頭の中は魑魅魍魎

いつの間にやらブックレビューばかり

『佐治敬三と開高健 最強のふたり』北康利

2016-05-30 | books
サントリー創業者鳥井信一郎(NHK朝ドラ「マッサン」で堤真一が演じていた人物のモデル)の次男で二代目の社長佐治敬三がどんな風に、ヒットを飛ばしていったか。サントリーに入社した開高健はどういう人物で、サントリーの宣伝部がどんな組織だったのか。サントリーという会社、佐治敬三という人物、開高健という人物を描くノンフィクション。

ものすごい読み応え。楽しんで読ませてもらった。

キリン、サッポロ、アサヒの三強が占めるビールの世界。ここにどう挑戦していって、そして失敗していったか。ウィスキーとは言えない粗悪なものが氾濫していた時代、どうやって本物を売ろうとしたか。(「マッサン」でも描かれていた) そんな話がたくさんある。

佐治敬三という人物も興味深い。社員にこれだけ愛される社長はなかなかいないだろう。そして開高健。コピーライターとして入社し、他の凄腕の社員とともにユニークな広告を作る。(こういう「攻め」の会社は最近少ないように思う。日清のカップヌードルのCMは攻めていたと思うけれど、結局引っ込めてしまったのは残念)

小説を書いて芥川賞をとるも、遅筆で一つの作品を作るのに苦労する。また、奥さんが曲者。牧羊子という詩人がどう曲者だったのもかなり気になりながら読んだ。また、ベトナム戦争で従軍取材する様も手に汗握る迫力。

というような感じで、様々な読みどころが詰め込まれている。

佐治敬三と開高健 最強のふたり

今日の一曲

酒の歌。George Thorogood and the Delaware Destroyersで、"One Bourbon, One Scotch, One Beer"



では、また。
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『向田理髪店』奥田英朗

2016-05-28 | books
北海道、人口が減少しつつある苫沢町で理容店を経営する向田、53歳。長男和昌は札幌の大学を出て、東京の商社に勤めていたのに突然辞めて、跡を継ぎたいと言い始めた。東京からやって来た役人たちと地域活性化を叫ぶが、向田は冷ややかに見ている。そんな向田理髪店と苫沢の人たちを描く、連作短編集。病院に運ばれたお年寄りの話や、中国から奥さんをもらった青年の話、町をでて久しぶりに戻って来た女性はスナックを始めて、男たちの心が乱れる話、映画の撮影の話、この町出身の若者が詐欺で指名手配される話など…

なんと言うか、ものすごく盛り上がるわけでもなく、ものすごくしみじみするわけでもなく、地味に淡々と薄々と進む。

本来の日常っていうのはこういうものなのだろう。小説には非日常を求めてしまうけれど、そればっかりじゃいけないのかなと、ちらっと思った。

向田理髪店

今日の一曲

曲とは無関係に。LOVE PSYCHEDELICOのカバー、JUJUで"Last Smile"



なんとなく聴いていて、歌詞はよく分かってなかったのだけれど、そういう歌詞だったんだ。では、また。
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店名にツッコんでください130

2016-05-26 | laugh or let me die
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『閔妃暗殺 朝鮮王朝末期の国母』角田房子

2016-05-24 | books
李氏朝鮮は勢道政治と言って、権力を握った金一族が国政を思いのままにしていた。しかし25代哲宗には男の子ができなかった。ずっと不遇だった興宣君は自分の息子を王へとすべく細心の注意を払い、そして息子命福は王位へ。父は大院君となった。そして王妃に選ばれたのが閔妃。内政は乱れ、外圧が強く国政のかじ取りが非常に難しい時代。清、日本、ロシアが襲いかかる。そして院政政治を進めようとする大院君。それが気に入らない閔妃。対立が激しくなる。清やロシアとつながる閔妃サイド。日本の傀儡になろうとする大院君。そして、日清戦争勃発。そして殺された閔妃…

王妃が暗殺されたということと、その死に日本がおおいに関わったようだ。本書では公使の三浦梧楼の指示によって、日本人と朝鮮人が殺害したとされている。そんなことはなかったと論じる人もいるようだけれど、正直誰が殺したかということはそんなに気にならない。それよりも朝鮮末期のかなり詳しい歴史や、日清戦争の前後について、伊藤博文や特に陸奥宗光の奮闘に読み応えがずっしりとある。

