頭の中は魑魅魍魎

いつの間にやらブックレビューばかり

映画『アーティスト』

2012-10-30 | film, drama and TV
言うまでもないアカデミー賞受賞作。飛行機の中の小さなモニターで鑑賞。

犬のアギーがとてもいい。私は犬ではジャック・ラッセル・テリアとビーグルが好きなので、尚更よく見える。

しかししかし、モノクロでサイレントの映画でここまで楽しめるとは。ややコテコテのストーリーもいいし、女優さんの演技もよかった(小学生の作文のようになってしまった)

映画、あるいはもっと広い映像芸術の分野の向かう先は、3Dなどより現実的に物が見える方のようである。しかし、リアルに見えることだけが、楽しめる方法じゃなく、古い手法でも充分に楽しめるわけである。場合によっては、リアルになんて見えない方がいいことも多いと思う。

ITを含めた科学技術は、ちょっと信じられないようなスピードで、信じられないほどに進んでしまっている。私はそれに居心地の悪さを感じていて、生活を豊かにするはずの技術が、生活を息苦しくしているように感じることが多い。

そんな時に、こんな映画を観ると、なんだかいい気分になる。

では、また。


アーティスト コレクターズ・エディション [DVD]アーティスト(アカデミー作品賞受賞 原題
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『翔る合戦屋』北沢秋

2012-10-28 | books
「翔る(かける)合戦屋」北沢秋 双葉社 2012年

「哄う(わらう)合戦屋」「奔る(はしる)合戦屋」に続く石堂一徹シリーズ第三弾

上杉謙信が越後の統一目前。隣接する信濃は、東信濃の佐久は武田、中信濃は小笠原、東信濃は村上という三大勢力があったが、小豪族もたくさんいた。その内の一人、遠藤義弘の部下、石堂一徹は武田側の仁科盛明を遠藤側に寝返させた。戦国を生きる者たちの策謀は…

うむ。相変わらずの感じ。しかし、どういう訳か時代物、特に合戦ものが頭に入ってこない。この作品のせいなのか、私自身の調子のせいなのか不明。しかし良し悪しを云々できるような読み方ではなく、ご容赦を。

後書きで、作者がどこからどこまでが史実でどこからが作者の創作か明記してくれている。そういう説明を丹念にしてくれる時代小説は少ないと思う。

では、また。


翔る合戦屋
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『銃・病原菌・鉄 1万3000年にわたる人類史の謎』ジャレド・ダイアモンド

2012-10-26 | books
「銃・病原菌・鉄 1万3000年にわたる人類史の謎」ジャレド・ダイアモンド 草思社 2000年
GUNS, GERMS, AND STEEL:The Fate of Human Societies, Jared Diamond 1997

どうしてユーラシア大陸の方が、南北アメリカ大陸やアフリカ大陸より発展したのか。インカ帝国はなぜピサロに滅ぼされたのか。スペイン人の方がラテンアメリカの人よりも優秀だったからなのか。征服者と被征服者を決定づける要因は何であるのか。農耕、武器、馬、文字、鉄器、病気に対する免疫…様々な要素を丹念に検証してゆくと…

おお。具体的な年号や人物の名前が出てこない世界史のようだと思いながら読んだ。個々の様々な仮説に対して、ツッコミを入れたり、確かにとうなづきながら。

1.ニューギニアでは、殺人・事故による死がヨーロッパよりも多い → ヨーロッパよりも頭のよい人間だけが生き残るはず。(ヨーロッパでは疫病が蔓延したときに生き延びられればよいから)

2.ヨーロッパでは子供の受動的な娯楽ばかり楽しんでいるから、ニューギニアよりも相対的に知的発育が阻害されてしまうはず。

だとすれば、どうしてヨーロッパが征服者となったのだろうか。歴史も科学であるというのが著者の考えであるので、様々な科学的なアプローチを上下二巻でたっぷりと読ませてくれる。

ディテールが面白くて特に植物のことにうなづいてしまった。私はやっぱり草食系なのか。

・野生のイチゴやリンゴ、ブルーベリーのうち、大きいものを選んで人間が食べて捨てた種子(=大きい種の)がまた発芽して、を繰り返していくうちに特殊な技術を使わないでも品種が改良されていった。結果野生のものは小さく栽培したものは大きく。

