私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

オバマ大統領は本当に反核か?

2009-04-22 15:27:57 | 日記・エッセイ・コラム
 心の一番奥底で核兵器が良いものだと思っている人はおそらく居ないでしょう。核兵器のない世界の方が核兵器のある世界より、原則的に、好ましいと考えない人はおそらく居ないでしょう。しかし、この基本的レベルから離れたところで、つまり、条件付きで、核兵器禁止を唱える政治家には、厳しい目を向けなければなりません。
 今、机の上に2009年4月6日付けの西日本新聞からの切り抜きがあります。4月5日オバマ大統領がチェコの首都プラハで核兵器の廃絶を唱えた演説についての記事です。「核廃絶へ包括的構想」、「核廃絶米外交の主流に」、「核超大国の変化期待」、「長崎の被爆者:廃絶へ強い後押しに」と記事が並んでいます。
 私たちがここで先ず思い出さなければならないのは、2007年に、あの核抑止論の急先鋒だったキッシンジャーが急に核廃絶を言い出したことです。西日本の記事には、
■ オバマ大統領の演説は2007年以来、シュルツ、キッシンジャー両元国務長官らが「核なき世界」を提案し、世界の賢人たちを巻き込んで広めている動きを反映した。演説の起草に参加した核軍縮専門家の一人は「核なき世界はもはや平和屋の見果てぬ夢ではない。米外交の主流が唱えている」と力説。■
とあります。ソースは(ワシントン共同)、「世界の賢人」は、おそらく、「pundits of the world」といった文章の和訳でしょう。これらのパンディットたちの考えていること、彼等が頭の中に描いていていることは、「長崎の証言の会」の皆さんが胸に抱いておられること、希求しておられることとは、殆ど何の重なりもない事ではないかと、私は強く危惧します。キッシンジャーが実に恐るべき人物であることは皆さんの殆どがご承知の筈です。
 同じ記事の中にオバマ大統領の演説の内容がまとめてあります。
(1)核兵器のない世界に向け具体的な措置取る
(2)米、ロシアの核兵器は最も危険な冷戦の遺物
(3)世界核安全サミットを1年以内に開催
(4)ロケットを発射した北朝鮮はルールを再び破った
(5)包括的核実験禁止条約の批准目指す
(6)兵器用核分裂物資生産禁止条約の交渉開始目指す
(7)テロリストの核兵器獲得は最大の脅威
(8)核物質の安全性を4年以内に確保
(9)イランの脅威が存在する限り米ミサイル防衛(MD)計画進める
オバマ大統領が一個の人間として核兵器反対であるかどうかは、ここで議論しても何の意味もありません。もしそうでなかったら、悪魔です。アメリカの大統領としての今回の行動は全く政治的なものです。そのようなものとして受け取らなければ、私たちは判断の誤りを犯すでしょう。彼のほとんど唯一の関心事はアメリカとアメリカ国民の安全と世界でのアメリカの地位の保持です。シュルツ、キッシンジャー両元国務長官の関心事と全く同じです。核兵器の開発と保有に関する世界情勢が変化していて、このままでは昔よりアメリカが危うくなってきたことに対する反応です。世界と全人類の平和のためにオバマ大統領が乗り出して来たなどと早とちりをしてはなりません。彼は人々が喜びそうなことを言いながら、実は、別のことの実現を狙う魔術師です。核兵器を実際に使ったアメリカが、核兵器のない世界を目指して、主導権を握るという大見得はいいのですが、オバマ大統領の本当の狙いは上の(4)から(9)に滲み出ています。
 彼の(あるいは、アメリカの)まず第一の狙いはイランです。イランが核武装することの脅威を誇張することで、ミサイル防衛(MD)計画を押し進め(これは兵器産業界からの猛烈な要請です)、それに絡ませて、NATO を大幅に拡大強化して、UN(国連)がアメリカにいいように操れない時は、NATO で行こうというのがアメリカの目論みです。うまく行ったら、日本も名誉会員にしてくれるでしょう。日本が太平洋に面していることなんか目をつぶってくれる筈です。それに、イランを、このまま放置しておけば核兵器を振り回す危険極まりない大悪者になるに違いないと言い立てることで、もしイスラエルがイランの核施設を爆撃することが起こった場合の準備をしておこうというつもりでしょう。