いや、閔妃のドラマとも読めるし、国際謀略ものにも読める。すごく面白かった。

閔妃(ミンビ)暗殺―朝鮮王朝末期の国母 (新潮文庫)

今日の一曲

先日亡くなった、Princeで"Purple Rain"



では、また。
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『白日の鴉』福澤徹三

2016-05-22 | books
地方に飛ばされた製薬会社のMR(医薬情報担当者、営業)の友永。営業がなかなかうまくいかなかった。すると突然、会うことすら難しい、病院の院長から、今夜飲みに行こうと誘われた。喜ぶ友永。車を置いて電車で行くことにした。すると、触ってもいないのに、若い女性が友永に痴漢された言い、中年の男性が目撃したと言い出した。逃走しようとした友永は新人警官、新田真人に逮捕される。痴漢冤罪事件… 新田は、手柄をあげたものの、友永は本当はやってないのではと思い始めた。しかし、警官の立場でそんなことを言ったりしようものなら、昇進の道が絶たれてしまう。それでも、知り合った弁護士とともに、冤罪事件と闘う…

この本が出ているのが知らなくて、何か月も遅れてたまたま入った書店で見つけた。読んでよかった。かなり、いやすごくいい。

無実の罪を着せられた友永。留置場での暮らし、拘置所での暮らし、社内での立場、妻とのやりとり、すべてがリアル。正義の人、新田。交番における上下関係、警察という「社会」でのサバイバル。こちらもすごくリアル。そして弁護士五味。団地に暮らしほとんど収入がない。健康もひどく害している。そんな彼がなぜこの事件に関わることになったのか。人物造形、ストーリー、すべてがとてもいい。

そして痴漢冤罪事件。被告が極めて不利なのだそうだ。罪を認めればすぐに保釈されるし、示談にすれば刑務所には行かなくて済むそうだ。それを逆手にとって、示談金目当てに年に何回も痴漢事件をでっち上げる女性もいるとか。しかし、やってもいないものをやったと認めるのはなあ… と気付けば自分も友永になった気分でのめりこんでしまった。

白日の鴉

今日の一曲

タイトルから、鴉で「巣立ち」



では、また。
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『アカガミ』窪美澄

2016-05-20 | books
2020年に論文が発表される。2000年以降に生まれた者は40歳まで生きられないと論じた。反駁されたものの、若年層に衝撃を与えた。彼らの性や生に対する興味が薄れ、また自殺率が上昇し、老年層の対人口比率も増えた。そんな国家的な危機に対処するために生まれたプロジェクトが「アカガミ」である。選ばれた若い男女が一か所に集められ、研修を受け、検査を受ける。そのうえで、もっとも相性のよい同士が決められてカップルとして暮らすことになる。相手が嫌ならばいつでも解消することができる。すべて費用は国が持つ。残してきた家族の面倒も国がみる。そんな「アカガミ」に選ばれた、ミツキという女性ははたして幸せになれるのだろうか…

ううん。そんなに悪くないのだけれど、どこか夢中にさせてくれない感じが残る。あっと言う間に読み終わってしまったけれど。

星新一とか筒井康隆の短編ぽいネタだし、短編で短くオチまで持って来てくれるか、あるいは連作短編集にしてもっともっと深く掘り下げて欲しかった。国家プロジェクトの是非についてはもうちょっと読みたかった。為政者の側からは描いてなかったのは狙いだったのかも知れないんだけれど。

ただ、好悪の分かれそうなラストは、割と好きだ。

アカガミ

今日の一曲

アカ。Taylor Swiftで"Red"



では、また。
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『本日は、お日柄もよく』原田マハ

2016-05-18 | books
お気楽なOL生活をしていた二ノ宮こと葉。幼馴染でもあり、片思いの人でもある、今川厚志の結婚式に出席していた。スピーチがあまりにもつまらないと思っていたところへ、目が覚めるような素晴らしいスピーチに出会った。それは伝説のスピーチライター、久遠久美によるものだった。厚志の亡くなった父親は野党の幹事長を務めていたが、彼のスピーチを担当していたのが久美だった。知り合いになれた久美に、結婚式のスピーチを依頼すると、そうこうしているうちにこと葉は久美に弟子入りするようになった。奥の深いスピーチの世界に魅せられていく。そして、選挙にもかかわるようになった…