・エンドウはサヤがはじけて種子が大地にこぼれ落ちていくことで発芽させていた。しかし人間はサヤがはじけないで種子がサヤに入ったままの突然変異のもの(=発芽できない不良な種)を選んで栽培していった。結果、種の保存のために必要な遺伝子(=サヤをはじけさせる)が結果として死を招くということになり、ベクトルを反転させたとか。

気になった箇所はたくさんあった。シマウマを家畜にできないのは、気性がが荒く、人間をかんだら離さないからだとか。地理的なことや文字に関して多くが書かれている。

割とザザッと読んでしまったので、もうちょっと腰を落ち着けて再読したいと思う。

では、また。


文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)文庫 銃・病原菌・鉄 (下) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)
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映画『冷たい熱帯魚』

2012-10-24 | film, drama and TV
埼玉の愛犬家殺人事件をもとにした園子温監督作品

熱帯魚屋を経営する社本(吹越満)は後妻(神楽坂恵)と妻に懐かない娘と三人暮らし。ストレスばかりたまる。娘が万引きしたと連絡があったのでスーパーに向かうと、店員が厳しく娘を叱っていて警察に連絡すると言う。偶然そこにいた村田(でんでん)に助けてもらった。彼は大きな熱帯魚屋アマゾンゴールドを経営していて、ぐれた娘を店員として預かってくれると言う。とても良い話だし、良い人のようなのでそのまま流されるように村田と関わっていく。それは地獄への階段第一歩だった…

うーむ。見ている最中に「怖い」と「巧い」を交互につぶやいてしまった。

冒頭の10分ぐらいからいきなり巧い。この後どうなるんだろうかという期待。事件がまだ起こっていないにも関わらず画面から溢れる緊迫感。構図の切り方が独特。

特筆すべきはでんでんの演技。にこやかにしていたかと思ったら突然キレる。そのスイッチの切り替えがすごい。最近の尼崎の連続遺体発見事件でもマインド・コントロールがあったのではないかと報道されているけれど、村田のような人間はマインド・コントロールの達人なんだろうと思う。これが実話に近いのかと思うと、人間の底の方にあるギザギザを感じざるを得ない。(=自分のギザギザも)

スウィフトの「ガリヴァー旅行記」の赤ん坊の皮で帆を作るシーンについて、翻訳家の中野好夫氏は「われわれの面に腐った臓腑を投げつけられる思いがする」としている。それなら本作は、痛い痛いと言っているのに、われわれの腹から無理やり抜き取った臓腑を、われわれの面に投げつけられている思いがする。

では、また。


冷たい熱帯魚 [DVD]
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『女ざかり』丸谷才一

2012-10-22 | books
「女ざかり」丸谷才一 文藝春秋社 1993年

新日報社の記者、浦野重三は取材では優秀なのに記事を書くのが苦手。にもかかわらず派閥諸々の社内事情で論説委員になってしまった。仕方ないので同時に論説委員になった南弓子に自分の書いたダメな下書きを直してもらうことに。論説はとてもいいものに変わっていった。一方、弓子が書いた水子供養に関する論説に対する苦情が彼女を苦境に立たせるのだが…

おっと。流れるような無理のない展開。謎がある訳でもスリルがある訳でもない。抉るような人間洞察がある訳でもない。旧仮名遣いのせいなのか重たい字面に見えるけれども非常に軽妙なストーリー・テリング。

話は、浦野の視線からの描写と弓子のと、弓子の娘千枝の三種類が交互に描かれる。かなりの美女らしい弓子は娘を産んでから離婚して、その後独身を通しているが、あちこちでもてている。タイトル通り、「女ざかり」の弓子中心に段々となってゆく。彼女の内面や交わす会話がなかなか面白い。だけではなく、女子大生の娘が友人たちと交わすちょっと知的な会話や、若干ダメ人間の浦野も興味深い。

「どうも天皇論といふのはむづかしくてね。国王崇拝といふ古代的感情がなぜ現代でも生きてゐるかといふと、大衆の自己愛の投影として非常に都合のいいのは天皇で、だから崇拝されるといふことになる。(単行本72頁より引用)


