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行動遺伝学者による遺伝と環境の複雑な絡み合いの解説

2012-07-12 08:34:47 | 読書ノート
安藤寿康『遺伝マインド:遺伝子が織り成す行動と文化』有斐閣, 2011.

  新しい遺伝子観の啓蒙書。行動遺伝学の成果をもとに、旧来の決定論的な遺伝子観を廃し、遺伝子が環境と複雑に関係を取り結ぶ様を解説している。これまで、IQや性格が遺伝子の影響を受けるかどうかで多くの議論が交わされてきた。この本は、影響を受けることは当然という前提で話をすすめ、その先の「ではどのような形で影響するのか」に焦点を合わせている。その点で、類書より一歩進んだ内容と言えるだろう。

  著者がしりぞけるのは、ある遺伝子の存在が特定の性格や知能をもたらすという、遺伝子と表現形の一対一対応型の考え方である。確かに遺伝病のケースではそのようなことがあるが、性格や知能に関しては複数の遺伝子が影響するためにその発現は単純なものではないという。また、遺伝病のケースですら、環境をコントロールすればその発現を抑えられることもある。

  対して、一卵性双生児と二卵性双生児の比較をもとにした行動遺伝学の知見から、遺伝の影響はあらゆる点で観察されるが、その影響の程度はさまざまであることを指摘している。一方で「環境」の影響もあらゆる点で観察されるが、その多くは両親の養育態度ではなく、別のさまざまな「環境」だという。

  遺伝と環境の交互作用についてはまだ不明なことが多いが、分かっていることが二つあるとのことだ。一、環境の自由度が高いほど遺伝の影響が大きく表れる。二、環境が厳しいほど遺伝の影響が大きく表れる。矛盾するようだが、次のようなことを言っている。最初のものは、ストレスが少ない環境ならば、行動の選択肢が少ない環境よりも選択肢の多い環境の方で遺伝の影響が現れやすいことを指す。強く生存に直結しないような選択において、生まれつきの嗜好が出てしまうのである。一方、二つ目のものは、ストレスフルな環境では、その環境に反応しやすい遺伝子の有無が性格や行動に直結してしまうという。例として、虐待された経験を閾値として反社会的人格の形成を促す確率の高い遺伝子の存在が紹介されている。

  終章の、著者の言う正しい遺伝観を取り込んだ社会設計または教育制度設計の議論については、同意しない読者もいると思われる。ただ、そういうところまで踏み込んで考えなくてはいけないと言う点では合意が得られるだろう。

  批判の多いデリケートな分野のためか、全体として韜晦な文章になっている。行動遺伝学の論理については同じ著者のブルーバックス『心はどのように遺伝するか:双生児が語る新しい遺伝観』(講談社, 2000)の方が分かりやすいので、まずそれを読んでからこの本にあたると理解が容易になると思う。
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