私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

再び、オッペンハイマー現象を問う

2024-05-13 09:38:58 | 日記
 ノーラン監督の映画『オッペンハイマー』の公開を機に、「オッペンハイマー産業(インダストリー)」と呼ぶにふさわしい営利活動が目につきます。私も、1995年出版の旧著の売れ行きが伸びてご利益に与る始末です。
                             
 ロバート・オッペンハイマーは1904年に生まれ、1967年になくなりました。百年目を記念して、『Reappraising Oppenheimer  Centennial Studies and Reflections』(Edited by Cathryn Carson and David A. Hollinger, 2005) という本が出版されました。タイトル通り、「オッペンハイマーを評価し直す」ことを標榜する学術書的出版物です。2頁の写真を含めて、細字425頁。私が特に注目する章が三つ、18、14、13の3章です。
 第18章は「映画のオッペンハイマー」と題して、ジョン・エルス(Jon Else) という米国の著名なドキュメンタリー映画製作者の談話を中心とした記事で、ノーラン監督の『オッペンハイマー』を論じる人々に読んで、そして、良く考えて欲しい内容です。ジョン・エルスが制作した『The Day After Trinity』(1981年)は有名で、現在もYouTube で見ることが出来ます: 


ジョン・エルスは、昨年(2023年)、『To End All War   Oppenheimer & the Atomic Bomb』という魅力的なタイトルの映画を作りました。これも主題はオッペンハイマーです:


なかなか貴重な記録映像も多数含まれていて見応えはあります。ジョン・エルスは、ノーランの『オッペンハイマー』を見て、そのドキュメンタリー版を作りたくなったのでしょう。上に掲げたサイトで見ることが出来るバージョンは広告をかき分けながら見なければなりませんが、辛抱して観てみて下さい。ノーランさんもコメンテーターの一人として出て来ます。ジョン・エルスさんの作るドキュメンタリー映画、いや、ドキュメンタリーとは一体何か、という問題について、映画の通人たちに考えてほしいと思います。オッペンハイマーという個人について、ジョン・エルスはノーランよりは好意的ですが、私なりに、この映画の中核のメッセージを摘出すれば、「原爆とはこんなに酷いものだがら、戦争をやめよう」と人間たちが悟るように、オッペンハイマーは広島、長崎への原爆投下を進言した」ということになります。これは真実ではないと私は思います。しかし、繰り返して、この映画を観ているうちに、何故、米国人が、これほどまでに「オッペンハイマー」に固執するのか、大変、気掛かりになって来ました。つまり、私の言葉で言えば、「オッペンハイマー現象とは何か?」という疑問です。
 このブログ記事の冒頭に掲げた「オッペンハイマーを評価し直す」ことを標榜する学術書的出版物の第18章「Oppenheimer in Film  A Transcript」はジョン・エルス自作の『The Day After Trinity』を中心に極めて興味深い議論が数人の討論参加者の間でなされていますが、私は、とりわけ、ジョン・エルスの次の発言(p381~p382)に興味を持ちました。今までのオッペンハイマー映画像はどうも冴えないというのです:

Jon Else: In film so far  we’ve had some less-than-Faustian, somewhat smaller-than life Oppenheimers―in Fat Man and Little boy, and BBC series. It is partly because the scripts have been a bit pedestrian, and partly because we haven’t yet a really great actor in the role.・・・・I’m thinking of someone on the scale of Jack Nicholson or Marlon Brando―because you need a great actor as well as a great script.・・・・
Theres another irony with Oppenheimer. We talked about being so charismatic and bristling with attraction. But if you look at the real Oppenheimer on film―he’s just not very charismatic on film, surprisingly.The affect is sort of flat. So newsreel footage is obviously not the answer. And that is one of the reasons we kept him off screen, by the way. He wasn’t quite ready for prime time.

 ジャック・ニコルソンとかマーロン・ブランドといったクラスの俳優が映画でオッペンハイマーを演じるべきだ、ですって!正直なところ、私はエルスさんやノーランさんに向かって、「What you really want from Oppenheimer !?」と叫びたくなります。我々は、ドラマタイズされていない、本当の、悩みも、思い上がりも、愚かしさも備え持った一人の人間、一人の物理学者、ロバート・オッペンハイマーをこそ知らなければなりません。ジョン・エルスの2023年の映画の中で、アインシュタインはオッペンハイマーを”fool”と呼びます。聴聞会で追い詰められたオッペンハイマーは自らを”idiot”と認めます。

話がついつい長くなって、なかなかロベール・カミュとの共通点までたどり着けませんが、次回こそ、その議論をいたします。

藤永茂(2024年5月13日)

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