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生きること:過去と未来とエスペラントと

リトアニア民族生活博物館:ルムシュシュケシュ

2005-08-08 10:10:55 | Weblog
 ヴィルニュウスを出て草原と畑と牧場の中を走る。牛や馬もそんなに多くいるわけではなく広い場所に数頭いるだけです。なぜか牛のいる近くにはコウノトリが餌さをついばんでいます。

 針葉樹の林の中に入り開けたところにルムシュシュケシュがありました。入り口で民族生活博物館のガイドが乗り込み、バスで移動。
『2キロ歩くといったのに、歩かないの?』と不満を言うとゲディミヌスはここから歩いたら一日では回れないといます。また、別の道から村の中に入ります。

 一番古い家は14~5世紀のものです。屋根は下層部は麦藁で、上層部は萱か葦です。母家の中には小さな明り取りの窓が一つ薄暗く足元は土間です。テーブルのそばにはゆりかごが置いてあり、糸繰り機や織り機があります。母親は糸を繰りながらゆりかごや子どもの眼を楽しませるものを動かせる工夫がされています。ガイドは、リトアニアの子守唄を歌ってくれました。どの村にも学校と教会が必ず置かれるようになりました。

 次ぎは18世紀の建物です。窓は多くなり、床が板敷きになりました。テーブルのある所は家でもっとも神聖なところとされていたと言います。
 家の中に灯りが登場します。棒が台に立っています。棒は台の上でくるくる回るように工夫されています。棒の上の端に穴があってそこに別の棒を差し込める様になっています。その穴に長い松の粗削りの枝をさし込み、火をつけるのです。その灯りで糸紬などもしていたそうです。面白かったのは洗濯物絞り器。お菓子を作るのより少し長く太めですが、表面がでこぼこになっています。板の上で洗濯物を巻きつけて水気を取ったそうですが、料理にも使い、子どものおもちゃにもし、音楽を楽しむ時は別の細い棒を転がして伴奏もするという優れもの(?)でした。ガイドは棒を鳴らしながら楽しい歌を2曲歌ってくれました。

 なぜか窓の外には小さな庭があり、娘が三人いるとその中に小さな庭を3個つくり、娘が未婚か既婚かを外から分かるようにしたというのは面白いです。

 19~20世紀にかけて家の中にタイル張りの暖炉が登場します。暖炉の3方は腰掛け風になっていて、夜はそこで寝ました。暖炉の上に寝るようになっている物もあったそうです。
 ずっと捜し続けたのにトイレが見つかりません。入り口に大きな壷を見つけたので、これだと思ってガイドに聞いたら、それは外出から帰った時、帽子とか手提げ袋とか小物を入れるいれものでした。排泄は自然界で行われていたようです。

 村には大きな納屋がありました。そこでは脱穀なども行われましたが、冬には村中の人々が集ってダンスを楽しんだそうです。ですから、リトアニア人ダンスが好きなのです。

 ゲディミヌスの説明のよるとここに移築された家は、リトアニアで一番貧しいズキヤ地方のものだそうです。そこの人々の倹約ぶりは笑い話になるほど有名なのだといいます。また教育熱心で節約したお金は子どもの教育に使うので、ズキヤの人々の80%は大学教育を受けているいうことです。

 ズキヤの人についての笑い話:
 ある男が屋根の修理をしていました。足を滑らして屋根から落ちました。おどろいた妻が家から飛び出して来て言いました。
『おまえさん、ズボンは大丈夫かい?破れていないだろうね?』
『ああ、大丈夫だ!足が折れたようだ。今日の昼ご飯はいらないぞ。病院で食べるから。さあ、早く救急車を呼んでくれ!』と夫が答えました。

 別の道を抜けて20世紀の街並みにでました。もう時間がないので出発です。池があり、絵本の《大きなヤギのがらがらどん’》に出てくるような立派な角を持つヤギたちや、にわとり、馬の遊ぶ草地の横を通り、長い林の道を抜けてつぎへと向かいました。林の道を若いカップルや、家族連れが歩いているのが見えました。
 私も歩きたかったです!
コメント (7)
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