頭の中は魑魅魍魎

いつの間にやらブックレビューばかり

『女のいない男たち』村上春樹

2014-06-30 | books
久しぶりのハルキは、らしくない短編集。

<ドライブ・マイ・カー> 俳優家福、目に問題が出て来たので、愛車サーブの運転を他人に任せることにした。知り合いから推薦されたドライバーはみさき。無口で運転技術は一流。亡くなった妻についてみさきと話しているうちに…

彼女は車を運転していないときより、むしろ運転をしているときの方が緊張がうまくとれるらしかった。

<イエスタディ> 大学生だった僕は、バイト先で木樽と知り合った。彼は浪人中で変わり者。ろくに勉強していないが面白い男だった。浪人しているので、交際を中断している彼女がいる。木樽に、自分の代わりに彼女と付き合わないかと言われて…

これまでの僕の生き方も考え方も、思い起こせば、お話にならないくらい月並みで、悲惨極まりないものだった。大方は想像力を欠いた、ミドルクラスのがらくただった。

<独立器官> 知り合いの渡海は美容整形外科医。腕はいいし、性格も良くてもてるが独身を貫いている。同時に何人もの彼女と付き合っていることもあったが、多くは、人妻か彼氏のいる女性だった。そんな渡海がある人妻を本気で好きになってしまう…

彼女の心が動けば、私の心もそれにつれて引っ張られます。ロープで繋がった二艘のボートのように綱を切ろうと思っても、それを切れるだけの刃物がどこにもないのです。

<シェラザード> 「ハウス」に住む羽原には定期的に食料を運んでくれる女性がいた。彼女との性交の後、彼女はいつも話をしてくれる。「千夜一夜物語」のシェラザードのように。ある時彼女が話してくれたのは、高校時代好きだった男の子の話。片思いしていた彼女は、彼の家に空き巣に入るようになってしまった…

その心憎いまでの技巧は、たとえ一時的であるにせよ、聴き手にまわりの現実を忘れさせてくれた。しがみつくように残ったいやな記憶の断片を、あるいはできれば忘れてしまいたい心配事を、濡れた雑巾で黒板を拭うようにきれいに消し去ってくれた。それだけでもう十分ではないか、と羽原は思った。

<木野> 妻が浮気した。木野は家を出て、そして会社を辞めた。伯母がやっていた喫茶店のあとを継いで、バーを始めることにした。そしてやって来た客カミタ。いなくなった猫。現れた蛇。カミタは言う「こんなことになってしまって、僕としては残念でならないのです」そして…

木野さんは自分から間違ったことができるような人ではありません。それはよくわかっています。しかし正しからざることをしないでいるだけでは足りないことも、この世界にはあるのです。

おれは傷つくべきときに十分に傷つかなかったんだ、と木野は認めた。

<女のいない男たち> 昔付き合っていた人が死んだと、彼女の夫から電話があった。自ら命を絶つような人ではないはずなのに、なぜ…

ある日突然、あなたは女のいない男たちになる。その日はほんの僅かな予告もヒントも与えられず、予感も虫の知らせもなく、ノックも咳払いも抜きで、出し抜けにあなたのもとを訪れる。

村上春樹の短編集は苦手で、あまり好まなかった。オチがないと言うか意味がよく分からないと言うか。ところが、本作は、ものすごく分かりやすく、好みだ。特に「シェラザード」の、好きな男の子の家に忍びこんでしまう彼女の気持ち。どんどんドライブがかかってしまう。どうなるんだろうと興奮しつつ読んでしまった。

知り合いが村上春樹は「1Q84以降、大衆に迎合した分かりやすい作品を作るようになった」と言っていたけれど、どうなのだろう。

女のいない男たち

今日の一曲

収録されている短篇のタイトル。The BeatlesでYesterday



I Said Something Wrongがアイ・セッ・サムジング・ローンと聴こえた頃、私は中学生。好きだった女の子は眼鏡をかけていた。

では、また。
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店名にツッコんでください87

2014-06-28 | laugh or let me die
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『自殺』末井昭

2014-06-27 | books
いつ頃だっただろうか。「写真時代」は好きな雑誌だった。アナーキーな感じがガキだった自分に受けたのだろう。

編集長末井昭は、後に「パチンコ必勝ガイド」を出すのだけれど、(麻雀以外のギャンブルを少し小ばかにしていた私からすると)アナーキーがこの頃にはしょぼくれたおじさんになっていた。

