頭の中は魑魅魍魎

いつの間にやらブックレビューばかり

『船に乗れ!II 独奏』藤谷治

2010-01-31 | books

「船に乗れ!II 独奏」藤谷治 ジャイブ 2009年(ジャイブはポプラ社の関連会社らしい)

PART 1に続くPART 2 完全に続き物になっているで順番に読まないと意味不明なると思う。

新生学園の二年生になったサトル。オーケストラの演奏が主に描かれた前巻から今度は一人で苦しみ悩む日々。特に希望していなかったのにドイツに留学してしまうし、ガールフレンドとの仲が険悪になり、ついには大好きな公民の金窪先生を・・・

いやいや。第二巻のラストがこんな風になるとは軽い衝撃と眩暈が襲ってきた。相変わらず巧い。クラシック音楽と楽器に無知な私をのめりこませるのだから、少なくとも音符は読めるであろう他の人はさらに楽しめるのではないだろうか。

メッツナー先生の「君は弦を鳴らしている。楽器を鳴らしていない」という発言には驚いた。弦楽器はそういうものなのか!よくはわからないけどなんとなく分かったような感じと、そういえばすごくいい音をさせるバイオリニストやチェリストしかCDにならないから聴いたことがないだけで、彼らがそこに至る前には勿論鳴らなかった事があったのだろう。すまん。それってすごく当たり前のことかも知れないけど、私は実生活では一度も見てない聴いてない体験なのだ。

私もぜひ授業を受けてみたい公民(この時代はそういったのだろうか?私の時代なら倫理社会だと思うが)の金窪先生。カントの純粋理性批判とソクラテスの弁明をこんなに分かり安く、頭の奥の方へすぅっと届く話してくれる人なんて見た事がない。知っているつもりだった自分がとても恥ずかしい。私は何も知らなかった。私は何も知らない。

船に乗れがいいと薦める友人Mちゃんは「なんつーかさー 青春ものなんだけどさー 予想つく収まり方しないのがいいんだよねー 変に明るくないのもいいねー」と言っていた。本当にそうだ。PART IIIを読むのが待ち遠しい。

相変わらず、なぜ「船に乗れ」というタイトルなのかは分からない。


※追記

「船に乗れ!III合奏協奏曲)」(3)のレビュー








船に乗れ!(2) 独奏
藤谷 治
ジャイブ

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店名にツッコンでください6

2010-01-31 | laugh or let me die




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ヒリヒリした感じ

2010-01-30 | days
web本の雑誌内の「作家の読書道」という面白いインタビューがある。毎回作家がそれまでにどんな本を読んできたかを話してもらうという企画。

「船に乗れ!」の藤谷治さんのインタビューを読んでいたら、おっと思った。


口幅ったいけれど、子供の頃に読んだドストエフスキーとかディケンズの生々しい気持ちが分かるような気がします。彼らは何をおいても、金のために書いたんですよ。作曲家の話に託して『船に乗れ!』にも書いたけれど、僕はいいものを作らなきゃ干されるという気持ちで作られるのが芸術だと思うんです。最初から生活を保障されていて、「藤谷さんが書けば何でも売れますよ」と言われてブログの抜粋を片端から本にしていくようなことは、僕にはできない。『罪と罰』は売れた、でも『悪霊』は売れるか分からない、というところでドストエフスキーだって書いている。ディケンズだって、自分の雑誌に連載小説を書いていたけれど、それが面白くなかったら雑誌そのものがつぶれちゃうんだから。そういう中で芸術たらんとするという、それは芸の一種ですよね。芸としての芸術が本当の芸術だと思います。そのヒリヒリした感じというものを、いい気分じゃないけれども植えつけられて思い知らされたって意味では、サラリーマンの10年間は無駄じゃなかったと思う。でも10年は長かったなあ。(引用終了)



そう言えばいるなー ブログ記事を片っ端から本にしてる人。藤谷さんはそういう人に含むところがあるわけね。ふむふむ。「船に乗れ」は今読んでいるIIがあとちょっと。IIIもたぶん数日中には読み終わる予定。インタビュー内で藤谷さんが影響を受けたというイアン・マキューアンの『贖罪』、フロベールの『ボヴァリー夫人』、鶴屋南北の『東海道四谷怪談』は未読なので、iPhoneにメールを送って、本屋でチェックすべしリストに入れた。

