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生きること:過去と未来とエスペラントと

佃煮風昆布と山椒

2019-04-30 21:01:28 | 衣・食・住

 先日、雨の合間を縫って山椒を直径27~8センチの笊に8分目ほどの量収穫。前日から水と料理酒に24時間ほど漬け込んだ昆布砂糖だけで煮て、かなり柔らかくなってから山椒を入れ、最後は醤油で仕上げました。昆布自体が塩を含んでいるので醤油はそれほど多くありません。ご飯を食べ過ぎるきらいはありますが家族に好評でした。山椒の木はあまり大きくならないようにしているので150センチほどの高さで、こじんまりとしています。それでも葉の半分ほどの量が残ってしまいました。また作って小分けにして冷凍しておけばちょっとした箸休めになるでしょう。というわけで、昨日昆布を60グラムを二袋買ってきて刻み、同じ要領で煮込んでいます。

 時間のかかる調理は急がないことにしています。20~30分ほど煮たら休ませて他の用事をします。煮込むのが好きなのに昔は良く焦げ付かせました。煮えるのを何もしないで待っている時間がもったいなくて本を読んだりします。ガスコンロの前に立っているのに焦げ付くのに気が付かいのでした。ですから今は時間を細切れにして煮ています。その方が味もゆっくりとしみ込んでおいしいように思います。今日は煮るのは終わりです。明日、まだ硬かったら煮込みます。

 

 山椒の木は丸坊主。子どもたちの餌がないとアゲハチョウが嘆くかもしれません

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すずちゃんののうみそ

2019-04-29 22:35:27 | エスペラント

 昨日注文していた絵本がようやく届きました。題名は’すずちゃんののうみそ’。音読のエスペラント学習一応区切りがつきました。新しいこともしたいとっ考えたのです。絵本の主題は自閉症(ASD) です。この絵本の評判を聞いた時、ひらめいたのでした。長いこと障害のある人と付き合ってきた私と友人でエスペラントに翻訳し出版はできないだろうか、と。病気も障害も理解できると結構平気になり、それを個性として受け止め、気にしないで付き合えます。理解がないととんでもない誤解で人を苦しめることがあります。古い経験ですが、学生時代寮に入っていました。寮生は学生だけでなく研究科という一年制の学科があり、専門職の人が学習のために勤務先から派遣され、入寮することもありました。ある時長崎から来た方が私は原爆症ですが、皆さんに感染することはありませんのでよろしくお願いしますと各部屋を挨拶して回っていました。驚いて原爆症が感染するなんて考える人はいないでしょうと言うと、今まで感染が怖いと差別されたことがあると答え、私たちを驚かせました。その後タイの田舎では戦争で負傷し、手や足を失った人たちが一緒にいると自分たちも同じように手足を失うと敬遠されているという話を聞きました。昔のことですので今はそのような誤解は消えているかもしれません。自分と違っているからと警戒して生活するより、なぜ違うのかを理解した方がお互いに生きやすくなります。自閉症のことも知らないより知った方がお互い気軽に交流できます。自閉症の人は世界中にいるでしょう。それを理解しない人もまた多くいるかもしれません。福祉とエスペラントが結びついたら良いのにと本を注文したのでした。

 翻訳となると難しいですね。巻末に付録があります。自閉症の特徴が説明されています。この部分を誤訳したら大変です。多分医師か心理療法士の人でないと正しく翻訳できない単語もあるかもしれません。無鉄砲ですができるだけやってみます。最後は手を貸してくれる方いるだろうを期待しているのです。これが私の80代の課題の一つになるかもしれません。とにかく挑戦します。

追記:すずちゃんの体の動き、さらに目の表情が昔であった子どもたちに似ていて、古い記憶を呼び覚まされました。先日終活の一つとしてボランティアで訓練会に通っていたころの写真を私の死後捨てるものを入れる箱に入れたばかりでした。その後でこの絵本と出会うとは不思議です。絵の作者三木葉苗さんは神奈川県の真鶴町に住んでいます。真鶴は湘南時代子ども共々先輩たちに連れられて合宿した町でず。

http://atelierbonami.com(Bonamiのホームページ)

 

