沖縄は植民地ではない




 国民主権の説明は東京書籍より育鵬社のほうが明快で簡潔だ。東京書籍の「国民主権のもとでは国民一人ひとりの意見を尊重し、話し合いによって、全体の意思を民主的に決定する」という説明はくねった文章になり理解しにくい。「民主的に決定する」というのはどういうことなのか具体性にかけ、意味不明だ。
それに比べて育鵬社は、憲法を改正、制定の主権が国民にあることを明確に述べている。国民が直接国に関わることができるのが憲法改正であり民主主義の根幹だ。憲法改正を取り上げているのはプラスだ。




 
 人権と公共の福祉では育鵬社は公共の福祉を強調し、東京書籍は自由を強調しているがふたつとも憲法の解釈が許される範囲であり、問題はない。東京諸説の説明は簡潔ではなく中学三年生には理解しにくいだろう。

 中学三年生にとって公民は非常に理解しにくいということを知っているだろうか。生徒にとっては経験がなく公民に出てくる言葉を想像することができない。ほとんどの言葉が生徒にとっては抽象的である。それに加えて難解な語句が多く、むつかしい漢字が多い。
 東京書籍版と育鵬社版を比べてみると、育鵬社版のほうが簡潔でわかりやすい。しかし、育鵬社版でも中学三年生にとっては理解困難である。八重山教科書問題では反育鵬社の人間たちは育鵬社の教科書の内容を非難しているが、彼らは中学三年生が教科書の内容をすんなりと理解するのを前提にしているが、教科書を100%理解する生徒はほとんどいない。沖縄は学力テスト全国最下位である。普通の成績の生徒なら公民の内容を50%も理解できないだろう。どの教科書を選ぶかより教科書の内容をどれだけ教え切れるかのほうが真剣に取り組まなければならない問題である。

 教科書なんか育鵬社版であろうて東京書籍版であろうとどっちでもいい。公民は漢字を読めるようにするのと語彙を説明するだけでも時間はたりない。しかし、現場の教師は生徒の漢字力を無視し学力を無視し、理解しているかどうかを無視し、教科書の内容を演説する。
 公民のむつかしい言葉に生徒はちんぷんかんぷんであくびする生徒も出てくるだろう。
沖縄の生徒は一部の優秀な生徒を除くと恐ろしいほど漢字が読めない。生徒の興味は薄く一番人気のない科目が公民である。それをお忘れなく。





 琉球大学教育学部の山口准教授は「育鵬社の教科書を使うと人権や憲法への意識が歪んでしまう。このような教科書を使わせてはいけない」と主張しているが、育鵬社版で「主権は国民に存する」と明言している。育鵬社版への偏見である。

 山口准教授の「このような教科書を使わせてはいけない」の発言に軍国主義を想起させる。軍国主義時代はアメリカの映画は堕落しているといって上映禁止にした、論文や小説なども政府にとって都合の悪いものは発禁にしたり、黒く塗りつぶしたりして国民に見せなかった。山口准教授の主張は軍国主義国家やったことと重なる。民主主義国家である日本の国が検定合格にした教科書を「使わせてはいけない」と発言するのはいただけない。

 自民党は憲法を改正して自衛隊を軍隊にしようとしているといるから憲法改正に反対するのが沖教祖や革新系の政治家・知識人である。どのような理由を述べようと憲法改正に反対するのは日本国憲法を絶対視する憲法崇拝者である。憲法崇拝は戦前の天皇崇拝と質は同じであり民主主義に反する思想だ。
民主主義はよりいい民主主義国家をめざして憲法を改正していくべきである。現憲法は戦後間もない人間によって創られたものであり、神が造ったものではない。憲法が完璧であるということはない。憲法は国民によって国民のために改正するべきでる。
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