波と狛のつれづれ日記

日本スピッツ波と狛と、ときどき箔

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いろんな意味で熱い!高校野球の夏

2018-07-28 02:09:56 | 野球ネタ
こんばんは、白黒茶々です。
夏といえば、高校野球が真っ盛りの時季でもありますよね。 甲子園出場を目指して毎年、各都道府県で夏の大会がおこなわれているのですけど、今年は100回の記念大会となります。 そういうこともあって、130校以上もの高校の野球部を抱える埼玉県、千葉県、神奈川県、愛知県、大阪府、兵庫県、福岡県は特別に代表校が2校に増え(北海道と東京都はもともと2校)、今回は56校が甲子園に出揃うことになります。



私の母校のA高校は昨年まで3年連続初戦敗退していて、その世界にはなかなか届かないところにいます。 それでも、今年こそは地方大会で1勝をあげてもらいたくて、私は初戦の試合は応援に行くつもりでいました。 しかし、静岡大会のトーナメントの右ブロックは、私がどうしても観に行けない日に試合が組まれているので、A高校のHキャプテン、頼むから左ブロックのクジを引き当ててくれ~
ちなみにA高校が最後に初戦突破したのは、4年前のこと。 その年は(私にとっては)魔の右ブロックで、私がいないところで勝ったのでした。ちなみに、私の目の前で勝ったのは……… そこからさらに遡り、たつぴが生まれる前、いや、結婚より前の22年も前のこととなります。なので、今年こそは箔波日記に勝つところを載せたいです。いや、その前に私が実地レポートができるように、左ブロックに入ってくれ その結果………



右ブロックの中に、新居高校の名前が書き込まれました。そ、そんな………
私にとっては厳しい日程なのですけど、まだ可能性はあります。雨で日程が変更になるか、初戦の対戦相手の沼津城北高校に勝ってくれれば、2回戦の日なら私はなんとか休みを取ることができます。さらに、その頃は梅雨が完全に終わったところだったので、天候による日程変更は期待できず、初戦突破だけが唯一の解決策となりました。 その試合は14日に組まれていて………



それまで何もしないで待つのもナンだったので、左ブロックの8日の日曜日に組まれている、ある試合を観に行くことにしました。 という流れで、私は焼津球場にやって来ました
目の前でおこなわれている試合を、バックネット裏などから高みの見物するのもいいのですけど………



やはり、どちらかの高校の応援席に入り込み、メガホンを借りて一緒に応援していたほうが、感情移入してより熱く観ることができます。 ちなみに今回私が肩入れしたのは、静岡県立浜松湖北高等学校佐久間分校(な、長い )。愛知県と長野県との県境に近い山間部の、浜松市天竜区佐久間町にある高校で、全校生徒はわずか68人。以前は独立した学校だったのですけど、昨年の春に浜松湖北高校の分校に組み込まれました。学校名があまりに長くて大変という方は、通称となっている「佐高」とお呼びくださいませ。



その佐久間地区は過疎化が進みつつあるのですけど、佐久間分校への地元熱はかなり強いみたいです。 就職などでその地域を離れていった方たちも、その野球部を応援するために、スタンドに集まっていました。



さらに、このようなオリジナルのお菓子まで作って配ったりして。 しかも「イエーイ!!!」って、かなりテンションが高いですし。 私は食べるのがもったいないと思いつつも、その日のうちに美味しくいただきました。



佐久間分校の対戦相手は、焼津水産高校でした。地元のうえにそこそこ強く、対するこちらは部員がベンチ入り定員にも満たない13人しかいないので、より応援に力が入ってしまいます。



第100回全国高等学校野球選手権記念静岡大会(こちらも長い)のこちらの球場での最初の試合の前には、始球式がおこなわれました。 やはり市長がやるのですけど、公募によって集まった小学生の球児4人も合わせて投げることに。その際には、5つのマウンドとキャッキャー、バッターボックスやバッターまでもが用意されていました。その儀式が終わったら、いよいよ試合開始となります。



佐高は山田君、焼津水産(こちらも長いので、通称の「水高」と呼ばせていただきます)は中川君の先発で始まったこの試合。まず3回表に水高が1点を先制しました。
さらに4回表には2アウト満塁となったのですけど、ここで佐高ベンチはエースナンバーを付けた和田君をマウンドに送りました。彼は監督に「ピンチの場面でいくぞ 」と言われていたそうです。和田君はそのイニングは水高の後続を断ち、さらに水高のスコアに0を刻んでいきました。



そんな和田君の頑張りに呼応するかのように佐高打線が繋がり、7回裏にようやく1対1の同点に追い付きました。 しかし、彼はその直後に水高打線に捕まり………



終盤に点差が開き、2対8で敗れてしまいました。 ヒット数はともに10コずつだったので、スコアには出ないところで健闘していました。
父兄の方の涙を見て、私ももらい泣きしそうになってしまい……… 気持ちがよくわかるというか、気付いたら私もすっかり応援団の一員となっていて、感情移入していました。 とにかく、部外者の私まで熱くしてくれた佐高の選手たちや、私を温かく受け入れてくださった佐高の応援団には、お礼を言いたいです。3年生が引退したら、部員不足で秋期大会は近隣の高校との合同チームで参加することになるのですけど、その行方も追わせていただきます。

それから6日後に、いよいよ私の母校の新居高校の出番がやって来ました 「佐高のぶんも頑張れ~ 」と勝手にエールを送りつつ、その結果を待っていたら………



1対3で負けてしまいました。ふ、ふぐっ……… 新居高の野球部は、私の前でしか勝ちたくないからって……… とにかく、彼らが頑張る姿を私が見ることも叶わず、その夏は終わってしまいました。2回戦が予定されている日は、休みを取ってあるというのに………

………と言いつつも、実はたつぴと密かにこのような約束もしていました。
「1回戦で新居高校が負けて(たつぴの母校の)浜松大平台高校が勝っていたら、2回戦はそちらの応援に一緒に行こう」ちなみに、大平台の初戦の相手は田方農業高校。その試合はなかなか決着がつかず、1対1のまま延長戦へ。


(これは浜松大平台高校の応援スタンドですね)

