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生きること:過去と未来とエスペラントと

本を読み散らかす!

2013-10-29 07:32:34 | 家族・友人・私
 忙しかったり煩雑な仕事に追われたりした後には突然虚脱感と閉塞感に襲われます。こんな時手当たり次第に以前読んだ本の中から気に入った部分を手当たり次第に拾い出し読むといつか生気がよみがえります。これが子どもの頃からの私の習性で父の本棚の前にへたり込んで座り、朝から晩まで過ごすのでした。母はそんな私を『また本を読み散らかしている!』と非難の目で眺めるのでした。母にとってそれは正しい読書ではないのです。読書とは何かを学ぶ取るべきものでなければならないと彼女は常に私に説いていました。

 今本を読み散らかしたい気分になっています。金曜日『ハリー・ポッーター:謎のプリンス』テレビで見ました。ハリー・ポッターを読んだのはいつだったでしょうか。第1巻は息子が誕生祝いに『僕は英語版を読んだけれどお母さんの好きそうな本だから・・・』と買ってくれました。2巻目は自分で注文し、以後本屋から注文の電話を受けて買う事になってしましました。綺麗に読んでいます。誰かもらってくれる人がいたら嬉しいと思い汚さいようにしているのです。また読んでみようかと昨夜から『ハリー・ポッターと死の秘宝』を読みだしました。一度読んだ本は気に入らない部分は飛ばして読むのが読み散らかしの基本的です。

 エスペラントの本で読み散らかしをやれば言葉の感覚が養われるような気がしますが、適当な本が中々ありませんね。哀しい本や小難しい本は向きません。やはりファンタジーとか詩集が良いのですが・・・。最近読み散らかしたことのあるのはバギーの詩集とか『La mirinda sorcxisto de OZ』(オズの魔法使い)、『La sencxesa rakonto』(おわりのない物語)ぐらいです。

 馬鹿げた読書をしているうちに次に何をするか目標が見つかるかもしれないと期待している私です。
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天気の良い日は

2013-10-28 04:10:56 | 家族・友人・私
 昨日は快晴。天気の良い日は太陽を存分に使わないとひどく損をした気分になります。午前中買い物に出かけ大根を買いました。キムチを漬けるのに私は市販のキムチの素を使っていますが、野菜を生のまま漬けると野菜の水分で味が薄くなるように感じます。そんなわけで漬ける前に洗い刻んで干すのです。
 指の皮が1本剥けてしまいましたがそんなことは言ってられません。ついでに人参1本加えました。台風が来る前にプランターのニラは全て収穫。みじん切りにして冷凍庫に保存しました。リンゴを入れたら美味しいかもしれないとリンゴ半個も同じく刻み干しました。
 半日ではまだ水分が出そうです。今日天気ならもう半日干して漬けることにしましょう。

 私の調理はいつも変化します。私は変化ではなく進化と思っているのですが。
 パン焼き機にご飯パンというメニューがあります。田舎に行くのに兄にパンを持て行こうと思ったですが、我が兄はじゃが芋が大好きです。そこでご飯の代わりにじゃが芋を入れてみました。とてもいい味になりました。以前姉にヨーロッパ人はパンを焼くのにじゃが芋の茹で汁を使うと聞いていました。じゃが芋は発酵を促すそうです。

 小麦粉210gに茹でたじゃが芋200グラムです。水の代わりにいつも牛乳を使っています。2度目は砂糖入れず塩味だけにしました。素朴で美味しいです。
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イタリアからのたより

2013-10-26 09:22:38 | エスペラント
 エスペラント日本大会に参加したイタリアの友人から昨日便りがありました。日本では台風に見舞われ、イタリアに帰ったら雨降り続きで町中が冠水していたそうです。ようやく電気やネットが使えるようになったが彼女の住む街はまだ20センチほど水があるそうです。川がないからと彼女は書いていましたがそれはイタリアの町の地形にあるのではないかと私は思います。昔は要塞だったのでしょうか町自体が丘を中心に作られ、小高い所は昔貴族の居住地区であり、その周りには城壁の跡があります。水は城壁跡より下にある庶民の街へと流れ込んでくるでしょう。