ずっとマーキュアンだと思っていたのに、マキューアンだった・・・はずかし・・・



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映画『ゴッドファーザー PART I』

2010-01-29 | film, drama and TV

年末だか年始だかにテレビでやっていたのを録画しておいた。

シチリア系マフィアのコルレオーネ一家。ドンのヴィト(マーロン・ブランド)のもとに結束するが競合他者との抗争は避けられない。大学を中退して戦争に行っていたマイケル(アル・パチーノ)が帰国した。麻薬を扱いたいという他マフィアと扱おうとしないコルレオーネのいざこざが血を血で洗う大抗争へと向う。

いやいやいや。まるで初めて観たようだった。何回か(テレビ放送やビデオで)観ているはずなのにストーリーを何一つ覚えていないということに軽い眩暈がした。

しかし3時間もあるのに、全く飽きさせない。面白いし考えさせられるし感じさせる。ベスト映画の上位に常に入っているのも当然と言えば当然  (私のフェイバリット映画オールタイムベスト10には入らないけど。ちなみに、今でも昔と変わりなく入るのは「博士の異常な愛情」「時計じかけのオレンジ」「ビッグ・ウエンズデー」黒澤の「生きる」だったりする。「ビッグ・ウエンズデー」が好きだと言うと意外だというリアクションをされることが多い。別にいいじゃん)

話を戻す。コッポラの映像が変に凝っていないのがいい。もっと余計なテクニックを使っていたように記憶してたんだけど。若いアル・パチーノのほとばしる悪がいい。やや年老いたマーロン・ブランドの枯れた悪もいい。若い時のマーロン・ブランドはそれはそれはいい男だったのだが、なんて言うと小森のおばちゃまになったみたいだ。

ゴッド・ファーザーをめぐるエピソードで私が一番好きなのは、映画が公開されて、それを観たマフィア達が「マフィアはあのよう格好をするものなのか」と思ってゴッド・ファーザーの真似をしたという話だ。現実のマフィアはあんなにカッコよくなかったという訳で、フィクションが現実を先取りしたという意味で、なかなか理論が現実にはならないSF小説よりも上手だったのだ。

観終わって、(なぜか)いや(やはり)「仁義なき闘い 広島死闘編」と「スカーフェイス」が観たくなった。後そうそう。私は知らなかったのだが映画史上の名台詞に挙げられるのが

I'll make an offer he can't refuse.(彼が断れないようなオファーをするよ=脅迫しておいてやるよ)だそうだ。とりあえず暗記した。それと、私の十八番の物まねと言えばブログ読者はみな知っているだろう。そうそうマーロン・ブランドの真似。しかし今回驚愕の事実が判明した。誰もがクリソツというのはマーロン・ブランドの台詞。私が声をかすれさせて言う「ど~ん・こ~れぇ~うぉ~ね~」しかし、ドン・コルレオーネとは彼自身のことだからそんな台詞はないのだ。なんてことだ。従って次回からは上記のI'll make~を真似することにする。










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ゴッドファーザー〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)
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酔ったら寄った

2010-01-28 | days
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みなが言う。昔は良かったと(その2)

2010-01-27 | days

前回の続き。

機械文明。テクノロジーどれもが我々を幸福にするために作られているはずである。不幸にしようと考えて作る人はいないだろうし(兵器は別か?)またこれで人々が便利になると想像して(それが利益につながるとはいえ)便利になることは良い事だと思ってやっているのだろう。発明や発見をする人は尊敬するしその行為自体は極めて善なる事である。

徒歩、馬、車、飛行機、バイク、新幹線、船舶、ロケット・・・ 移動手段も随分と多彩になった。A地点からB地点への移動するための選択肢は広がった。そして移動にかかる時間がどんどんと飛躍的に短くなった。そうすれば我々には時間が余るはずである。だから暇になって優雅な時間をすごせるはずなのに・・・パパの出張にかかる日数が減るはずだから・・・

機械、コンピュータの登場で我々はとても楽になり、1日に3時間働けばよくなるはずだった(あくまでも仮定の数字。)しかし楽になるどころか、苦になるばかり。コンピュータがもたらす便利の裏にストレスがあるし、演算処理能力が高まれば、やらねばならない仕事量÷処理能力=かかる時間が減るのではなく、分母の能力が高まれば、分子の仕事量が固定されないで、仕事量が増えるので結局かかる時間は変わらない、というのが機械登場以後の人間のお仕事だと思う。靴を手作業で作っていた時代より機械で作った方が、作る量だけは増える。しかし量が飛躍的に増えたがゆえに結局手で作ってたときと同じくらい働かないといけないのだ。

