頭の中は魑魅魍魎

いつの間にやらブックレビューばかり

『イラスト西洋哲学史』小坂修平

2013-03-31 | books
哲学の歴史から西洋だけ、哲学者の思考から核心だけを抽出し、分かりやすい文章+イラストで説明する本。

アロットオブ哲学本は読んでも何も分からないまま終わる。しかし分かり易すぎる本も結局何も分からないまま終わる。

この本はその中間にうまく位置していて、分かりにくくなく、分かり易すぎず、絶妙なポジション取りだ。

下巻、第5章「デカルトと明晰な精神」が特に好きだ。

デカルトは人がなぜ先入観にみちているか、という理由を次のようにのべている。
幼い時には、精神は身体のなかに溶け込んでいるので、多くのものを明晰には知覚しただろうが、何ひとつ判明には知覚しなかった。それにもかかわらず、多くのことがらにて判断を下したので、そのため私たちは先入観をたくさんとり入れてしまい、後年になってもその多くから脱却できないのである。(『哲学の原理』)(下巻45頁より引用)


追いかけようとすると逃げるのに、逃げようとすると追いかけてくる。哲学とは、そんなネコ科の女の子のようだ。今後も絶妙な距離をとりつつ、お付き合いしていきたいものだ。

では、また。

「イラスト西洋哲学史」(上下)著:小坂修平 画:ひさうちみちお 宝島社 2008年(1984年JICC出版)


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『桜ほうさら』宮部みゆき

2013-03-30 | books
江戸深川で写本を仕事とする古橋笙之介はいわゆる草食系男子。剣は苦手で学問は好き。実は上総国で父が賄賂を受け取って切腹していた。実は母は笙之介に裏の仕事をさせるために江戸に送っていたのだ。それは兄の出世に関わること。第一話富勘長屋では、笙之介の背景説明、第二話三八野愛郷録では暗号、第三話拐かしでは16歳女性の誘拐事件、第四話桜ほうさらでは、笙之介の父親の事件。顔の半分を痣に覆われている和香はかわいらしく真っ直ぐ、船宿のおかみ梨枝は色っぽく、長屋のお秀さんのふくらはぎは美しい。魅力的なキャラに囲まれ、謎は解けるか…

うーむ。やっぱり宮部みゆきはシングルモルトのウイスキーだ。めったに飲めないけれど、飲めば世界がちと変わる。

人にやさしい宮部ワールドは変わらない。どうして江戸に時代設定された小説にはあたたかいものが多いのだろうか。宮部ワールドは基本的に人に優しい光線が出ているけれど、特に江戸ものでは加速しているように思う。

私の知り合いに宮部初期傑作の「火車」を貸したことがあった。感想は「時代設定が古くて楽しめなかった」という想像だにしないものだった。(だったら、カラマーゾフの兄弟は古文書になってまうやんけ!源氏物語は火星人が書いたっちゅうことになるんか!って内心思いつつ何も言わなかった)そんな知り合いでも「ぼんくら」は楽しめたそうだから、宮部江戸ワールドはいかにみんなにウケルものであるか分かる。

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万人ウケすれがいいってものではないだろうが、宮部みゆきはその例外だろう。現代に生み出されているエンターテイメント作品、映画、ドラマ、小説の中で100年後にも鑑賞されているものは1パーセントにも満たないだろう。その1パーセントに入るのが彼女の作品だと思う。

あー自分もこんな風に暮らしたいなーとか、自分もこんな人に出会いたいなーとか、希望(私が言うとこの言葉似合わない。たぶんこのブログで初めて使う)を心という器に満たしてくれる。それがテクニックばかり先行する凡百の作家とは違う。

読むと、心が清くなれる不思議な薬。副作用にない薬を作り続ける、宮部製薬だ。

「桜ほうさら」宮部みゆき PHP2013年(初出文蔵2009年3月号~2012年10月号)

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『貴婦人Aの蘇生』小川洋子

2013-03-29 | books
変わり者だった伯父は会社を興して成功し、51歳の時にロシア料理店でウエイトレスをしてた69歳の女性と結婚した。亡命ロシア人だと言う彼女の名前はユーリ。10年の結婚生活の後、伯父は亡くなる。私の父も死に、金銭的に困ったのでユーリ伯母さんと一緒に暮し面倒をみることになった。伯父は膨大な動物の剥製のコレクションを遺し、ユーリ伯母さんは毎日剥製にAの文字を刺繍している。なぜAなのか。私の恋人はニコ。大学で知り合った。彼は強迫神経症を患っている。ある日、剥製のコレクションに興味を持つ者がやって来た。すると、ユーリ伯母さんは、実はロシア革命の時に処刑されたニコライ2世の娘、アナスタシアかも知れないということが…