書店の平台に積んであるのを見て、新刊かと思ったら、2010年に出たものだった。

私自身がスピーチに興味があることを差し引いても、すごくよい小説だった。久美の言うことや、ライバルのスピーチライターの言動、こと葉の変わりよう。すべていい。

後半、政治が絡んでくると、真面目になり過ぎてしまう気がしなくもないけれど、まあそれもまた良し、ってことで。

本日は、お日柄もよく (徳間文庫)

今日の一曲

原田マハ。ということで、原田真二で「キャンディ」



では、また。
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『ツバキ文具店』小川糸

2016-05-16 | books
鎌倉のちょっと小高い山の上にあるツバキ文具店。一人で営んでいるのは雨宮鳩子。先代(祖母)が亡くなった後、あとを継いでいる。しかし表向きは文具店と言いながらも、代書屋も営んでいる。人に代わって文字を書くのが仕事で、賞状や履歴書、そして手紙も代わりに書く。祖母の教えは厳しく、文字だけじゃなく、生活態度まで指導された。そんな鳩子(ポッポちゃん)のところに持ち込まれる、難題の数々。代わりに手紙を書いてくれという依頼。そして鳩子の周囲の人たちとの触れ合い。お隣のバーバラ婦人、気難しそうな男爵、学校の先生をしているナイスボディのパンティー、小さな女の子のQPちゃんたちに癒されている鳩子の生活とは…

パンティーという言葉。いやいやいや。口に出すのは数十年ぶり、パソコンで入力するのはたぶん初めて。これがあだ名になるというこのセンス。好きだ。

物語は比較的淡々としているけれど、依頼を受けて彼女がどういう手紙を書くか。なんと手書きの手紙が紹介されるのだ。毎回。その文字を見るのがすごく楽しみ。味わいがあるし、各回ごとに全く違う人の字のように見えるのもスゴイ。(代書屋と言えば、鮫洲など免許の更新に行くと周辺にたくさん代書屋があった。あれはなんだったろう。そう言えば桂枝雀の落語に「代書」という話があったっけ。あれを聞けば思い出せるかな。ここにテキストがあった)

それから、鎌倉のグルメガイドとしても読める。冒頭に地図がついていて、中でたくさん店が紹介されている。山形料理の店とかカレー屋とか行ってみたい店がいくつかできた。

結局ラストも含め、とってもいい話だった。

ツバキ文具店

今日の一曲

代書屋が書くのは手紙。Joe Cockerで、"The Letter"



では、また。
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店名にツッコんでください129

2016-05-14 | laugh or let me die
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『偽りの楽園』トマス・ロブ・スミス

2016-05-12 | books
ロンドンで男性と暮らす主人公(男性)は定職らしい定職がない。ロンドンの農地を売ってスェーデンに暮らす父親から連絡があった。母親がおかしくなってしまったと。精神病院に入れたこともあるのだが、行方が分からなくなってしまった、息子のいるロンドンに戻ってくるかもしれないとのこと。また母親からも連絡があり、父親(彼女の夫)の言うことは全てでたらめで信じてはいけないと言う。どちらを信じればよいのだろう。そしてロンドンに戻ってきた母親の話を聞くことにした。向こうでは大変な思いをした彼女。近所の金持ちに嫌がらせをされていた…

うむ。うーむ。なかなか良かった。

上質の心理サスペンス。ものすごく読みやすい。翻訳小説は登場人物が多すぎて訳が分からなくなることがあるけれど、今回はそんなことはなかった。追い詰められていく母親の描写、母親を信じることなく、近所の金持ちに取り込まれていく父親。巧い。

そしてそしてどんでん返し。思いっきりどんでん返された。気持ちのいいくらい返された。快感。

偽りの楽園(上) (新潮文庫)偽りの楽園(下) (新潮文庫)

今日の一曲

本の原題はThe Farm、ということでBob Dylanで"Maggie's Farm"



では、また。
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『増補 オオカミ少女はいなかった スキャンダラスな心理学』鈴木光太郎

2016-05-10 | books
ウサン臭いところのある心理学的な神話を、新潟大学の先生が斬る。

1920年、インドで発見された二人の少女。オオカミに育てられたので、四つん這いで歩き、食べ物は手づかみで食べた。アマラとカマラと名付けられた。という話。どこかで聞いたことがあるはず。しかしよく考えてみれば、オオカミの乳で人間が育つはずがない。撮影された写真を見ると、不審なところだらけ…

