模型工作室からぶどう色電関、レム

2015-09-30 | 鉄道模型
電気機関車、運転室内を追加充実させた車両の仕上り写真です。




ED60 3

青いED60をこの番号にせざるを得ないので、こちらは改番するかもしれません。


こちら側が東日本大震災で大きく被災したサイドです。


ED61 1 こちらサイドは小さく被災。




ED61 16


にた様な車が3台有るので機関区ごっこが出来ます。






走る方はどんな具合か分りません。




コキ252005 ついでに撮影しておきます。




コキ104-2133 

再生産が待たれます。 コンテナはJOTが良いかもしれません。


レム5000です。

ヴェスターヴィーゼのキットを林工房で組立依頼したものです。


ワールド工芸のワム50000、2両と同時作業進行することにします。

一軸台車をネジで簡単に外せるワールドワムはそうして車輪を取り、軸受けをマスキングします。

外すと面倒な事になりそうなヴェスターヴィーゼは車輪をマスキングしてしまいます。


田宮のエナメル黒とレッドブラウンを合わせた塗料を使ってスミ入れをしてドアが開閉しそうな感じにします。

ついでに蝶番の部分や縦補強などを少し汚しで雰囲気を出します。

エナメルシンナーを染み込ませた → それを絞るかかなり乾いた状態にしてから拭き取りを掛けます。
ティッシュ上から下へ垂直に拭き取るのがポイントです。

この後汚しを吹き付けるのですが、レムに関しては食品に関わる事が多いと考えて綺麗な方向で行く事にします。


素晴らしいインレタが手に入りました。


切り離してメンディングテープで貼り付けてあまり硬くないシャープペンで擦って転写します。


こんな具合です。

もう車体の汚し吹き付けは終わっている様ですね。


ナンバーは5で始まる文字列を大まかに切り出して、前後の数字を別の紙などに転写して無くしてから使います。


こちらワム50000です。

屋根はスエード調スプレーを先に吹きますのでマスキングします。


マスキングには極力捨てるべき紙を取って置いて使う様にします。

マスキングテープを節約する目的と、すでにレタリングが入っているものの上にマスキングテープを貼るとせっかくのレタリングを壊す危険があるので紙部分を当てて安全を図る目的があります。


スエード調スプレーを吹きました。

乾いたキャンバスの上から9mm幅マスキングテープを間隔を開けて貼り、その状態でクリアラッカーを吹いてキャンバス継ぎ目を表現します。


奥;マスキングテープを剥がす前、手前;剥がし済み。


両方剥がしました。 このままの状態ではキャンバス継ぎ目がモロ過ぎるし剥がし跡がちょっと白くなりがちで汚いのでより多くのフラットベースを入れたオーバーコートと汚しを吹きます。

ただ、この車両の様にインレタ貼るる必要がある物の場合、インレタに対するオーバーコートと共通化した方が得です。


安直ですがレッドブラウンや、XF-18黒で済みそうな色差しをどんどん進めます。


冷蔵車の手摺りは黒ですが、失敗して車体にぼてっと行ってしまいました。


乾いてから細いドライバーの先で削り取ります。 綺麗に行かないときは細い筆でちょんと白を塗ります。


実は失敗して妻面に汚れ色が吹き付き過ぎてしまいました。


白い粉を塗り付けて押さえて置きます。 お化粧という感じです。


仕上がったワールド工芸のワム50000(一段リンク)です。


こちらは二段リンク、よんさんとう以降用の色差しです。


この2台は同時に弄ったのですが、使われる編成は全然別の物になる事になります。


なかなか良い商品だと思います。


こちらレム5000は2両共よんさんとう以降用です。


こちらも非常に良い感じだと思います。


貨物列車がぐっと引き立つ様になって大変嬉しいです。







模型工作室からぶどう色電関

2015-09-29 | 鉄道模型
かつて仕上げた茶色のED60、61にもう一度触ります。


助士席側はインパネがありません。

機関士側にも運転台機器がありません。

椅子の色が見えているだけです。

分解して、取付ようと思っているパーツ類と一緒に並べて見ます。

元の椅子は1/80の椅子です。 運転台が高い車種用でもない。 確かエコーだったか。
元の椅子はアングルを避けて内側に寄っています。
運転台がなければ椅子が見えるだけマシなのでこのぐらいアバウトで良いかなという所です。
(運転台付だと椅子の位置は誤魔化せないです)