人間が誕生して以来ゆっくりと人間そのものは進化(もしくは退化)している。そのペースは必ずしも速くない。しかしながら、機械・テクノロジーの進化はとても速い。人間が追いつけないほどだ。であるから、本来人間が所有・使用するとちょうどいい程度の機械と一緒に生きていれば我々は幸せなのに、ちょうどよくない、過剰な機械に囲まれ暮らしているから我々は息苦しいのではないだろうか。

機械の進化スピード > 人間の進化スピード

WINDOWSをMS-DOSにバージョンダウンさせて古いソフトしか動かなくするのが得策だと言ってるわけじゃないけどね。でも、MS-DOSで動くごく一部のソフト以外使わない事は、今ネットサーフィンで毎日結構な時間を費やして、何か情報を得てもさほどハッピーな気分にならないという現状よりはちっとはましかもしれない。

携帯など持たない方がコンピュータ制御の車に乗らない方が、無駄にハイテクに生きない方が自らを不幸にしないのかも知れない。

現実に世界にあふれるテクノロジーの量 > 自分に丁度合ったテクノロジーの量






※ 余談


などと言いながらiPhoneをいじって悦に入っている私もどうかとは思う。エラソーに語ってすまぬ。申し訳ない。問題は、自分の身の丈に合ったテクノロジーの量とは(あるいは質とは)どのくらいなのか簡単には分からないということだろう。ただ方向としては、触れるテクノロジーを減らす方角が快適(気持ちよく)に暮らせるように経験的に思う。

A地点からB地点まで、飛行機で行くより新幹線の方が、新幹線より在来線の方が、在来線よりモーターサイクルの方が、モーターサイクルより自転車の方が、自転車より徒歩の方が(人それぞれだけど)、私の場合は「なぜだかさっぱりワカランけど、気持ちいいね」

携帯もPCも少なくとも私には過剰な道具なようである。意図してわざと持たなかったり電源を入れなかったりするとその日一日気分が良いもんだから。だったら捨てればよいんだろうけど、そうする勇気はまだない。

非常にキレの悪い今回の記事。読み返してもどう直したらいいのか分からない。具体性にかけ説明不足の内容、語尾を常に濁し気味の文章。どちらもイカン。しかしどう直したらいいか分からない。何よりも一番奇怪なのは私が、自分では嫌っていたはずのスローライフとかロハスっぽいことを言っていることだ。ついにヤキが回ったのか。

色々言いながら、いつか身の回りのモノをごっそりと処分した上で、どっかに越して何もない部屋で暮らすということに憧れる(=スローライフですらないような気がする。) 必要最小限の服、数冊の本、一汁一菜の質素な食事。嗚呼。私は禅僧か修道士か。カッコ良すぎだ。でもそれは無理か。

いや、それなら、

刑務所に入ればいいか。そうか。




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みなが言う。昔は良かったと

2010-01-26 | days

最近まで右の膝・足首・脹脛が痛かった。しかしいつの間にか痛みが消えていた。先週くらいから左の脹脛が痛くなった。痛みもただどこかに移動するだけの現象なのだろうか。昨日コンタクトの度数を変えてもらった。変えて貰わなくてもいいんだけど、買ってから1年以内ならいつでも度数変更できるのと、たんぱくの除去するのが面倒だから新品になればいいだろうという魂胆。人としてとてもダメな気がするよ。私って奴は。

さて、誰もかれもが言う。20歳の人も30歳も40歳も65歳も75歳も小学生も、「昔の方が良かったよなー」と。その理由は様々だろうけど。私も、それって正しいと思う。歳喰ってから特に正しいと思う。昔は良かったよ。

ふむ。だとすると、われわれは一生懸命に生活を人生を、悪くなるようにちょっとずつちょっとずつ変化させながら日々過ごしているということになる。だよね?

