沖縄 8 Scene

沖縄で生まれ沖縄に生きる
      8郎家の日記

33年前の伏線

2019年11月22日 | 読書

 おまたせしました。不人気カテゴリー「読書」です(笑)。読書の秋ということで、お許しください。

 ご紹介するのは3冊ですが、まずは下の2冊から。

 『海峡に立つ 泥と血のわが人生』(小学館 1760円)です。陰のプロ調停人などを意味するフィクサーとして、戦後最大などと怖れられた許永中(きょ・えいちゅう)氏の自伝です。新聞の書評を読んで面白そうなので買いました。大阪の、いわゆる被差別に生まれた在日韓国人の男がアンダーグラウンドの世界で暴力と謀略でのし上がっていき、政財界のフィクサーとして暗躍、戦後最大の経理不正事件とされる「イトマン事件」などで逮捕、以後転落するまでの過程と内実を描いています。

 政財界、暴力団の裏歴史だけでなく、大阪に根付く被差別、朝鮮人の歴史に触れることができます。被差別は朝鮮人が悪いわけでなく日本の国策がもたらした結果です。沖縄でとは集落的な意味合いで使いますが、8郎も、本土では「」という言葉を使ってはいけない、と父から聞かされた記憶があります。その「差別」という今に続く負の歴史を、当事者の生きざまから多少理解することができました。犯罪の温床には貧困と差別があるのです。

 もちろん、あくまで自叙伝なので自分のいいように書くことができる、という意味で内容が事実とズレている可能性も否めません。そして犯罪は犯罪でしかなく、美化されることではありません。とはいえ、生きるか死ぬかの世界で、なにがあっても負けじ魂と根性、そしてあの手この手を使って図太く生き抜いてきた許氏のエネルギーには、同じ男として脱帽せざるを得ません。許氏は、韓国での服役を希望したことによって日本での永住権を失ったようですが、韓国で今なお健在で、日本のメディアにもよく出ているそうです。

 お次は『最強に面白い! 統計』(ニュートンプレス 858円)です。現在勉強中の中小企業診断士試験をいつか合格した後に、もし時間的に余裕があるなら本格的に学びたいと思っているのが、簿記1級か、IT関連、そしてこの統計学なのです(外国語はAIに一任いたします。しょせん語学ですから。時間をかけてこなくてよかったと心底思っています)。歴史的に卑下されてきたという統計学は、今やビッグデータ活用の時代に必要とされている学問なのだとか。この本はイラストを交えた初心者向けの内容で、保険会社の計算法、世論調査のからくりなどを分かりやすく教えてくれます。そして中小企業診断士試験にも出てくる標準偏差などをとても分かりやすく解説してくれています。出退勤のバスの中でパラパラめくっているだけですが、買ってよかったと思える本です。統計に興味があるというマニアな方はぜひ。

 

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 さて、最後にご紹介するのが、今回のメインである『八つ墓村』(1949年初出。1971年に角川文庫化)です。

 いきなりジャンルが変わってすいません。先の2冊は露払いにすぎません(失礼)ので。作者は日本推理小説の巨匠、故・横溝正史(よこみぞ・せいし)です。

 『八つ墓村』を読んだのは33年も前の中学校1年生のころだと記憶しています。古本屋で購入。鉛筆で80円と書かれていたのを覚えています。もちろんカバーもついていませんでした。上写真は、このほど、妻にツタヤで買ってきてもらった新しい文庫本です。836円と33年前の10倍以上の出費となりました(笑)。

 小雨の音を聞きながら、一人畳み間で寝ころんで読んだ2時間、一気に横溝ワールドへ引き込まれました。体中が熱くなる、うなるくらい面白い、というのを初めて体感しました。一冊の本の世界観にぐいぐいと引き込まれたのは、人生であのときがMAXですね。