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山椒

2019-04-26 09:59:28 | taglibro: 日記

 今日は雨。時々激しく降る。雨を待ち切れず数日前にモロヘイヤの種を播きました。芽を出すだろうか。昨年の残りの種なのであまり期待はできないのですが・・・。

 山椒の葉もかなり成長しました。沢山の黄色い花をつけています。昨年も実らなかった。今年も山椒の実が取れるとは期待できない。花も葉もすべてとって佃煮風に煮ようと夕べは昆布100gをハサミでチョキチョキ。細切りにしたかったのですが指がいたくなり次第に幅広になり5ミリ幅ほどになってしまった。軟らかく煮さえすれば、少々幅広でもいいだろうと自分を納得させています。

 雨が止んだら山椒を収穫しましょう。山椒は強くて、大量にとっても夏ごろにはまた葉をつけてくれます。安心して丸刈りにしようと思う。

 足の傷。縫合あとは3~4センチ。踵を床につけなければ今は痛みもない。手術翌日傷を石鹸でよく洗うようにと医師に言われたのですがまだ痛みがあったので石鹸をつける勇気がなく一晩多く、つまり術後2晩放置し、やっとシャワーを浴びました。3日間服薬が必要ですが、患部に薬は使いません。傷口がふやけると困るので石鹸の泡で丁寧に洗い、素早くふき取る。衛生管理のため大きいサイズのバンドエイドなどを貼っておく。傷口の手入れはそれだけなのです。治療の技術もきっと進歩しているのでしょう。

 手術前、患部にマーカーで印をつけ、カメラで撮ってどう切るか示し、術後に腫瘍を切った跡と縫合後の状態をやはりカメラで撮影し見せてくれました。自分で洗う時に驚かないように見せるということでした。

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幸せな日

2019-04-25 07:40:55 | エスペラント

 23日、30年ほど育ててきた踵近くにある肉の塊を取った。血が足に流れないように足の位置を高くして過ごすようにとの指示。痛んだら痛み止めを飲むか冷やすようにということでした。夜に痛みだしたので痛み止めを飲もうかと副作用に関する説明を読むと吐き気とか痒みが出る恐れがあるとあります。手や頭に湿疹があり、今でさえ痒みをこらえているのにこれ以上の痒みは避けたい。冷凍庫の保冷剤を傷を覆うガーゼに当てて靴下をはき足を高くして寝る。保冷剤が解けるのがちょうど2時間、2時間ごとに保冷剤を替えた。今日(24日)、痛みは少なくなったがまだ保冷剤を当てている。

 寝転がってできること。やっぱり前から聞こうと思っていたユーチューブを聞くことでした。

 “Esperanto kiel Vivanta Lingvo” de Federico Gobbo (Drongo Festivalo 2016)を聞く。アムステルダムの大学でエスペラントを教えているだけあって非常にわかりやすかった。なぜエスペラントを始めたかの説明として多言語を使う家族構成が語られ、英語で読んだトールキンの指輪物語で登場するそれぞれの部族が違う言語を話していること。そしてトールキンが若い時にエスペランティストあったことを知りエスペラントを始めたことなどが語られる。

 昔話です。トールキンとウイリアム・オールド、 tri Rakonto pri  la MilJARA Pacoの著者、ジョン・フランシスがエスペラント仲間だったと聞き、その後フランシスのこの本を読んだのですが、その本を購入したのが2003年12月14日となっているのでこの3人がエスペランティスト仲間であると聞いたのはそれ以前のことでしょう。Gobboはトールキンが1930年のオックスフォードのエスペラント世界大会に参加したとこの講演の中で話ていました。トールキンは1892年生まれ、オールドは1924年生まれ。トールキンはオールドの大学の師であったというトンキンさんの話が正しかったと、自分の記憶を訂正することにしました。

 興味のない人はこんな私の話が面白いだろうかと思いつつも、講演を聞く一方でそれを停止して疑問に感じたことを調べる時間があるということ、それが自由に動けないという結果であっても、邪魔されずに試行錯誤し、調べる時間があるということは幸せなことと伝えたかったのです。

 調べているうちにトールキンは3歳の時にアフリカに住んでおり、毒グモのタランチュラに刺されたことがあったそうです。そんな恐怖経験もボビットに出てくる凶暴な毒グモの話に生かされているのでしょうか。