しかし、後にはああいう生き方がカッコいいと思ったりする。(末井の生き方がフラフラしているのか)(私の見方がフラフラしているのか)(その両方か)

母親が自殺した経験について書いたことがきっかけになり、そんな彼が朝日出版のブログで連載したものをまとめたもの。

自殺に関するインタビューや自らの体験を語る。かなり赤裸々に。とても赤裸々に。

この本を読んで、末井に対するリスペクトの念を強くした。自分を全く飾ろうとしていないのだ。例えば、<眠れない夜>という章で、

Fと最初にセックスしたのは、新宿の同伴喫茶でした。なんでそんなところに入ったのか覚えていませんが、入ってからのことはよく覚えています。
中に入ると、喫茶店というよりドヤ街の簡易宿泊所みたいなところで、ベニヤで仕切った三畳ほどの部屋が並んでいました。その一室に案内され中に入ると、なんとそこにはコタツがありました。独身男子のボロアパートか、はたまたどこか東北の田舎かといった感じで、とんでもないところに来てしまったという後悔があったのですが、そこを出ることも考えつかず、二人でコタツの中に足を入れました。
ドアが開いて、その場所に不釣り合いな蝶ネクタイのボーイが注文を取りに来ました。しばらくするとコーヒーが運ばれてきて、無言でコタツの上に置かれます。
突然ドーンと音がしました。隣のお客がベニヤの壁を蹴った音です。怒って蹴ったわけじゃなくて、部屋が狭いから、セックス中に足でベニヤを蹴飛ばしてしまったんだと思います。
そこで僕らもセックスしたのですが、入れたと思ったらすぐ出てしまい、つまり早漏ということですが、ますます気まずい思いになって、自分のチンコとその部屋を呪いました。
その同伴喫茶を出て、近くのジャズバーに入りました。レンガ作りの雰囲気のいい店でしたが、先ほどのことがあって、なんとなく気まずい思いでお酒を飲んでいたら、Fが小さな声で「最後が良ければそれでいいよ」と言います。その言葉に救われた思いがしましたね、ほんとに。優しい人なんだと思いました。
しかし、その日の気まずさはその後も尾を引いていて、なんとなくFを避けるようになっていたのですが、Fのことが気になって気になって、仕事も上の空です

そして、末井はFのストーカーになってしまうのだ。しかし、しかしである。末井はこの時結婚していたのである。

というような、あまりカッコよくない話を(だいたい「大人の男」は、自分の過去は美化するか、もしくは過剰にワル化するかのどちらかである)サラッとした筆致でなんということもなく書く。これぞ真の大人の男である。

自殺という、書き方を間違えれば、いや、フツーに書けば、暗くジメジメとしたものになってしまうネタを、サラッとした筆致で書かれた、レベルの高いエッセイ。

こういう自分の手はよごさないで、自分たちに都合の悪いもの、不安になるものを排除しようとする意思を、僕は「世間サマ」と呼んでいるのですが、近年頓に息苦しさが増している原因は、世間サマが増長しているかはではないでしょうか。

自殺しようかなと思ったら、「完全自殺マニュアル」を読んで、自殺をリアルなものに感じることで、むしろ抑止してしまうのもいいし、本書を読んで、自殺を引きつけてから投げるように柔道的に滅却してしまうのもいい。

カッコよくないけど、カッコいい大人が書いた、ありそうでない本だった。

自殺完全自殺マニュアル

今日の一曲

なぜかこの曲が浮かんだ。Cyndi LauperでTime After Time



では、また。
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『盲目的な恋と友情』辻村深月

2014-06-26 | books
章は二つ。恋と友情。嗚呼美しき二項対立。

<恋> 冒頭は結婚式のシーン。「相手が茂美じゃなくてよかった」「別れてよかった」という友人からの言葉。茂美が死ななければ今日という日はなかったと主人公が独白するので、茂美は元彼、死んでいることがが分かる。主人公は一瀬蘭花、母は元タカラジェンヌ。大学でオーケストラに入った。オーケストラには外部からプロの指揮者がやって来る。茂美は美形。蘭花と付き合うことになるが、茂美には他にも関係している女がいて…という話を蘭花の視線で描く。

