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生態学的な限界に直面していて高リスクだったという江戸時代像

2015-08-12 20:56:59 | 読書ノート
武井弘一『江戸日本の転換点:水田の激増は何をもたらしたか』NHKブックス, NHK出版, 2015.

  江戸時代の農村の発展と限界を検証した書籍。エコな循環型社会だったという江戸日本に対する最近のイメージ(石川英輔が代表的)に対して、実際は18世紀初頭に新田開発が飽和状態に達し、当時の農業は環境負荷が大きく持続困難になっていたと主張するものである。

  その論証は、江戸時代前期に確立した農村の生態系が江戸後期になると破壊されてしまったことを示すかたちでなされている。前半は17世紀開拓期の農村生活の詳細を解説するもので、作物の栽培品種や動物性タンパク質の獲得について説明してくれる。前半だけを読み進めると、そこそこ豊かな農村事情がわかり、うまく「循環型社会」が廻っているかのような錯覚を覚えるほどだ。イラストの豊富な当時の農書が多く引用されており、図版もなかなか楽しい。ところが、また別の農書から引いてくる後半は印象が一変する。18世紀になると、農業をするには限界的な土地まで開拓されて治水面などのコストがかかるようになり、肥料にも事欠いて地味が落ち、生産量も大して増えなくなったという。

  18世紀初頭に新田開発が頭打ちになっていたこと、および人口増加が止まっていたことはすでに知られていたことである。それでも江戸幕府は19世紀半ばまで続いたので、「持続可能な社会」という評価がなされたのだろう。本書は、そのような経済成長無き社会が人間にとって不幸でリスクの高いものであることを示すものである。ポメランツが示すマルサス的限界(参考)の実態が把握できるし、江戸時代は禿山だらけだったという太田猛彦の『森林飽和』も合わせて読むとよくわかる。
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