 この本のどこが素晴らしいかを語ると、一日かかりそうなので、ざっと挙げさせていただきます。興味のない方はここでページアウトをお願いいたします。

  以下、ネタバレ注意 

 まずは横溝氏のみが創作しうる唯一無二の世界観ですね。古い風習が残る小さな農村で起こる惨劇、という舞台設定は、後世の作家に大きな影響を与えました。余計な雑念、しがらみを排除し完成した世界をつくるために必要な条件だったのです。特にこの『八つ墓村』を含む『獄門島』『犬神家の一族』のBIG3をはじめ、おりんさんで有名な『悪魔の手毬唄』や金田一耕助デビュー作の『本陣殺人事件』などは、海外作家含めても唯我独尊の世界観です。

 そして、伏線の置き方のすばらしさに象徴される、しっかりとしたプロットです。おどろおどろしい点ばかりが強調される同氏の作品ですが、それらはただのホラー要素ではなく、ストーリーの骨格を支える大事な土台なのです。『八つ墓村』でも冒頭で語られる戦国時代の8人の落武者惨殺から続く怨念の歴史は、読み進むにつれて分かりますが、世界観をつくる上で必須の仕掛けなのです。こまかい伏線、ミスディレクションも本格推理作家の面目躍如です。

 キャラクター創作も際立っています(金田一耕助はいわずもがななので省略します)。

 まずは何といっても、実際に岡山県であった30人殺し(津山事件)の犯人をモデルとした田治見要蔵。横溝氏が、この事件と“目くらまし殺人”というトリックを結び付けたら面白いのではないか、と考えた時点で、大傑作の誕生は8割決まっていたといえるでしょう。村上春樹氏より先にノーベル文学賞を贈呈したいものです。田治見要蔵の頭に懐中電灯を巻き、猟銃と日本刀を抱えた姿は、ハリウッドの「13日の金曜日」のジェイソンに匹敵する恐ろしさです。まさに泣く子も黙るキャラクターです。作中でも行方不明のままにしておき「こいつが犯人ではないか」と憶測させる横溝氏のテクもいいです。

 一方、登場回数は少ないものの、そのインパクトの大きさから、田治見要蔵と並び「八つ墓村」を代表するキャラクターといっても過言ではないのが、かにはんりた(沖縄方言で「ぼけた」)老婆こと、濃茶の尼(こいちゃのあま)。映画版の『たたりじゃ』のフレーズはあまりにも有名(原作にそのセリフはありません)。『リング』の「貞子」が出てくるまで日本映画を代表するホラーアイコンだったのではないでしょうか(それにしても横溝氏は物語のターニングポイントにおける特異キャラクターの出し方がうまい!)

 田治見要蔵の伯母に当たる小竹、小梅の双子の老婆も怪奇すぎます。鍾乳洞を二人並んでランプをもってつぶやきながら並んで歩く姿は、こっけいであるだけに鳥肌が立ちます。

 前半でヒロイン役を務める謎に包まれた美女、森美也子。思春期の入口にいた中学生8郎も、主人公の辰弥同様、年上のきれいなお姉さんにぐいぐい引っ張られる展開にドギマギしたものです。一方で、仏頂面かつ無口で何を考えているのかわからない里村慎太郎。この二人の触れたら壊れそうな関係性の行く末も好奇心をくすぐられます。 

 また、登場シーンでは主人公の寺田辰弥に「わたしはひとめその顔を見た時から、醜い女だと決めてしまった」とまで屈辱的な形容をされた里村典子。連載の途中で横溝氏の気が変わったのか、それとも商業主義的にしたたかな編集者のアドバイスなのか(笑)、ページをめくるごとに可愛くなり、ついにはヒロインの座に収まる過程はかなりの違和感がありますが(笑)、ハッピーエンドに欠かせない存在となります。ちなみにこの典子は、辰弥とともに崩落によって閉じ込められた宝の洞窟で、自分たちが気を失って発見されたときに、発見者によって宝を持ち逃げされないようにと、穴を掘って大判を隠しておく、将来を見据えたしっかり者です。中学生8郎も、いつかこんなしっかり者の奥さんを見つけたいと思ったものです(笑)。