<友情> 蘭花を支え続けた、オーケストラの仲間、留利絵から見た、<恋>の裏側。留利絵は、蘭花が美波のような尻の軽い女と仲良くしているのが気に入らない。そして茂美のような男と付き合っているのも気に入らない。自らの見た目に強烈なコンプレックスを抱く留利絵が、蘭花のためにしたことは…

おっと。意外な収穫。

女子の、女子による、女子のための小説のような気がするけれど、楽しめたのは、ついに私は性を超越した存在になれたからか、それとも誰が読んでも楽しめる作品だからか。

女子大生による軽い生き様紹介のように侮っていると、重たいボールにバットを持つ手が痺れる。

盲目的な恋と友情

今日の一曲

どういうわけか、読みながらこの曲が頭の中に。Everything But The GirlでMissing



では、また。

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『星々たち』桜木紫乃

2014-06-24 | books
結論から申し上げることを許されたし。この本はいい。すごくいい。以上。

え?まだ満足しない?しょうがないな。

私にとって今もっとも「新作が出たら絶対に読み逃せない作家」なのが桜木紫乃。彼女の小説が好きだという自分に若干の不安がないこともないけれど、いや不安になるくらい熱狂的に好きだ。どれくらい好きかと言えば、以下のようなレビュー群。

「ラブレス」「硝子の葦」「風葬」「起終点駅(ターミナル)」「凍原」「恋肌」「氷平線」「ワン・モア」「ホテルローヤル」「無垢の領域」「蛇行する月」

どうして好きなことに若干の不安があるかと言えば、桜木が惹きつけるのは極めて「女性的」なものなのではないかと思うからなのである。自分がおばさんになったような感じ。それがいかがなのもなのかということなのである。こんな顔しておばさんだなんて。ま、面白ければよいのだけれど。でもねーそこの奥さん?

さて、本作は連作短編集。

咲子は釧路のスナックで働く。お客さんの「ヤマさん」のことが好き。道央の実家には中一の娘、千春を置いてきた。千春に電話をかけると遊びに来たいと言うので、親心を出して、夏休みに遊びに来させた。2年ぶりの会う千春は胸がとても大きくなっていた。スナックでヤマさんから、次の日曜日はあいているかと誘われたが、妹が遊びに来ていると少し嘘をついた。(ヤマさんに千春がやられてしまうだろうと予想したが違った)そして結ばれる千春とヤマさん。しかしその後に…という冒頭の短編<ひとりワルツ>から始まって、祖母と二人暮らしの千春と、千春にボタン付けのアルバイトを自宅でさせる育子。育子の一人息子の圭一と千春がどうにかなってしまうのではないかと危惧する話… 以下、千春の人生の転がり方を、毎回主人公を変えて描いてゆく。

興を削がない程度に書かせてもらうと、義父を義兄に殺されたストリッパーの話… 母と二人暮らしで出世を諦めた簡易裁判所の職員の話… 家を出た息子は結婚し子供をつくったが、奥さんに逃げられ、育児放棄し、子供は餓死寸前な話… 小さな飲み屋の話… 出版社を辞めて十勝に引っ込んだ男の話… 実は全て繋がっている。

最後まで読んだらすぐに、また最初から読み始めてしまった。わしゃ、どんだけ桜木のことが好きやねん。

必ずしもハッピーエンドとは限らず、そして読みながら寒い風が肋骨を吹き抜ける。桜木紫乃はいつも同じことを書いている。にもかかわらず、いつも同じように心を揺さぶられる。

星々たち

今日の一曲

星と言えば、Simply RedのStars



ふぅ。なんとか思いついた。しかし、このコーナー。私の音楽知識はそもそも乏しいものなので枯渇しそうなところ、ギリギリなんとかやっています。貴方は何か、枯渇してませんか。

では、また。
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『疲れすぎて眠れぬ夜のために』内田樹

2014-06-22 | books
ウチダセンセイの本は、連続して読むと、同じような話が多いので意味がなかったりする場合がある。しかしたまに読むとすごく効く。大学の講義をまとめ、だいぶ加筆したもの。またまた箇条書きにて失礼。

