我家の台所事情、牛乳パックの消えていく速度が早過ぎ!
大井町仙台坂上、スクランブルを自転車が行きます。
此処から駅に向かって150m位高台が続き、駅以外の方向全てが下り坂です。
桃ちゃん工作教室、台枠下板工作中。
真剣そのものです。
下回りは当面黒染めで仕上げます。 100%の作業が桃ちゃんです。
1976年8月のポーランド。 Pm2-23 かな?
当時は気が付かなかったですが前端梁は確かにオレンジ色でキャブ屋根は艶消しに見えます。
煙室前面と煙突は艶があります。
模型は正確でした。
このカラーポジはダメージ受けています。
ハッセルブラッド500CM+プラナー80mmです。
雪が残っている風に見えますが、間違いなく1976年8月。
イモンは19歳です。
発車はとても駅に近い位置で撮っていますが、駅からの通報で本気の警官隊がやってくる危険「大」です。
「駅発車」は自分達が乗ってきた列車の発車を撮ったに違いないです。
増田・井門組はビドゴシュチ〜トルンの区間でいつも駅間ど真中を狙って陣取りました。
最初に警官隊に捕まった時は、駅から2km程度の場所で撮影、駅まであと10mに近付いたところで駅舎内から警官隊が雪崩出て円形に包囲されました。
その経験もあって、遂にPm2が走る区間を発見してからは「駅間ど真中」を狙いました。
警官隊が選んだ作戦は客車列車全てに多数の警官を配置して「撮鉄2人組」が客車に乗り、下車したところで一緒に下車してホーム上で確保する作戦でした
客車に乗った時、乗客が警官ばかりで変な列車だなと思ったわけです。
あの日撮った客レ全てが「おまわり列車」だったのでした。