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生きること:過去と未来とエスペラントと

Amu, lernu, esperu!

2025-05-26 13:33:31 | エスペラント

テレビ、 ナニコレ珍百景はニュースと重なっていたので録画してみました。

 

 校歌に入っていたエスペラントの言葉は Amu, lernu, esperu でした。愛し、学びそして希望せよ!若い人たちにぴったりの言葉でした。

 校歌を歌う中学生たちの姿を眺めながら、自分にもこんな時があったのだと思いました。私がエスペラントと言う言葉の存在を知ったのも中学生でした。その時から70年も経過しているのですが、そしてエスペラントはひろがらないねと皮肉を言われることもあったけれど、エスペラントが私の世界を広げてくれたと言う思いは変わりません。

 今年9月、アジア、オセアニアエスペラント大会が、岡山で開催される。できることなら参加したいと思っていたけれど、要介護の家族がいて、私個人も体力が減少しているので、参加はできないと思っている。

 英語以外の国際交流が沢山あっても良いと思う。

 せめて、このブログが閉鎖される11月半ばまで、様々なことを発信できれば良いのだけれど!

 

 

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校歌にエスペラント語が入っている?

2025-05-24 15:00:28 | エスペラント

 会のメールで知ったのだけれど校歌にエスペラント語が入っている学校が埼玉県にあるそうです。

 明日、5月25日(日)の夕方テレビ朝日のナ二コレ珍100景とかいう番組で放送されるそうです。どんな学校でどんなふうに放送されるのでしょうね。 

 

 ぜひ観たい!暑い日にうんざりしていたら、急に冷え込んで気分はすっきりしないけれど、ぜひ、ぜひ観たいと思う。

 

 昨日、介護保険を使って夫の手すりとか杖の貸借契約を結んだ。靴もその会社から買ったのだけれど、サイズ合わせがうまく行かず、幾度か訪問を受けたのでした。なんだか疲れてしまった!

 

 税金は6月2日。頑張っておさめに出かけようと思うのだけれど!

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トルストイの孫がエスペランティストとは知らなかった!

2025-05-14 21:24:56 | エスペラント

 第2次大戦前に日本で暮らした外国人にいまどれだけの人が興味を持つかは私は知らない。

 

 エスペランティトの中で、ある年代の人に興味を持たれ、研究されている人の中にワシリー・エロシェンコと言うウクライナ人がいる。彼は盲目ですが、ヨーロッパだけでなくインド・日本・中国など、アジアもエスペラントを使って旅をした人物です。今日スペインのエスペラント会がユーチューブでエロシェンコについて講演していたので、日本以外でエロシェンコはどう語られているのかと興味を持って聞いてみました。

 

 なんとエロシェンコにエスペラントを教えたはトルストイの孫娘だっと語られていました。

 

 トルストイはエスペラントを4時間でマスターし、その考えに賛同したと言われている。一方でそのことでエスペラントはロシアのツアから、迫害されたともいわれています。ですが、彼の孫娘がエスペランティストだったとは知りませんでした。

 これは私の忘備録です。

 

 

 

 

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インターネットラジオ放送

2025-05-08 09:19:09 | エスペラント
 
 久しぶりにポーランドのエスペラント放送を2日続けて聞いた。
 
 初めて聞いたのは多分2005年だった。2007年エスペラント世界大会を横浜で開催しようと決めたころである。聞く能力を伸ばそうと懸命に聞いたものである。
 
 そう言えばオーストラリア放送の中にエスペラント放送があり、これも聴いたが、最近はすっかりご無沙汰してしまった。
 
 あれから20年、当時の仲間たちもだいぶ姿を消したと思うと感慨深い。それにしてもポーランド放送の主な語り手あるバルバーラ・ペイチャックは今でも精力的に頑張っている。
 
 初めて、ラジオでエスペラントで聞いたのは北京放送。60年ほど前のことでした。内容は雑誌、Popola cxinio(人民中国)と同じものでした。短波放送が消えた後、インターネット放送もあったけれど今もあるのでしょうか。その他にバチカン放送やキューバ放送もあったように思う。今はどれだけの数の放送がなされているのか私は知らない。
 
 ぼんやりする暇があったらラジをでも聞くことにすると良いのかもしれない。
 
 どなたか手ごろな放送を教えて欲しいです。
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表紙に天功さん!