・自分の可能性を最大化するためには、自分の可能性には限界があることを知る必要がある。(確かに)

・女性誌なんかが持ち上げた「女性のサクセスモデル」を多くの女性が求めてきたけれどはたして幸せになれただろうか。女性が男性のように働こうとするのは、「男性的なサクセスモデルが正しいものだ」と認めることになるけれど、どうだろう。ニンジンにも鞭に対しても「鈍感」に慣れている男性の方が「手を抜く」ことに長けていて、社会的な成功の幻想なんて持たないんだけれども… (仕事をバリバリやって、子育てして、カッコいい趣味があって、という典型的な「理想の女性」を実践している女性なんて知り合いに一人もいない。それを全部達成できないといけないと思い込んでしまうとすればかわいそうな気もする)

・ビジネスとレイバーの違い。人は自分が人間的な美質を持っていれば、必ず評価される、そういうマーケットに身を置くべき。時間の切り売りはレイバーでしかない。(自分が評価される場というのは、「世間から見てカッコいい」場とは限らない。また、仕事以外でも、家庭とか恋愛とかにも言える話だと思う)

・自分らしい、ということがちっともオリジナルではない。(自分らしいと思っていても、そうでもなかったりするね)

・現代人は「群と行動をともにする」ことの生存戦略上の有利さと安全さを過大評価する傾向にある。(若い女子、中年女子に共通して言えるのは、「他と同じだから」というだけの理由で行動する人があまりにも多いこと)

・学生に「自立しろ」と言うのは、一人で暮らした方が気楽だとか、誰にも依存しない生き方が素晴らしいとか、そんな薄っぺらいことを言いたいからではない。自立できる人間、孤独に耐えられる人間しか、温かい家庭、親しみのある過程を構築できないからだ。(うーむ)

疲れすぎて眠れぬ夜のために (角川文庫)

今日の一曲

眠れぬ夜と言えば、オフコースの「眠れぬ夜」 オフコースは「権利意識」が強いのかライブ映像などがYoutubeからごっそり削除されているよう。そういうことをしない方がプロモーションになると思うのだけれど。



では、また。
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深夜+空腹

2014-06-20 | days
夜中に腹が減り、冷蔵庫をあさった。

ソーセージとかウインナーは、なんとなく腹の肉に変わりそう。

そこで見つけた、小魚。





なんとなく、体に良さそう。深夜に喰っても問題なさそう。

一口、二口食べたら、旨い。

なんとなく裏返して見たら、





賞味期限は3年前。しかも封は開いていた。

開封後お早めにというのはいったいどのくらい早めなのかと思いつつ、

三口目を食べると、なんだか腐った食べ物のような味がしてきた。

所詮人間とは、自分の感性に支配されるのではなく、レッテルに支配されている生き物なわけだ。

などと、思いながら、そっと冷蔵庫にしまった。

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『女系の総督』藤田宜永

2014-06-18 | books
森川崇徳、もうすぐ還暦。出版社で文芸担当の役員をしている。妻には先立たれてしまった。4年前に咽頭癌が見つかった。放射線治療を受けてその後再発していない。家族と一軒家に暮らす。長女は美千恵。家を出ている。独身。森川とはうまくいっていない。次女は小百合。フリーアナウンサーをしている。一緒に暮らしている。三女は朋香。昆虫の研究をする夫と娘と暮らす。姉は昌子。口うるさい。定年を迎えた夫とうまくいっていないようだ。妹は麗子。仙台に嫁いだ。夫のギャンブルに悩んでいる。娘は東京でキャバ嬢をしている。そして、母。アルツハイマーかも知れない。熱帯雨林のような、女だらけの家で、監視監督する、総督のような森川をめぐるドラマ。

藤田宜永は昔「鋼鉄の騎士」を読んで以来あまり読んでない。奥様の小池真理子の方が読んでいると思う。ハードボイルドとかこじゃれたミステリのような作品を書いているイメージがあったのだけれど、本作は違う。ずばりホームドラマ。それも山田太一が書きそうな70年代から80年代のホームドラマ。これが何とも愉しい。