1956年、ニュージャージー州の映画館。上映中に「ボップコーンを食べろ」とか「コカ・コーラを飲め」というメッセージを1/3000秒画面に映し出した。これを5秒ごと繰り返し、6週間続けた。するとポップコーンの売り上げは57.5%、コカ・コーラは18.1%増えた。いわゆる「サブリミナル効果」というやつだ。なぜこうなったかと言うと、挿入されている時間が短すぎるので、観客は意識しない。しかし無意識では気づいているからなのだ。この実験結果が発表されるとアメリカでは大騒ぎになる。議会が取り上げ、ラジオ局、テレビ局はこういうサブリミナル刺激を含んだ放送を禁止するという自主規制を始めた。ゆえに、その後、比較できるような実験がなかったのだから、サブリミナル効果なるものがあるのかきちんと証明できていない。しかし本当にそんな効果はあるのだろうか…

映画は1秒間に24コマしかないのだから、1/3000秒画像を挿入することはできないはず。それにそんな短い時間で「ポップコーンを食べろ」という文字を読み取ることができるのだろうか。

というような話。すごーく面白い。

基本的には、捏造された話を詳しく解き明かす形式。作家の三浦しをん氏がどこかで薦めていたので、興味を持っていたのをすっかり忘れていて、今頃読んだ。

増補 オオカミ少女はいなかった: スキャンダラスな心理学 (ちくま文庫)

今日の一曲

嘘の歌。Amy Winehouseで"You Know I'm No Good"



では、また。
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一般人インタビュー『あなたを選んでくれるもの』ミランダ・ジュライ

2016-05-08 | books
カンヌで新人監督賞を受賞した映画「君とボクの虹色の世界」の脚本、監督、主演を担当した著者。脚本に行き詰ってしまった。そこで思いついたのは、週に一度配達されるペニーセイバーというフリーペイパー。ここで何かを売ろうとしている人に連絡して話を聞いてみよう。革のジャケットを売る性転換中の男性(女性?)とか仮釈放中の人とか…

市井の人のインタビュー。これがなかなか。

世の中にはこんな人がいるのか。すると自分の近くのつまらなそうな人も、よく話を聞いてみれば、色々なユニークなエピソードを掘り出せるのかも知れない。

あなたを選んでくれるもの (新潮クレスト・ブックス)

今日の一曲

著者はミランダ。Miranda Lambertで"Little Red Wagon"



では、また。
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『和菓子のアン』坂木司

2016-05-06 | books
高校を卒業するも、やりたいことが見つからない、梅本杏子、18歳。せめてバイトしながらそれを探そうと考える。彼女が選んだのはデパートの和菓子屋、みつ屋。一緒に働くのは、知識、気遣いがパーフェクトだけどちょっと変わっている店長の椿さん、職人希望でイケメンの立花さん、大学生の桜井さん。彼らに囲まれ、彼らから学びながら、日常のちょっとした謎を解く、連作短編集。

以前に「ランチのアッコちゃん」を読んで、面白かったという話をしたら、「だったらこっちも楽しめるよ」と友人に言われ、読んでみた。

いわゆる、コージー・ミステリーはほとんど読んだことがないのだけれど(中高生の頃は読んだような気がする)、これはなかなか良かった。

自分が太っているという強いコンプレックスを持っていて、「杏子」→「アンコ」→「アン」というあだ名をつけられてしまう杏子がいい。人柄が伝わってくる。

デパートの裏側、和菓子の蘊蓄なども楽しく読ませてもらった。


和菓子のアン (光文社文庫)

今日の一曲

アンと言えば、アン・ルイスで「あゝ、無情」



では、また。
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2016-05-04 | laugh or let me die
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『骨風』篠原勝之

2016-05-02 | books
昔よくテレビで見かけたクマさんこと、篠原勝之。彼の生い立ち、暴力をふるう父親との関係、家出、貧しい東京での暮らし、結婚、離婚、スキンヘッドにしたいきさつ、その後の鉄を使ったアート… 半生を描く短編集。

オレとGARA(飼い猫)の身体以外はすべて借り物だったが、イヤ、それすらもこの世の借り物みたいな気もしていた。

人が死ぬことは 清掃事業だから 喜んでいいことだ

人生そのものがドラマティックなだけじゃなく、文体からにじみ出る飄々としたクマさんの人柄がいい。

金銭的には恵まれているとは言い難いけれど、しかしどこか、彼のような人格、そして生活にあこがれている自分に気づいた。

骨風

今日の一曲

骨風。風… Santanaで"Singing Winds, Crying Beasts"



では、また。
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