夕方の高校野球特番にも間に合わず、炎天下の中おこなわれたこともあって、応援の生徒が8人ほど熱中症になり、選手の中でも体調不良を訴える人が出るほどの大変な試合となりました。
そして延長13回に入り、今年から導入されたタイブレーク(点が入って決着がつきやすいように、ノーアウト1塁2塁からそのイニングを始める)が適用されました。ところが、13回は両校とも点が入らず、試合は14回へ。



その14回表に田方農が1点を入れたのですけど、その裏に大平台が倍返しして、逆転サヨナラでようやく試合が終わりました。 過酷な条件の中での3時間41分もの死闘、お疲れ様でした。
………ということで、次回はたつぴとの親子観戦の様子をお伝えします。あまりの暑さで波ちゃとのお出かけが難しく、私の趣味の高校野球ネタが続いてしまって申し訳ないのですけど、懲りずにお付き合いくださいませ。


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虫トークが止まらない!磐田市竜洋昆虫自然観察公園

2018-07-25 01:21:54 | 探求シリーズ
こんばんは、白黒茶々です。
夏といえば、昆虫観察が盛んになる時季でもありますよね。特に最近は、哀川翔さんや、香川照之さんといった昆虫大好きタレントがその本性を表しつつあり……… いや、昆虫の魅力を熱く語ったりしています。 特に香川さんの昆虫愛はハンパではなく、彼はEテレで専門の番組「香川照之の虫すごいぜ!」を持ったり、「婚活」ならぬ「昆活」なるスローガンみたいなものを作って、若手タレントを巻き込んだり、………と、虫に関しては「香川さんって、こんなキャラクターだったっけ?」と思うほど、突っ走っています。
そういう私も実は、小さい頃は虫が好きで……… いや、今でも好きなのですけど、昔は草むらでバッタを追ったり、朝早くにクヌギの木に群がるカブトムシを捕まえに行ったり、ハチの巣にイタズラをして、彼らに追いかけられた上に逃げ遅れ、顔の形が変わるほど刺されたり、………と、虫と深く関わっていました。 そんな昆虫を手軽に観察することができる施設が、白黒茶々地方の近くの磐田市にあるのですよ 私はその存在を以前から知っていたのですけど、5月の末に波とそちら方面に行くついでがあったので、寄ってみることにしました。



………ということで、やって来ましたよ 磐田市竜洋昆虫自然観察公園に。こちらの施設は静岡県磐田市南部の、旧磐田郡竜洋町にあります。



駐車場を出たところからは自然林が続いていて、こちらでは昆虫を捕獲したり、観察したりすることができるようになっています。



その先に資料館があるのですけど、波ちゃと一緒に行けるのはここまでです。 ということで、彼女には車の中で待機していてもらって………



私はその屋内に入っていきました。そこには、いきなり「完全変態」とか「単為生殖」などといった、昆虫書き初めが貼られていました。 そして、その下には………



本物の昆虫がいました。まずは、カイコの幼虫にございます。私は昔、このカイコを飼ったことがあるのですよ 彼らは桑の葉っぱを食べて、その冷たくてつるつるした感触が心地よくて……… 私はイモムシの中では、このおカイコ様が一番好きです。
しかしカイコはその後、絹糸の原料となる繭の中でサナギになり、さらに成虫の白い蛾へと変化していくのですけど……… 羽根と口は退化していて飛ぶことも食べることもできず、ただ卵を生んで子孫に命を受け継がせることにその力を使い果たします。



次は、カブトムシの中でも「キング・オブ・カブトムシ」ともいうべき、ヘラクレスオオカブトにございます。 南米原産で、角の先からお尻までは170~180cmもあります。小さい頃は「虫博士」とも呼ばれていた私ですけど、こんなにも間近で見るのは、今回が初めてです。



こちらの大きなクワガタムシは、インドネシア・ジャワ島原産の、ダイオウヒラタクワガタであります。カブトムシの寿命は1年ほどなのですけど、クワガタムシは1年~3年にもなるそうです。それよりも、あのハサミに挟まれたらどうなるのでしょうか?指を切断しない程度の力だったら「いてててて!」ってやってみたいです。



こちらにいるのは、ベトナムオオムカデにございます。名前の通り、ベトナム産の巨大なムカデであります。その姿があまりにもショッキングな方もいらっしゃると思うので、自主規制でモザイク処理させていただきました。



クロゴキブリは、名前からしてその姿を載せるのはNGですよね? もし家の中で彼らと遭遇したとしても、瞬時に逃げられるか抹殺されてしまうので、このようにして飼育ケース越しにじっくりと観察できるのは、ある意味貴重です。



メキシカンレッドニータランチュラ……… いわゆる、手の平ほどの大きさの毒グモであります。 昆虫好きの「虫ガール」は、このようなタランチュラでも平気で手に乗せたりするのですけど、そんな彼女らに「カワイイから大丈夫だよ 」と促されたら、私も触ってみようかな?となるかも。しかし、どうしてもダメな方たちのためにも、タランチュラ君の姿は伏せさせていただきました。



これらの他にも、こちらにはたくさんの季節の昆虫がいるのですけど、それらにはこのような説明書きが添えられていました。スタッフの手書きで、じっくりと読んでみたら、蒲郡市の竹島水族館を彷彿させるほどの面白さというか、竹島水族館の昆虫バージョンというか……… とにかく、昆虫の魅力を引き立てていました。



シロモンオオサシガメなる昆虫は、要注意なのですね。 針のような口を突き刺して、相手の養分を吸い尽くして、シワシワにするなんて……… まるで「ドラゴンボール」の完全体になる前のセルみたいです。



2階には昆虫の標本が並べられていて、その中にはヤママユガがありました ヤママユガといえば、エーミールですよ わかりやすく言うと、昔中学校の教科書にへルマン・ヘッセ「少年の日の思い出」という作品が出てきて、その話の中でヘッセの客人が少年の頃に蝶をコレクションした話をし出して………
彼の友人のエーミールという子がとんでもない模範少年で、ヘッセの客人(ここからは「私」とさせていただきます)が彼にコレクションの蝶の標本を見せたら、誉めるどころか難癖をつける始末。
そんなある日に「私」は、エーミールが激レアなヤママユガ(クジャクヤママユだったかも?)を手にしたというウワサを耳にしました。 「私」はそいつを一目見たくてエーミールの邸宅を訪れたのですけど、彼は不在でした。そのような中でヤママユガの標本を目にした「私」は、魔が差してそいつをポケットの中に突っ込んで帰ってきてしまいました。

その後、良心の呵責に苛まれた「私」は、損傷したヤママユガをエーミールに返して謝罪したのですけど、そんな「私」に彼が投げかけた言葉は………
「そうかそうか、つまり君はそんなやつなんだな」と。「私」が今まで集めたコレクションをすべて彼に譲ると言っても「結構だよ、君の集めた蝶はすべて知っている。それに、君がどんな風に蝶を扱っているのか、知ることができたさ」
一度起こした過ちは取り返せないという話だと思うのですけど、すべての事情を知っている「私」の母は、帰ってきた「私」に何も言わずにそっとしておいてくれました。そして部屋に戻った「私」は、標本の蝶を1つずつ取り出し、握りつぶしてしまいました。

「少年の日の思い出」は、インパクトのある中学校の教材ランキングでは、上位に入るほど衝撃的だった……… というか、この作品は中学生に向いているのでしょうか?