登場人物たちの様々な人生を織り込みつつ、縫われる森川の人生のタペストリー。

「でね、海水浴は愉しいけど、肌を焼きすぎて、皮膚が火傷みたいになっちゃったら後が苦しいよね。気持ちのいい海が恋愛だとすると、火傷みたいな皮膚は失恋。今の子は一度二度恋愛しても、気持ちのいい海より、肌の痛みばかりを覚えている。だからもう海に行かなくなる。そういう感じがするな」

「恋愛も興奮しながら、どこかで周りを見てると思うんだ。舞い上がっているようでいて、見るべきものは見てる。観衆の前で司会してる時の昂揚感と冷静な気持ち。これが好きな男といる時にも大事だって言いたいんだよ」

「夫婦って老後から始まるのね」

なかなか前に進まない森川自身の恋愛ばなし。先がどうなるかと気になってついつい頁をめくってしまった。彼の恋愛の話の進み方がすごく好きだ。分厚いのに一気に読んでしまった。

女系の総督

この表紙、やしきたかじんと伊集院静を足したような感じの男に見える。

今日の一曲

総督と言えば連想するのは、朝鮮総督。と言えば、首相も務め、内大臣時代には二・ニ六事件で射殺された斉藤実。ということで、斉藤和義で「おうちに帰ろう」



斉藤しか合ってないし。

スマートフォンで見ると、文字が小さいので、今回文字を大きくしてみた。どうだろうか。

では、また。
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『心にナイフをしのばせて』奥野修司

2014-06-16 | books
酒鬼薔薇事件より28年前に現実に起きた事件。1969年、川崎市の高校生Aが肩を切られて学校にかつぎこまれてきた。頭のおかしい者たちが複数で自分と加賀美君を襲ってきた、とAは言う。現場に行くと、加賀美君は全身をめった刺しにされ、頭部は胴体から切り離されていた。本人は認めないがAの犯行であることは、目撃証言とナイフについた指紋から明らかになった。そしてAは少年院へ…

被害者の遺族は精神的なダメージから抜けさせず、金銭的にも困窮してゆく。取材の過程で、加害者の父親は被害者に対して毎月2万円を30年間支払うことで合意していたが、最初の二年間しか支払っていないことが分かった。そして、Aは少年院を出た後、名門大学を卒業し、弁護士になっていた。Aに連絡をとった著者は、彼の真摯とは言えない態度に驚く…

というショッキングなドキュメント。事件についてもその後の経過についても全く知らなかった。「本の雑誌」2014年6月号「事件ノンフィクションはすごい!」という特集で知った。

犯罪を犯した者を更生させることに、少年院や刑務所の存在意義があるとすれば、このケースは大成功なケースということになる。しかししかし… 少年院に入ることになった者が以後どういう人生を送っていたのか、院の教育は成功したのかについて、社会として検証する権利も義務もあると思うけれど、現実には難しい。だからこそ、読むべき本だと思う。

本書にある、当時の調査票や鑑定書をまとめたものを読むと、深く反省していたとは思えない。そして彼の心の闇に大きく影響を与えたはずの父親も反省していたとは言えない。反省しない者に対して社会はどう接すればよいのか。厳罰化がその対抗策なるのだろうか。加害者の親にどこまで責任があるのか。みのもんたの件など子供の不始末について親がどこまで責任があるのか。大いに考えさせられる。

ネット上ではAが何者であるのか個人情報探しが行なわれ、社会的制裁が行なわれていたようである。(本当に突き止めらたのか、その個人情報は間違っているのかよく分からない) ネット社会における、「社会的制裁」は果たして正義を実現させているのだろうか。「正義」というより、「悪い事をしている(ような気がする)人を懲らしめる」ことでストレス解消をしているということはないだろうか。

色んな人に読んだ方がいいぜ、と言いたくなる本だった。

心にナイフをしのばせて (文春文庫)

今日の一曲

心の底の方で黒っぽいものが出てくると聴きたくなる曲。マイルス・デイヴィスでSo What



では、また。
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『解錠師』スティーヴ・ハミルトン

2014-06-14 | books
何回も読もうとして、数頁読んで、どうしても頭に入ってこないので、読み進められなかった。どういうわけか今回は頭に入ってきた。

マイクルは20代、刑務所にいる。回顧する過去は二つ。ポケットベルで呼び出され金庫を破る犯罪者としても日々。もう一つは8歳のときから喋れなくなってしまった日々。どうして話せなくなったのか。その後どうやって生きてきたのか。なぜ金庫破りになったのか。なぜ刑務所にいるのか…

