技術は突然生まれない・・・・醸成ということ

2009-12-20 10:16:53 | 日本の建築技術


[註記追加 12.16][図版追加 15.16]
1週間ぶりになります。

日本の建築技術の展開を「年表」にまとめてみました。小さくて読みにくいかもしれません。これが目いっぱいの大きさ。

もちろん、分っていることによるもので、そして当然完全ではありません。
ざっとの大きな流れが見えればよいかな、との程度です。
便宜上、「住居」と「寺社等」とに分けてあります。
相互に関係がないわけではありませんが、いかにそれを表記するか、悩みの種。
三次元の表記でもしないと表現できそうもありません。

そこで、今回は、とにかく、基本的なデータだけ載せることに。
と言っても、これもやってみると簡単ではない。
それは、「時間軸を、実際の時間の長さに比例した表記にする」ことにこだわったから。

「実際の時間の長さに比例した時間軸」をA3判の用紙上につくり、事例を書き込む段になって、事例はあるのにスペースが足りない時代がある・・・・ということが明らかになり、やむを得ず、今回は載せるのを割愛した事例がかなりあります(おそらく用紙を2枚つなぎにする必要がありそう)。
あくまでも、現在思案中、ということでご覧ください。

   註 時代区分に特別な意味があるわけではありません。
      一般的な時代区分を書いておいたにすぎません。
      時代区分は、後世の人間のいわば都合に拠るもの。
      ずっとずっと連続的なのが歴史、そう考えます。[追加 12.16]

ここで明らかになるのは、現在、日本で「主流」になっている「建築法令が規定する木造建築」の年表で占める「大きさ」が、いかに小さなものであるか、ということです。
一応基準法制定の1950年を画期としていますが、そうなる前の20~30年を加えても、それが「主流」の時期・期間は、70~80年、日本の歴史の中の、ほんのほんの僅かな僅かな期間なのです。

しかも、そのほんの僅かな期間で「主流」になってしまった「建築法令が規定する木造建築」は、その前に広がる「壮大な歴史的事実」とは「無縁に」つくられてしまったものなのです。
つまり、折角の財産をポイと棄ててしまった・・・・。
こんな国は、ほんとに世界的に珍しい。そう私は思います。

なぜ棄てたのか?
それはきわめて単純な理由です。呆れるほど単純です。
「壮大な歴史的事実」を尊重することよりも、事象を数値に置き換えることの方を《大事に》したからなのです(「建築法令が規定する木造建築」では数値に置き換えられることしか考えていません!)。
数値に置き換えることが科学だと思い込んでいるのですね(今になっても変りありません)。
普通の人には「常識」である「技術は突然生まれるものではなく、醸成されるものだ」という認識がないのです。

これをして科学的だ、などという国は、そして、数多くの「壮大な歴史的な事例」を非科学的なモノとして棄てて平気な国は、他のどこにあるでしょうか?

なお、「住居」の系列では、室町期の「箱木家」「古井家」までに、かなりの空白があります。もちろん、住居がなかったわけではありません。実物はもちろん、資料がないにすぎません。
なぜ、資料がないか?
それは、明治期に生まれた学者・研究者たちの視界には、一般庶民の暮しは入っていなかったからです。
もしも視界にあれば、ある程度は、空白が少なくなっていたはずです。
現に、「箱木家」「古井家」に目が向けられたのは、なんと第二次大戦後のこと、それがなかったならば(伊藤ていじ氏の努力です)、この二つも消え失せていたかもしれません。

追加
図版を左半分、右半分に分けました。[15.16]

               

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2 コメント

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年表は私もつくっておりましたが (下河敏彦)
2009-12-21 22:55:05
含蓄に富む迫力のある年表ですね。偶然にも私も年表を作っておりました。

http://blog.goo.ne.jp/geo1024/e/c038f48a1adb96f063e127dd36af9bed

即物的な現代に一石を投じるには十分迫力があると思います。
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年表をつくる意味 (筆者)
2009-12-22 17:53:28
コピーしておきたいと思いました。
建築界の年表には、いわゆる土木界の話は入りません。

建築界でも、地震と法令変更の年表がつくられていますが、その目的は、専ら、現行法令の「正当性」を言うため。
「典型」は、阪神淡路地震のときに盛んに言われた(そして今も画期として使われる)「1981年の改訂」は「正しかった」という言。

私の目には、ボタンの掛け違いを糺すことをせず、姑息に姑息を重ねて袋小路に迷い込んだ、としか思えないのですが・・・。
そこに「歴史」の見方の底の浅さを感じてしまいます。
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