 無事に帰れてよかったですが、大会への感想はまだ書いてありませんでした。
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電子辞書

2013-10-25 10:10:16 | エスペラント
 電子辞書が欲しいと思う事がしばしばあります。いつも木曜日にエスペラントを口実に集まり本を読み、おしゃべりをし、あるNPOの経営するレストラン(?食事処)で食事をして解散といる集まりを持っています。一人が電子辞書を持っています。便利ですが多くの単語が載っているわけではありませんので私はいつも重い辞書を携えてゆきます。軽いものが欲しいです。

 さてエスペラント大会の時にLIBROSERVOの片隅でタブレットに入れた電子辞書を操作する方を見かけ眺めていました。DVDで売っているのは日エス辞書のみでした。私の欲しいのはエス和ですと話すともうできているがエスペラント協会から売りだしの許可が下りないのだと話し操作して見せてくれました。持ち運びには便利そうでした。
 2006年に出版されたエスペラント日本語辞典が入っているそうです。販売できないのはDVDを販売するとその辞書が売れなくなる恐れがあるだからそうです。現在辞書の在庫はどのくらいあるのでしょうか。在庫が無くなるまで電子辞書が販売できないとすれば私の生存中は売ってもらえない可能性もあるわけです。

 例えば支部単位でも良いから紙の辞書を持っている事を証明できた人に販売するとか何か手立てはないものでしょうか。

 エスペラント協会にはエスペラントを愛し、上達し、活用したいと望む人に便宜を与える方法を考えて欲しいものです。電子辞書が紙の辞書をすべて排除する時代など当分来ないでしょう!必ずその辞書は売れるでしょうからエスぺランティストの向上と便宜性を第1に考えて電子辞書の販売に踏み切って欲しいものと切に望みます。
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ああ、台風!

2013-10-23 10:03:24 | 家族・友人・私
 夜明け前に目覚めた。空を見上げる。雲も動かず静かでした。もし、台風が消えていたらやはり旅に出ようと持って持って行くものを整えました。
 今朝は姉のところへと出発。1泊して兄の所へ2泊。そして息子の所に2泊する計画で旅に出る予定でした。11月に2歳の誕生日を迎えるMへの誕生日プレゼントも用意しました。ですが台風が来るから予定を1週間延したらというのが家族の意見です。
 息子は27日に町のマラソン大会の手伝いを頼まれているからという事でしたが物見遊山に行くわけではないからと決行するつもりでした。
 テレビの天気予報の画面は三つどもえの台風の発達を伝えています。予測できない方向に進む事もあるということです。でも台風がそれるとわかったら明日出発しようとかすかな望みをつないでいる私です。

 今年はとても台風が多いですね。その都度に報じられる原発の汚染水もれ!原発はコントロールされていると安倍首相は良く言えたものだと驚きと怒りが湧いてきます。東電は作業員のミスと幾度となく言っていますが、管理体制の悪さ、すなわち首脳部のミスではないかと思います。いつも泥縄式。台風がやってきた時また作業員のミスで事故が起こりましたという事の無いように願っています。
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行ってみたいネパール

2013-10-22 07:36:15 | エスペラント
 弁論大会が終わって部屋を出ようとした時だったでしょうか、ネパールの青年がパンフレットを配りました。
Speciala Ekskurso, 2014 en Nepalo(2014年ネーパールにおける特別な遠足)と書かれていました。ネパールエスペラント会では3年に一度『ヒマラヤでの出会い』というものを企画しかなりの収入を得ています。私の友人の中にも参加することがネパールの人々を支え、エスペラント運動に貢献できると幾度も参加して人がいるほどです。この場合は荷物はシェルパに頼んだとしても徒歩が原則のようです。

 今度もらったパンフレットによると徒歩が嫌な人向けにきつい徒歩を避け、乗り物でネパールにある四つの世界遺産を回る計画のようです。期日は2014年3月6日~17日まで。経費は750ユーロ。

