禅宗の座禅では、よく雑念が沸いたら払いなさいという言葉を聞きます。 長く吐く呼吸に意識を集中していますと、雑念はなかなかわかないものですが、それでも、ふと日常的な問題解決しなければならないようなことが、頭をよぎります。
そんなときに、私は雑念を払うこともなく、そのことを考えてきました。 ただひたすら胡座を組んで、吐く息に意識を集中している中での雑念は、不思議なことに、このように考えたらどうですかと、宇宙の叡智のサジェスチョンが得られるのです。
私は、そのような雑念の時のサジェスチョンの積み重ねを通して、ものの考え方、価値観が形成されていくような気が致します。
従って、単純に、意識が集中した時の、ふと浮かぶ雑念は、振り払う必要はないと感じております。
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