 動けなくともそれなりにできることことはまだまだありそうです。結構楽しい一日でした。

https://www.youtube.com/watch?v=D5ph48jyX6s&list=WL&index=2

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機関誌:Esperanto en Azio kaj Oceanio

2019-04-23 08:08:38 | エスペラント

 昨日、アジアとオセアニアのエスペラント運動の現状を伝える機関誌Esperanto en Azio kaj Oceanioを受け取った。編集・発行を引き受けていた堀さんがはこの仕事を18年かも続けていたと記していました。この機関誌をほとんど最初の頃から読んでいたような気がします。堀さんが編集するようになって各国のエスペラント会の活動が具体的にわかるようになったと感じているのは私だけではないでしょう。初めはアジアの数か国だけでしたが、今は中央アジアのウズべキスタン・タジキスタンなども参加し、その動向まで伝わるようになってきました。紙面が豊かになったのは参加する団体が増えたこともあるかもしれないが、世界の旅人と称し、様々な国のエスペランティスト達を訪問し、彼らに受け入れられてきた堀さんの人柄も一因だろうと感じています。ごくろうさまでした。ありがとうございました。

 エスペラントはアジアだけでなくアフリカでも広がっています。下記のユーチューブはアフリカの第7回エスペラント大会の報告です。


https://www.youtube.com/watch?v=7pighk5KDEY&list=PLCNHWu2q9GmuAzNZW3PU7-YsKLx5HnBP8&index=20&t=0s

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ホビット

2019-04-21 17:04:03 | taglibro: 日記

  東京テレビで映画‵ホビット’が3週連続で放映された。録画をしたが、まだすべて見終わったわけではない。原作者はトールキン。エルフたちが耳慣れない言葉を話す。La mastro de l'ringo(指輪物語)の前文をトールキン自身が英語とエスペラントで書いている。エスペラントではないと思い調べたら、彼自身が新しい言葉を作りたかったらしい。エルフ語を作ったらしい。映画の中のエルフたちが使っている言葉がエルフ語かもしれない。

 言葉とは?単語とは?ふと思った。大勢の人が同意すれば成り立つのだ。

 トールキンは敬虔なクリスチャンだそうですが、ケルト文化に魅かれた。その産物がホビットや指輪物語らしい。奇想天外な物語の底にキリスト者として信念があるから、彼の物語は人々に受け入れられていいるのだろう!

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再びKontralte

2019-04-20 18:46:48 | taglibro: 日記

 今朝は5時前に目覚めた。コーヒーを淹れただ飲んでいるのはもったいないのでまたまたユーチューブから一つ選ぶ。マジョリー・ボルトンの90歳を祝ってのトンキンさんの講演でした。トンキンさんの話は早いので聞き取れない部分もあった。ボルトンが1949年に詩人として詩集(もちろん英語)を出しているにもかかわらず、エスペラントで詩を書き始めたのかなどと言う説明はわかりました。Kontralteはエスペラントを初めて6年後に出版したものだと言います。ボルトンはすごい才能の持ち主なのだと…。

 話の中で引用された詩:Marboda sxutono(p.35)  Memnon(p.74)  Soleco(p.78) 後で読み返そうとメモをしました。 La okulisto(?); Erojという詩集も紹介していたのでその中にあるのかもしれない。トンキンさんの話は面白いですが、もう少しゆっくり話してもらいたいものと、速度を少し落としてみましたがかえって聞きにくくなり元に戻しました。

 最近病院などに行く時上記の本を持ってゆきます。これはオールドとの文通形式の詩の交換です。難しい単語はほとんどありませんが、文章遊びをしながら詩を作る訓練をしているようでこんな風に自分たちを鍛えられる人はうらやましいと思いました。


 1993年バレンシアで開催されたエスペラント世界大会の時のボルトンの写真。向かって左から二人目です。

 彼女の略歴を調べているうちに不思議なことに気が付きました。彼女はオックスフォード大学でMastro de L'Ringo(指輪物語)のトールキンとナルニア物語のルイスの指導を受けていたのです。両方とも私の大好きな物語です。ボルトンにひかれる理由はもしかしたら彼女が先輩から受けた影響がその人柄から出ているからかもしれないと思ったのでした。

https://blog.goo.ne.jp/glimi/s/kontralte

https://www.youtube.com/watch?v=n5JHYHVUi_M

 

