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生きること:過去と未来とエスペラントと

若いガイド・ゲディミヌス

2005-08-06 10:53:45 | Weblog
ヴィルニィウスから始まる遠足のガイドはゲディミヌスでした。彼とはスウェーデンのエーテボリの大会で会っていました。『私の作ったにエスペラントの入門書です。そちらの会に図書館がありましたらおいてください。』やってきた若者でした。彼は自己紹介の中で自分がなぜエスペランティストになったか語りました。

ゲディミヌスの話:
1999年のことです。エスペラントの創始者ザメンホフの世界共通語という考えに共感したある牧師さんが、彼に言いました。『エスペラントを勉強してみないか。そしたら、今年ベルリンで開かれるエスペラント世界大会に行く費用を出してやるよ。』と。わたしは貧しい19才の若者でした。世界が見られるこの機会をのがしたくなかったのでその申し出を受け2ヶ月間エスペラントを勉強しベルリンに行きました。そこには自分が全く知らない世界がありました。帰国してから一生懸命に勉強しました。その後、その牧師さんの援助でイタリアに2年間留学し、イタリア語を学びました。
 今は学校で、フランス語、イタリア語、エスペラントの教師をしています。リトアニアでは、語学教師は免許の他にその語学に堪能であることが条件なので、一般教科とは別に語学教師を選びます。校長が承認するとエスペラントも給料を貰って教える事ができるのです。ですから、時間がある時は色々と学校を回りエスペラントの有用性を話して歩いています。
 今年、400人がリトアニアから世界大会に参加します。自慢させてもらいますが、その内の100人は私が教えた生徒達です。
 その牧師さんですが中心なって、かってザメンホフが暮らしたヴェイシェイヤィに記念碑を建てました。彼は私だけでなく多くの若者にエスペラントを勧め、世界に送り出しています。

ゲディミヌスはエスエペラント訳とロシア語訳の付いた詩集を出していました。リトアニアは林と野原の国です。単調な景色が続きます。説明が尽きると彼は自国の人々の生活について話したり、自作の詩を朗読したりしました。もちろんエスペラント訳のほうで、それは有名なエスペランティストが訳したということでした。彼の発音の綺麗なこと文法が正確なだけでなく、説明もまるで,詩を朗誦するかのようでした。
私がエーテボリで出会ったミンドゥヌスという当時15才の若者は彼の弟である事が後でわかりました。ミンドゥヌスが送ってくれた詩がゲディミヌス詩だったのです。

ゲディミヌスとはこの国を作った公爵と同じ名前です。この国はその公国時代以後、2度だけ短期間独立したことがあったそうですがいつも大国に蹂躙されてきました。ナポレオンが、ツアーが、ドイツがそして最後の抑圧者大国ソビエトロシアへの恨みと怒りは大変な物でした。
彼は言います。リトアニアは豊な国です。それをロシアは自分達の為の食肉生産工場に変えてしまった。ソビエト内の計画経済という名の下に食肉以外作ることは許されず、低賃金で働かされた。ソビエトがリトワニア人に教えたことは仕事をサボる事と泥棒する事だった。工場では仕事をサボり、生活のために工場から肉製品をこっそりと持ち帰る、そんな生活だった。そんな生活をしてきた大人達はそれでも今よりは生きやすかったと言い、アルコールに溺れ、働こうとしない。子どもの頃親は私の誕生日にバナナを買おうとした。バナナを買うために一週間並んでいなければならなかった。私達はそのような生活には決して戻りたくない。
また、ソビエトは私達に何をしてくれたのだろうか。リトアニア人にとって森はとても大切なもので、私達は自分達と同じ生き物と思っている。それを次々と伐採しロシアにもっていった。私達は大切な自然を失った。それはウクライナでも行われたことですが。
 
町でもホテルでも働いているのは若者です。彼らのきびきびとした行動は、時には忙しなく感じました。
 
コメント (11)
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