私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

キューバに対する経済戦争

2015-04-29 21:17:31 | 日記
 前回のブログで、今回は主にSalim Lamrani著の『THE ECONOMIC WAR AGAINST CUBA, A Historical and Legal Perspective on the U. S. Blockade 』(2013年)に基づいて、米国が1960年から今日まで半世紀以上という異常に長い期間にわたって綿々と続けてきた、過酷な対キューバ経済制裁の全体を考えてみたいと予告をしました。ラムラニの本を読む前にも、この問題については私なりにあれこれの論説も読み、個人的な見解もある程度出来ていましたが、今度ラムラニの本を通読し、加えて日米の学者たちの論考を幾つか読んでみたので、感想を綴ります。
 サリム・ラムラニはパリ・ソルボンヌ大学のスペイン語とラテンアメリカ研究の教授であり、カストロ兄弟のキューバの熱心な支持者として極めて健筆のジャーナリストでもあります。しかし上掲書の筆致は冷静簡潔であり、議論はその大部分が米国で出版された公式文書を根拠とし、感情に走った箇所はありません。ラムラニの筆になる本文部分の長さは64頁です。付録Iには、1992年から2011年までの国連総会での「米国の対キューバ経済制裁」に関する投票結果、付録IIには、2011年度の投票結果と各国代表の発言が詳しく記述されていて、この付録の部分が38頁を占めています。
 話は勿論フィデル・カストロのキューバ革命から始まりますが、私たちとしては、そのドラマチックな経過よりも、ラムラニが指摘する初期の革命政権の性格に注目しましょう。最初の革命臨時政府は共産党勢力とははっきり一線を画し、米国政府も満足できる性格でした。フィデル・カストロが米国と友好的な関係を維持したいと思っていたことはCIAも認めていました。しかし、カストロが首相になって1959年5月に開始した農地改革を始めとする革命政府の経済政策はどれも米国政府の不興を買い、その6月にはアイゼンハウアーの米国政府は早くもキューバに対する経済制裁を考え始めました。1959年当時、キューバは輸出の65%、輸入の73%を対米貿易に依存し、キューバ経済は全面的に米国市場に依存して成立していたのです。米国が露わにし始めた敵意に直面して、カストロ政府はソ連邦に接近を始め、米国資本とその系統の外国企業の国営化を進めました。私はここでのコンゴ共和国の初代首相パトリス・ルムンバのことを思い出します。彼の暗殺については、以前、シリーズで取り上げたことがありますが、キューバ革命と同じ頃の1961年1月17日、コンゴのカタンガの森の中でパトリス・ルムンバは、ベルギー軍憲兵たちによって、銃殺されました。35歳。彼も、始めは、アイゼンハワーのアメリカに援助を求めましたが、袖にされて、ソ連に接近しました。暗殺の首謀者はCIAでした。
 富裕層や外国人地主からの農地の接収や企業の国営化は、カストロによって強引に実施されたものと私は想像していましたが、ラムラニの本によると、法的に妥当な補償が行われ、それを頭から受け入れなかったのは米国政府だけであったようです。米国政府はカストロの革命政府を潰すつもりで経済制裁を始めることにしたのですから、これは当然でした。この点に関するラムラニの文章を別のところで見つけたので、借用引用させて頂きます。:

http://ameblo.jp/cm23671881/entry-10054917557.html

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経済制裁の目的、それは常にキューバ政府を転覆させることだが、アメリカ間問題担当の国務次官補、レスター・D・マロリーによって1960年4月6日に明確に定義されていた。当時のアメリカ間問題担当国務次官補、ロイ・R・Rubottomジュニアの覚書で。
「キューバ国民の大多数はカストロを支持している。有効な政治的反対勢力はない。(・・・)。(体制に対する)国内の支持を消滅させるための唯一の可能な手段は、経済的不満と欠乏によって幻滅と失望を引き起こすことである。(・・・)。キューバの経済力を弱めるために、あらゆる可能な手段が迅速にとられるべきである。(・・・)。非常に強い影響力を持ち得る措置は、キューバに対する全ての資金供給と物資の配給を拒否することであろう。それによって金銭的収入と実際の給料が減ることになり、飢餓、絶望を引き起こし、政府を転覆するように仕向けることになる」。
「この条約では、集団殺害とは、国民的、人種的、民族的又は宗教的集団を全部又は一部破壊する意図をもつて行われた次の行為のいずれをも意味する。」と規定する1948年9月9日のジェノサイド禁止条約が第2条で告発するように、それはまさしくジェノサイドの企てである。項目bとcはそれぞれ、「集団構成員に対して重大な肉体的又は精神的な危害を加えること。」と「全部又は一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に対して故意に課すること。」をほのめかしている。これ以上明確にすることはできないだろう。 (引用終わり)
*****
 アイゼンハワー政府は、1960年7月に始まって、キューバからの砂糖の輸入禁止を開始してキューバ農業に壊滅的な打撃をあたえ、1961年1月には一方的に国交を断絶して米国民のキューバ渡航を禁じます。続くケネディ政府は、1962年2月、キューバに対する全面的経済封鎖に踏み切りました。それは、医薬品と食料を含み、明らかな国際法違反行為でした。ケデディ大統領のキューバ締め上げは残酷なもので、次々に諸外国にも圧力をかけ、例えば、1962年9月には、船舶の所有国を問わず、キューバと取引をするすべての船舶の米国の港への寄港を禁止しました。米国の歴史家 Louis A. Perez Jr.によれば、:
「米国による経済制裁は壊滅的な効果を生じた。1960年代初頭、スペアの部品の欠乏のため多くの産業が危機状態に陥った。ほとんど全ての産業がキューバでは禁止となった補給部品に頼っていたのだ。多数の工場が麻痺してしまった。あらゆるものが壊滅した。とりわけ交通機関がひどい影響を受けた:政府は月あたり7千を超える故障事故を報じた。1961年末には国内のバスの四分の一が走行不能になり、1400の客車車両の半分が1962年には使えなくなった。スペアの部品不足ですべてのキャタピラー・トラクターの四分の三が動かなくなってしまった。」
 これでは農業も工業も交通機関もあがったりで、まさに国難、食料の配給制度は1963年に始まり、現在でも行われていて、少なくとも飢えで死ぬ人間は出ないようになっているわけです。旅行記的には、ハバナはビンテージものの大型米車が動いているので有名ですが、裏の事情は上記の通りです。
 米国の経済制裁がキューバの保健医療制度に与えた影響については、別のところで見つけたラムラニの文章を又引用させて頂きます。:

http://ameblo.jp/cm23671881/entry-10054917557.html


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「保健衛生の領域も決して免れない。この分野での損失は3000万ドルになると評価されている。こうして、キューバ眼科研究所「Ramón Pando Ferrer」はハンフリー・ツァイスによって商品化されている網膜検査機器の取得を拒否されただけでなく、多国籍企業ノヴァルティスによって供給されている医薬品Visudyne(ビスダイン、加齢黄斑変性症の光化学療法に使用される薬)の取得も拒否された。同じ方法で、アボット研究所は小児向け麻酔薬Sevorane(セボフルレン、日本での商品名はセボフレン)の販売を拒否した。アメリカ財務省はまた、特に心臓不整脈(訳注:不整脈ではなく、心臓弁膜症と思われる)に冒された小児向けの人工心臓弁の販売を禁止した。」(引用終わり)
*****
ラムラニの本には、独立の章を設けて、更に詳細に論じてありますので興味のある方は見てください。米国政府の冷酷残忍さを示すエピソードを一つ紹介しましょう。
 2006年国連主催の国際児童画コンクールで、不治の遺伝性血友病を患うキューバの13歳の少年が優秀賞を獲得して、アルジェリアで授賞式が行われたのですが、賞品のニコンのカメラに米国内で製造された部品が使用されているとして、その授与を米国政府は阻止しました。何という話でしょう。この意地の悪さは本物の悪魔のレベルです。
 さて、米国のキューバに対する経済制裁について専門的に語るとなれば、1992年に制定されたトリセリ(Torricelli)法と1996年に制定されたヘルムズ・バートン(Helms-Burton)法を論じなければなりませんが、国内法でありながら、国外にも甚大な影響を及ぼす(extraterritorial)法律で、これに深入りすると米国の国内事情の複雑さに足を取られて、キューバに対する経済制裁の本質が、かえって、見えにくくなります。一夜漬けの素人の見解ですが、専門的論考のほとんどがこの病弊の犠牲になっているように思えました。
 そこでガラリと手を変えて、以下には、米国の文学者アリス・ウォーカーの簡潔な書評を訳出します。

The Economic War Against Cuba, the book by Salim Lamrani
©2014 by Alice Walker

No revolution has meant more to me than Cuba’s; I am among millions around the world who, either raised in poverty or understanding of it’s causes, have pledged allegiance to a way of living that does not sadistically and greedily crush the poor. Over four visits and as many decades I have witnessed the destructive harm the US embargo has done to some of the finest people on earth. It has been heart shattering. And yet, the heart rebuilds itself by the activity of continued admiration,respect and love.
I have not read Lamrani’s book but over many years I have read his Cuba dispatches. I have marveled at his dedication to exposing the endless lies about Cuba and its revolution, and have been thankful to see someone of such courage and skills ever standing for what is true.
I consider Cuba’s a teaching revolution. Just as, in the Sixties, Cuban youth took to the hills and valleys of their country to teach every single person who desired it, how to read, we who are facing a world crisis unparalleled in the history of humans – as far as most of us know – must seek to learn all we can about how to survive as human under the brutal dictatorship of banks, military and economic violence, and greed. This book is probably a very wise start.