それらの他にも、有料ゾーンには昆虫が生息しやすいように森や草むら、小川などが整備されていて、そちらではキャッチ&リリース形式で、スタッフによる解説がありました。 ちなみにこれは、トンボの幼虫のヤゴの下アゴは小魚などを捕獲するのに適していて、これほど伸びるというものでした。ヤゴ、すごいぜ



今回、私が昆虫自然観察公園で触れた昆虫はほんの一部なのですけど、それだけでも追っていってみたら、奥が深かったです。 それに、ついつい虫と戯れた少年時代に戻ってしまいましたし。いや、今でも虫好きだということを、改めて実感しました。 さらに季節によってはまた違った虫が見られることでしょう。
そうしたら、最後に私から皆さんに虫クイズを出させていただきます。 虫書道の中にある「蟋蟀」と「螽斯」は、何と読むでしょうか?ヒントは、ともに秋に鳴く虫です。 5秒前、4、3、2、………



正解は、この通りであります 夏真っ盛りの今の時季は、セミが勢いよく鳴いていますけど、早く涼しくなって彼らのほうの鳴き声も聴きたいですね。


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日本一前向きな名前の駅

2018-07-21 01:50:45 | 探求シリーズ
こんばんは、白黒茶々です。
その駅は天竜浜名湖鉄道にあるのですけど、そのことを語る前フリとして、その鉄道の前身となる旧国鉄二俣線の話から入らせていただきます。



東京と大阪を結ぶ東海道本線は、昔から日本の重要なライフラインとなっていました。しかし、太平洋戦争が始まる気配が漂っていた頃に、艦砲射撃などで浜名湖の鉄橋が寸断されることを恐れて、そのバイパス線として山側を走る鉄道が計画されました。 そのコースの選定で紆余曲折あったのですけど、昭和15年(1 940年)に豊橋~新所原間は東海道本線に乗り入れ、さらに遠江二俣(現在の天竜二俣)を経て掛川に至る全線67.9Kmの国鉄二俣線が全線開通しました。その二俣線は、昭和62年(1 987年)に国鉄が民営化された際に経営が切り離され、第三セクターの天竜浜名湖鉄道(略して天浜線)として再出発しました。 それと同時に、湖西市内にある⚪⚪⚪という大きな工場の従業員の利便性を図るために、⚪⚪⚪前駅が新設されたのでした。



すぐにその駅を訪れたいのですけど、そうしたら今回の日記がすぐに終わってしまうので、もう少し焦らさせていただきます。
………ということで、私は豊橋駅にやって来ました。現在その駅には東海道線東海道新幹線飯田線といったJRの路線の他にも、名鉄線も乗り入れていて、それらは横一列に並んでいます。 その8番ホームまでが東海道線で、1 1 番ホームから東海道新幹線が割り当てられているのですけど、その間の9、10番ホームはどうなっているのでしょうか? まさか、魔法界に通じる秘密の空間とか………



いや、違います 実は豊橋駅には9、10番ホームに該当するホームがあるのですけど、それらの番号は割り振られていないうえに、関係者以外の立ち入りは禁止されています。 現在、ちょっと短めのその謎のホームは回送列車などの停留所などに使われているのですけど……… 勘のいい方はもうおわかりですよね?そうです こちらのホームは、旧国鉄二俣線で実際に使われていたものであります。
民営化にともなって、東海道線とカブる豊橋~新所原間は廃止されたのですけど、その名残がまだあったのですね。



二俣線の起点がわかったので、私は今度は新所原駅を訪れました。 そのうちの東海道線のほうの駅舎は最近建て替えられ、今風の橋上駅となっていました。その左端に、天浜線の新所原駅が併設されています。



その天浜線の車両は、第三セクターによくあるワンマンの1 両または2両のディーゼル機関車が使われています。 昨年はその沿線が、大河ドラマ「おんな城主 直虎」の舞台となったことにあやかって、期間限定で直虎列車が走っていたのですど………



今年はかつて東海道線で主流だった緑とオレンジの、いわゆる「湘南カラー」に塗り替えられていました。 実は私はその列車にお世話になった世代であります。しかし、その頃のその車両にはまだエアコンが付いていなくて、夏は天井で扇風機が回っていて、冬は足元から暖気が出てくるのですけど、局所的に熱いうえにドアから冷たいすきま風が吹き込んで来たのですよ。 それから、トイレにはタンクがなくて……… とにかく、昭和の電車でした。



懐しさのあまり、つい話が脱線してしまいましたけど、このあたりで軌道修正させていただきます。 今回は「日本一前向きな名前の駅」の話でしたね。その⚪⚪⚪前駅は、始発駅の新所原駅の次のところにあります。本来なら、天浜線に乗ってその駅を訪れるところなのですけど、外部からその核心に迫りたいので、車で向かわせていただきます。
同じ湖西市内に住んでいながらも、実は私は今までに一度もその駅を見たことも行ったこともありませんでした。



え~と……… スマホの地図情報によると、このあたりに⚪⚪⚪前駅があるハズなのですけど……… 電話ボックスが立っているので、あの先っぽいですね。



あった ありました。単線の線路に沿ったその先に、築31 年の無人駅のホームが見えてきました。



ということで、波ちゃがその階段を上り詰めたところで、いよいよその駅の名前を発表いたします



その名はズバリ「アスモ前」であります アスモとは、この近くにある大きな工場のことで、おもに自動車のワイパーやパワーウインドウなどを動かす小型のモーターを製造しています。



