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生きること:過去と未来とエスペラントと

港町:クライペダ

2005-08-12 13:36:05 | Weblog
 クライペダは1252年に作られた古い町です。昼食後、ホテルに荷物を置き、古い家々の建つ通りをリトアニアで一番古いと言う郵便局へ。待合室の時計の置物の飾りが面白い。ぶら下がっていたのは空飛ぶ天使だったろうか、羽が生えた人間だったろうか。また、待合室には木製のテーブルを囲むようにして椅子が数脚置かれえていてまるでサロンです。外は雨が激しく降ったかと思うと日が照ったりしていました。

 フランス人エリザベスは弱視です。モンペリエでのエスペラント大会の時の遠足で一緒でした。光があるとほとんど景色は見えないけれど、夕暮れには陰が浮かび上がるので外を眺めるのも嬉しいと言っていました。今回は全盲の男性を伴っていました。夫は全盲だと言っていましので、そうかと思ったら友人だそうです。
 彼女はいつも5~6cm高のヒールの靴を履いて、カッカカッカと勢いよくあるきます。石畳が傾いている上に水溜りや段差があります。港町ですから少々起伏に飛んでいて、短い階段がいたる所にあります。それでも彼女は決して速度を緩めず、連れの手を自分の脇下に挿んで歩き続けます。
 みんなハラハラしています。気がついた人がKAVO(窪み、)FLOKO(水溜り)。S^TOPETO(段差)、S^TOPARO(階段)、DEKLIVO(斜面)と叫びます。その度に彼女は上手によけて通って行くのです。半分呆れ、半分感動しながら私達は歩いていました。

 川沿いを進むとヨットで川遊びしていた若者が私たちの声援にこたえて何度も行ったり来たりしてセーリングの腕前を見せてくれました。2日後から1週間、海の祭りが行われと言うことで、沢山の船が集まっていました。川にかかった橋は動かして船を通せるようになっているそうですが、もう30年間動かしたことがないとゲディミヌスは語りました。

 解散後、スイス人のジャッキーと散歩に出ました。まだ7時。ホテル近くの昔ながらの広場には屋台が沢山出ていました。ほとんどお土産の琥珀です。ゆっくりと見てまわりました。ジャッキーは二人の娘に一つずつ、自分には色々と買いました。私も自分用と年老いた姉に一つ買いました。琥珀は軽いので肩がこるとは言わないでしょうから・・・。

 広場を離れ、町に散歩にでようとしたら、8~9才のの子どもがやってきてお金をせびります。駄目と言ってもしつこくついて来ます。通りの反対側に涼んでいるリトアニア人を見つけたので、事情を話にその子を連れて行く決心をしました。私がそちらに向かい始めると少年は声を上げいやらしい笑いを浮かべて走り去りました。

 ジャッキーに『どうして日本人の所に来るのだろう?この前もそうだった!』と言われ私は愕然としました。

 広場のレストラン前の椅子に同行のゾフィアが座っていました。お腹が空かないので私はビ-ルを飲みました。レカント、クララ、ゾフィアの友人もやってきて賑やかにおしゃべりです。とにかく全員の食べ物を注文する前が騒々しいほどに賑々しいのです。
 隣のテーブルの母と娘達と言うグループの一人がジャッキーに声をかけてきました。エスペラントに気がついたのです。友人がエスペラントを話すからと絵はがきを出し、ジャッキーにエスペラントで挨拶文を書いてもらっていました。

 10時、未だ明るさが残る中を私とジャッキーは広場を引上げました。
 ホテルではゲディミヌスが『今日は他のホテルに泊まります。』と言い、迎えの若者ふたりと出かけて行きました。



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コメント (6)
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