新しい椅子は黒塗りプラバンに載せて固定済み、そのままアングル上に載せて接着します。
新しい椅子はIMONのED75に載せてあるモノです。

パーツとしての発売は・・・・まだですね。

塗装、色差しが終った椅子3両分です。

ED60、61茶色は3両居るのです。

ついでに運転台機器も見ます。

乗務員椅子取付板(=ただのプラバン黒塗り)に載せました。

ED60に載せました。

まあまあ効果的でよかったです。 車体色;ぶどう色だと室内装置は特に効果的な様です。

機関士側

車体内部色が大きな側窓から見えています。
真ん中窓から見える色はEN22にエナメル塗装、左右はラッカーを吹いた板を内側に張っています。
微妙に色が違うのが判って仕舞いますね。
肉眼ではそんなに差が有る感じではないのですが写真では随分違って写ります。

→ 実は弱くストロボを焚いているからです。

肉眼で見えても写真にはなかなか写ってくれないのが車内の色です。
弱くストロボを焚くとぐっと車内の色が見えてきます。

(窓から見える部分、製品だったら見え方を研究してエッチング抜きでそれらしいモノを塗装して貼るのですが・・・根性が足りないのかな)

そんなところで2ミリネジの入れ物をうっかり机から落としてしまいました。

分類して置いた物が全部混じってしまいました。

長さ毎に別れていたネジが一番悲惨です。

内部仕切が有って蓋はひとつと言うタイプは落とすとこういう惨事が待っています。

最近発見してIMONに置く様になったパーツケースに分類収納します。

落としても混ざってしまう心配はもう無いです。

区名札差の内側を筆で黒塗装してIMONから発売成った区名板インレタを転写したら接着が弱かった札差がインレタ台紙にくっついてきてしまいました。

たいした問題じゃないです。

こんな感じに仕上りました。

これは・・・ついでに某工房に組立依頼していたのが進行しないので改修して自分で組む事にしたIMON製C5534キットです。

早くこれで遊びたい!! でも韓国の粉々キットらしいので怖いです。

C60が先かな・・・





中等科ラグビー部リーグ戦最終試合

2015-09-23 | ラグビー
学習院中等科ラグビー部は都大会一部Cグループに属し

北中野中 17-17 △

玉川学園 24-38 ●

と二試合を終わって1敗1分です。

今日の対戦相手は玉川学園を36-29と破った帝赤聖連合チームです。

帝赤聖連合は帝京中、赤塚三中、聖学院中の連合チームです。

大きな力の差は無いが戦績を見るとやや相手に分が有ります。

中でも原口さんの偵察によれば強い子が居て相手チームが止められないのだそうです。 学習院の苦手なタイプかもしれません。

負ければ決勝トーナメントに進めず、これが公式戦最終戦になります。 勝っても最終戦になるかもしれません。


試合会場は八王子拓真高校


中学の試合で高校のグランドを使うとは珍しいです。


中等科ラグビー部の応援断幕も掛って居ます。


石井監督を中心に院歌を歌って決戦に臨みます。


礼! 相手ジャージーは帝京の「赤」です。


キックオフ


相手ボールの時にも競り合うなど


常に烈しいFW戦を展開しますが


圧倒的なボール支配をされてしまう序盤です。


帝赤聖連合トライ ゴールは失敗

学習院 0-5 帝赤聖連合


リスタートのキックオフ


ラックで連続支配を


許します。




これらはそれぞれ皆別のラックです。


攻め込まれて


この相手9番が強い、大きい、速い、止められない選手です。


トライを許します。 2本目。 ゴールは失敗。

学習院 0-10帝赤聖連合


リスタートのキックオフ


この時は学習院がキャッチした様に思います。


9番をマークしていますが、その9番をダミーにして回してきます。


10番から


11番(右ウィング)に回って走られます。


ゴールライン目前でタックル! 二人目も学習院です。


一端ゴールを守り切りました。


しかし


3本目のトライを許します。 ゴールは失敗。

学習院 0-15帝赤聖連合


リスタートのキックオフ


攻め込んで


相手ゴールラインまで数十センチまで迫ります。


しかしゴールラインを割ることが出来ず、


右に左に激闘が続きます。


相手ボールラックから球出し


相手ボールを奪取しようとボールに脚を掛ける井門君


もう少し


だが、負けました。 押しつぶされます。


止まったところでハーフタイムの笛です。


ハーフタイム


後半、相手キックオフを捕って前進します。


タックルで倒されてもマイボールキープ!