その駅のすぐ近くに、アスモへの通用口が設けられていました。 しかし、そのまわりには何もなく、アスモの正門は逆方向なので、正確には「アスモ裏」なのですよね。
さらに今年の春に、アスモは自動車部品大手のデンソー(愛知県刈谷市)と事業統合し、デンソーのモーター事業部に組み込まれました。それは事実上の吸収合併で、社名もデンソーに変わりました。 それに伴って、駅名も「デンソー前」とするところなのですけど………



「アスモ前」は「明日も前」とも読むことができ、どんな困難なことがあっても明日も前を向いていくという、前向きな姿勢に通じています。なんか、元気付けられますね。
それにあやかって、「アスモ前」の名前が刻まれたキーホルダーも作られ、新所原駅などで販売されています。 「アスモ前」の名前は人気があったので、アスモがデンソーになっても、その駅名だけは残ったのでした。



そうしているうちに、1時間に1本しか来ない(上下線が行き交っているので、正確には30分おきなのですけど)貴重な列車が姿を現しました。 今回は波連れなので、乗り込みたい気持ちをグッと抑えていたのですけど………
乗客がみんな、こちらを見ていましたよ ホームでワンコと一緒に見送っていたのが、珍しかったのかも知れません。



天浜線の列車が走り去ったあと、私たちもアスモ前駅を出ていき、電話ボックスの向こうの草むらの中に消えていきました。 ………なんて怪奇的な表現をしてしまいましたけど、ちゃんと生きています。 アスモ、いや、足も付いていますし、はい。とにかく、草むら(駐車場)に止めてあった車に乗り込んで、帰っていきました。


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いい波来ました?

2018-07-18 01:13:19 | その他
こんばんは、白黒茶々です。
東京オリンピックまであと737日となりました。 オリンピックといえば、開催期間中はもちろんのこと、その準備段階から心が踊りますよね。 ということで、私は聖火リレーを楽しみにしていました。聖火は日本全国を廻ってから、開会式で新国立競技場の聖火台に点火するので、太平洋岸に沿って東西に長い我らが静岡県は、必ずその通り道になるに違いありません。私はそのようなお祭り的なものが好きなので、その際には盛り上げに一役買って、沿道で手旗を振りつつ「がんばれ~ 」を連呼するつもりでいました。 そのような中で、先日聖火リレーのコースが発表されました。それを見て、私が発した言葉は………



なんじゃこりゃ~~~!
東日本大震災の復興事業の意味も込めて、聖火リレーは福島県からスタートし、内陸部を通って長野県、岐阜県を経て、愛知県に入っていきます。 さらに西日本を巡ってから北陸、北海道を通って東北の宮城県に行くのですけど……… そこから海路で静岡県まで一気にワープ 問題は、その県内のどの港から上陸するのかですよ。こちらの地図をよく見てみると、静岡県内でも私のいる最西端は、思いっきりすっ飛ばかしていますし。 私のいる街には、小さな漁港ぐらいならあるのですけど、長い船旅を経てきた聖火を迎え入れるのは厳しいので、やはり静岡市の清水港あたりと考えるのが現実的です。 嗚呼、聖火リレーの空白地帯……… 敗色濃厚ですけど、とにかく聖火リレーの厳密なコースが発表されるまで待つことにします。



それはさておき、東京オリンピックではサーフィンが正式な種目となりましたよね。 私の家は海岸線に近く、その白須賀(白すぴ)海岸では、サーフィンが盛んにおこなわれています。 サーフィンといえば渥美半島が有名ですけど、白須賀海岸のほうが規制がゆるくて自由度が高いので、サーファーには人気となっているみたいです。



波の散歩コースにもなっているその白須賀海岸で、「波の日」の7月3日……… は平日なので、その直近の日曜日の7月1日に「湖西市長杯ビーチクリーン」なるサーフィンの大きな大会がありました。



その会場には、かき氷などの出店があって、参加者ではなくてもつい気分が高まってしまいます。



砂浜の中に、特設の本部のテントやステージまで造られていて、本格的ですね。



そのような中に、波を持ってきたのですけど、こちらの波は暑さに弱いし、すでにスゴい顔になっているので、ここまでが限界です。



哺乳類のほうの波は日陰に避難させておいて、せっかくなので私はその間にサーフィンの競技を見学させてもらいました。 そういえば、このようにサーフィンをじっくりと観るのは初めてのことでした。



しかし、予測困難な自然の波にタイミングを合わせて乗るのは、とても難しそうでした。 さらに体力と技術力も要りますし。それに加えて「あと10秒」というアナウンスが聞こえてきたので、制限時間もあるみたいですね。果たして、サーファーの彼は無事に波乗りをすることができるのでしょうか?



おおっ 立った立った ……… って、咄嗟のことだったとはいえ、肝心なところがボケボケではありませんか これだけではあんまりなので………



プロのカメラマンが撮った……… いわゆる新聞記者が手掛け、翌日の朝刊に載った写真を引用させていただきます。 その記事によると、今回は就学前の子供から60代の年配者まで、270人もの幅広い年代の選手が参加したみたいですね。



サーフィンも含めて、日頃鍛え上げてきた技を競い合う様子を観ていると、ついつい熱くなってしまいますよね。 しかし、意外なことに私のいる地元では、浜釣りをする人はいるものの、サーフィンをやっている人は、なぜかいないのですよ。そういう私も、そちら方面には足が向かないのですけど。 それでも、決してサーファーと地元民との関係が悪いというワケではなく、むしろサーファーはゴミを拾っいってくれるので、彼らには好印象を持っています。とにかく、海以外はこれといったものがない田舎なので、サーフィンで活性化してもらいたいです。 それから、夏はニガテなのですけど、波ちゃをサーフィンのイメージガールにしていただけたら、嬉しいです。


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三河国分寺跡と国分尼寺跡に来りん!