2025-02-11 16:35:11 | エスペラント
 昨日機関誌【エスペラント】2月号を受け取った。表紙はマジシャンのプリンセス天功さんだった。

 4ページに及ぶインタビュー記事が載っていた。最近新曲をエスペラント語で発表されたと言う。ショーをするためにいろいろな国を旅し、国による言葉の違いに世界共通語があればと思われたようでした。

 動物好きのようで、いろいろな国の首脳から頂いた、原種の犬を飼っているそうです。

 ずっと昔、北朝鮮を訪問をした時の記事を読んだことがあるけれど、いつのことだったでしょうか。当時と変わらない若さを保っておられるのには驚いてしまった。

 曲名ですが、【魔法の月~Magio de la luno】だそうです。日本エスペラント協会宛にプリセス天功さんあてにファンレターを送ってくださった方の中から2名の方にCD他のプレゼントを差し上げるそうです。

 私は終活している身ですので品物は欲しいとは思いませんが、ぜひ一度拝聴したいです。


 この機関誌は多くの図書館などに置いてあると思いますので、興味のあるかたにはぜひ見ていただきたいです。

 
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12月15日:ザメンホフ祭に参加

2024-12-16 16:33:00 | エスペラント
 12月15日はエスペラントの創始者ザメンホフ誕生日です。15日前後にエスペランティストは枯れに誕生を祝って集まります。時間は短かったけれど久しぶりに充実した時間が持てました。

講演が二つ

城西大学准教授上村和美さんの `斎藤秀一(ヒデカツ)とエスペラント’(日本語)
清永丈太さんの ’花粉分析による古植生推定’(エスペラント)

神村さんの斎藤秀一の人生の解釈はとても楽しかったです。個人的には長年疑問に思っていたことが一つ解けました。20代の頃話に聞いた人たちも出てき、その思い出とも重なりました。

清永丈太さんの話は全く違った世界を見せてくれました。花粉を採取して花粉の化石と比べて、植物の進化をたどると言うまさにミクロの世界でした。
講演後に多年生植物は何年生き残るかと尋ねました。というのもわが家のハヤトウリは今年で3年間も実を実らせたのです。清永さんの話では多年生植物が幾年生存するかを研究し、発表した研究者は今のところいないそうです。環境と相性が良ければかなりの期間生存するだろうということでした、

 その他エスペラントのビデオと、タンザニアで行われた世界大会の報告と、韓国で行われた日韓合同のエスペラント大会の報告がありました。

 私にとっては久しぶりに充実したザメンホフ祭でした。



斎藤秀一について
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%8E%E8%97%A4%E7%A7%80%E4%B8%80

ザメンホフについて
https://www.jei.or.jp/zamenhof/
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アースフェスタへ

2024-12-02 15:41:12 | エスペラント
 昨日、12月1日、地球市民プエア座でおこおなわれているアースフェスタに行きエスペラント活動を覗いてきました。

インドネシアのIliaさんとのzoomでの交流が行われているところでした。

その後、川崎に住んでいるフランス人のエスペランティストと「あれ?名前を忘れてしまいました!)エスペラントでおしゃべりしました。日本語の尊敬ご難しいとか。始めますと始まりますとの意味の違いがまだ理解できないとか。その他、フランス語の動詞の使kい方が他動詞も自動詞も同じなのでエスペラントで他動詞を自動詞として使う時に自動詞化する接尾辞をつけなければならないがそんなところが良く理解でいていないとなどなど。私も文法は得意ではないけれど、久しぶりにエスペラントでの会話を楽しみました。

 その後、イランのAhmadさんとのzoomでの交流後に帰宅しました。
 彼は写真でイラン料理をいろいろ紹介してくれました。横浜の会員からの質問はアメリカからの経済制裁後イランの経済はどうなっているかと言うものでした。経済制裁を受ける前と比べると物価が上昇して大変だと言うことでした。イランでは今1米ドルは(制裁前は7イランリラ)7000イランリラとなっているそうです。
 これは横浜の会員の話ですが、日本政府はイラン行きの郵便物を止めてしまったそうです。

 横浜で発行している機関誌は送れないのに、zoomでは連絡しあえるのです。なぜか不思議でした。

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アースフェスタかながわ’24(2)