「でも、総理、偶然といふのは馬鹿にしてはいけないんですって。ある哲学者によりますと、ニーチェの言つた神の死といふ事件の以後、現代人はロマンチックな愛を神の代わりにして祀る傾向があつて、そして現代人は、偶然性を、その新しい神が現れたしるしにするんですって。そう言つてゐました」(385頁)


なぜこの小説が私の心をとらえたか考えてみた。謎はないけれど、成長物語と薀蓄がそこにはあるからだろうと思った。

では、また。


女ざかり
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『マリー・アントワネット』シュテファン・ツヴァイク

2012-10-20 | books
「マリー・アントワネット」(上下)シュテファン・ツヴァイク 河出書房 1989年(関楠生訳)
Marie Antoinette, Stefan Zweig 1932

伝記作家として有名なツヴァイクの、池田理代子の「ベルサイユのばら」のもとにもなったマリー・アントワネットの伝記。

ハプスブルク家オーストリア女王マリア・テレジアの娘として生まれ、政略結婚の具として、フランスルイ16世の所に嫁ぐ。前半は幸せな時代、後半から段々とフランス革命の大きな渦に沈んでゆく様が描かれる。

政治的なことが勿論描かれないわけはないのだけれど、その描写は最小限なので、歴史を学問として学ぶ本と言うより、ずっとスキャンダラスな話が多いのが意外だった。

ルイ16世がインポテンツであったとか、首飾り詐欺に巻き込まれるアントワネットとか、取り入ろうする曲者とか、まるで女性週刊誌のようでそれがなかなか面白い。

他にも角川文庫版や岩波文庫版があって訳者が違う。しかし他のを読んでいないので、差異は分からないが、関という人の訳は下卑てないのにも関わらず読みやすく、私は好きだ。

では、また。


マリー・アントワネット 上 (河出文庫)マリー・アントワネット〈上〉 (岩波文庫)マリー・アントワネット 上 (角川文庫)
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『くちびるに歌を』中田永一

2012-10-18 | books
「くちびるに歌を」中田永一 小学館 2011年

五島列島に暮らす中学生。合唱部の顧問の先生が産休に入ることになった。代わりに東京からやって来たのは美人の先生。女子だけでやってきた合唱部に彼女目当てで入ってきた男子たち。真面目に合唱に打ち込む女子たちとの対立。NHKの合唱コンクールの予選が近づいてきた…

ほお。これはなかなか良かった。青春ど真ん中、ストレート一球勝負。

思わずニヤリとしてしまう箇所もあちこちにある。90頁にはスカートが風でまくられるいのを至福の気持ちで眺める男子たちがいる。

女性は「アホか!」とか「これだから男子は!」と否定ともあきらめともつかない感情で読むかもしれない。しかし我々は「分かる!」「そうだよな」と思って読む。そうそう男子はそうなんだよ。谷間っちゃ見てまうし、めくれるものにゃ目玉うばわれちぅよ(何弁?)

自分の中学生時代をちと思いだしてしまうというような、レトロスペクティブな感傷に浸るというのも楽しい。しかし、それだけでもなく、部員のサトルのお兄さんは発達障害なのだ。サトルと兄、母、父の関係には色々考えさせられる。ラストでそのお兄さんが出て来るシーンではジーンとしてしまった。シーンでジーンと。無口で友だちのできなかったサトルの成長と再生が実は個人的には一番のお気に入りで、この部分だけをスピンオフさせて別の長編作品に作り上げて欲しいぐらいだ。

青春ものではお決まりの「大会で頑張る姿に心打たれる」という主食はもちろんある。笑いと、恋愛をおかずにメインのごはんをたっぷり食べれば、思わず、ごちそうさまとつぶやいてしまう。