2018-07-14 01:03:47 | お出かけ
こんばんは、白黒茶々です。
前回の日記の最後で、私と波は天平ロマンの「☆□〒※≒△%」なる場所を訪れることを予告したのですけど、名前を伏せたら我ながら怪しくなってしまいました。 それでも、これからの時季に需要が増える肝だめしとか怪談といった話ではないので、どうかご安心くださいませ。 すでに日記のタイトルからしてバレバレですけど、皆さまも学校の教科書で「国分寺」とか「国分尼寺」という名前は見られたことがあると思います。

奈良時代に聖武天皇が治めていた頃は、全国に天災や疫病、内乱が広がっていました。 そのような中、天皇は仏教を厚く信仰していて、国家の平和と繁栄を祈るためにも、天平13年(741年)に奈良の東大寺を総本山として、全国60ヵ所あまりの国に国分寺と国分尼寺を建立する詔を出しました。 そのうちの三河(愛知県の東部)の国分寺と国分尼寺は、現在の豊川市に設けられました。



………ということで、三河国分寺跡にやって来ましたよ 私とがいるそのお寺の西側には、七重塔五重塔が建っていたみたいで、近年になってその跡が発掘されました。



寺域は広く、原っぱの中に堂塔の跡を示す案内看板などが建てられています。



その南部には、お寺の正面入口となる南大門の跡も確認されました。大正11年(1922年)に三河国分寺跡は国の史跡に指定され、最近になってその国分寺が復元・整備される計画が持ち上がったこともあって、このあたりにあった民家は順次移転させられていったそうです。



その中心部には、16世紀に国分寺とは関係のない曹洞宗の国分寺が建立されたのですけど、今から2年ほど前に場所をズラして移転したそうです。



それらの位置関係は、このようになっています。中門金堂講堂が一直線に並んでいて、それらは回廊で囲まれていたのですね。 さらに西側には塔があって、南大門からお寺全体を築地塀がめぐる形となっていました。



第2国分寺の跡には、コンクリート製の鐘楼が残っていました。そこに吊るされている鐘は、天平時代の建立当時の国分寺のものと云われているのですけど、実際には平安時代に造られたものみたいです。
国分寺は律令制度が崩れていくなかで維持・管理が困難になり、平安時代の末には荒廃したと思われます。

全盛期には、朱色の柱に白壁の門や回廊、金堂などが建ち並んでいた国分寺。その壮観な姿は今は想像するしかないのですけど、近い将来にできるだけ多く再現されるといいですね。 といいつつも、その姿がなかなか思い浮かばないという方にも、近くにオススメの場所があるのですよ 国分寺跡からは細道を通っていくので、車での移動はちょっと大変なのですけど………



私たちはなんとかして、三河国分尼寺跡に行き着きました。 国分尼寺は国分寺の尼寺バージョンで、全国に国分寺とセットで設けられました。 しかし、私のパソコンで「こくぶんにじ」を変換すると「国分2時」となってしまうのですよ。 それはさておき、こちらの国分尼寺跡には、中門とその両脇の回廊が復元されていて、思わず愛犬をモデルにして写真を撮りたくなります。ちなみに波ちゃがいるあたりは、南大門の跡であります。



回廊の復元はほんの一部で、その断面を観察できるようになっていて………



それ以外のところは、発掘調査に基づいて土台が整備されています。 ちなみに回廊は、建物と建物をつなぐ渡り廊下のことです。それにしても、かなり幅広ですね。



お寺の中心となる金堂は、その基壇が復元・整備されていました。史実に基づいて、自然石をほぼ垂直に積み上げていますね。その中央の須弥壇の上には、かつては本尊の仏像が安置されていました。



さらに、その奥にあった講堂跡まで来ました。 基壇の上に建物の土台となる礎石まで再現されていて、遺跡感がありありとなっていますよ ちなみに講堂は、経典の講義などをおこなった建物であります。



そのまた奥のほうは、地形的にちょっと高くなっていて、国分尼寺跡の全体像を見渡すことができます。 ちなみに手前の丸太の柱が並んでいるところは、「北方建物跡表示施設」となっていました。それよりも、ここからの景観は広大な遺跡に復元された中門や回廊も相まって、天平ロマンを感じませんか?




先ほど見て廻ってきた国分尼寺跡の配置は、このようになっています。左右対称で、とてもよくまとまっていますね。



しかし、これだけで終わりではありません。三河国分尼寺跡には、こちらの三河天平の里資料館というガイダンスセンターが併設されているのですよ しかも、入場料は無料ときたもんだ



その内部には、三河国分寺跡や国分尼寺跡から出土した瓦などの歴史資料が展示されていて、古代の三河地方の概要を知ることができます。 それに加えて、学芸員さんが親切丁寧に説明してくれるので、まさに至れり尽くせりです。
そのうちの三河国分尼寺跡は、ワンコの撮影スポットしてもオススメの場所です。こちらはマナーを守ればワンコ連れでも気軽に入れるので、気になられた方はぜひ一度ご訪問くださいませ。
あ、それから今回の日記のタイトルの「来りん」は動物のキリンのことではなく、三河弁で「おいでよ」を意味しています。


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葵の御紋発祥の伊奈城趾

2018-07-11 01:55:43 | お城
こんばんは、白黒茶々です。
前回の日記では、私と波は豊川市の三河臨海緑地「日本列島」を巡って、日本一周をした気分になりました。 しかし、その日の散策はそこだけではなく、まだ続きがあったのですよ ということで、第2弾は同市南部の伊奈町にあったお城を目指します



そのお城の名前はズバリ、伊奈城であります。 しかし、私は豊川市の観光案内のパンフレットを読むまで、こちらのお城の存在を知りませんでした。 しかも、松平氏(徳川家康の先祖)や本多氏と関わっていて、「この紋所が目に入らぬか 」の名ゼリフに出てくる、葵の御紋のルーツもあるというのですよ。 とにかく、今回はお城の跡を散策しつつ、それらを紐解いていこうと思います。



その入口には、発掘されたお堀の跡を示す形で池が整備されています。



さらにお城の中心部となる本丸跡の北側には、土塁が残っています。伊奈城は、15世紀の半ばにこの地方を攻略した本多定忠によって築かれたのが最初と云われています。 その立地は泥湿地に囲まれていて攻めづらく、現在もまわりは田んぼとなっております。



中世に築かれたので、石垣のない土造りのお城なのですよ。 その土塁の上には、このような立派な城趾碑がありました。



それに加えて、平成6年(1994年)から翌年にかけてお城の景観が整えられ、その際に模擬物見櫓も建てられました。 しかし、その入口は固く閉じられているので、外から眺めるしかありません。



その本丸跡には、発掘によって出てきた建物跡を示す礎石や………



生念台という、死者を火葬した施設の跡もありました。



さらに、お城の絵図を写した石板も。享禄2年(1529年)、三河平定を推し進めていた岡崎城主の松平清康徳川家康の祖父)は東三河へ進攻して、吉田城(豊橋市)へ迫っていました。 ときの伊奈城主本多正忠は、いち早く清康に加担し、吉田城の東門を打ち破って城内に突入し、松平勢を導き入れました。これによって、吉田城を攻略。さらに正忠は、田原城攻めに向かう清康に付き従い、そのお城の明け渡しにも貢献しました。



ここからは、葵の御紋の話をさせていただきます。 伊奈城跡の片隅には、フタバアオイが育てられているのですけど、そこからさらに北のほうに200mほど歩いていくと………



田園の中を、東海道新幹線が頻繁に行き交っています。 しかし、その様子を撮ろうとしてカメラを構えたら、なぜかなかなか来なくなってしまいました。狙うとダメなのでしょうか?