 クライマックスの舞台となる鍾乳洞の神秘的な美しさ、怪しさを描く描写力もハンバないです。ハリウッドの巨額マネーによるCGで描こうとも、決して勝てるはずのない、「鬼火の淵」などの怪しげな光景が、33年前に中古本を読んだだけの8郎の脳裏に今も鮮明に焼き付いていますので。

 その洞窟の暗闇の中で犯人に追われ殺されてしまう姉の春代。死に際に駆けつけた辰弥に対する命を懸けた告白には涙が止まりません。さらには勘違いから辰弥を犯人だと思い込んだ村民の集団狂気。ヒリヒリ感も最高潮に達します。 

 最後は8人の落武者が残した宝物伝説まで! まるでジェットコースターのような怒涛の展開です。洞窟の天井が崩落するくだりでは、辰弥とともに中学生8郎も気を失いそうになりました。

 そのクライマックスジェットコースターが止まったあと、金田一耕助が静かに謎解きを始めます(『八つ墓村』の圧倒的な世界観においては金田一ですら脇役でしかないのです)。犯人は途中から大方予想できるものの、そのトリック、動機には驚き、悲しまされます。そして横溝氏がいくつものヒント、伏線を張っていたことにも、また驚かされるのです。

 愛する人に愛していると素直に伝えきれないのが人間の弱さ。そこにはプライドがあるからでしょう。この壮大な伝奇ミステリーを解く鍵は人間の心の弱さにあったのです。

 そして、作品の素晴らしさを語る上で外せないのが、最後の章見出しにもなる「大団円」。当時意味が分からず辞書で引いたところ、読後の8郎の心境を言い得ていたので感動しました。「小説・劇などの終わり、最終のこと、特に最後がめでたくおさまること」だそうです。小説の最後の一節はまさに鮮やかな大団円を表していました。陰惨で悲しい事件でしたが、なぜか素晴らしいカタルシスがあるのです。

 こんな面白い小説、もう二度と出会わないだろう、そう思った中学1年生8郎のピュアな感動。33年たった今、その感動は正解だったと言い切ることができます。あれ以来、読書でこんな感動と興奮に出会ったことはありません(あえて言うなら海外小説『赤毛のアン』(モンゴメリ作)でしょうか)。

 小説や映画など爆発的な人気が出た作品には続編ができる場合がありますが、『八つ墓村』に関しては絶対にありえないでしょうね(もちろん横溝氏が生存していたらの話です)。なぜなら「大団円」が示す通り、謎がすべて明らかになり、壮大なストーリーは完璧に完結したからです。

 

 映像化に関しては、巨匠野村芳太郎(1977年)と市川崑監督(1996年)らが映画に仕上げました。名優・山崎努演じる田治見要蔵が桜を背に日本刀をもって走ってくる絵や芥川也寸志作曲のテーマ曲は映画ならではの迫力があります。しかし、横溝氏の筆力による世界観を最初に体感したものからすれば、両巨匠の強烈な映像美でさえも、『八つ墓村』の魅力を伝えきれていない、と思ってしまうのです。

 文庫本の紹介文では「現代ホラー小説の原点」とありますが、正直違うと思います。前述の通り、ホラー映画ばりのおどろおどろしいストーリーの背景には横溝氏の執念であるトリックと人間の愛憎劇が秘められているのです。ホラー映画の世界に大団円はほとんどないですし、そもそも目指しているところが違うのではないかと。横溝ワールドは、怪奇浪漫をてんこ盛りしているものの、ベースは間違いなく質の高い推理小説、そして重厚な人間絵巻です。 

 

 横溝氏に関しては、著作物だけでなく関連本も読み漁ったので、人物像も多少は知っています。

 戦後に推理小説家としては名をはせた横溝氏ですが、推理小説は「純文学」界から常に「通俗小説」として下に見られ、悔しい思いをしていたようです。さらに、その後、高度経済成長に合わせるように登場した松本清張氏による推理小説が、「リアリズム」「社会派」と文学的に高く位置づけされたのに対し、横溝氏や江戸川乱歩氏らの過去の作風は“お化け屋敷”と卑下されるようになっていくのです(横溝、清張の両氏を敬愛する8郎からすれば、どっちも素晴らしい!としか言いようがないのですが)。横溝氏は苦悩と不遇に満ちた20数年を過ごすことになります。地道に創作活動は続けますが、売れなくなっていきます。8郎もその時期の作品はほとんど読んでいません。