全てを機械文明にせいにしてもいけないんでしょうよ。産業革命が悪いとばかりただ言っても仕方ないんでしょうよ。ヨーロッパとアジアの交易が少しずつ盛んになっていったことも、長い眼で見てみると我々に必ずしも良いモノをもたらさなかったのでは、などと歴史学者でもないのに語っても良いものは書けないに違いないんでしょうよ。

しかししかし昔は良かった。

だから、若返りたいとこれっぽっちも思わない。(今2010年に15歳になるという意味での若返りのことね) 若者や子供たちが幸せじゃないから。そして幸せそうに見えないからね。その原因を作ったのは我々大人であるという反省は忘れてはいけないんだろうけども。

ゲームのようなエンターテイメント系の機械は人間の孤立化を深めると橋本治は言う。その通りだと思う。同じゲームをする者通しの交流が生まれると知り合いのゲーマーは言うけれど、それはゲームに固有の交流ではないだろう。(not unique to video gamesだよ) つまり他のことでは得られない交流がゲームによって得られるってわけじゃあるまい。

PC、インターネット、メール、mixi、Twitterを使用するようになって、便利にはなった。しかし便利=幸福では決してない。



しかしどうすればいいのか。


人間は生まれながらにして、不幸な方向へとひたすらに加速してゆく生き物なのだろうか。ただ座してそれを受け入れることしか出来ない悲しい生き物なのだろうか。




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マンガ『もやしもん』石川雅之7・8巻

2010-01-25 | books

ご存知農大醸造マンガ。7巻は味噌としょうゆだった。菌の姿を見ることが出来るというのが最大の特長&ウリ&衝撃だったはずなのに、それが当たり前になってしまった自分が怖い。

8巻はビールの話。この巻は結構お気に入り。地ビールを作っている加納はなさんが新キャラとして登場。メガネ+148センチ+人の話をちゃんと聞く+ポジティブな頑張り屋+ゴスロリじゃないという私の好みをあちこちと体現した存在だ。ゴスロリが嫌いならもやしもんは読むべきじゃないと思うのだが、むしろこのマンガのせいでゴスロリ嫌いが治ったようなのだ。

テーマの一つが「ビールってそもそも何のために飲むものなの?」だった。(本て何のために読むの?音楽て何のために?そもそもなんであなた生きてるの?)なんてことも考えてしまったりするのがあたいの悪い癖。そう。あたいは尼崎のソクラテツ子って呼ばれてたのさ。

ベルギービールは瓶内で熟成されるから賞味期限がないとは目ウロコ。女体も熟成されてゆくから賞味期限なんてないのさ。

樹慶蔵先生が相変わらず少ない出番でいい味を出している。枯れた見た目と、いい人としての大きさといい、こういう爺になりたいという手本だ(あれ?ソクラテツ子じゃかったっけ?)K大学医学部のS先生が今度定年退官される。樹先生を見ているとS先生を連想する。中身も見た目も生活(?)も似ている。あんな風に生きたいけどたぶん無理なんだよなー。








もやしもん 8―TALES OF AGRICULTURE (イブニングKC)
石川 雅之
講談社

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『欧亜純白 ユーラシアホワイト』大沢有昌

2010-01-24 | books

週刊プレイボーイ連載から10年の時を経て単行本化された。

ドラッグに関して、日本の厚生省麻取が・・・ 米国DEAが・・・ 一見全く関連がなさそうな事件を追っている。ヤクザやロシアマフィア、中国マフィアが大きく絡んで・・・

残念ながらどうも流れに乗れなかったのと登場人物の多さに疲れてしまって、上巻の途中で離脱してしまった。なぜ10年も書籍にならなかったのか不明だが、ネタが現代の最前線のようなモノかと思うので早く書籍化すればと思うんだけど。

日経新聞一月二十四日付で、ミステリー評論家の千街昌之氏は「帯にはノンストップエンタテイメントとあるけれど、大沢小説で今回ほど時間がかかったことはない、読みやすさが乏しいからではなく、複雑な背景を理解しながら読むのに時間がかかるから」と書いている。










欧亜純白 ユーラシアホワイト I
大沢在昌
集英社

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マンガ『岳』石塚真一8・9・10巻

2010-01-24 | books

7巻までのレビューをしたのが2008年の夏。それから私も歳を重ねた。でも私はちっとも変わらない。そして岳も変わらないし三歩も変わらない。読みきりの一編一編が何かを残す。山岳救助のボランティアの話。こんなドキッとするような台詞があちこちにある。


山ってのは
人を変えるから

あるところまで
山を登り続けると、
人は絶対悪いことが
できなくなる。

(9巻60頁より引用 遭難救助のボランティアのおじさんで、昔は刑務所と行ったり来たりしていた見城さんの台詞)


もし、命を
落としてしまう
のが仕方のない
ことだとしたら、

生きてて
腹が減ったり、
眠くなったり
するのも
きっと仕方
ないんだよ

(8巻74頁より引用 遺体のそばでコーヒーを呑むのが不謹慎だと言われた三歩の台詞)




