及ばず当初考えていた規模が1/4程度の規模になってしまいそうですが。

 


デハ3507 電装

2022-07-28 | 鉄道模型

今日は昨日と比べるずっと楽です。

大事な仕事を一つやってしまいます。

東急デハ3500形3連の中でまだ未電装だったデハ3507を電装しようという作戦です。

デハ3500の台車本物はWB2250mmですから1/87で26mm位です。 それを根拠に1/80として作った台車を1/87で使おうと企んだのですが当初台車がうまく作れなくて(東急委員会)一回り小ぶりなものしかできませんでした。

そこで軸穴はWB=24.5mmで開けました。

たまたまWB=24.5mmでできたわけではなく、模型の台車は出来上がってきた台車枠に適切なWBで後から機械加工で穴を開けるわけです。

だからこうしてWB=24.5mmのIMONギヤはピッタリ合うのです。

デハ3508は動力付きになっていましたが、うまくいかなかった台車なのでIMONギヤは一つだけ作ってありました。

台車をイモンが上手に組み立てればそれに合わせてWB26.0のIMONギアを2つ作って貰えばよかったのですが、もたもたしている間に体が動かなくなってしまったのでWB26.0を諦めました。

改めて不本意でもありますがWB24.5で観念して完成に向かいます。

デハ3507はIMONギアだけが欠けている状態でした。

でも動力化するならば集電力を強化します。

抵抗になる集電機構は動力台車であればOKです。 走行を重んじる鉄道模型には付随台車には転がりの方が大事です。

左てIMONの13mm用集電ブラシを使おうと考えていたら集中力がだめでネジ穴(径2mm)から16mmの位置を切ろうとして11mmで切るというチョンボをしてしまいパーにしてしまいました。

仕方がないのでスパイクモデルの集電ブラシを使います。

12mmと13mmは車輪踏面に当てる集電ブラシは全く同一で大丈夫です。

集電ブラシをマクラバリにつける時の絶縁段付きワッシャ、左がスパイク(細い所の外径は1.9mm)右IMON(細い所の外径2mm)

集電ブラシはスパイクですが、穴を2mmに拡大してIMONの段付きワッシャを使います。

理由は電気の受け渡しを2mm用ラグ板を使うと決めたからです。

重ねて2mmの段に綺麗に嵌めたいです。

小さいラグ板、この2つは両方ともIMONです。

南品川工房と五反田工房のこんな微妙な差があります。 小さい方が多分五反田です。 ナローがあるからでしょうか? ハンダ部分が幅広の方が南品川だと思います。 複数のリード戦をハンダすることを考えていると思います。

まだ普通の車輪が入っていますが、この動力台車の絶縁側は集電して床板へアースします。 床板がリード戦代わりです。 ペーパーモデルならではですね。

アースした状況です。 これで「そのアース側」は6点集電、反対側は4点集電となります。 軸受からの集電よりも集電ブラシは5倍も効果的に集電できますからISカプラーがなくても集電はバッチリです。

これでできたつもりでした。

なんと逆走します。 が〜〜ん!

モーターの端子を入れ替えました。

上手く行きました。 深度合成で撮ってみました。

 


退院しました

2022-07-28 | 健康

病室からの眺め

入院時

退院時

高樹町降りたところ。 景色変わりそうですね。

懐かしい渋谷村に帰ってきました。

夏の盛りになっている景色

少し時間が経過していますがスマホによる撮影。

スマホの画面がかなり盛っているのが分かります。

蒸機撮影においてカマは緑バックだと同じ黒に溶け込むのですが、スマホは緑は明るく空の青は暗く写すのが分かります。

私が寝ています。 計量サボると4〜5日で寝るのに14日目ですから。

こんなものですか・・・今日帰ってからたくさん食べてますから。

たった2.7kgか!と思いましたが、ママはびっくりしていました。

入院時の食事は健康的ではありますが、病気で痩せるほどの勢いは無いということです。

体重も休まず努力しましょう。

まっすぐ歩けないという足腰の心配をしたのですが、頭の重さに首が疲れてだめです。

2〜3時間に一回寝て首を休ませないとだめです。

人間の頭は重いです。 私の頭がでかいのか?

明後日会社に行くことを目標に頑張ります。

 


D924 Rostock行

2022-07-26 | 海外蒸機

今日の傷口です。

傷を守るガードに外部から水が侵入していたので、念のため明日まで観察することになりました。

左て(さてとも言います)

ケチなイモンですがこの写真は昔々三田会写真展に出したことあるなと思い付き、使ってしまいます。

01 2204-4  D924  1976-12  ヴァインヴェーラ 〜 ヴェーラ

D924 はドレスデンからベルリン・オスト経由ロストック行きの国内急行です。

夏の間は D1274 【Metropol】という国際列車ですが冬は運休し、同じスジの D924 となって走ります。

メトロポール号はハンガリーの首都ブダペストからチェコスロバキア共和国を縦断してドレスデン、ベルリン経由ロストック行きです。

ロストックはデンマークへの航路の港(ヴァルネミュンデ)がありますが、この列車のスジでは船の便が終わっているのでロストックで宿泊という形になるのだと思います。

メトロポールは夏の繁忙期の列車なのでもしかすると冬休んでいるDRの近代化改装車が多く、食堂車と1〜2両の寝台車がハンガリー国鉄の車両です。(まだ模型が無い車両です)

冬のD924になると食堂車はDRが自前で出さなきゃいけなくなります。 すると格調高い戦前型のMITROPA食堂車が使われていてなかなかインパクトがあります。 編成はご覧のようにいつも凸凹の混結編成です。

ヴァインベーラはドレスデン・ノイシュタット駅(エルベ川を東岸に渡ったゲルリッツ方面線と別れる駅)を発車し、ライプチッヒ線と別れて10km程進んだ街・駅です。 エルベ川近くの低い土地からやや高度を上げてひたすら平坦な大地に向かって駆け上がる途中、東岸に丘が迫ってベルリン線とライプチッヒ線が再び接近して丘に沿って大きなカーブが続くところです。

ヴァインベーラ 〜 ベーラ間は素晴らしい名撮影地でした。 駅間10km余。

この写真のポイントはヴァインベーラから3km位来たところ、一番重要な大築堤での大カーブのど真ん中くらいです。 この前後の大カーブの区間は比較的視界が開けていて実に都合が良くできています。

この列車のように北行はノイシュタットを出てライプチッヒ線との分離を終えてオーバークロスする登り勾配があり、ここの緩い上り勾配があるので全力加速中だがまだスピードに乗り切っていない90km/h位のスピードで駆け上がってきます。 ベーラの駅を100km/hで通り過ぎると直線となってすぐに120km/hに達してそのまま緩めることなく給気し続けます。

D924は真昼の列車ですがドイツの冬は特に暗いです。 残念ながら夏もほとんど日が差しません。 我々の「行い」が悪いのかもしれません。