付記: 聞きかけのユーチューブを聞いたら、ここでもトンキンさんはKontralteについて話していました。こちらの方が聞きやすかったです。会場にはたくさんの日本人の顔がありました。

IKU 2012: Humphrey Tonkin pri Esperanto-poezio

https://www.youtube.com/watch?v=v0K05ranQnM&t=1966s

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決心

2019-04-17 16:52:50 | 家族・友人・私

 人生の最後まで付き合ってもらうつもりだった足の腫瘍を取り除くことに決めました。痛みさえしなければ生涯共に過ごすつもりでした。もう30年の付き合いです。昨年から靴を履くと痛むことが多く履く靴が限られていました。今年の冬からは適合する靴がなくなり、どの靴を履いても痛みます。腫瘍をかばって歩くと膝関節や股関節に負担がかかりそうです。肢体がおかしくならないうちに取り除くことしにしました。

 70代最後の年はどう過ごそうかと考えていましたが、悩むこともなかったようです。体の不都合なところを修正することに使うことになりそうです。帯状疱疹のために中止していた歯の治療を足の手術後に受けられるように予約しておくつもりです。来週腫瘍除去。抜糸は連休明けと今日予約を取りました。多くの人が連休の使い方を模索しているようですが私は療養に専念します。

 うっかりして、孫のTの誕生日が5月2日だったのを忘れてしまっていました。お祝い日をどうするか体調を見極めてからに決めます。

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ノートルダム寺院が燃えている

2019-04-16 07:18:02 | rememoro: 思い出

 いまノートルダム寺院が燃えています。1998年モンペリエで開かれたエスペラント大会の大会前遠足は3日間、パリで行われました。遠足の前日、息子がリヒテンシュタインにいたので、私は早朝チューリッヒからパリに向かい、ホテルに荷物を置いて、午後は一人でパリを散策しました。小さな公園が沢山あって、道がわからなくなるとそんな地元の人が憩いのひと時を過ごす公園のベンチで休憩しながら、地図を広げながら夕方まで歩き回ったのでした。 

 遠足の始まりは映像によるパリの歴史でした。遠足の説明にエリゼリア野原の散歩(Erizeriakampo?)パリに野原があるのかと驚いたのでしたが、これはシャンゼリゼのことでした。パリはノートルダム寺院のあるシテ島から始まっていました。シテ島は小さな農村で、川に囲まれているので外敵に襲われる危険が少なく、橋をかけて島民たちはエリゼリアの畑に通っていたのだそうです。

 ノートルダム寺院だけでなくナポレオンの眠る寺院や傷病兵病院(Invarida-Hospitalo)などがありました。パリっ子はせっかちです。セーヌ川下りでは、船のアナウンスに負けじと大声でエスペラントで説明し、一日は地下鉄で歩く遠足だったのですが、ものすごい速さで自動改札を通り抜ける。自動改札になれない参加者たちはあたふた。それに大股でどんどん歩くので、参加者たちはパリ中を走り回ってるようでした。ですが、モンパルナスの丘への小さな乗り物に乗っての遠足などパリの風景を存分に楽しみました。あの光景すっかり変わってしまうのでしょうね。パリの住民たちもきっと嘆いているでしょう!残念です。

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6320469#mce_temp_url#

 

訂正:前述の1993年バレンシア大会は間違い、1998年のモンペリエ大会に変更しました。


 この年は、息子のところにも10日ほど滞在し、手縫いでカーテンを縫ったり、ドイツやオーストラリアまでドライブしたり、国境の町バーゼルまで行き、坂の多い街を散歩したり、ドイツ・フランス・スイスの国境線の交わるところまで船で行ったり本当に楽しい夏休みでした。

 