波も待ちくたびれて、突っ伏してしまいましたし。 しかしここまできたら、あとには引けません。 私の体内タイマーで10分ほど粘っていたら………



ようやく新幹線が来……… いや、正確には走り去る姿をカメラに納めることができました。 これほど苦労しても、次の話の前フリにしかならないのですけど、とにかく、その新幹線のガード下に………



花ヶ池公園があるのですよ



その公園の中心には、今でも水性生物が生息できるほど水の澄んだ池があります。
清康は、田原城から吉田城への凱旋の途中で伊奈城に立ち寄り、彼を迎え入れた正忠は、勝利の祝宴を開きました。 その際に、正忠は城内の池の水葵(じゅんさい)の葉に肴を盛って差し出したと云われているのですけど……… その葉っぱを採取したとされるこちらの池は、伊奈城からはかなり離れているので、城外にあったと思われます。 ひょっとしたら「城域」ということで、飛び地として一体化していたのかも知れませんね。とにかく、その時の正忠の気の利いたおもてなしに、清康は大いに喜んで「立葵の紋は本多家の家紋だけど、この度は正忠のおかげで勝ち戦となって縁起がいいから、ウチにも貰いたい」と、本多家の立葵紋を所望したのでした。 清康の申し出に、正忠は快く了解しました。 清康は立葵紋を松平家の家紋に使うようになり、両家の絆はよりいっそう深まりました。



そして、家康の代になって立葵紋はデザインの変更を受けて、三葉葵となったのでした。


この松平清康像はいったい………

天正18年(1590年)に家康の関東移封に本多氏が伴っていったことにより、伊奈城は廃城となりました。現在はそのお城は本丸跡を残すのみなのですけど、中世のお城の雰囲気はよく伝わってきます。 見学者用の駐車場やトイレも備えられているので、皆さまもそちら方面にお越しになる機会がありましたら、是非ふらりとお立ち寄りくださいませ。
そういう私たちは、今度は天平ロマンを求めて、この日最後の目的地となる豊川市の中心部の☆□〒※≒△%に向かいます。


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日本一周気分を味わえる公園

2018-07-07 01:05:55 | お出かけ
こんばんは、白黒茶々です。
話は先月初旬の、浜松城公園でおこなわれた家康公祭り&家康楽市にまでさかのぼります。



そのイベントで私と波は、黒狐のイナリソを掴まえて記念撮影に付き合わせたりしました。 さらにそのあとには、彼がいた豊川市のブースで、そのスタッフから同市の観光案内のパンフレットなどが入った袋を渡されました。しかし、私はそのようなものは家に持ち帰っても中身を見ないで捨てたり、雑誌などと一緒に部屋の隅に積み上げたまま忘れたりしていました。



そのようなことを繰り返していたら、部屋が片付かないので、せめて今回ぐらいはそれらに目を通してから処分するようにしましょう。 そうしてみたら……… 豊川市といえば豊川稲荷や本宮山が有名ですけど、それらの他にも日本一周気分を味わえる公園、葵の御紋発祥の城跡、天平建築が再現された寺院跡、………など、私が知らないのに見応えのありそうなスポットがたくさん出てきました。 これは、と行く歴史散歩の貴重な手引き書になりますよ もちろん、捨てたりなんかしませんよ。



………ということで、梅雨の貴重な晴れ間の6月中旬の日曜日に、私は波と一緒にまずは豊川市の沿岸部に向かいました。 そちらには、「日本列島のミニチュアを庭園風に創り上げ、各地の特徴的な地形や植物を表現しており、散策をしながら日本一周の旅が楽しめます。」という、三河臨海緑地「日本列島」なる公園があるのですよ。 実は私は以前からその公園の存在は知っていたのですけど、近くを通ることがあってもスルーしていました。



………ということで、やって来ましたよ 通称「日本列島公園」に。 このあたりは埋め立てによって造られた工業地帯となっていました。こちらの公園は、駐車場からは橋を渡っていき………



陸地からは橋だけで連絡している、独立した島状の立地となっていました。 自称「日本列島」に上陸したら………



正面入り口には、このようなゲートがあり………



その脇には「ミニ日本列島」の説明が刻まれた、フグのモニュメントが設置されていました。 こちらの公園を散策する前に、正直に言います。実は私の正体は……… じゃなくて、どのあたりが「日本列島」なのか疑問に思い、事前にこの公園のことを調べてみました。 そうしたら「園内に散りばめられた都道府県を示すものはあまりにも貧相で、これを日本列島と言っていいものか?」など、懐疑的なものばかりでした。 それでも、それらの実地レポートを読んでいったら、かえって行ってみたくなってしまいました。ほら、例えば不味いというウワサのラーメン屋があったら、どれぐらい不味いのか確かめてみたくなるでしょう? そんな感じで、私は突っ込みを入れるつもりでこの「日本列島公園」を訪れました。



来場者の歓迎ゲートを潜ったら、愛媛県の花となるみかんの花のプレートと………



その地方の特産品のみかんのベンチが設置されていました。このあたりは、日本列島でいうところの愛媛県に当たるのですね。 そうしたら、私たちは四国に上陸したことになります。



その隣には、香川県の花のオリーブのプレートと、その地方の民謡の「金比羅船々」の歌碑がありました。確かに、2つの県の位置関係は合っています。



私たちはいつの間にか、本州の近畿地方に渡っていたみたいです。 プレートは「京都府の花・しだれ桜」となっていて、その向こうには古都京都の寺院の木組みをイメージしたと思われるモニュメントが建っていました。