 世界遺産に興味があるわけではありません。エスペラントの世界にいるのが好きなのです。前回ネパールで開催されたアジア大会はネパールの国内の混乱で延期され参加できませんでした。パンフレットに載っているような美しい景色を眺めながらのんびりできるなら、何を食べようとどこに寝ようと楽しい時間が持てるような気がします。

 ただ飛行場から会場までどう移動するのか一人では困難かな、それとできるかななどと今思い始めています。
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弁論大会 ( oratora konkurso en la 100a Japana-kongreso)

2013-10-21 07:21:01 | エスペラント
10月15日、大会最終日に行われた弁論大会は楽しかったです。6人の若者が参加しました。みんな流れるようにhなしますし論点もしっかりしています。世界大会でも弁論大会はなるべく聴くようにしているのです。今年は世界大会には参加しませんでしたが、1昨年のコペンーゲン大会の弁論者とは比較にならないほど素晴らしかったと思いました。
 1位は香港系カナダ人。2位は韓国人。3位はインドネシア人と日本人でした。韓国の青年はエスペラントを始めて2年、インドネシアの青年はまだ1年という事でした。こんな優秀な若者の出現にエスペラントの未来への光明を見たのは私だけではなかったでしょう。

 タジキスタンからも若い女性が招待者として参加していました。AZIA MOVADO(アジア運動)報告会の時彼女は私の隣の席に座りました。彼女は発表をしませんでしたがパソコンをテーブルに置きよれよれになった原稿を何度も読み返し、緊張しきっていました。昨日、聞いたのですがエスペラントをすれば日本に行けると聞き彼女は数ヶ月エスペラントを学習しただけで大会に参加したそうです。
 アジアには世界に羽ばたきたいと夢見る若者が大勢おり、エスペラントが未来の足がかりになるとすれば多くの若者が加わってくるでしょう。その夢をかなえる手助けをするのは韓国や日本のエスペラントを愛する人々であろうと再認識したのでした。

 AZIA MOVADO の時の雑談で韓国では50日間講習という講習会を行っているという事知りました。1日に一つ暗記をするもので単語から始まり短文暗記に移行して、50日間でかなりの単語例文を覚えるというものだそうです。これうを修了した時にはエスペラントでかなりのことが話せるようになっているという事でした。
 今はインターネット時代です。スカイプもあります。文字で学習するだけでなく耳で覚えることも可能なのでしょう。

 大会が終わり外に出ると雨が降ってきました。信号のところで弁論大会で1位になったビルマックと一緒になりました。彼とはエスペラント市ヘルツベルクで一緒でした。散歩しながらおしゃべりもしました。でもこの数年間色々な人にあっているでしょうから私のことは記憶していないだろうと思い声はかけずにいましたが隣に立ったのであいさつしました。ヘルツベルクで一緒だったと話すと私を思い出したようで彼は取り出した傘を私にさしかけてくれながら言いました。
  Mi kaptis vin en mia memoro!
 私はこんな時にどう言葉を発するでしょうか。突然こんな言葉は出てこないと自分のエスペラントの拙さに愕然とした次第でした。
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『文学対談』(la 100a Japana-Kongreso)

2013-10-19 09:43:58 | エスペラント
 大会には4日間参加しましたが、ちょっぴりお手伝いしたり所属ロンド(クラブ)のお手伝いもしたので多くのプログラムに参加したわけではありません。面白く感じたものを2~3書いて見たいです。

 その一つに作家間宮緑さんと温又柔さんの対談です。間宮さんの作品は一昨年の関東Esperanto大会を機会に読みましたが温又柔さんの作品は読みたいと思っていましたがまだ読んだことがありませんでした。対談終了後に著書『来復の家』を買い求めました。サインをしていただきました。サインと共に『kun amo』という言葉が添えられていました。
 対談の間中彼女は小鳥のように澄んだ声でさえずり続けていました。

 早稲田文学のフリーペーパーに彼女の作品が載っているというのでそれも頂き会場で待ち時間を利用して読みました。作品は『カナの夏』。内容は台湾から日本に帰化した女の子がはじめて浴衣を着た時に左前に来て死人の着方と言われたちょっぴりもの哀しいお話しでした。つい数日前まで日本に滞在していた7歳の孫Eは何かすると『そんな、あるないよう』とか『ないあるよ』とかを連発していました。彼女も異文化の中で驚き混乱していたのでしょう!

