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生きること:過去と未来とエスペラントと

脳のストライキ

2019-09-21 19:43:43 | 家族・友人・私

 時々脳がストライキし、家事の放棄を勧める。夢中でエスペラントをしている時は特にそうです。夕食は何を調理すか考えるのも、包丁を握るのも嫌になる。昨日もそうでした。冷凍庫をあさり、大豆をベースに玉ねぎ・人参・肉などをトマトで煮込んだものを取り出し、市販のカレールーでカレーを作り、サラダと組み合わせて簡単な夕食となりました。仕事には定年がある。主婦に定年があってもいいのではないかと思う。ですが、料理をすることも老化防止につながるかもしれないと思うと、簡単に料理も捨てきれない!大豆は先日、600g煮てその半分をトマト煮にしました。カレーを作る時も基本の材料、ニンニク・クミン・玉ねぎ、セロリ・人参・肉などを2回分つくり半分は冷凍にします。茄子なども素揚げにして冷凍し保存します。脳が今日は夕食を考えたくないと拒否した時、これらの冷凍食品はとても役立ちます。これは今に始まったことではなく働いていた頃は日曜日にいろいろと調理して冷凍した名残なのです。

 最近、市販のものを多く食することで、脳梗塞など比較的老人病とみなされていた病が30代、40代の人を襲うことも多くなったと聞きました。話は横道にそれました。

 今はまだ時折冷凍をして置く食品が私の食生活を援護してくれていますが、それもできなくなることあるでしょう。調理したくないと脳がストライキした時私はいつまで対応できるのでしょうか

 

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2019-09-19 21:38:40 | エスペラント

 9月からエスペラントは前に読んでいた本に移った。4月から読み始めたのですが、すぐ中止したものでした。1986年に中国で出されたタイプ印刷の本で表題は「世界語文学」。1991年中国のエスペランチストに頂いたものですがなぜか読む気になれなかった。2冊あったので友人に読んでみようと誘ったのだけれど…。どうしても読みにくい。単なる紙質や印刷だけの問題ではないのです。今後何冊読む時間が残っているのだろう。限られた時間なら、たとえページ数は少なくとも気に入ったものを読みたいと思い、読むのをやめようと申し出ました。もしかしたら後半に入ったら素晴らしい作品があるかもしれないと思いつつも次の作品を読む気にならないでやめてしまった。形のあるもの廃棄処分にするには気が引ける、かといって人にあげるのも気が引けます。こんな本に出合った時、他の方どうするのでしょう!

 今日から読み始めた本。「La kvarteto de Mendelsson kaj aliaj rakontoj」。1982年ワルシャワで出版されたもの。1冊は1987年ワルシャワで開催されたエスペラント世界大会で記念として購入。もう1冊は大会で知り合ったポーランド人の友人からの贈り物。2冊あるので私が買ったものは友人にあげました。少し書き込みがあったということは一度読んでいると思うのだけれど内容に関して記憶がない。私は読んだ本の内容については記憶していることが多いのだけれど記憶がないということは興味がなかったのか、当時の私にとって難解だったかのどちらかでしょう。今日前書きを読んだところではとても理解やすい本でした。次の本を購入するまでこの本をつなぎとして読み終えたいものです。

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突然目覚めて

2019-09-18 03:52:06 | エスペラント

 夜中に突然目覚めた。夕べ翻訳した単語よりぴったり当てはまるエスペラントの単語が脳裏に浮かんだから…。朝起きたら忘れている時もあるのでメモをしたが、またべつの言葉を思いつき今起きてしまった。一日数時間、本と辞書を膝に乗せたり、パソコンの横に置きパソコンを打っていると時間はどんどん過ぎてゆく。先週は医者に行くことを忘れ気が付いたら連休でした。昨日はいの一番にかかりつけの医者に行き、時間がもったいないので薬だけ頂く。

 翻訳したい本400ページの70ページまで夕べ仕上げたけれど、終わりまで行き着くのにどのくらいの時間が必要なのだろう。時間は考えないことにしまよう。まだ、考え続けるエネルギーがあるということに感謝しまようと自分に言い聞かせる。さて、日中に響かないように少し休むことにします。