ううむ。読み終わってみれば、なぜ今まで読んでなかったのか不思議なくらい、読みやすく、先が読めないページターナーだった。

ミステリ+青春小説。しかし殺人事件の謎を解くようなことはないので、ミステリが苦手な純文学好きな人に薦めたい。

原題はThe Rock Artistじゃなくて、The Lock Artist 巧い。越前敏哉氏の訳もすごくいい。

解錠師 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

今日の一曲

鍵を開ける。心の鍵を。小柳ゆきで「remain~心の鍵」



では、また。
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『浪速のロッキーを<捨てた>男 稀代のプロモーター津田博明の人生』浅沢英

2014-06-12 | books
赤井英和というボクサーをご存じだろうか。現在は俳優や近畿大学ボクシング部の監督もしているが、現役時代は「浪速のロッキー」と呼ばれすごい人気だった。

後に、アマチュアのときはパッとしなかった赤井にボクシングを教え、そして何とか世界タイトルマッチまでこぎつけようとした男の名は津田。プロボクシングの経験はなかった。ただひたすらにボクシングが好きなタクシー運転手だった。しかし「ボクシング雑誌を立ち読みしている少年がいる」という話を聞きつけ、その竹ノ内という中学生を自室のアパートで教え始める。7年間ジムのトレーナー助手をしてトレーナーのライセンスを取得した。竹ノ内が出場したアマチュアの大会で彼に声をかけ「誰に教わっているのか」尋ねたのは赤井。それから赤井と赤井の連れてきた選手を津田は教えるようになった。しかし竹ノ内はボクシングをやめてしまう。

津田は何とか赤井世界タイトルマッチまで持って行きたかった。そのために必要なステップを熟考していた。

津田は本山に、ときどき国鉄の新大阪駅に電話を入れて、新幹線の車内放送を頼んでいるという話を自慢げに語った。
「プロボクサーの赤井様、いらっしゃいましたら至急、西成区の愛寿ボクシングジムまでお電話をおかけください」
アナウンスの口上を真似た津田は『赤井は毎日、ジムにおるんですけどね』と言った後でこう続けた。
「新幹線やったら、名前が全国に売れるでしょ。西成でボクシングをやってる赤井という名が」

そして次の有望株の杉本がジムに入ってきた。赤井の世界タイトルマッチがある頃に、杉本が日本チャンピオンという肩書があれば次のテレビ中継へとつなげることができる。津田の考える策略、金策、無茶な試合の組み方。マッチメイクというボクシング独特の興行の形。津田と赤井とボクシングという三つのミラクルが生んだ大阪発のどす黒い物語…

面白い。実に面白い。ボクシングに興味のない人をきっぱり置き去りにする感もいい。かなりマニアックなボクシング裏面史。タマラナイ。

赤井と津田は最終的に絶交状態になるということと、津田はその後も井岡や亀田などのプロモーションでも名をなしたことを付け加えておく。

純粋にどうやって勝つかや根性を描く「スポーツもの」と、企業買収や怪しげなビジネスを描く「悪徳経済もの」の中間に位置するドキュメントだった。

浪速のロッキーを<捨てた>男 稀代のプロモーター・津田博明の人生 (角川書店単行本)

格闘技の裏側はだいたい黒い。最近、古いアメリカの映画「カリフォルニア・ドールス」を観た。刑事コロンボのピーター・フォークがマネージャー役の女子プロレスものでとても面白かった。

All the Marbles [DVD] [Import]

今日の一曲

ロッキーと言えば映画ロッキー。新宿の満席の映画館で立ち見した「ロッキーII」も今となってはいい思い出。歴代のロッキーのトレーニングシーンをまとめたもの。14分ほどある。



これ観ると、走りたくなるんだよね。

では、また。
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店名にツッコんでください86

2014-06-10 | laugh or let me die
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『街場のメディア論』内田樹

2014-06-08 | books
久しぶりに読むウチダセンセイ。以下箇条書きメモにて失礼。

・就職は結婚と似ている。やってみないと自分がどういう人間なのか、向いているのか分からない。自分が何をしたいかを考えるよりも、他人に求められたことをやると能力が開発される。与えられた条件のもとで最高のパフォーマンスを発揮できるように、自分自身の潜在能力を選択的に開発すること。