そうしたら、ここからは擬似海岸線に沿って、時計回りに歩いていきますよ 私たちは丹後から若狭を経て、越前に入ったみたいですね。 福井県の越前海岸といえば、そう、東尋坊ですよ それをイメージしたモニュメントを見ていたら、東尋坊タワーに海鮮丼など、家族旅行で見たあの風景が浮かんできました。



さらにその隣には、金沢市の兼六園のシンボルでもある徽軫灯籠(ことじとうろう)っぽいものがありました。 こちらは石川県であります。



なんか、だんだんと楽しくなってきました。 次はどんな名所や名物と出逢えるのでしょうか



「佐渡おけさ」の歌碑があるってことは、新潟県ですね。 その向こうには、将棋の駒のベンチが見えます。将棋駒の生産地で将棋の町といえば、山形県の天童市ということに。なので私たちは今、日本海側を北に進んでいます。



そうしたらリンゴの花のオブジェだけではなく、リンゴのベンチもありました。リンゴが特産品の県といえば……… そうです 青森県であります。それらに加えて、県の花のプレートまでリンゴの花で、リンゴ尽くしとなっていました。



青森県を越えたら、いよいよ日本列島の最北端の北海道となります。あの橋を渡ったところに北の大地があると思いきや、手前に道の花ハマナスのプレートがあるので、ここが北海道ということに。 そうしたら、ここからは太平洋岸を南下していきます。



「南部よしゃれ節」の歌碑があるのは、岩手県です。岩手といえば、南部せんべいやわんこそばが有名ですよね。ということで、さらにジャンジャンいきます



内陸部にそびえる公園のシンボル的な山は、富士山とのことです。 しかし、登山道が塞がれているので、入山することはできませんでした。 ここからは、関東に突入します



わらべ歌として有名な「とおりゃんせ」は、埼玉県の川越市が発祥の地とされています。 川越城内にあった三芳野神社が歌詞の「天神さま」に相当するのですけど、その帰り道を間違えたら、恐ろしいことに……… つ、次に行きます。



高い石柱は、東京の高層ビルをイメージしたものと思われます。 説明のようなものは見当たらなかったのですけど、これだけでも充分伝わります。 東京都の次は、多くのスピ仲間がお住まいの神奈川県となります。そちらでは、港町横浜のものが出てくるのですけど、皆さんは何だと思いますか?



正解は「赤い靴」の歌碑でした この童謡はなんとなくもの悲しい響きがするのですけど、赤い靴の女の子を連れていったのは、ニンジンさんでもひいジイさんでもなく、異人さんだったのですね。



そして、私たちはいよいよ東海地方の愛知県に突入しました。 この県の花は、かきつばたなのですね。そうしたら、次の県は………



あれっ?一気に高知県まで来てしまいましたよ。ヤマモモのプレートの向こうに見えるベンチは、きのこ?それとも栗の実?いや、高知なので、はりまや橋の欄干をモチーフにしているのかも知れません。四国では、愛媛県と香川県はすでに突破したので、次は九州でしょうか?



めんそ~れ そのまた向こうの沖縄県でした。沖縄といえば、でいごの花なのですけど、近くに植えられているこのトンボみたいな花をつける木は何というのでしょうか?
※今回は、波ちゃんの頭の上には乗せなかったのですね。これは夏に花が咲く木で、アメリカデイゴといいます。(編集部注)



じっくり探していけば鹿児島県にも降り立つことができたと思うのですけど、私たちは熊本県まで来てしまいました。 こちらの花は、リンドウなのですね。その隣の県は………



長崎県でした。そこから続いている坂を、長崎ということで「オランダ坂」と呼ばせていますよ。そうしたら、私にはこの坂が本当にオランダ坂に思えてきました。 行ったことも見たこともないのですけど。

そのあと日本一周の旅は、スタート地点の愛媛県に入り、終了となりました。 こちらの公園は、都道府県を象徴するものは一部を除いてかなり簡略化されているのですけど、そのぶん想像力が働き、本当に各地域を巡っているように思えてきました。 それに、突っ込むことをすっかり忘れて楽しんでいましたし。あ、それから園内の日陰に入れば、心地よい海風が吹き込んできて涼むことができるので、多少暑い時季にワンコを連れていっても大丈夫ですよ。 しかし、その日に日本一周気分を味わっていたのは私たちぐらいだけで、他のほとんどの訪問者はスマホ片手に「ポケモンGO」のモンスター目当てに歩いていました。
そういえば、今思い出しました あの日は私のいる静岡県に気付かないまま、帰ってきてしまいました。 なので、次に訪れるときには、静岡県も含めて今回スルーしてしまった府県に注視しつつ、巡っていくようにします。


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7年ぶりの母校の大学

2018-07-04 01:36:09 | お出かけ
こんばんは、白黒茶々です。
今年の春頃に、私のところにこのような招待状が届きました。



母校の大学で、6月に定期総会&懇親会がおこなわれるというのですけど……… 定期総会は同窓会とは違い、全学年を対象としていて、卒業生を集めて予算の決算報告や今後の活動予定を報告したり、さらには新しい役員を任命したり、………と、ちょっとかしこまった集まりであります。
私はそちらよりも、引き続いておこなわれる懇親会のほうが気になっていました。 こちらは、2000円程度の参加費を払えば、ご馳走を飲み食いしまくることができるのですよ

しかしそれらの行事は毎年、名古屋市内のホテルでやっていて、それだけのために会場のホテルがある名古屋の市街地まで行くのもナンだったので、なかなか参加するまでには至りませんでした。 それが今年は、大学内のホールでやるというのですよ しかも参加費は1000円と、安くなっていますし。 私の母校の大学……… 今から7年前、その年の3月に起こった東日本大震災からの自粛ムードによって、大学の定期総会&懇親会は簡略化され、その構内のホールでおこなわれることになりました。その時私は、当時小学6年生だったたつぴも連れていって、昔私が通っていた大学を案内したりしました。

今回は何らかの理由で会場が変更されたと思われるのですけど、今度は大学生となったたつぴに、改めて私の母校を見せびらかしたい それだけではなく、ご馳走もお腹いっぱい食べてもらいたいですし。ちなみに同伴者の参加費は、2000円となっていました。