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久しぶりの自然農講座

2019-09-15 15:55:25 | 家族・友人・私

 自然農に参加し、蕪の種を播きました。自然農法では土はあまり深く掘らないそうです。表土に含まれた肥料を利用するためとか。子どもの頃、畑仕事を手伝わされました。地面は深く掘るもと思っていましたが、それは人工的に入れた肥料を混ぜ込み、効率よく利用するためだそうです。そんなわけで蕪の大きさを想定してその幅に合わせた地面に生えている雑草の根を切り取り除きそこに種を播きました。私はまたわが家の小さな地面で真似をするつもりです。その地面はきっと草ぼうぼうになるでしょうね。

 作業は2時間ほど。日差しはとても強かったです。でも風はさわやかな秋風でした。数え切れないほどのトンボが空を飛んでいました。作業はしゃがみこんでします。しゃがんだり、立ち上がったりを繰り返します。こんな動作は何歳まで続けられるのでしょうか。ちょっと心もとないです。

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’すずちゃんののうみそ’翻訳顛末記

2019-09-13 08:27:31 | 福祉と教育

 ’すずちゃんののうみそ’をエスペラント訳したいと思ったのが5月。足の小手術をしたので着手したのは五月半ばでした。8月翻訳し終えました。著者:竹山美奈子さんのすずちゃんへの思い、障害とは何かまだ理解していない方々に、障害について理解してほしいという願いをうまく表現できているだろうか。ふと不安になります。エスペラントの文法的誤りはないか、特に付録の部分ですが、わかりやすく翻訳できているかをも含めて、助言が欲しいと信頼できる方に原稿を送りました。10月12~14日は埼玉で日本エスペラント大会が開催されます。その準備作業を引き受けているそうで、原稿の点検は遅くなるとのことでした。自由に使ってよいとおっしゃた岩崎書店の係の方にもネットに公表で来たらお知らせしようと思っています。

 蛇足ですが、エスペラント大会の中日、10月13日には無料のプログラムがいっぱいです。最寄りの駅はJR浦和駅がですので交通の便もいいです。興味のある方はぜひお越しください。

 会場:〒330-8518 埼玉県さいたま市浦和区高砂3-1-4 埼玉会館

09:30~16:30 エスペラントを楽しむ部屋、若者番組、
09:30~12:00 一般公開講演会
13:30~16:20 公開シンポジウム


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詩について

2019-09-11 04:20:16 | エスペラント

 姪に姉のブログのことを知らせたらその存在すら知らなかった。彼女曰くあれは詩ですか?私は少なくとも本人は詩を書きたかったのだからあれは詩であると答えた。

 25年ほど前、詩について知りたくてある人の指導を受けた。インターネットをしていなかったのですべて航空便でした。その時の資料はまとめて保管しているので昨日取り出してみた。当時難しいと感じてはいたけれど昨日読んでみるとやはり限りなく難しいです。でもエスペラントの詩はそれぞれの詩人が自分の民族の文化としての詩の形式を踏襲していると考えていいのではないかと思う。大切なのは形式ではなく自分の思いを表現する力であると改めて感じている。数年前、NHKで様々な国の俳句愛好家を取り上げていた。たった17文字の中に自分の思いを表現できるということが魅力のようでした。もう少し時間が持てたら、自由詩に挑戦したいと思うのだけれど…。そんな時間も持てないままで一生を終えるかもしれないと思うと妙におかしく、笑えます。


【追記】

 たとえ夜中に目覚めても私は眠れないなどと嘆かないことにしています。目覚めたら起きればよい、体力があったら昨日し残したこと、あるいは思い浮かんだことをすればよいと思うのです。でも、私と同じような生活をしている人がいるのですね。記事を投稿して数分で12人の方が訪問してくれました。仲間がいることに感謝!