・教育と医療の現場で、生徒や患者を「お客様」として扱うことは間違っている。ある病院では厚労省のお達しにより「患者さま」と呼ぶことになった。その結果起きた変化。入院患者が院内規則を守らなくなった。ナースに暴言を吐くようになった。入院費を払わずに退院する患者が出て来た。

・メディアの凋落は、インターネットなどの技術発達から来るものではなく、メディア自身の問題。個人が責任をとれるような発言がなされていない。「どうしても言いたいこと」ではなく、「誰でも言いそうなこと」だけを選択的に語っているうちに、そのようなものは存在しなくても誰も困らないという平明な事実に人々が気づいてしまった。

・「世論」とは「誰もその言責を引き受けない言葉」であり、「誰でも言いそうなこと」だから、「自分が黙っていても、どうせ誰かが言うのだから言っても平気なこと」だ。 こういうことを言う時に人はどんな口ぶりになるか?口調は攻撃的で、粗雑になる。「みんなが思っている」のだから「誰かが自分に代わって論理的に語ってくれるはず」 だったらそういう仕事は得意な人に任せて、自分は言いたいように言えばいい。「世論」は「みんなの意見」なのだから、「私」が語ろうと黙ろうと、それについてはなんの責任も引き受ける必要のない言説ということになる。

・村上春樹は言う「いい小説が売れない。それは読者の質が落ちたからだっていうけれど、人間の知性の質っていうのはそんな簡単に落ちないですよ。ただ時代によって方向が分散するだけなんです。この時代の人はみんなばかだったけど、この時代の人はみんな賢かったとか、そんなことはあるわけがないんだもん。知性の質の総量っていうのは同じなんですよ。それがいろんなところに振り分けられるんだけど、今は小説のほうにたまたま来ないというだけの話で、じゃ水路を造って、来させればいいんだよね」

街場のメディア論 (光文社新書)

今日の一曲

他人の発言にイラッとすることがあれば、こんな曲でも聴きたい。チェンバロ奏者曽根麻矢子の演奏。



では、また。
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『神秘』白石一文

2014-06-06 | books
出版社で取締役になったばかりの男、菊池。5年前に離婚していた。一人の生活を楽しんでいたら、膵臓癌と宣告された。思い出したのは、昔かかってきた不思議な電話。女性が手をかざすだけで病気を治したという話だった。その女性を探して神戸に住むことにしたら…

白石一文らしい、内省的な文章。主人公の内面が徹底的に描かれる。加えて、様々な考えが放り込まれる。

小沢の台頭と共に永田町の住人たちの質は一気に低下した。
小沢は善くも悪くも田中角栄にエピゴーネンだが、田中と小沢の最大の相違は、その性格と人物眼だ。田中は陽性で人好きのする男だった。
一方の小沢は陰性で人嫌いである。共に自らの権力維持に利用できる人材を登用するが、田中は、数ある追従者の中でも抜きん出た才能の持ち主を巧みに見分けて使い、小沢は田中を裏切った自らの体験から、能力の有無ではなく単に忠誠心の濃淡だけを基準に手下を要職に送り込んだ。
そして、そうした小沢支配が四半世紀近くも続くことによって、政界から徐々に有為な人材が失われていったのだ。

この社会で優れたリーダーがますます登場しにくくなっているのは、誰もが潜在的に自分たちよりもはるかに優れた人物の出現を望んでいないからだ。

「いつでも十歳年上の男と付き合うようにすればいいんです」
「はあ」
「それが女性がいつまでも若くいられる秘訣です」

世の中には無理して治さない方がいい病気だっていっぱいあるし、本当は治りたくない患者だっていっぱいいる。寿命が来れば、よほどの理由がない限り、人は死んでしまうし、それでいいのよ。結局どうしても治りたいんだったら、どんな形にしろ生まれ変わらないといけないの。すべてを捨てるか、すべてを改めないといけない。それも誰かに言われてやるんじゃなくて、自分自身が気づかないとだめ。

作内で菊池は多くの人と出会う。そして不思議な縁に恵まれる。その縁のめぐり方もまた何とも面白かった。人との縁か。縁ね。

神秘

今日の一曲

神秘。神秘的な歌詞の、柴崎コウ「月のしずく」


では、また。
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『エストロゲン』甘糟りり子

2014-06-04 | books
そこの貴女。40過ぎた貴女。彼氏はいますか?結婚してますか?子供はいますか?エストロゲン分泌してますか?