 私は日本生まれの日本育ちですが、死人に左前に着せるという事を知ったのは30才過ぎて、母が亡くなった時のことです。上の姉が死人装束を母に着せるようにと私に言いました。私が着せたら姉が言ったのです。『やっぱりね。あなたはいつも左前に来てしまうからさせたのよ。紐を結んでごらん。絶対にたて結びになるから・・・。』私の結んだリボンは本当にたて結びになっていました。

 母や姉に左前はいけないと言われるとどちらが左前なのか私は分からなくなるのでした。だってそうでしょう。左を先にしたら左の身頃は体のすぐ前に来ます。右を先にしたら左身頃は体の前面になります。そんなわけで私の頭は混乱するのでした。そんな私に母は言いました。昔は懐に財布とか大切な物を入れていたと。自分が取り出しやすく、ゴマノハエに取られにくい着方が正しい着方であると。

 文学対談とあまり関係の無い話になりました。
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第100回日本エスペラント大会

2013-10-18 10:33:41 | エスペラント
 10月12日~15日の3泊4日で江戸川区のタワーホ-ル船堀において開かれたエスペラントの第100回記念大会の特徴はなんといっても公開プログラムの多さと招待者も含めてアジアからの青年参加者が多かったことです。途中からの参加も含めて大会参加者は712名と聞きました。一国の大会としては参加者はとても多いと思います。 

 公開講座の一つ『エスペラント入門講座』には指導者の予想をはるかに超え50名の方が参加したそうです。公開講座すべて含めると120名を超える方が参加してくれたと小耳にはさみほんとうにうれしかったです。

 開会式の時江戸川区の区長さんが区内にすんでおられる方はとれたずねられましたが誰もいませんでした。江戸川区にクル―ボができたら良いのですが。 

 船堀のタワーから眺める景色はでひるもよるもすばらしかったです。

 左手の4本のゆびが痛んでいて今右手だけで書いています。片手が使えるのに脳の動きが止まってしまいます。今日はこれで止めておきます。
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歳を捨てる!

2013-10-16 08:22:48 | エスペラント
 日本エスペラント大会で久しぶりに知人と会いました。彼女と知り合ったのは1999年にハノイで行われたアジアエスペラント大会でした。ホテルで同室になり大会後の遠足も兼ねて1週間余りつきあいでした。若い頃の話やエスペラントのことなど忌憚なく語り合い楽しい時間を過ごしました。それ以来時々講演会などであって互いの元気を確かめ合う仲になったのでしたがこの数年会う事がなくどうしているのか気になっていました。
 『まあ、あなたちっとも変わらないのね!』と彼女。
 『そんな!この前髪の白髪を見てごらんなさい。それに皺も増えたし、歳相応に変わっているわよ。』と私。
 『いいえ、あんたはきっと上手に年を捨てているのよ。』と彼女。
 出会いの会話は短かったですが会えてうれしかったです。

 もし、本当に歳を捨てて生きることができたらどんなに良いでしょう。そんなことは不可能なことと分かっていますが、歳を捨てて生きているという言葉は貰えたことは本当に嬉しかったです。今後も年齢を考えず、自分なりの生き方をしたいものと心から感じています。
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家族の集い

2013-10-12 07:42:19 | 家族・友人・私
 家族の集いは嵐のように去ってゆきました。忙しくて楽しかったのかどうかさえ感じる間もありませんでした。子どもや孫たちがそれなりに楽しんでいてくれていたらうれしいのですが・・・。一番大変だったのは小さなM だったでしょう。まるで生きた人形のように二人に撫でまわされ、力では抵抗もできず、二日目は声をあげて抵抗していました。