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思いつき

2019-04-14 09:27:27 | エスペラント

 今日ユーチューブを聞いていたらタンタンの冒険:La aventuroj Tancxjo が出てきました。今年の関東エスペラント大会では講演の中にタンタンのお話が出てくるようです。そういえば昔、タンタンについて書いたことがあったと記事を探しがしました。フランスではこの本を会話の練習に使っているということで、その指導書をコペンハーゲンの大会で偶然知り合った方からいただいたことなど綴っていました。でも読んだだけで活用できませんでした。大会で本についての講演だけでなく模擬講座をしていただけたらとても嬉しいと思いついたのでした。

 関東エスペラント大会の実行委員の方、あるいは他の集まりの幹事のかた、講演だけでなく模擬講座していただけないでしょうか。最近出不精になっていますかそんな面白い試みをしていただけるなら頑張って参加します。

 全くの思い付きで済みません。が、私の生活はいつも思い付きで満ちています。料理など特にそうです。形式にとらわれないといえばある程度素晴らしいといえるかもしれませんが、行きあたりばったりの気まぐれな生活です。

 下記は私の古いブログとユーチューブです。

https://blog.goo.ne.jp/glimi/e/5f856493b482b25a031a83a5a760c8ca

https://blog.goo.ne.jp/glimi/e/cf0e54988c9646062d8a48ee01bf8a73#mce_temp_url#

Dum la Drongo Lingvofestivalo 2016 en Utreĥto, Nederlando, Federico Gobbo donis prelegon pri Esperanto en Esperanto al ĉ. 60 homoj, kiuj precipe tute ne parolis Esperanton!

https://www.youtube.com/watch?v=D5ph48jyX6s&t=798s

 

 

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Verdavojeto

2019-04-13 08:24:44 | 家族・友人・私

  Verdavojetoの友人だったみなさんへ

 いま、verdavojetoの娘から母の遺骨を遺言に基づきナイヤガラ川に散骨したという知らせをフェースブックを通じて受け取りました。原文は英語で以下のエスペラント文は彼女が翻訳したものです。誤翻訳もあると思いますがお許しくださいとのことでした。

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Dankon al ĉiuj pro via alveno.

Ni kunvenas ĉi tie hodiaŭ por respekti, memori kaj adiaŭi mian karan patrinon Sachiko Momoki Istok, forpasita la 19an de oktobro 2017. Ŝi havis 79 jarojn.

Ŝia fina deziro estis, ke ŝiaj cindroj esti disĵeti en la Niagara Rivero, de ĉi tiu loko kaj aliĝu al Paĉjo, kiun ni kuŝis por ripozi ĉi tie post sia forpaso fine de 2005. Li elektis ĉi tiun ĉarman kaj etan insulon pro amo al familiaj memoroj ĉi tie de nia infanaĝo.

Panjo kaj mi vizitus ĉi tiun lokon, de tempo al tempo. Mi memoras, ke ni sidis sur tiu benko rigardante kune kiel iuj kormoranoj flugis gracie proksime, apenaŭ tuŝeti, la surfacon de la trankvila akvo en tiu tago. Ni dividis multajn momentojn tiel, ligado inter si kaj kun naturo. Nian tempon kune profunde mankas al mi.

Panjo estis milda spirito. Amika kun ĉiuj, kiujn ŝi renkontis, neniam juĝante. Ŝia vivstilo estis simpla: familio, amikoj kaj konekto kun naturo. Bonkora, malavara, pacienca. Ŝi ĉiam estos modelo por ke mi fariĝu pli bona persono.

Estas nun granda honoro por mi alporti ŝin ĉi tien lastan fojon por plenumi sian finan deziron. Al mia kara, dolĉa patrino: Se estas tia afero kiel alia vivo, mi tre esperas, ke ni povos denove esti parto de ĉiu alia. Is tiam, adiaŭ.