<翻訳>
 キューバ革命ほど私が深く思い入れる革命は他にありません。私は、貧困の中で、あるいは、貧困の生じる原因を理解しながら育てられ、貧しい人々を加虐的に貪欲に押しつぶすことのない生き方をしようと誓った世界中何百万という人間の中の一人です。四度の訪問とこの何十年にもわたって、私は米国による貿易封鎖が地球上最も素晴らしい人たちであるキューバ国民の何人かに破壊的な害を与えるのをこの眼で見ました。それは心を打ち砕かれる経験でした。それでも、心は途切れることのない感嘆と尊敬と愛の働きで自然に立ち直るものです。
 私はまだラムラニさんの本を読んでいませんが、長年にわたって彼のキューバ通信を読み続けています。私は、キューバとキューバ革命についての終わりを知らぬ嘘をあばく彼の献身ぶりに感嘆し、真実のために立ち上がる勇気と技能を持つ彼のような人がいることに感謝を続けてきました。
 私はキューバ革命を教育的な革命と考えています。あの60年代に、キューバの若き革命家たちが山や谷に赴いて、望むならば誰にでも読み書きを教えたのでしたが、ちょうどそれと同じように、我々の殆どが知る限り、人間の歴史上、比較を絶する世界的危機に直面する我々は、残酷な銀行の独裁、軍事的経済的暴力、貪欲の下で人間として生き抜く方法について学び得る全てを学ぶことを求めなければなりません。この本はその一つの大変よい出発点となることでしょう。(終)

 私は物理学の教師として口に糊して生きてきた人間ですが、立派な文学者に深い尊敬の念を抱いて今日に至っています。このアリス・ウォーカーの書評を味読して、自分が誤っていなかったことを改めて確信しました。学者たちの物知りぶった書評よりも遥かに的確な書評になっています。

[追記]
今朝(4月29日)7時半頃のNHKテレビでキューバと米国の国交回復に関する特集番組のようなものがあっていました。しっかり見たわけではありませんが、気になったことがいくつかありました。その一つを簡単に書き留めます。日本人の農業移民二世の一家が紹介されて、先代はカストロの農地改革ですべてを失ったが、勤勉に働いて、また盛り返し、快適な生活を送っている様子でした。私は1968年にカナダに移住しましたが、カナダのテレビで、カストロの農地改革のおかげで自作農家として生活を始めることのできた老いた日本人移民夫婦の記録映画を見ました。日本からの農業移民でキューバ革命によって農地を取り上げられた人の数よりも、自作農家として土地を与えられた人たちの数の方が多かったのではないかと、私は推測しますが、この点について、NHKから答えを聞かせて頂きたいと思います。

偶然ですが、日本からの農業移民についての興味深い日本語記事に出会いましたので紹介しておきます。

http://www.fujitv.co.jp/nj/cuba_01.html

藤永茂 (2015年4月29日)