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嵐の下で

2019-09-09 08:29:21 | taglibro: 日記

 夕べの嵐はすごかった。午前1時頃うなる風に目が覚めた。なぜか空いっぱいに羽を広げた大蝙蝠を連想してカーテンを開けてを見上げたが、そんなものが見えるはずもない。今までの台風はどちらかといえば南からやってきたが、今回は西側の窓に吹き付け、屋根を揺すった。そのあまりの強さに屋根の上の太陽光発電機が飛ばされないかと恐ろしかった。

 嵐の前、嵐を待ちながら、姉のブログを読んだ。彼女は写真が好きだった。息子から贈られた立派な、しかし重い写真機と、デジカメといつも持って出歩いていました。彼女のブログは写真と詩、時には詩とは言えないかもしれない短い言葉が添えられている。思い出に出版出来ないだろうかと考えたこともあるけれど、今の私には気力もお金の不足している。後一月で亡くなって2年になる。早いものです。

 姉のブログ: https://pepci.blog.so-net.ne.jp

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ボルダリング

2019-09-07 21:41:16 | 家族・友人・私

 

 今日あるニュースで、ある市が子どもたちにボルダリングの施設を開放したという映像を流していました。私も子どもだったら絶対に挑戦するわと家族に話していたら、孫たちのボルダリングをしている写真とビデオが送られてきました。9月4日はH(8月1日新学期、5年生になりました。日本だとまだ4年生です。)の誕生日でした。誕生祝いに友人も招待してボルダリングに行ったようです。


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5300日!

2019-09-05 06:09:38 | 雑感

 今日はブログ開始5300日目。毎日書いたわけではないが14年数カ月になる。互いの情報交換にとブログを勧めてくれた姉ももういない。開始当時は私も60代でした。もしかしたらまだ未来があるかと思っていましたが、今はもう未来を思い描き突進するということはできなくなっています。とにかく今を大切にしようと思う。ですからブログに書く内容も初めのころとは必然と違っています。もし、40代、50代で私のブログを読んでくれている方がいたら、私の変化を見てほしいと願っています。つまり、老いと共に書く内容も変化してゆくでしょう。人はどう老いてゆくのか見てほしいのです。人の振り見て我が振り直せ!若さを失ってゆく中で自分としてどう生きるかを考える参考してもらえたらうれしいです。

 20歳の時にシモーヌ・ド・ボーヴォワールの著「第二の性」を読み衝撃を受けました。子どもの頃から両親にも教師にもお前はどうして女の子なの、男の子ならよかったねと言われ続け、自分が女性であることに劣等感を持たされて生きてきた私は、女性であっても才能さえあればこんな生き方ができると感じたのでした。私に少しの才能があればもっと違った生き方を選択できるかもとも!でも、平凡にしか生きられませんでした。結婚し、子育てをしながらも彼女の本(もちろんに日語訳)を買い、読みました。4冊あったと思うのですが「女ざかり」と「老い」しか思い出せません。サルトルと同じアパートの違う階で暮らし、互いに自由に生きながら、互いの恋愛に焼きもちを焼いたり・・・。その生き方を真似したいとは思いませんでしたが面白かったです。もしかしたら今の日本でもそのような生き方をしている才能ある女性もいるかも!自分がしたいとは思わないけれど自由な生き方も応援したいです。

 ところが「老い」についての記憶が全く残っていません。老いが自分に及ぶほど長生きできると思っていなかったからでしょう。ですが、このブログまだまだ続きそうです。老い行く私に付き合っていただけたら幸いです!

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雷と稲妻と

2019-09-04 08:30:47 | taglibro: 日記

夕べの雷と稲妻は激しかった。パソコンを使っていて落雷にあったら大変だろうと懐中電灯を手元に置き早めに就寝。ところが稲妻がすごい!連続でフラッシュを浴びせるように窓が光る。稲妻が線条に走るのは幾度も見ているけれど、こんな光り方は初めてでした。凄い音量で携帯が繰り返し繰り返し喚きます。緊急避難速報でした。地区としては近かったのですが我が区は入っていませんでしたし、我が家は高いので携帯を切って寝ました。

 

 3歳の時のできごとを思い出して姉に電話しました。うちの向かいの杉の大木に雷が落ちた時のことです。私はお寺の参道の入り口と思っていたのですが神社の参道だったそうです。