では、また。


くちびるに歌を
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『広辞苑の中の掘り出し日本語』永江朗

2012-10-16 | books
「広辞苑の中の掘り出し日本語」永江朗 バジリコ 2011年

広辞苑に載っている、知らない言葉や、意味を取り違えていた言葉をピックアップして、一語ごとに短い解説や感想あるいはエッセイがついている。

知らない言葉に、思わずへぇとつぶやいてしまうだけでなく、著者の文章がなかなか面白い。

言葉としては【魚は江湖に相忘る】(大道を知る者は小さな仁義を忘れて悠々と生きる)とか、「きゃん」とは【侠】と書くとか、【ステッキ・ガール】(昭和のはじめ、銀座などで男性と同伴、ステッキのように散歩して料金を受け取った女性)、「語るに落ちる」は、【問うに落ちず 語るに落ちる】(問われたときには答えないのに、喋らせると秘密を語る)などが面白かった。


広辞苑の中の掘り出し日本語
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『裏声で歌へ君が代』丸谷才一

2012-10-14 | books
「裏声で歌へ君が代」丸谷才一 新潮社 1982年

1970年代東京、語り手は画商の梨田、40代の男。以前から気に入っていた女性、朝子と偶然地下鉄のエスカレーターで会ったので、パーティへと誘う。知り合いの洪圭樹が、台湾の独立派による「台湾民主共和国準備政府」の大統領になって、その就任パーティなのだ。台湾の独立の話から、国家論、朝子との関わりから、恋愛論と大きく話が広がり…

おっと。これは意外な収穫。なんで読み始めたのかと言えば…忘れてしまった。なんで読み始めたのだらふ。

丸谷才一という名前は知っているだけで、旧仮名遣いをする気持ちの悪いおじさんという印象しか持っていなかった。

しかしこの本全体がすごく好み。話題の広さと奥行きの深さ、鋭い切れ味と変なユーモア。

「何しろドイツ人といふのは変態みたいなところがありますからね。さうね。言へるかもしれません。スペイン人も、テレビの闘牛にあんなに夢中になりながら独裁政治を支持してるところを見ると、さう言ひたくなりますね。うーむ。しかしあなたの論法でゆくと、イギリス人もフランス人も、あれはあれで圧制を願ひ、それを楽しんでゐるといふことになりますね」(文庫版173頁より引用)


官吏として社会的生活をいとなむ局面での原理は儒教である。隠者の暮しを夢みる局面での原理は老荘である。中国の知識人(すなはち官吏)は、古来、この二つの生活原理を使ひ分けて生きてきたし、儒と老荘はいはば二つの層をなして、同じ一日、同じ一生をうまい具合に導ひてゐた。それゆゑ台州の知事が寒山と拾得に恭しく拝礼するのは、中国の官吏たち全員を代表しての挨拶であつたと考へられる。中国の政治が、阿片戦争以後はともかく、それまではほかのどの国にも優ってゐたのは、この、二つの原理の使ひ分けといふ方法のおかげであった。悲しいことに人間の智恵は限られてゐるから、あらゆる局面をこなすだけの単一の原理を発明することなできないのである。(307頁より引用)


こんな硬い文章だけでなく、エロティックな表現もまた巧い。しかし、何がテーマの小説かと問われると困る。

台湾独立をテーマとするふりをした、一人の中年の男のロマンティックだったり妙にリアルだったりする一代記、かな。

ぜひ、他の丸谷作品を読んでみたくなった。

では、また。


裏声で歌へ君が代 (新潮文庫)
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『ものがたり宗教史』浅野典夫

2012-10-12 | books
「ものがたり宗教史」浅野典夫 筑摩書房 2009年

キリスト教って何?ユダヤ教とはどう違うの?新訳聖書って新しい翻訳?イスラム教は?仏教って?成立の過程から、関わった人、それぞれの考え方の違いそして共通点。それらを非常に分かりやすく説明してくれる本。

眼からウロコが落ちまくった。分かったようなつもりでいて分かっていないことがあまりにも多いんだなー。

著者は大阪の高校の先生だからか、非常に記憶に残る。2回読んだらほとんど覚えてしまった(ような気になった。)この著者が「世界史講義録」で薦めていた、佐藤賢一の「英仏百年戦争」の方は読みにくいったらありゃしない。佐藤氏は小説家として中世フランスを舞台にした作品をたくさん書いているけれど、一度も読んだことがない。この百年戦争が面白かったら、他の小説作品を読もうかと思ったけれど、たぶん読まない。

本書の浅野氏は、他の著作「世界史サミット」もすごく面白く読んだんだった(しかしあまり覚えていない…)