そして、いよいよ定期総会&懇親会の日となりました。しかし、波ちゃは連れていくことはできないのですよ。 翌週晴れたらいいトコに連れていってあげるので、この日は箔母さんと一緒に家でお留守番していてくださいませ。



途中で東名高速道路の上郷SA(下り)に立ち寄ったら、このようなものが NHKで現在放送中の連続テレビ小説「半分、青い。」に出てくる、豊川悦司さん演じる漫画家の秋風羽織は、五平餅が大好物 おかげで、私まで脳が五平餅に支配されてしまいました。 外の出店で焼きたてのものも売られているのですけど、今食べたら懇親会のご馳走の収容量が減ってしまう!彼のイラストにもグッときたのですけど、泣く泣く断念しました。 それから30分ほどで………



やって来ましたよ 私の母校の愛知学院大学に。この日は大荒れの予報が出ていたのですけど、なんとか曇りの状態でとどまっております。 ちなみに向こうに見えているのは、正門を入ってすぐのところにある、100周年記念講堂にございます。かなり大規模な建物なのですけど、私は在学中は入学式と卒業式以外は、大学祭ライブぐらいでしか入ったことがありませんでした。



その奥には、1号館があります。この大学を象徴する建物で、東京大学でいうところの安田講堂に当たります。今からン十年前の入学式の際には、私たちはこの建物の前で集合写真を撮ったのですよ。



………と、懐かしみながら歩いていくうちに、定期総会&懇親会の会場となるけやきテラスにたどり着きました。 私がいたときはまだこちらの建物はなくて、古めかしいミルクホールと第一食堂でした。



定期総会の様子は撮っていないというか、そのあたりはハショらせていただきます。 ただ、愛知学院大学は中部地方最大の私立大学ということもあって、決算報告の額が⚪千万~⚪億円と、こちらもかなり壮大でした。



その儀式(?)が終わったら、いよいよお楽しみの懇親会に突入しますよ 大きなテーブルには、ローストビーフ、サーモン、チーズの何かなどが並べられていて、つい目移りしてしまいますね。



さらに出身学部別に分けられたテーブルには、寿司、ビール、串カツ、天むすみたいなヤツなどが用意されていました。 しかし、カンパイに至るまでの挨拶が長いうえにまわりの雑談の声で聴こえづらく、ただご馳走を前にしておあずけ状態が続いていました。



そして、ようやくカンパイの音頭と相成りましたよ 7年前はご馳走の追加がなくて、油断していたらすぐになくなってしまったので………



今回は最初からかなり飛ばしていきました。 これらの他にも、出来たてのとろろそばやムースのフルーツケーキがあり、さらに焼きそばが追加されたうえに………



お茶席まで用意されていたのですよ しかし、これで終わりではありませんでした。 記録(写真)に残しておくのを忘れたのですけど、外にはデザート系のキッチンカーが数台控えていて、それらの無料利用券が1人につき2枚渡されていたのですよ。もうお腹いっぱいなのですけど、食べないワケにはいかない!ちょっと間をあけて、私はクレープとトルコアイスを、たつぴはクレープとイチゴの果肉かき氷をいただきました。

宴もたけなわなところで、抽選会がありました。景品として毎月送られるゆうパックギフト、イケアの商品券など豪華な物の他には、名古屋市美術館の期間限定企画展のチケット、ナゴヤドームの観戦チケット、レゴランドジャパンの1年間会員権という、私にとっては嬉しくてもなかなか行けなくて困るものもありました。しかし、結果は惨敗でした。

それに引き続いて、今度は校歌斉唱がありました。大学の校歌は歌う機会が滅多にないこともあって、私は2番と3番の一部が不完全だったのですけど、今回は歌詞をカンニングしながらもなんとか歌い切りました。 これからはいつでも引き出せるように、トイレに貼って覚えるようにします。ということで………
♪だ~いこうどうの、あ~さぼらけ~、こ~こにこぞ~れる~、と~ものかお~………



校歌を熱唱し終わったら、スタンプラリーに繰り出しますよ 構内に設けられた数ヶ所のチェックポイントを巡っていくということで………



私とたつぴはまず、坐禅堂にやって来ました。愛知学院大学は仏教系の大学ということで構内に坐禅堂があり、学生は好きなときにここに坐禅を組みに来ることができるのですよ。 ちなみにこちらの施設は、白黒茶々時代にはすでにありました



次に私たちは9号館の調理学実習室……… いわゆる家庭科室に立ち寄り、さらに3号館の文学部博物館に入っていきました。 私がいた頃は、このようなところはなかったなぁ。 石器時代の打製石器、古墳時代の埴輪などの他にも、興福寺の仏頭や中国兵馬俑の複製品も展示されていました。おおっ、あちらにも面白いもの(複製品)がありましたよ そうしたら、せっかくなので………



シンクロしてみました。 う~む……… さすがに服装(服着てないのですけど)までマネするワケにはいかないので、ポーズだけでご了承くださいませ。 それよりも、私は彼のチン⚪を隠しているというか、掴んでいるというか……… ちなみに私の後ろには、ミロのヴィーナス像が隠れています。



そのあとは図書館情報センターを経て、スポーツセンターに至ったのですけど……… 屋内プールに武道場やスポーツジムなどが併設されていて、まさに立派なスポーツセンターでした。 こちらは、やはり私が卒業したあとに建てられたものです。
それらを全部クリアしてもらった景品は、大学の名前が入ったボールペンでした。 ま、まあ、キャンパスを懐かしみながらというか、私のときよりさらに立派になって圧倒されてしまいましたけど、楽しくて充実した散策ができたので、ヨシとしておきましょう。 立派といえば、構内にはこれらの他にも、ローソンモスバーガー寿がきやなどもあったのですよ



今回は大学生になったたつぴに、父親の母校となる他の大学を見せたいということもあって、彼を連れてきたのですけど、学生の数も敷地面積も、それから諸々の施設も、彼の大学を10倍は上回っていました。 ま、まあ、彼の学校はカレッジ(単科大学)で、私の母校はユニバーシティー(総合大学)ということで。 いや、大きさよりも、その大学で身につけるものや過ごした時間のほうが重要なので、たつぴはこれからも充実したキャンパスライフを送ってくださいませ。 その一方で、景気のいい時代だったとはいえ、私をこの大学に行かせてくれた両親に感謝しています。


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