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ピザ

2019-04-11 07:14:53 | taglibro: 日記

 昨日はとにかく寒かった。朝から絶え間なく降り続く雨と寒さに心まで萎えてしまう。こんな暗い日の昼食は温かいものが欲しいとピザを焼きました。数カ月前、横浜の寺家ふるさと村に行った時にフランス人(フランス系ベルギー人か)が手作りの窯で焼くピザを食べました。美味しかったです。子どもたちが食欲旺盛なころ私もピザをよく焼いたことを思い出しました。私のピザの味は?思い出して作ったところなかなか美味しい!チーズ好きの私はチーズをたっぷり載せます。多くの種類は作れないけれど毎日食べるわけでもないので先日と同じ具を乗せたからと言って飽きることもないわけです。手製のトマトソースは保存袋に入れて薄く延ばし冷凍にして置き、使う分量だけ折って取り出します。

 昨日は蒸野菜風に火を通したナスを粗くつぶし、トマトソースを混ぜまた物とチーズ。もう一つはトマトソースを塗った上にチーズ、その上に新玉ねぎの薄切りとベーコンを載せました。ピザ生地はパンを焼く前にパン焼き器で捏ねたのでまさに手間いらず。焼きたてのピザは本当に美味しい。ガスコンロの魚焼き器の火力全開で、一枚目は6分、2枚目から5分焼くだけ!

 体の中から温まると人は幸福な気分になります。午後は満ち足りた時間を過ごしました。

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2019-04-09 07:16:43 | 家族・友人・私

 昨日の朝は昨年11月に亡くなった友人が突然現れ驚いて目が覚めました。先週火曜日、彼女の娘さんから電話をもらったからかもしれない。5月19日に伯父夫婦と共に親戚である京都の寺に母の遺骨を持ってゆくという知らせでした。その前に、訪ねてほしいという意味があったのでしょうか。

 昨日は何をしようかと考えながらなんとなく1日が終わってしました。ユーチューブでトンキンさんの詩に関する講演を聞き、聞いているだけでは駄目と、彼が話していた詩集を数冊引っ張り出したけれど読むところまで行かなかった。

 今朝はだいぶ前に亡くなった義姉(長兄の妻)に起こされた。夢に現れた友人も義姉も鮮明で、若く生き生きとしていて老いも病いの衰えもなかった。母や姉の夢を見るときもあるけれどいつもぼやけていている。不思議です。

 先週水曜日、姉から彼女が大切にしていた桐の整理タンスが届いた。いらないといったのだが、息子も孫娘もそんな古いもはいらないという。生きているうちにタンスの居場所を決めたいという。整理ダンスだから小さいとも。私は家具が好きではない。すったもんだの末に引き受けたのだけれど立派で大きく、置けるだろうと思った2階の部屋には曲がり階段と手すりが邪魔で上がらなかった。クレーンで運び入れることはできると業者に言われたけれど居間に置いたが、ソファが邪魔で、ドアが全開できない状態になりました。おまけに段通と姑が刺繍したという絵の額までついてきました。絨毯は何年も日に当たっていないのだろう。でも、この花粉の時期に外に出すわけにもゆかず畳んだまま置いてあるのです。

 金曜日は皮膚科へ。待ち時間4時間でした。後頭部に湿疹ができたのも見てもらう。花粉だろうとのこと。最近花粉症が増えている。それが今まで見られなかった植物の花粉によるものが多いということでした。

 30年ほど前に足のかがとの近くにしもやけができました。毎年繰り返しているうちのかなり大きなこぶに成長。去年冬から靴を履くと時に痛み、この冬からは素足でも時々痛い。こぶをかばって歩くと膝や、股関節が疲れる。その話をしたら、これはしもやけではないと大きな病院への紹介状を書いてくれるとのこと。月曜日以降に取りに来なさいというので今日は紹介状を頂に行きましょう!

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今朝のユーチューブ

2019-04-03 08:44:37 | エスペラント

 

 今朝はKER(Komuna Euxropa Referenckadro) のエスペラントの試験について聞きました。いつかどこかで聞いたのですが、ハンガリーでは博士号などをとるに自国語以外に2言語を完全に習得していることが必要だそうです。そのため一言語をエスペラントを習得して証明を受け取る人も多いそうです。試験は易しいものから高度な段階まであります。但し、筆記試験で4時間費やすと聞いただけで私は体力が続かないと思うので受験する気にはなりません。でも、カタリン・コバッチュさんとザレスキー・ザメンホフの娘さんの会話はわかりやすく面白かったです。内容はKREの試験の方法や内容についての細かな説明です。エスペラント好きの方には聞く価値ありです。若い方にはこの試験にどんどん挑戦してほしいです。体力がなければ挑戦もできません!

https://www.youtube.com/watch?v=msDnogZvkaA

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