参道で見たもの
日本地図をバックに立つ伊能忠敬。
神社大鳥居をくぐった左手に伊能忠敬の銅像が立っている。
当時、深川に住んでいた彼が測量に出かけるときには必ず富岡八幡宮に参拝し、安全を祈願した所から2001年(平成13年)に銅像が建立された。
大関力士の碑の隣には巨人力士身長碑なる物が立っていた。
由来を読む時間がなく読みそこなってしまった。
多分昔の大関を張った力士たちの碑なのだろう。
隣の巨人力士身長碑はこの碑の高さが巨人力士の身長を表して居るのかも知れない。
などと勝手な想像をして見た。
大関力士の碑の左隣に、「横綱碑は御本社右側裏参道」と云う案内碑のようなものが立っていた。
この横綱碑も見たいと思ったがここも時間の関係でパスだった。
力士碑の先には「天皇陛下御製」の碑が立っていた。
富岡八幡宮が空襲を受けた後の1945年(昭和20年)3月15日、被災地を視察された昭和天皇が侍従長に向かって「悲惨だね、これで東京も焦土になったね」と言われたことを記念して建立されたものだそうだ。
碑には天皇の御製が刻まれている。
「身はいかになるともいくさとどめけり、ただたふれゆく民をおもいて」元侍従次長 鈴木一謹書とある。
天皇の心情が吐露された御製だ。