 たぶん夏の終わりだったのでしょう。こっそりと抜けだしてわが家の前の神社側を流れる小川で泳いでいたのです。泳ぐと言うより、這っていたというのがピッタリでしょうか。水は浅く手をつくと3歳の私の顔が水面に出るくらいでした。小雨が降っていました。姉が玄関から飛び出した来ました。こんなところにいた!と私を叱りつけながら私を小脇に抱えて玄関に飛び込みました。その時轟音がしました。雨が上がった夕方、参道に連れてゆかれました。見上げると参道の一番手前の杉の大木が真二つに折れていました。雷が落ちたのです。雨が降る時は水に入ってはいけない。もし小川にいたら感電死したに違いないとひどく姉に叱られました。

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突然サーカス

2019-08-30 08:23:38 | taglibro: 日記

 一昨日息子から電話。サーカスに行く予定だったが自分が行けなくなったので替わりに行ってくれないかと。昨日エスペラントの後で彼らの住む市に電車で向かう。30分ほど早く着きそうなので休憩を兼ねて次の駅まで行き、戻った。

 ̪市の文化会館での開催なので小規模でアクロバット的な出し物が多かったが、見物の子どもたちは歓声をあげ喜んでいました。途中でTがオシッコ!と叫びました。右も左も5~6人座っている。夢中になっている人の邪魔をするのもはばかれる。幸い私たちの前は通路でした。通路と座席は隔壁で隔てられている。でも越えられそう!子どもの頃のゴム跳びの要領で脚をあげたら苦も無く通路に立つことができました。Tを抱き上げて通路に移動させ、トイレに走りました。座席に着く前にトイレに行かせたのに子どもは興奮するとこんな予期しないことも起ります。その様子を見ていた前の座席の子たちも数人私たちと入れ替わるように走って出てゆきました。Tは元の座席に戻し、その後私は空席だった後部座席で見学することとなりました。

 予期せず、私の股関節はまだ柔軟性を失っていないことが証明できました。79歳。まだまだ元気です。

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ショートメール

2019-08-28 16:41:26 | 家族・友人・私

 毎日姉からのショートメールが届きます。ほぼ、毎日。時には4通も!今日のこと、昨日のこと、子どもの頃のこと、父母のこと、兄弟のこと、それから祖父母のことまで。彼女は後一月半で91歳です。携帯電話でいろいろ書くことは退屈しのぎにもなるでしょうが、話が時代を超え、あちこちと飛ぶのでいちいち応じきれません。時には家族への不満もあります。4~5日に一度できる限り電話で答えるようにしていますが、かといって家族問題は私が口をはさむことではありません。私という吐き出す場所があるだけ彼女は幸せかもと考えることにしていますが・・・。高齢の家族を持った方はどう対応しているのでしょう。

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音の絵本:PLUPO kaj gruoj

2019-08-26 10:32:37 | エスペラント

 今朝、ユーチューブで新しい絵本の読み聞かせを見つけました。まだ30数人しか聞いていません。聞き取りやすいエスペラントでした。11分ほどでしょうかたまには絵本に付き合うのも良いものです。

https://www.youtube.com/watch?v=aVtjQ3V_gWg&list=PLCNHWu2q9GmuAzNZW3PU7-YsKLx5HnBP8&index=37&t=0s

 Plupo kaj GruojはスウェーデンのPROGRESO ELGONEJO から出版され絵本です。この作者の本はエスペラントで3冊出版されています。私は1986年に出版されたPLUPO kaj la maroを持っています。主人公プルーポの表情に魅かれて買ったのですが、海の生き物が沢山出てくるので固有名詞を理解するだけで難しかったです。今日その絵本を取り出してみると沢山の付箋が付いています。

 復習のため書き出しますがまさに記憶にございませんというところでしょうか。

lemigo:移行ネズミtorfa kabano:泥炭の小屋ermeno:白テン,  pagajo:櫂, molanaso:毛綿がも, ridmevo:笑いカモメ,  sxterno:アジサシ, granda kurlo:タイシャクシギ, rugxakrura tringo:赤あしエリマキシギ, avoceto:ソリハシセイタカシギ, sablokalidro:

砂クサシギ, kolumpluvio:エリマキ千鳥。シギの種類でも4個。なじみのない動植物の名前を覚えるのは苦手です。

 PLUPO kaj gruojにはこんな込み入った固有名詞は出てきません。絵を見ながら楽しく聴けました!