私の「覚えた」というのは、「読んで面白かった」とほぼ同意語であって、面白かったら覚えたような気になっているけれど、それは錯覚にすぎない、ということが今分かった。

では、また。


ものがたり宗教史 (ちくまプリマー新書)
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『ソロモンの偽証 第II部 決意』宮部みゆき

2012-10-10 | books
「ソロモンの偽証 第II部 決意」宮部みゆき 新潮社 2012年(初出小説新潮2006年8月号~2009年8月号)

第I部の続編。Previously on ER(前回のドラマERでは)みたいな第I部の紹介は全くないので、第I部を読まないと意味不明。今回は(前回の主役、刑事の娘の)藤野涼子が、不良の大出俊次の裁判を行おうとする。学校で。学校で裁判?そう、柏木卓也殺害の容疑で。まずは、弁護人、検事、陪審員の選定から…

およ?あまり面白くない展開が延々と続く。しかし、我慢して読んでいたら、161頁になって光が射してきた。それは、前回大きな批判にさらされて辞任した森内先生が、郵便受け事件について調査事務所に頼んだ真相について知るところ(第I部を読んだ人なら何のことかお分かりのはず) そして、この郵便事件から突然面白くなるのもまた第I部と全く同じ。なるほど。

ほーらほーら、我慢していれば、すぐに痛くなくなる。苦痛はいつか快感へ。読書とはアレと同じなんだね。(アレってなんやねん)

話を本書に戻すと、一見、おこちゃまによる、フワフワしたこども裁判ノベルのように見えるけれど、実は巧妙にできた警察小説なのだ。

結局一冊まるごとかかって、裁判に至る弁護側・検察側それぞれの調査が丹念に描かれる。それが中学生によるものだと考えると、おままごとに見えてしまうのだけれど、じっくり読めば、大人のしかもプロによる調査と変わらないことが分かる。警察小説も、探偵が謎を解くミステリーでも、犯人が誰だか分かるだけでなく、それ以外の味があるはずだけれど、本書は、事件の真相が明らかになるにつれて分かる、人間の闇の深さや、真の強さ、あるいは正義とは何かという哲学的な問いに対する解答など、醸し出す味は複雑だ。特に、「嘘」とは何なのか。深く考え込まされる。人間を煮込んで、人間をダシするとこんな複雑な味になるのかも知れない。

同じ事件について、湊かなえ氏のような作家が書くと、もしかするともっとずっとコンパクトにまとめられてしかも高校生やあまり小説を読まないタイプの人には受ける、キラキラした作品になるのかも知れない。しかし少なくとも私はそんな作品をあまり読みたいと思わない。宮部みゆきが只者ではないのは、決してフワフワと物語を浮遊させず、強いリアリティとリーダビリティを以て、この重厚長大な話を読ませるからだ。

宮部みゆき、すごいよ。

では、また。


ソロモンの偽証 第II部 決意
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『光圀伝』冲方丁

2012-10-08 | books
「光圀伝」冲方丁 角川書店 2012年(初出野生時代2011年2月~2012年8月)

初の時代小説「天地明察」が売れに売れた作者による時代小説第二弾は水戸光圀。よく知られている黄門様とはだいぶ違う生き様とは。冒頭、家老紋太夫を62歳になろうする光圀自身が殺害するところから始まる。なぜ信頼していたはずの家老を自らの手で殺さねばならないのか。光圀の信じる義とは何か。幼少期から死ぬまでを描く…

面白い。戦がなかった時期を描く時代物は何を描くと面白くなるのか。それは愚直なまでに一人の人物を描き尽くすことらしい。

光圀が馬鹿みたいに重んじるのは「義」である。自分が長男でないにもかかわらず、水戸家の跡を継ぐということに対して、それは「義」ではない、兄をさしおいてはいけない。それをひたすら主張し続ける光圀がしつこいのか、描き続ける冲方がしつこいのか、段々わからなくなってくる。作者が作り出したキャラが独り立ちしているのは、筆の巧さの証拠。

全体として「義」や漢文、儒教などかなり堅苦しい話が多いけれど、それも慣れれば結構楽しめる。前半を読むのに時間がかかってしまったのは、漢文なんかをまじめに読んでしまったからだけれど、飛ばしても差し支えないと思う。徳川将軍による中央集権化が落ち着く、三代代家光の時代から五代綱吉までを、柔らかくまとめる歴史勉強もの的側面もある。