 第二のポイントとして、包括的核実験禁止条約(CTBT)のことがあります。検証の難しい地下実験も含めたこの条約は1996年9月の国連総会に提出され、大多数の国々の支持で採択され、クリントン大統領も直ちに署名したのですが、米国上院が批准に反対して、今日までそのままになっています。その当時は、中国はまだ小型の水爆の開発に成功していなかったのでCTBTで開発の邪魔をしようとクリントンは考え、一方、国内の兵器産業とキッシンジャーなどの保守派からの反対は、いわゆる未臨界核実験プログラムなるものを出発させることで押さえようとしたという裏話があります。しかし、この「未臨界核実験」なるもの、実にケシカラヌ核爆発テストなのです。核分裂連鎖反応が爆発的に進行する直前の状態までしか行かないから、これは包括的核実験禁止条約の禁止対象にならないというのがアメリカ政府の主張ですが、初期の実験はネバダの砂漠の地下300メートルに装置を沈めて行われたことからも窺えるように、それから生じる被害と危険は従来の核爆発実験とはっきり区別できるものではありません。しかも、クリントン大統領が包括的核実験禁止条約に署名した直後から、アメリカ政府は、有名な怪物私企業「ベクテル」社などと数十億ドルのコントラクトを結んで未臨界核実験を開始し、今日までのテスト回数は二十数回に及ぶとされています。英語でゴール(gall, 鉄面皮)というのは将にこのことでしょう。
 2007年になって、それまで核軍備必要論の総元締とも見えたキッシンジャーのような人物が掌を返すように核廃絶を唱え出し、その意向を受けてオバマ大統領がアメリカも包括的核実験禁止条約を批准すると言い出したのは何故でしょうか? 西日本新聞の記事には「4月1日の米ロ首脳会談に基づき、双方の戦略核をさらに削減する新条約を今年末までにまとめる決意を強調」したとありますが、アメリカは今の保有数を半分にしても、まだ地球上のどの國でも震え上がらせるに十分な核戦力を持っています。プラハでオバマはこう言っています。
■取り違えのないように願いますよ:核兵器が存在する限り、我々(アメリカ)はどんな敵でも抑止できるだけの、しっかりと保護された、効果的な核兵器の備蓄を維持して、我々の友好国を守ることを保証しましょう。■
オバマ氏は大統領に当選する以前から包括的核実験禁止条約の批准に前向きだったとして彼を褒める人がありますが、対立候補の共和党マケイン氏もその方向に傾いていたことを思い出して下さい。キッシンジャー一派に率いられた米国の核政策転換の大きな理由の一つは、アメリカが自信を持って実行しているストックパイル・スチュワードシップ・プログラム(Stockpile Stewardship Program, 備蓄核兵器保全管理プログラム)というものにあります。クリントン時代に始まった未臨界核爆発実験に超高速巨大コンピューター・システムを組み合わせたシミュレーション技術の完成で、アメリカは実際の爆発実験を必要としなくなったのです。このプログラムで手持ちの核兵器に磨きをかけ何時でも使用可能な状態に保つ一方、こうした高度技術をまだ持っていない後発の核保有国を包括的核実験禁止条約で締め上げる方がアメリカにとって都合が良くなって来たのです。オバマ大統領の“核廃絶”のジェスチャーにはヒロシマ・ナガサキの罪に対する痛みなどひとかけらも含まれてはいません。オバマ大統領は次のようにも言っています。言葉の裏をよく読み取りましょう。
■ 歴史の不思議な転回で、世界大核戦争の脅威は遠のいたが、しかし、核攻撃の危険はぐっと頭を持ち上げてきた。■
■ このゴール(核兵器のない世界)は直ぐには達せられないだろう-多分、私の生きている間にはダメだろう。■
まさか、暗殺されることを考えての発言ではないでしょうから、今後、半世紀はダメということです。核廃絶の希望を彼等に託すとひどい裏切りに会うかもしれません。
 (4)の北朝鮮については、オバマ大統領は「ルールは拘束力があるべきだ。違反行為は罰せられなければならぬ。決めた言葉には意味を持たせねばならぬ。(Words must mean something)」と言いました。言葉とは国連の安全保障会議の決議の文言を意味します。オバマさん、よくもこんな事が言えたものです。国連の「言葉」を数限りなく無視してきたイスラエルはどうなのですか?国連がイスラエルを罰するのを一貫して阻止してきたのはアメリカではありませんか。今度の核廃絶プラハ大演説の中に核兵器保有大国イスラエルの名前が一度も現われないのは一体どういうことなのですか?
 アメリカの黒人女性評論家マーガレット・キムバリーさんはオバマ大統領の核廃絶演説を次のように評しています。:
■ スマートな帝国主義者だけが、平和のための計画だと言いながら、戦争の企てを進めることをやってのける。■

藤永 茂 (2009年4月22日)



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