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4 コメント

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アリス・ウォーカーについて (elan)
2015-04-30 06:00:46
的確精緻なCUBA記事を拝見し、更めて胸の障えがおりましたが、最後のアリス・ウォーカーのラムラニへの書評ご紹介には少々びっくりしました。
彼女の「紫の震え」(the Color Purple:1982)は、ピューリッツァー賞も受け、その後映画化(ウーピー・ゴールドバーグ)もされましたが、日本の80年代のフェミニズムでは必ず言及された大切な本で、青木やよい氏からも直接聞いたのでよく覚えています。(この邦題は近年なぜか忌避されたようで、現在は一切お目に掛かりませんが)
日本ウィキを眺めると、アリス・ウォーカーは、~スペルマン大学時代の教師ハワード・ジンの影響もあって政治活動家に成った~なんて一節があり、北米の良心は極く少数者の連携で護られていたのかとも感じました(ハワード・ジンは、藤永先生の記事にも言及されてました)。
キューバの音楽は実に多彩豊潤で語り切れませんが、その実体本体は、ライ・クーダーが長年探求した結果を紹介した素晴らしい映画で有名に成った「ブエナ・ビスタ・ソシャルクラブ」です。
彼の映画音楽には、「パリ・テキサス」なんて不思議な映画もありますが、私はパイオニアのカーステレオ用の「オン・ザ・ボーダー」って曲が個人的関係もあって大好きです。
初期LPには「紫の渓谷」(Into the Purple Valley 1971)なんてのもあります。しかし紫は(黒人に取って)結構難しい色でしょうから、早逝した天才的な黒人ギタリスト、ジミヘンの「Purple Haze」(紫の煙)も秀逸ですが、彼の最も有名な演奏は、ウッドストックでの「The Star Spangled Banner」です。
少し脇に逸れましたがご勘弁を。
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Unknown (一読者)
2015-05-01 14:08:24
偉大なラテンアメリカの革命家たち、例えばサンディーノやカストロの盟友ゲバラ、あるいは祖国を外国に売り渡して安楽な生活を得ることを拒否し、真に自国民のための国家運営を志向した政治家たち、例えばグスマンやアジェンデなどが自由を憎むアメリカ帝国主義者の毒牙にかけられ、崇高な理想・大義に殉じていく中で、曲がりなりにもキューバが革命政権を現在まで維持し、カストロが暗殺も追放もされずに生き残っていることは驚嘆すべきことだと思います。
私は何らかの宗教を信じているわけではありませんし、先述した人びとが神の恩寵から外れていたなどというつもりは滅相もありませんが、カストロが数十回にもわたる執拗な暗殺未遂をからくも生き延びたことを思うにつけ、カストロやキューバ国民、あるいは彼らに正義の実現を託す人びとに対する神の御加護というか、御意志のようなものを感じてしまいます。
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キューバに対する経済戦争 (おにうちぎ)
2015-05-03 08:24:37
再開藤永ブログの健筆ぶりをいつも嬉しがりながら読んでいます。最近のキューバ・米国の国交正常化交渉の始まりに対して、米国の温情をもって疲弊国キューバに接するというがごとき世に見かける論調を、これまた楽しみながら眺めています。ほんとうは楽しむような事態ではなく、今般の米国はどんな悪辣な目的と作戦で臨むのかをしっかり観察や推測すべきものでしょうが。キューバ指導者が、亡国路線の某国の指導者とは異なって、米国が(歴史が示すように)二国間にしろ多国間にしろ条約をまともに誠実に守る国ではないことを肝に銘じて、交渉を進めてもらいたいものと願っています。
今回アリス・ウォーカーの立派な書評が翻訳掲載されました。文学と歴史の類縁性は言うまでもないことですが、まともな文学者たちはもっと骨っぽい発言を、機会をえて打ち出して欲しいものです。近現代史をある程度の時間とエネルギーを掛けて学ぶものにとって、キューバの歴史が示す米国(路線)に対する異議申し立てを「人間史の根幹」に関わるものとして見る以外はあり得ないこと、それを言うウォーカーのまともさがよく見えました。発言をわたしたちは支持するし、キューバに対する偏見や誤解の持ち主に伝えたいものと思います。(以上)
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「禁治産者憲法違反総理」 (通りがけ)
2015-05-06 17:57:23
以下の記事は海外で広く報道されて世界中の人が事実だと知っていますが、テレビを視ている日本人だけが知らないのです。
日本のテレビでは絶対に報道しませんから。

>安倍首相の演説、海外でカンペ画像が報じられる「顔を上げ拍手促す」www.asyura2.com/15/senkyo184/msg/191.html

Huffingtonpost

安倍晋三首相が4月29日、アメリカ議会上下両院合同会議で演説した。この様子を報じた海外の記事が話題になっている。

この日、安倍首相は英語で演説を行ったが、ウォール・ストリート・ジャーナルは安倍首相が手に持った原稿を、大きな写真で紹介した。原稿には、「次を強く」など抑揚をつける位置や、息継ぎの箇所が赤ペンで書き込まれていた。

カナダ版のYahoo!ニュースに掲載されたロイターの記事には、「顔を上げ拍手促す」などの書き込みも見られる。
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こういう日本語外国語学力のまったく無い社会人失格人間が、日本の法律条文によって規定された官権力の頂点である内閣総理大臣公職に就いていること自体、NHKと選管の総務省はじめすべての行政府公務員全員共犯による公職選挙破壊すなわち法治国家統治システム破壊叛逆クーデターであり、さらにこの禁治産者を国会総理指名選挙で投票選出した自民党公明党他党国会議員は、全員共犯の内乱罪クーデター実行犯である。
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