 なにしろ二男の家族同士の会話はドイツ語、三男の家族同士はラオス語ではなし、ときには英語が混じり、中心的会話は日本語ですから言葉の違いなど気にしていられません。手伝いに来てくれた姪の息子は初めての経験らしく驚き興奮していました。

 それにしても妻たちの性格も丸見えでした。それは個人の性格なのか民族的特性なのか。例えばラオス人Nは湿疹で傷ついた私の手を気遣って手伝おうとします。今日はお客さんだし、もうすぐ姪が手伝いに来てくれるからと断ると心配そうにしていました。ドイツ人のBはどちらかと言えば自己中心的。ほとんど他の人への気遣いは無し。それどころか箱根に行った帰りの電車で夫に何か言っています。息子はまあまあというように笑っているのでなんの話をしているのかと尋ねたら、私は家の鍵を持っているから自分たちの娘と息子、EとHを連れて一足早く帰ってくれないだろうかといっているのだそうです。つまり子どもたちの世話を私に任せて夫婦二人の時間を過ごしたいという事でした。

 この賑やかなわんぱく息子を私に託そうとする!まあドイツでは自分の両親のところに行かせることもあるでしょうが、普段の付き合いの無い私には到底無理な事とは思わないのでしょうか?

 最後の日みんなで海岸に行きました。Eは近所の人から人形やカルタをいただいたとか。なんでも海岸で拾った貝や小石を近所に挨拶しながら門やブロック塀の上にあげて歩いたそうで、老人の一人はとても楽しかったとバス停まで送ってくれました。

 さて、今日からエスペラント日本大会です。出発準備はできています。
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小休止

2013-10-08 05:48:37 | 家族・友人・私
一昨日ドイツから息子家族がやってきました。空き家になっていた他の息子が住んでいた古家に10日間暮らせる物資を運ぶのは結構大変でした。孫たちは畳の部屋に大興奮でした。飛行機の中では一睡もしなかったと言います。4歳のHは初めての日本です。早速近くの海に散歩に行きました。ベルリンには海がないのでまたまた興奮。父親ががかかえてかえりました。

上記の文書いたのは先週の金曜日です。子どもたちの忙しなさに息もつけないとような暮らしでした。特に4歳のH の忙しさと言ったら大変です。母親は父親似ではないかというので、冗談じゃない、私は3歳と4歳の息子をひとりで買い物に連れて行けたと言ったら首をすくめていました。

 Eは岩手から会いに来たMをまるで人形のように可愛がるものだから協調していたMも最後には抵抗していました。

 休養日を作ろうと昨日は合わないことにしていたのですが、岩手に行った息子から頼まれた急用で近くに言ったので寄ったら、毎朝海を散歩しているとかで大きな貝殻など門の上に並べたりして大騒ぎしていました。

 昨日午後、家族は箱根に行きました。私たちは日帰りで今日は箱根散歩です。おにぎりが好きなので早起きし、今ご飯を炊いている最中です。
 台風が幾つも発生し、天気は良好といえませんが雨は雨なりに楽しんでいるようです。

 写真はEが私に作ってくれたお守りです。どこで拾ったのか紫水晶のかけらのようなものが入っていました。彼女は7歳。8月に2年生になりました。日本だとまだ1年生だよと本人が言っていました。袋はどう見ても鎖編みだけで作ったようですがちゃんと袋になっているのです。夫のも似ていましたが何も入っておらず紙に書いた似顔絵らしきものが貼っていありました。

  


 それにしてもこの数日間で東電の原発でのミスが何度もニュースになりました。なんという事でしょう!息子が日本に行くと言ったらす人の知人から危険だと言われたそうです。あんな事故の後なぜ再稼働を目指すのか分からないというのがドイツ人の多くの感想だろうと話していました。ドイツは全ての原発を止めたそうです。 
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