2024-11-29 15:31:56 | エスペラント
先ほど日曜日の予定を受け取りました。
 先のお知らせの場所が違っていました。研修室Aではなく、研修室Bだそうです。隣の部屋ですので間違うことは無いと思いますが、ぜひお訪ねください。

12月1日10:00~17:00、神奈川県立地球市民かながわプラザ(あーすぷ らざ)1F 研修室B
(JR根岸線本郷台駅徒歩3分) 入場無料 (11月30日からフェスタは始まっています)
「神奈川エスペラント連盟」(NPOエスペラント横浜と川崎エスペラント会が協働)がワークショップ部会で
プレゼンの部屋を持ちます。
当日の研修室Bで展示以外の予定は以下のようになっています。

⚫️12-1(日)「国際語エスペラントで海外とZoom交流を楽しもう!」
 (「初歩の初歩講座」・交流会は全7回、各回20分程度を予定)
*Zoom交流では、「多文化共生」をテーマにdemandoj kaj respondoj を中心に進行していきます。

11:00 Zoom交流会(シドニーの「エスペラント・ハウス」Dmitryさんと) 11:30 エスペラント・初歩の初歩講座
12:30 海外エスペランティストとのZoom交流会(インドネシアIliaさんと)
13:30 エスペラント・初歩の初歩講座
14:30 海外エスペランティストとのZoom交流会(イランのAhmadさん)
15:30 エスペラント・初歩の初歩講座
16:30 海外エスペランティストとのZoom交流会(ドイツ Andreさん)

町田エスペラント会(川崎市在住)のCouvezさんもお手伝いに来てくださる予定です。
様々な言語のことわざ比較(エスペランティストからもたくさんいただきました)を展示している
ブースもあります。
多彩なプログラム詳細はこちらで↓
https://www.pref.kanagawa.jp/.../earthfesta2024top.html...

お近くにお住みの方、ぜひお気軽にお立ち寄りください。
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アースフェスタかながわ2024

2024-11-28 10:24:09 | エスペラント
 11月30日、12月1日の両日、根岸線本郷台にある神奈川県立地球市民かながわプラザで、多文化共生の実現を目指して、様々な国籍や文化を持つ人々の集いが開かれます。
 12月1日(日)、川崎エスペラント会が中心になってエスペラントの展示や、イベントが開かれます。zoomを使って外国のエスペランティストとの交流も計画されているようです。場所は1階の研修室Aです。時間のあある方はぜひ立ち寄ってください。

 私は10年間ほど平和展示室でボランティアをしていました。出店なども出ていましたが、遅くなると食べ物は売れ切れてしまっていました。

 久しぶりに出かけてみようかと思っています。

 昨年、孫のひとりをエスペラントの入門講習会に誘ったのですが、インフルエンザで倒れてしまい、参加させることができませんでした。

 今回は展示を一緒に見ようと誘ったのですが、月曜から中間テストなので外出はしないということでした。誠に残念!

 でも、幾度か誘っていたら、エスペラントってなんだろうかと興味を持ってくれるかなとかすかな希望を抱いています。
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自分の思いをどう伝えるか

2024-05-23 21:37:19 | エスペラント
 先ほどスマホがうるさく鳴った。開くと突然、本の表紙が現れた。’17年に私が翻訳した本の表紙でした。フェースブックなのですが、実は全くその使用方法を知らないのです。カナダに住んでいた2歳上の姉は週に数回市民講座に参加してパソコンの活用法を並んでいた。例えば、ナイアガラフォールスのネーチャークラブのホームページを作り運用したりしていて、私にブログを勧めたのも、フェースブック参加を勧めたのも彼女でした。その後、写真のアップを教えてくださる方などがいて、なんとかかんとか過ごし、もしかして来年は20周年になるのかも。

 子どもの頃発電所の近くに住んでいました。電気を流すのに銅線と鉄線では流れやすさが違うのだそうです。山の上住む我が家に行かれていたケーブルは鉄。遠くへ運ぶのは銅線。日中は電気の使用者が少ないので電気は使えるのですが夜になると電気が消えてしまうのです。ですから、夜の灯りは石油ウランプでした。もちろんラジオもないわけです。