久しぶりの小川洋子ワールド。堪能させてもらった。

読むのに時間がかかったのは、時代背景や地域設定など具体的な想像をなるべく排除させるような描写をしているからかも知れない。

純文学のようなファンタジーのような。作品そのものが色を決めるのではなく、読む者自身の個性が色を決めるのかも知れない。

アナスタシアの名前を見て、逢坂剛の「クリヴィツキー症候群」の事を思い出した。逢坂は、「カディスの赤い星」などのスペイン内戦もの、私立探偵岡坂神策の現代史シリーズ、強烈な犯罪者の百舌シリーズ、警察もの、脳に関するミステリなど作風が幅広い。時代物以外はほとんど読んでいるけれど、どれも甲乙つけがたいほど面白い。

クリヴィツキーは岡坂シリーズの短編で、大学教授がソ連大使館員殺害容疑で逮捕される。すると、自分はロシア赤軍のスパイ、クリヴィツキー将軍の生まれ変わりだと主張する…という話。

ユーリは自分からアナスタシアだと主張するわけではないから主旨は若干ずれるけれど、どちらも面白い。

近現代史は歴史ではない、歴史は遠い昔の事を学ぶことに意義があるのだと昔誰かに言われたが、割と最近(と言っても100年前)に起こった出来事の方が我々に与えた影響は大きいはずで、そっちを学ぶ事にも意義があるように思わなくもない。近現代史はつまらない、という意見もたまに聞くけれど、(古代や中世がつまらないというわけではなく)近現代史も面白いよー、と小さな声で言っておく。

では、また。

「貴婦人Aの蘇生」小川洋子 朝日新聞社 2002年(初出小説トリッパー1999年夏季号~2011年夏季号)

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『ワン・モア』桜木紫乃

2013-03-27 | books
連作短編集。腕はいいが愛想のない女医柿崎美和は離島に飛ばされる。しかし高校時代の友人、滝沢鈴音ががんを患い、鈴音に経営する医院の継いで欲しいと頼まれ市内に戻って来る。鈴音と別れた夫の話、医院の書店の店長と彼が憧れていたのに辞めてしまったバイトの女の子が暴力を振るわれて彼を頼って来る話、鈴音が市民病院から連れてきた誰からも慕われる、そして独身の看護師の話…

この相変わらずのセンスのないタイトル。嗚呼。久しぶりの桜木作品。溶けてしまいそうだった。いや溶けてしまった。

各短編ごとにきちんと成立しているのに、全体として非常によくまとまっている。

何よりも彼女の作品で際立っているのは人物の内面描写。今回も期待を裏切らない。

49歳独身の看護師、寿美子は、市民病院時代に患者からプロポーズされる。「もし5年間生存出来たら」と。入院患者が一時的にそういう気分になっていまうのには慣れたはずなのに、気がつけば5年が経過していた。彼から連絡が来るのだろうか、そう思っていたところにやって来たのは彼からの手紙…うう。これ以上は書けない。

真犯人はXではなくてYだった!というようなミステリ的などんでん返しがある訳じゃないのに、以降の展開には思わず、うまいとつぶやいてしまった。この中年独身女の悲哀が描かれる「ラッキーカラー」という短篇が一番のお気に入りだ。

もうそろそろ直木賞をとってもおかしくないし、大ベストセラーが出てもおかしくないと思う。賞をとってもちやほやされるようになっても、きっと自分の執筆ペースを崩さないで書き続けてくれるような気がしている。(勝手に意味のない想像をするところなんて、まるで恋のようだ)

では、また。

「ワン・モア」桜木紫乃 角川書店 2011年(初出野生時代2010年9月号~2011年5月号、書き下ろし)


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『悩む力』姜尚中

2013-03-26 | books
新書はほとんど読まない。こういう本も基本的に読まない。のが、最近気分が変わっているので、その隙に読んでみた。(単に易きに流れているだけなのだろうか)

マックス・ウェーバーと夏目漱石の著作から現代を生き抜く知恵を探ろうというもの。

第一章では「私」について考える。

肥大していく自我を止めたいとき、どうしたらいいのでしょうか。そのことを考えるとき、私がいつも思い出すのは、精神病理学者で哲学者のカール・ヤスパースが言ったことです。ヤスパースはウェーバーに私淑していました。その彼がこう言ったのです。「自分の城」を築こうとする者は必ず破滅すると - と。(37頁より引用)


自分の城か。なるほど。ウェーバーによると、

「こうした文化発展の最後に現れる『末人たち』にとっては、次の言葉が真理になるのではなかろうか。『精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のものは、人間性のかつて達したことのない段階にまですでに登りつめた、と自惚れるだろう』」(56頁より引用)


ミーも末人、ユーも末人。兎角この世は末人ばかり。

第二章は金について、第三章は情報化社会について。情報と知性は違うと論じる。ウェーバーが予想していた「唯脳論的世界」は、情報に溢れ、パソコンによって物理的距離がなくなり、24時間買い物が出来て昼夜の区別がなくなり、死の意味さえなくなっている現代にある言い、では、何を知るべきなのか考えさせてくれる。

第四章は青春について。青春とは生々しい関係性を求めるものなのに、それを避けようとする人が多すぎる=人間関係のインポテンツ(うまいっ!)とする。

第五章は信じること。近代以前は共同体が何を信じるべきか教えてくれたのに、近代以降は「個人」に全ての判断が委ねられてしまったがゆえに、苦悩がもたらされた(確かに)

