照柿(講談社文庫)
★★★★’:75点
これまで数々の名作群(マークスの山、リヴィエラを撃て、李歐、神の火・・・)を生み出し、私も高く評価した作品が多い高村薫。しかし、本作は内容的にちょっとピンとこないというか、肌に合わないような感じがして、これまでの名作群と比較すると自分の中ではやや低めの評価となった。ただ、同じ刑事・合田雄一郎が出てくる「レディ・ジョーカー」が生理的に全く合わなかったことを考えると、それよりは上の評価である。
********************************** Amazonより **********************************
ホステス殺害事件を追う合田雄一郎は、電車飛び込み事故に遭遇、轢死(れきし)した女とホームで掴み合っていた男の妻・佐野美保子に一目惚れする。だが美保子は、幼なじみの野田達夫と逢引きを続ける関係だった。葡萄のような女の瞳は、合田を嫉妬に狂わせ、野田を猜疑に悩ませる。
難航するホステス殺害事件で、合田雄一郎は一線を越えた捜査を進める。平凡な人生を17年送ってきた野田達夫だったが、容疑者として警察に追われる美保子を匿いつつ、不眠のまま熱処理工場で働き続ける。そして殺人は起こった。暑すぎた夏に、2人の男が辿り着く場所とは――。現代の「罪と罰」を全面改稿。
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【注意:以下、ネタバレあり】
それにしても、本当に合田雄一郎はあの遭遇で佐野美保子に一目惚れしてしまったのか?私はまずここが理解できなかったのである。彼女のどこにどう惹かれて?葡萄のような瞳?それがハッキリしないから一目惚れなのかもしれないが・・・。彼女がかつての友・野田達夫と接点があったのは単なる偶然?何らかの運命的なもの?小説なのだから疑問に感じず、運命的なものと考えれば良いのだろうが、どうもこれらの設定がピンとこなかった。
8月の東京と大阪のうだるような暑さ。熱処理工場の異常なまでの暑さ、いや、熱さ。オンボロ設備をだましだまし使う達夫の回りでしょっちゅう起こる様々なトラブル(機械の故障、思い通りに動かない人々)。始終いらついている人々。いくら頼んでも修理されないイライラ。熱さと疲れと不眠とイライラ感が渦巻くこのあたりの描写は凄い。さすが、高村薫らしい凄い書き込みである。
熱処理工場に代表される身体が焼き尽くされそうな熱。これでは何かが起こらない方が不思議というものである。悪ガキだった達夫が曲がりなりにもこのような職場で長年勤めが続いてきたのは奇跡か。この熱気に読者も巻き込まれ、また、この熱気が新たな事件を引き起こしてしまったのかもしれない。
終盤、大阪の街を雨にうたれながらさまよい歩く野田達夫と警察内部の事情聴取を受けながら達夫からの電話を待つ雄一郎。幼い頃に達夫にぶつけた言葉が痛切。「絶交だ。二度とぼくに声をかけるな。君みたいな人間は未来の人殺しだ」小学校4年のときのテスト用紙の裏に書かれた言葉。それをずっと24年間持ち続けていた(?)達夫。二人は再会する運命にあったのか?これが雄一郎の罪と罰なのか。この終盤のシーンは映画的でもあり、哀切にして秀逸の幕切れである。
ただ、元々のホステス殺害事件は比較的地味で小さな事件だったし、飛び込み事故の背景もそう奥深いものではなかったので(? 実は美保子はかなりのことをやっていたのだが・・・)、達夫がなぜ人を殺し、更には美保子を深く傷つけるところまで堕ちていかねばならなかったのかが理解できなかったというか、納得できなかった。狂ってしまいそうなほどの熱さのせい?幼い日の雄一郎のせい?色んなことを考えさせるという点では凄いのかもしれない。
照柿の色(≒炎)の”赤”と達夫の父が描く抽象画の”青”、この二色の対比が心に残る。また、かつての親友にして義兄・加納祐介との不思議な関係、転出希望を出していた部下の森も印象的。捜査のため、あるいは有用な情報を入手するため、賭場に通うなかば堕ちているような刑事たち。神経をすり減らすような日々。プロ以上の博才を示す刑事の存在も面白い。
文庫本解説にあった高村薫とロシア文学のつながりについては、その原作を全く知
らないのが痛恨!
◎参考ブログ:
そらさんの”日だまりで読書”
合田雄一郎、野田達夫、私が書かなかった秦野耕三。
この3人の見つめ方や分析が見事です。
そらさんが書かれているように、”堕ちていく”というよりも
”壊れていく”という方がふさわしいかもしれません。