 しかし、本物は死なず、です。1976年に角川映画が『犬神家の一族』を映画化した(よくやった!)ことにより、再びブームが再燃。その後、『八つ墓村』も映画化され、日本中が『たたりじゃ』のフレーズとともに横溝ワールドに浸ったのです。ブーム再来を受け、御年70歳を超えていた横溝氏の作家魂にも再び火が付き、事件解決に20年もかかる上下編の超大作『病院坂の首縊りの家』と、『八つ墓村』と『獄門島』を足して2、いや4(笑)で割ったような『悪霊島』(キャッチフレーズ「ぬえの泣く夜は恐ろしい」も有名)も描き上げました。2作とも謎解き度は落ちましたが、色欲ドロドロで重厚な人間ドラマを壮大に描き上げています。同時に『病院坂~』は金田一耕助最後の事件となりました。一ファンとしても自分の中の小さな歴史が完結したようで、これまた中古本で完読した当時中学生の8郎も何とも言えない感慨、空虚感に包まれたものです。『悪霊島』が映画化された直後に国民的作家・横溝正史氏は亡くなりました。よって『悪霊島』が遺作となります。

 3冊紹介と書きましたが、おまけの1冊を。AMAZONで購入した『金田一耕助 完全捜査読本』(宝島社 1200円)です。全77件の事件の詳細解説や、横溝氏の作品のほとんとカバー絵を担当したイラストレーターの杉本一文さんのインタビュー、そしてファン垂涎の創作裏話など載っています。この内容で1200円は安い。

 ところで、今回の新品では、新しいイラストレーターさんがデザインしているのですが、正直、なんじゃこりゃ、です。「八つ墓村」の魅力を何も伝えていないですね。金田一の横顔をポップに描いていますが、前述の通り「八つ墓村」における金田一はあくまで脇役なのですよ! ま、「若い人向けに」と若い編集者の依頼なのでしょうが。元祖イラストレーター杉本氏の作品集に関してはネット上にリストがあったのでご参考までに転載します。複雑怪奇なストーリをものの見事に一枚の絵にしています。これぞカバー絵です。個人的なベストは『獄門島』ですね。

 『杉本一文のカバー絵』 

 杉本氏のインタビューに関しても、運よくネット上にもあったので、お暇な方はご覧ください。「実は横溝先生の本をあまり読んでいない」には衝撃を受けましたね(笑)。あれだけの世界観、原作をほとんど読まずに、どうやって描けたの? そのあたりも面白いです。

 『杉本一文インタビュー』

 

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 いろいろ熱く、そして長く、書きすぎました。不人気カテゴリーになるのも当然ですね。ここまで読んでいただいたマニアの方に御礼申し上げます(笑)。そろそろ終わります。 

 最後に話はちょっと脱線しますが、映画版金田一耕助のアイテムの一つに旅行用トランクがあります。実は映画で金田一が利用しているトランクは、演じた石坂浩二氏の私物だったようです。・・・

 ・・・そんなどーでもいいトリビア(笑)はともかく、8郎家もこのたび、一人用のトランクを購入しました。

 さて、なぜ、33年も前に読んだ作品を今さら過剰な筆量で紹介するのか、はたまた新しいトランクを買ったのか。それには理由がありまして。

 機会あれば、後日報告いたします。大したことではないので報告しないかもしれませんが(笑)。

 いろいろ謎と伏線を残したところで、今日はこれにて。

【注記】けっして田治見要蔵のように日本刀と猟銃をもって外に飛び出すわけではありません(笑)。安心してください、かにはんりてませんよ!


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