 でも楽しかったです。学校は嫌いで、どうやって学校休むか作戦を練るのが私の朝の仕事(?作業)でした。夜は楽しかったです。父と母日本の童話、世界の童話、そして歴史など沢山話してくれました。大きくなっていろんな本を読みました。もちろん世界の童話も!日本では世界のお話が翻訳されて沢山出版されています。ですから、私たちは世界中の話を知っています。日本には日本らしい発想の物語が沢山あります。世界中に負けない作品が沢山あります。ですが、その多くは世界に発信されていないのではないか。物語によって私たちはその国人たちの生活や思考を理解できます。でも、私たちはその優れた作品を通して日本を理解してもらうという努力をしているだろうか。中立言語であるエスペラントは日本人の考えを世界の人に理解してもらうのに適している、それならわたしも努力してみようと翻訳を試みましたが、私の作業は遅すぎます。

 またまた私の話は本筋をそれました。世界のどなたかが私の翻訳に注目してくれたのにどう反応すべきかその方法がわからないのです。姉だったらすぐに反応してくれると思ったのですが、考えたら彼女が逝ってからもうすぐ7年でした。

 フェースブックの使い方がわかりません。本当に情けないです。

 ">https://libro.ee/book.php?id=3392
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何事も区切りをつけないと!

2024-05-20 14:49:50 | エスペラント
 2017年8月、いぬいとみこさんの’くらやみの谷の小人たち’をエスペラントに翻訳し始めた。翻訳の権利は1993年に彼女の友人の紹介でいただいていたのですが、なかなか取りかかれませんでした。フレーズの長い文章・彼女特有の言い回し、それに日本特有の擬音表現。幾度もやめようと思った。時には作業を数カ月休むことがあった。この物語は長くて約400ページあるのです。’22年だったでしょうか、姉の友人で私とは面識がある程度の知人からメールを頂いた。
 ’あなたは自分が思うように書き進めればが良い’という内容でした。私のことを心に掛けていてくださると方もいると嬉しかった。が、その知人が数週間後に突然逝ってしまった。がんばれと遺言を頂いたような気がしてまた奮起!なぜか迷いが吹き飛んでしまい、翻訳が楽しくなりました。
 エスペラント式に動詞から擬音を生み出したり、大変だったけれど最後は本当に楽しかった。 最後は終わらせるのがもったいないように思った。もっと見直したいところがあると感じたけれど、人生の終わりが来ないうちに一応区切りをつけることにして、昨日終了しました。なんだか、寂しくて、次に翻訳したい物語を読んでいる。これは翻訳権を持っていないけれど、もし継続できそうなら翻訳権をお願いしたいと思う。ただ、作者が違うと文章の流れと言うか、表現の仕方が違うので、うまくその流れに乗れるかの確信はないのだけれど・・・。

 一番苦しんだのは冠詞です。エスペラントに冠詞はLa一つです。でも、冠詞のない日本語の使用者であるわたしに時にはうるさくて、文章の流れを躓かせると感じる時が多々ありました。文法学者にLaが欠けていると言われるような気がします。エスペラントの創始者ザメンホフは無理に冠詞をつけなくて良いと言っていたような気がしたけれどどの本で読んだのか!

 時間のある方、覗いていください。悪評も覚悟して公開しました。

https://blog.goo.ne.jp/verdakoro1940
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2025年:エスペラント世界大会

2024-03-26 10:53:07 | エスペラント
 ’24年、今年のエスペラント世界大会はアフリカ、タンザニアで開催される。来年の世界エスペラント大会は、チェコのブルノ(Brno)
に決まったらしいです。チェコは1996年の大会に参加し、友人の家に1週間滞在して毎日森を歩いた。森の中はどちらかと言えば平地で、草が茂っている、流浪の民はシューマンの歌だったろうか。菩提樹の森の中の泉で宴を催すロマの人々の幻を垣間見た心地でした。

 ビールが美味しかった。成分の違うビールが色々あって、その日の体調に合わせて選んでいました。歩いていると突然良い香りが流れてくる。菩提樹の花の匂いでした。花は緑がかっていて香りが無いと私など咲いているところがわからないでしょう。この花も摘んで乾燥させてお茶にするということでした。日本人と同じように、野草などお茶ととして活用しているようでした。
 
 参加したいけれど無理でしょうね。今年の日本大会は韓国と合同だと思うけれど、それへの参加も迷っている。昨年、イタリア大会に参加したらと言われたけれど、夫の様子が気がかりったので、韓国大会に参加すると言って見送りました。イタリアは日本以上に高い気温で大変だったらしい。昨年より夫の体力は衰えている、もしかしたら韓国での大会参加も無理かもしれないと考えている。