読んでいると、無性に北アルプスに登りたくなった。もっと技術と経験が必要だけど。





岳 8 (ビッグコミックス)
石塚 真一
小学館

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岳 9 (ビッグコミックス)
石塚 真一
小学館

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岳 10 (ビッグコミックス)
石塚 真一
小学館

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さぶい

2010-01-23 | laugh or let me die






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映画『11:14』

2010-01-22 | film, drama and TV

夜11時14分に起こった出来事を別の人物から描いてゆくコメディ+サスペンス

車を走らせる男。携帯で誰かと話していると、上から何かが窓ガラスに落ちてくる。どうやら人間らしい。酒も飲んでいたしこのまま捕まってはいけないので遺体を隠そうとしていると、人の好いおばさんがやって来た。署長の知り合いだと言うので頼んでもいないのに警察に電話。パトカーが・・・ → パトカーの後部座席に逮捕されたカップルが。その二人が逮捕されたいきさつは・・・ → 女の子の父親が娘を探す。しかしなぜ?・・・ → →

巧い。段々と繋がってゆく。最初のエピソードの落下人間が誰だか分からないのが別のエピソードで分かり、最後には全てが腑に落ちる。思わずニヤリとしてしまった。日本では劇場公開されていないそうだが、DVDを家で誰かとあれこれツッコミを入れながら観る方が楽しめる作品だからかも知れない。

ヒラリー・スワンクが歯の矯正をしている役なのだが、それが妙に怖かった。








11:14 [DVD]

AMG Entertainment

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眠れない夜に塩

2010-01-21 | laugh or let me die



サッポロ一番塩ラーメン + ネギ + 白菜 + 卵

そう書くと栄養のバランスがいいんじゃないなんて言いたくたってしまう。

いやいや。22時半頃に夕食を食ったのだから、1時か2時には寝ればいいのに、3時に腹減ったと食ってしまう日がある。

その時は勢いがあって勇敢な私はどーんと食ってしまう。

しかし翌朝、もたれた胃を抱え

ラーメンなんてなくなっちまえばええんや

とつぶやく。

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『船に乗れ!I 合奏と協奏』藤谷治

2010-01-20 | books

「船に乗れ!I 合奏と協奏」藤谷治 ジャイブ 2008年(書き下ろし)

音楽一家に生まれた僕。主体性のないままチェロを習う。芸大の付属高校には落ちてしまったけど、仕方なく入った新生学園高校で僕の音楽人生はどう変わってゆくのか・・・

いやいやいや。これはいい!すごくいい!(何かのレビューをしたときに!を使ったことはあまりないと記憶してる・・・それぐらい高い評価をしたい。しかし感想文としては小学生のようだ・・・)

全体的に僕の極めて内省的な視線で描かれているのがすごくいい。「バッテリー」や「一瞬の風になれ」などとは全然違う、青春モノなのに爽やかじゃない、のがいいのだ。私のおどろおどろしい経験が告げるのは、青春なんて爽やかじゃねえんだよってことだ。ハンカチ王子じゃあるまいし、ハナカメ王子じゃあるまいしなのだ。

青春をリアルに暗く、かつビビッドに描いた素晴らしい作品、というのが第一の側面だ。第二の側面は、やはり何と言ってもクラシック音楽だ。これでもかというテクニカルな表現が続いて何のことだか分からなかったりするのだが、それでいいのだ。楽譜も読めない私が分かるような物語を書いてはいけない。説明不足のまま突っ走るのがいいのだ。私の場合は身近に、幼少期にはピアノ、以降確かフルート?だかクラリネットだか忘れたが高校大学とずっと演奏しており私のクラシック師匠のMちゃんがいるから、分からなければ彼女に訊けばいいのだ。なお、この本はそもそもMちゃんに薦められて読んだんだった、北上次郎さんも褒めてたよな。あの人の薦める本は89パーセントの確率で私の心を打つ。

恋やらオーケストラで演奏するという高校生には極めてハードルの高いことや、友情やら全てが面白い。それは、洗足高校の音楽科を卒業した藤谷治さん自身がもしかすると体験したことを書いているからかも知れない。私も自分の体験を小説にでもしようかね。それはコントのネタにしかならないかね。