千乃、真子、泉は友達。千乃は湘南テラスモールのカフェ勤務。夫あり子なし。同じパートの室町さんが若い男と付き合っている話を聞くと、客の若い男性が気になる… 宮間は妻あり子あり。若い女性とあちこち関係を持っている。しかし真子のことも気になる… 真子は夫の仕事が順調なおかげで贅沢な暮らしをしている。夫は浮気しているらしい。自分の加齢が気になる。エステにヒアルロン酸に… 泉は夫あり子あり。若い韓国人と付き合っている… 

と書くとバブル期に青春を置いてきた者たちの青春リターンマッチのような風にも見える。「週刊女性セブン」に連載されていただけあって、エロティックな描写もかなり多い。電車の中で読んでいたら、(こういう本だとあまり意識しないで持って出てしまった)隣の席の女性からなんだか見られている気がした。(男性目線のエロティック本はちっともはずかしくないのだけれど、女性目線のだと自分がおばさんになったみたいな感覚がする)

差別発言は承知な上で言わせてもらうと、中年女性のそういうものをキレイに描こうとするとかなり嘘くさくなると思う。まだ中年になっていない若い女性が読んだら「キモイ」と思うくらいリアルに汚く描かないと絵本のようになってしまうだろう。その点、本書はギリギリボーダーラインの感じ。嘘くさいほどに美化しているわけじゃなく、若い韓国人に萌える描写なんてせつなくも醜い。しかし、こりゃすごいぜと思うほどリアルでもない。その辺は中途半端とも言えるし、程よいとも言える感じ。

「恋なんてもういいの。そんなあやふやなもんは若い子だけが楽しめばいいんだよ」

フランソワーズ・サガンという人の小説は一冊も読んだことはないけれど、女性誌の名言特集で彼女の発言を思い出した。
「老いることは怖くない。街に出ても、男から恋愛の対象で見られなくなることが怖い」

だからと言って外側ばかり若く見せようとするいわゆる「美魔女」は魔女狩りされてしまえばいいのにと思うのは私だけだろうか。

しかしこの本は女性の不倫やら浮気を礼賛しているような本ではなく、ラストが非常に巧い。これを読むための本といってもいい。

「そうそう、震災の直後、あなた、朝のカフェオレが薄くてまずいっていったでしょう。世の中、水や牛乳がないって大騒ぎになっているのに、えらそうな顔して。その薄いカフェオレ飲みながら、部下だかなんだかに電話して、芸能人や文化人を使って被災地救済プロジェクトを立ち上げるって息巻いてたわよね。クライアントも絶対のってくるって。あの時、「私の心でぷつって音がしたの。ぎりぎりに張っていた糸が切れる音よ。目の前の家族にやさしくできない人が被災地の人に思いやりを持てるのかしらって、不思議だった・・・」

世界平和に貢献したいという人には、その前に貴方のその家庭の平和をなんとなしなさいと言いたくなることがある。仕事を満足にこなしていないのに震災のボランティアに行って来ますと言う奴がいる。足元を見ないのがある種のトレンドなのだろうか。

もう一つ思ったのは、ずっと好きだったはずの人のことを一瞬で嫌いになってしまうことがあること。自分が付き合っていた人に対する何かの私の言動が原因で一瞬でフラれてしまったことがあった。何が原因だかは訊いても答えてくれなかった。その後振り返ってみると、思い当たり節がありすぎて一つに絞れなかった。逆に好感を持っていた人の一言で嫌いになってしまったこともあった。人間とは面白いもので、一瞬で全てが変わってしまう生き物なわけだ。

話を戻すと、各登場人物にそれぞれのラストがあり、賛否両論あるかと思うのだけれど、このラストは私は気に入った。

エストロゲン

今日の一曲

この本にぴったりな唄。中島みゆき「ひとり上手」



動画が色々削除されていて、タイ語字幕のこれぐらいしか見つからなかった。

では、また。

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