私としては冲方丁のSF作品はあまり好みじゃないので、時代物ばかり書きまくって欲しいと思うのはわがままだろうか。

では、また。


光圀伝
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店名にツッコんでくだされ60

2012-10-06 | laugh or let me die


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『レッド・ドラゴン』トマス・ハリス【再読】

2012-10-04 | books
「レッド・ドラゴン」(上下)トマス・ハリス 早川書房 1989年
Red Dragon, Thomas Harris 1981

映画にもなった「羊たちの沈黙」の前篇にあたる。全米を揺るがす連続殺人事件は一家皆殺し。ウィル・グレアムは、ハンニバル・レクター逮捕のときに負傷し引退していたのに、呼び戻された。容疑者は誰なのか、マスメディア、地元警察、FBIの必死の追走は…

いわゆるサイコ・スリラーの王道をいく作品。理由あって久しぶりに再読。

マイ・トマス・ハリス体験は:

1.高校生の頃、「ブラックサンデー」を読みぶっ飛ぶ
2.銀座の場末のガラガラの映画館で「羊たちの沈黙」を観て、椅子から落ちそうなほど驚く
3.映画「レッド・ドラゴン」を観て、チッと思う
4.「羊たちの沈黙」の原作を読んで、映画と甲乙つけがたいと思う
5.「レッド・ドラゴン」の原作を読んで映画よりずっといいと思う
6.「ハンニバル」「ハンニバル・ライジング」の原作を読んで、ちょっと不満

「羊」は原作も映画も本当にいい。映画は6回観た。全体に流れる悲しい雰囲気、演技、ストーリー。「レッド・ドラゴン」はリメイクされたのは観てないのだが、最初の映画は作りがダメだった。原作はすごく興奮する。一度読んだはずなのに、全く覚えていないので、ドキドキしながら読んでしまった。

犯人を追いつめるプロセスだけでなく、犯人がなぜ犯行に及んだのか、生い立ちから振り返ると、「仕方ないか…」と思わされるのもまた作者の巧さ。悲しい殺人鬼なんて言ってはいけないのだろうが。

サイコ・スリラーのブームが去ってから結構経つので、知らない世代も多いような気がする。気が向いたら「レッド・ドラゴン」→「羊たちの沈黙」と読んでみて、気に入ったら、ジョナサン・ケラーマンとか、どんでん返しが好みならフィリップ・マーゴリンの「黒い薔薇」とか、「嘘、そして沈黙」とか、スティーヴ・マルティニなど読んでみると、読む本の幅が広がるような気がする。

そしてどんでん返しものばかり読んでいると、いつか飽きて、今度は純文学とか時代ものを読みたくなる。たぶん。(私の経験)

では、また。



レッド・ドラゴン 決定版〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)レッド・ドラゴン 決定版〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)羊たちの沈黙(上) (新潮文庫)羊たちの沈黙(下) (新潮文庫)
黒い薔薇 (ハヤカワ文庫NV)重要証人(上) (重要証人) (集英社文庫)
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『夜をぶっとばせ』井上荒野

2012-10-02 | books
「夜をぶっとばせ」井上荒野 朝日出版社 2012年(初出小説トリッパー2002年冬季号、2011年夏季号)

中篇一本と短篇一本

<夜をぶっとばせ> わたし、はるか35歳、息子一人、娘一人、家でわたしをレイプする夫一人。たまたま始めてみたインターネット。たままたメル友募集で知り合った男。わたしの人生はどう変わってゆくのか…

<チャカチョンバの道> はるかの夫、雅彦の目で見たその後…

うむ。淡々と結構悲惨な事を描いてゆく感じがいい。チャカチョンバは別な話かと思ったらまさか続きがあるとは。ラスト近辺では「なんだよ」と思わずつぶやいてしまったけれど。

東京弁の西加奈子(井上さんの方が年上ではあるけれど)という印象を持った。

救いようのない人生は、自分で救えなくても、誰かが救えるのかもしれない。

では、また。


夜をぶっとばせ
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