 中学生の時にチェコ映画見てチェコにあこがれたのでした。人形劇が盛んと言うリベレッツでは散歩後に食べる夕食の買い物をしただけだった。夏休みで人形劇劇場もお休みということでした。

 滞在させてくれた友人は2年前に亡くなった。もう一人の友人は何度かメールをくれたのに返事する意欲がなかった。久しぶりにメールでもしますか。
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エスペラント会の総会に参加

2024-02-19 13:35:58 | エスペラント
 2月18日、NPO法人エスペラントよこはまの総会に参加した。

 私の個人的意見ですが、一番大切なことはエスペラントに対する認知度を社会の中で高めることだと思う。最近の社会の変化が激しい。私たちがその変化の波を乗り越えることができるかが問題になってくると思えた。

 コロナ禍の中で集会を開くつまり、講習会を開くと言う習慣もなくなって、インターネットでの交流が主流になっている。

 エスペラントに興味を持ってくれる人なら、全国どこからでも参加できる講習会をインターネットを活用して開くこともできるというような意見もあった。

 夜間講習を検討するという会員もいました。

 エスペラント博物館は13~17時までほとんどの曜日に当直者がいるので、この時間ならエスペラントを学びたいと言う希望者にいつでも対応できるということでした。

 エスペラントについて知りたい方はぜひ電話かメールをお願いします。
 NPO法人エスペラントよこはま:info@esperanto.Yokohama
エスペラント博物館  tel: 070-1434-1859
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ザメンホフ祭

2023-12-18 14:30:44 | エスペラント
 エスペラント界では12月にエスペラントの創始者ザメンホフの誕生を記念した集まり、ザメンホフ祭を行う。神奈川県内のザメンホフ祭は昨日、小田原で行われた。

 数年ぶりで降り立った小田原駅は新しくなっていて、一瞬、今浦島のような感じでした。日本中から古い景色が消えてゆくのを喜ぶべきか悲しむべきか。

 参加者は20名ほどで少なかった。会の後の居酒屋で行われた交流会に参加しました。最近は夜の外出はほとんどしないので新鮮でした。久しぶりに会った友人とのたわいない会話も楽しかったです。

 最近、読書会への参加者が減ったと言う。年に数回行われるのですが、前回が100回目だったでしょうか。参加しませんかと誘われ、参加者が少ないままなら、会に終止符を打つと言われた。何か責任を取らされているようで困ってしまった!
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12月15日は・・・

2023-12-09 13:06:50 | エスペラント
 暖かい日々が続いている。優しい日差しに、昨日も1日ぼんやりと過ごしてしまった。

 12月15日はエスペラントの創始者ザメンホフの誕生日です。せめて歌でも聞いてみようかなとユーチューブで歌’ La vojo' (道)を聞いた。


 この詩はザメンホフの詩の中で一番好きな詩です。平和への思いも、エスペラントへの思いも忘れないように勇気づけられる詩です。

 久しぶりに Originala Verkaro を開いた。この詩は幾度繰り返し読んだことだろうか。読みながら思うのは先が見えないパレスチナやウクライナについてです。

 ザメンホフはユダヤ系ポーランド人。血統をたどるならやはりユダヤ人。彼の孫のザレスキー・ザメンホフー彼は辛うじて第2次世界大戦を生き延びた―の言葉(座右の銘と言うべきか)は赦しと寛容だったように思う。2度ほどエスペラント世界大会の際に昼食を共にしたことがある。写真が好きでなかった私は写真を取らなかった。そのことを今は残念に思う。
 ザレスキー・ザメンホフは建築家で四国大橋建設の際には幾度も日本に来た、日本は魚が美味しくて、お寿司が大好きと話していた。

 1990年代に世界大会で出会ったイスラエルのエスペランティスト達は、極右主義者は国内の一部に過ぎないと言っていたが、私には、今のイスラエルは極右主義者の国に見える。イスラエルに戦後という時代は来るのだろうか。そして、あの時のエスペランティスト達は今どうしているのだろうか。

 私の思いはあちこちに飛んでゆく。弱い者たちが権力者の犠牲にならない世界が欲しい。

 
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