右に


左に


倒されても


走り負けません。


相手ボールラインナウトも「ノットストレート」


マイボールスクラムへ


イーブンボール


敵ボール


学習院のモール攻撃


叶わず相手ボールスクラムへ


相手側のモール攻撃


拾って突進


総力戦我慢の仕合です。


自陣ですが相手反則を貰います。


バックスが走ります。


回します。


倒されてもボールを生かして


走ります。


ライン際


トライ! 零敗は免れました。


ゴールキックは失敗

学習院 5-15帝赤聖連合


リスタートキックオフ


FW戦


相手ボール


タックル!


相手ボールスクラム


ゴールライン寸前で相手ノッコン、守り切りました。


味方ボールスクラム


右側サイド攻撃


もう少しですが


倒されます。


攻め続けます


敵陣に入ってマイボールスクラム


ブラインドサイドを突破計ります。


トライ!


右隅からのゴールキックは失敗

学習院10-15帝赤聖連合


リスタート


マイボールスクラム


再び右へ


突破を計るも


相手ボールスクラムからの球出し


相手の攻撃をラインから押し出すことに成功しました。


マイボールラインナウト


展開して右ライン際を走ります。


タックルを受けながらもトライ!


右隅からのキック失敗

学習院15-15帝赤聖連合

同点です。 私はまだ15-17で負けているかと思いました。 同点です。


リスタート


右側から突破を図る井門君


ボールは切り札佐藤君に渡り


快足を飛ばして


中央にトライ!


身長に狙いを定める高崎君


ゴールキック成功!

学習院22-15帝赤聖連合

まさか逆転できるとは思ってもみなかったママたちはもう泣けてきています。


リスタート


学習院のモール攻撃


簡単に蹴り出してノーサイドの笛です。


礼! 帝赤聖連合チームはセンターラインに整列しています。


相手ベンチに礼のあと全員が手でタッチして自陣に向かいます。


自陣ベンチに礼


そして、来ました! 応援席に「応援ありがとうございました」です。


24mm広角レンズでも入りきりませんでした。

Bチームは23日(明日)最終戦を残しています。


勝ちましたが一勝一敗1分、得失点差「-5」 これが最終戦である可能性が高いとみて全員の記撮!


3年生の記撮を撮って置きます。


グラウンド整備は城北中と青山学院中、各ゴールは学習院と帝赤聖連合が片付けます。


バーを降ろして


運び


ポールを倒


倒して運びます。


あと5分、あと1分、遅れたら腕立て100回と言う声が飛びます。


撤収 


西八王子から帰路に就きます。

この早朝、日本代表が歴史的勝利を遂げました。
日本代表も合宿中の映像を見ながらやるときはやるんだという意識を高めたそうです。

学習院中等科も自分らの菅平の合宿の映像を見るのは良いんじゃないかと思っていた矢先の日本代表の話でびっくりします。
あの合宿を見ただけに今日の勝利の嬉しさが格別です。

1勝1分1敗となり、得失点差-5で二位は難しいかもしれませんが決勝トーナメント進出には僅かながら期待が持てるところにいます。 他校の結果を待ちましょう。




翁長知事演説

2015-09-22 | 政治・経済
翁長知事の演説の映像が流れました。

スイスのジュネーブで開かれた国連人権理事会で普天間基地を名護市辺野古移設計画反対を国際世論に訴える演説です。「駐留米軍による事故や事件が多い事」などが聞こえてきました。

翁長さんとしては政治家として沖縄県知事に長く留まる事が目的という事でしょうか。

アメリカの日本支配は自治させて、そう思わせないで続ける巧妙なモノだと思います。
かつての植民地支配に比べてモダンで優れた戦略だと思います。

集団的自衛権の問題もそうですが米戦略に関わる事で日本国民の意志実現は難しいと思います。

完全な属国、所有物であり独立国ではありません。

わざわざ発言して鉄道趣味のブログを汚すのも何ですが、演説を聞いてびっくりして発言してしまいます。

その翁長さんの演説目的は「日本人にその現実を突きつける事」にあったら凄いですね。

番犬さまと言って笑っていられない最近の情勢でしょうか。

http://www.pointtown.com/ptu/poitto/topic/5911329/view.do

ただ私は日本の独立は現実的ではないと感じています。(不可能かなという意味でも)

ポピュリズム一色で主張に一貫性が無さすぎる民主党は早期に解体してまともな野党が成立した方が我々は幸せになれる様な気がします。

(第二次世界大戦後のドイツの行き方を研究する事も必要かもしれません)






ストリートオーディション31周年

2015-09-22 | ノンジャンル
自分の記憶用に小さく書き込みしておきます。

9/16恒例の同窓会が有りました。 猛烈盛り上がって酔っぱらいました。 (痛風の原因?)


↓ブログ始めた頃の同窓会の様子です。 (今再び減量中、この30年前の70㎏を目指しています)