  

 

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生か死か

2019-08-25 19:57:58 | taglibro: 日記

 2時過ぎに遊びに行くと言っていた息子がMとTを連れて現れたのは1時過ぎ。予定よりも1時間早かった。計画変更が疲れるような齢になっている。4歳になったTは口も達者になったけれど行動も早い。もう止めようと言っても止まらないのは子どもの習性なので仕方ないのですが、退屈すると兄のを悩ますような悪戯を繰り返す。幼児と小学生では本当に違いがある、そんないたずらに対してMはもうやめようよと穏やかに言うだけ!数年の年齢差がこんなにも大きいものかと驚く。危険と思うときは’T!危ないでしょう。’と私は思わず大声を出す。途端にTは頬を寄せて’ばあちゃん!’と笑顔を見せる。母親にし叱られた時もきっとこの仕草をしてやり過ごすのだろうと可笑しい。この解決法は母親譲りなのかもしれません。

 孫との3時間はそんな風に過ぎました。激しくなるTの悪戯を止めるため、外に連れ出し、大きなゴーヤを母親へのお土産としてもぎ取らしたら満足して静かになりました。家にに帰って自分がとったゴーヤだときっと自慢するでしょう!


 さて、表題は昨日のこと。昨日、NPO法人エスペラントよこはまの臨時総会がありました。話は数カ月前にさかのぼりますが、エスペラント博物館を作らないかという話があり、作るならという条件で〇千万円の寄付を受けたとのことです。エスペラント広報と事務所を兼ねた施設を作るというのが今活動している有志の方々の意見のようです。会員の年齢構成は高く、そのような施設を維持できるかとか、それでは資金が足りないのでは、足りない分はどうやって作りだすのかと意見いろいろあるようです。NPO法人になった時、もし事務所を開設するなら週1回ぐらいなら事務所当番に行きますよなどと私は言ったのですが、今の私にできることがあるのかわかりません。こんな時に突然浮かぶ言葉、中学生の時に読んだジョルジュ・サンドの物語の扉に書いてあった言葉です。

生か死か、戦いか、然らずんば無

この言葉を思い浮かべると問題は私が何ができるかではなく、志を立てて挑戦しようとする人を妨害するか、たとえ心情的にでも支えるかが問題なのだと感じるのです。大事なのはまず挑戦してみることではないでしょうか。今の会員は高年齢が多いけれど活動の中でともに活動しようという若者も現れる可能性だってあるのです。有志の皆さん頑張ってください。あなた方の活動の邪魔だけは致しません。

生か死か。戦いか。然らずんば無

 この言葉、カール・マルクスも資本論か何かの著書の扉に引用していた記憶がありました。(10年前の引越しの時にマルクス全集も、ロマン・ロランももう読むことは無いと思う本は児童文学以外は廃棄しました。ですから調べる方法もなくネットを探したら、自分のブログが現れました。まあ、不思議といえば不思議、笑えるといえば笑えます。

https://blog.goo.ne.jp/glimi/e/c9e21b4ce16564beee78da462c373b2e#comment-list

 

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不可能と悟った

2019-08-23 20:56:28 | taglibro: 日記

 今日は朝からエスペラントブログに載せる記事と格闘した。以前ガリ版刷りで見にくいとパソコンに打ち込んでおいたものと青焼きで文字が消えかかっていた伊東三郎の詩などを転載した。文字は3万文字しか受け付けないので詩集を分割しなければならず大変でした。この詩を常に前面に置きたい、古い順に画面に表すことができないだろうかと考えた。記事一覧に新しい順、古い順とあったので試したけれど、記事一覧だけの順のようで、ブログ画面は最後に載せたものが前面に来るようだ。残念!

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