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旧日本軍の軍人研究。彼らはサラリーマンとそう変わらない

2021-12-24 07:00:00 | 読書ノート
広田照幸『陸軍将校の教育社会史』(ちくま学芸文庫) 筑摩書房, 2021.

  1997年に世織書房から発行された書籍の文庫版。サントリー学芸賞も受賞している。これまで旧日本軍の陸軍というのは、開明的な海軍に比べて、天皇制イデオロギーに凝り固まった封建的で遅れた組織だったというイメージがあった。少なくともこの広田著が世に出るまでは。本書は、陸軍の士官レベルの人々は立身出世を目指す個人主義者だったのであり、彼らにとって士官学校と軍というのは社会移動のための数多あるルートの一つにすぎなかったことを明らかにする。すなわち、彼らは世俗的なメンタリティの持ち主であって、その意味でそれなりに近代的であった。では何が問題だったのだろうか。

  俎上にのせられるのは陸軍士官学校と幼年学校の進学者である。著者によれば、明治時代の日本軍設立当初の士官の社会的地位は高かったが、時代が昭和に近づくにつれて他の官職や民間企業に比べて相対的な地位が低下していったという。給与は伸びず、昇進ポストをめぐる競争は激化した。富裕層の子弟は士官学校を避け、旧制高校・大学への進学を目指した。一方で、士官学校には資産を持たない貧しい層の子弟が集まった。後者には、軍を辞めて別の仕事をするという選択肢が乏しかった。彼らは軍内部での出世に生活をかけた。組織で生き残るために上官や先輩の指示に忠実に従い、滅私奉公のイデオロギーも受け入れた。ただし、主体性を放棄するそのような態度は、社会的地位を上昇させるという個人主義と共存していた。満州事変や日中戦争は、目詰まりしていた昇進ポストの流動性を再び高めることなった事件として、士官学校卒業生にとって福音となったという。

  以上のように、「陸軍士官たちの天皇制イデオロギーが15年戦争を導いた」という単純な因果説を否定し、「彼らは戦争の支持者だったかもしれないが、それはサラリーマン的な出世主義から生み出されたもので、狂信とは異なる。戦争の原因の話はまた別」という解釈を打ち出している。2021年の今ならば、解釈のための新しい概念を持ち込むことで、また新鮮な読み方ができるかもしれない。軍士官の地位低下の結果としての戦争への支持は、エリートの過剰が上層での社会対立をもたらし、最終的に社会を不安定にするというピーター・ターチンの説を想起させる。他者をコントロールするべく当時の士官が天皇制イデオロギーを持ち出すさまは、ポリコレとか美徳シグナリングを思い起こさせる、などなど。そういう解釈を誰かにやってほしいな。
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