なぜ「船に乗れ!」というタイトルなのかまだ分からない。しかし横浜は有隣堂の本店、ラゾーナ川崎の丸善、そして丸の内オアゾの丸善(先日鳩山PMが大人買いしたのはたぶんここ)のどこに行っても、船に乗れのI II IIIが平台(垂直じゃなくて水平に本を置く台のことだよ)に大量に積まれていた。のだめが火をつけたクラシック+青春=爽やかなような、爽やかでないような+門外漢が憧れる世界 がもたらしたロングテールに乗っかっているのかも知れない。小澤征爾の「ボクの音楽武者修行」がまたベストセラーになったりしてね。

爽やかじゃない爽やかじゃないって言ったけれども、それが私が自分自身が爽やかじゃないと自分で思っている青春時代と似ているからそう思うからかも知れない。私の青春とあまりにもガッツリとシンクロしてしまったのだ。だから、実際に他の人が読むととっても爽やかで柑橘系の香りがするのかも知れない。



※追記

「船に乗れ!II独奏」のレビュー
「船に乗れ!III合奏協奏曲」のレビュー



船に乗れ!〈1〉合奏と協奏
藤谷 治
ジャイブ

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船に乗れ!(2) 独奏
藤谷 治
ジャイブ

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船に乗れ! (3)
藤谷 治
ジャイブ

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ボクの音楽武者修行 (新潮文庫)
小澤 征爾
新潮社

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大学ってそんな感じなの?

2010-01-19 | days

1月18日(日曜)の朝日新聞を読んでいたら、大学の広告が多い。 (同日の日経には同様の広告が少ない。それもまた面白い。昨日の池上彰さん@朝日新聞に寄れば、元旦の読売新聞には1Q84 BOOK3の広告がなかったそうだが、読売があまり好きでない私は「へっへっへ」と思った)

さて、併願割引なるお得情報が書かれている。受験料が安いから受験する人が増えると考える人がいることと、安いから受験しようとする人がいるということに何かを感じないわけじゃないが、紙面をめくっていると、









就職を保障するとある。9割以上の出席率、3年次での建築士、4年次までのインテリアプランナー資格取得の場合、就職決定まで助手として雇ってくれるそうだ。うーむ。

大学とはプラグマティックでないところが良いと思っている。大学とは何かを与えてくれる場所ではなく、あるいは何をくれるのかは分からないところが良いと思っている。大学とは何を自分が出そうがそれを受け入れる大きな壷のような場所だと思っている。大学とは何を与えてくれるかではなくて、自分が何を与えるかで決まる場所だと思っている。大学が用意するシステムに魅力があると信じ込ませようとすることに何だか違和感を感じる。

学校は、教師と生徒で構成される。校舎が新しいとか古いとかということは、本質からは遠い。就職保障だとかディスカウント受験料よりも、いい教師がいますよとアピールして欲しいものだ。いい教育が受けられますよとその入り口だけ語るのと、出口(=結果=就職出来ますよ)だけを語るのではずいぶんと違うと思う。

さらに紙面をめくると、









渋谷駅からどうやって駒澤大学に行けばよいか、その行き方が書いてある。ある種のジョークだと思いたいが、もしそうでないとすれば、駒澤大学の受験者は全員が幼稚園生だったりするのだろうか。それもまた凄いけど。



世も末なのか、全然そうでもないのか。

就職活動をシューカツと略し始めたあたりから、なんだかおかしくなってきてないだろうか。

先日東大生と話したら、東大生でもサークルに入っている子が激減しているそうだ。夜に資格を取るための学校に行ったりして忙しいとか。

うーむ。どうしたらよいのか分からない。でも何ががおかしいと思う。


アルバート・アインシュタインは言う。「常識とは18歳までに獲得した偏見の集積である」その通りである。だからこそ、大学に入って、それまでに得た常識をぶっ飛ばすような知識と経験を。大学に行ってない人には得られない(時には実につまらない)(分かる人にだけ分かる)知識や(意味がそのときには分からない)経験をすべき・・・ではないだろうか。大学に行くことはエラクもなくエラクないことでもない。しかし大学の進学率が妙に高すぎるとは思う。意味不明の大学が日本中に湧き出ているし。みんなが大学に行く時代であるのがおかしくないだろうか。だってとりあえずは教養という名の何の役にも立ちそうにない事を学ぶ場なのに。みんなが大学に行っても社会が充分に機能しているほど日本という国は成熟したと見れば良いのか。


よくは分からないし結論を急ぐことでもないのだが、冬は特に敏感になる私のお肌が告げている。

何かがおかしい、と。

むしろ大学に行かない方が、他人との差別化が出来て、賢い選択になる日が来るような気がしてならない。


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