第六章は働くこと。社会は見知らぬ者たちの集合体であって、そこで生きるためには他者に認められる必要がある。そのためにすること=働くこと(なるほど)

第七章は愛、第八章は死について論じている。

この手の本には、著者の人柄と内容の関連性を意識せざるを得ないという側面があると思う。基本的には、作品と作家は無関係であるべきで、どんなに下劣な人であっても、その作品まで下劣であるとは限らない、と考えるべきだ。しかし、生き方や考え方について論じる本には、著者の人間性が透けて見えるので、「おまえどのつらさげてゆってんねん」というツッコミが容易に入れられるような本はいかんだろう。本書は、著者の人格がいい意味で反映されていると思った。

では、また。

「悩む力」姜尚中 集英社新書 2008年

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『ザ・万字固め』万城目学

2013-03-25 | books
「ザ・万字固め」万城目学 ミシマ社 2013年

あちこちで書いたエッセイをまとめたもの。小説のファンでない人は決して手に取らない、ファンならこれも読みたいというタイプの本。「ザ・万歩計「ザ・万遊記」に続く。私は小説の大ファンなので読む。

台湾でのサイン会の話、東京電力の株を2010年末に1千万近く投じて購入して大損し株主総会に出席する話やギリシア旅行の話が特に印象に残った。

では、また。

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『ブラックボックス』篠田節子

2013-03-24 | books
農協を通さずカット工場や大型レストランチェーンに、契約通りの野菜を、契約書通りの品質で、定められた量を、定められた時期に納品するという、高付加価値農業。ガラス会社の系列農業メーカー、後藤アグリカルチャー社が作り上げたシステムと製品がそれを可能にしている。主人公の一人は三浦剛。ひとりで高付加価値農業を営んでいる。後藤アグリは農業の合理化をさらに進めており、野菜に必要な光線のみを当てて短時間で栽培するシステムに三浦に投資させようとしている。かかる費用は5千万。

もう一人の主人公は栄美。投資顧問会社の広報としてメディアに露出していたが、社長の逮捕以来今度はバッシングを受けるようになってしまった。金もなくなりひきこもっていたところに見つけたサラダ工場の求人。仕事は夜だけだから他人と言葉を交わす必要がなくてよい。勤務を始めて分かったのは、労働条件の過酷さ。そして大手コーヒーチェーンのサラダカップを作っている現場での、野菜の過剰な殺菌の仕方。この二つが絡み合っていくと…

うーむ。久しぶりの篠田節子。かつてはすごく好きだった作家なのに、最近全く読まなくなってしまっていた。

本作は誰が読んでも間違いなく堪能できるタイプの大型サスペンス。ズバリ、現代農業を斬り、食の安全を斬る。篠田らしく、かなり詳しい描写で我々に恐怖を与えてくれるし、ぐいぐいと先に読ませる。

ところで、スーパーでは形の揃った野菜しか売っていない。虫が食った痕のある野菜も売っていない。いつからそうなったのだろうか。

消費者が気にし始めるよりも、売る側が先に「形が揃ってないと売れない」と強迫観念を抱き、そうしているうちに、消費者もそれに慣れてしまって、いつの間にか「形が揃ってないと異常だ」と思うようになってしまったのではないかと、想像する。

視聴者は「分かりやすいものを求めている」と考えて、分かりやすいものばかり作り続けているうちに、分かりやすすぎて深みのない番組ばかりになって視聴者にそっぽを向かれているテレビのことを思い出す。

テレビは他のゲームやネットのような代替物に取って代わられてしまった。農産物の場合、他の代替物がないから、そのまま買い続けられ、売られ続けているけれど、根底にある意識はテレビと農業に共通するものがあるんじゃないんだろうか。

では、また。

「ブラックボックス」篠田節子 朝日新聞出版 2013年(初出週刊朝日2010年1月1-8日号~2011年1月28日号)

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店名にツッコんでください63

2013-03-23 | laugh or let me die
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『想像ラジオ』いとうせいこう

2013-03-22 | books
「想像ラジオ」いとうせいこう 河出書房新社 2013年(初出文藝2013年春号)

震災の後、自分の耳に流れる実在しないラジオ。DJアークによる想像ラジオの放送を小説タッチで描く。

いきなり、実在しないラジオなのだから、いったいこれは何なんだろうか、と不思議に思う。その謎はちゃんと解かれる。最初の違和感も読んでいる内に慣れる。

何より、このフィクショナルなラジオというアイデアが素敵だ。震災の被害にあった人に対するある種の癒しとしての役目を帯びた小説でもある。

テレビで「オンリョウ」と表示されているのを「怨霊」だと思って、ゼロにしていたという話はうまいなーと思った。

同じ枠組みで、他の人物による想像ラジオをもっとミステリタッチにして続編を作るとさらに面白くなるような気がするのだが、純文学ではなくなってしまうからダメか。

では、また。

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『エレクトラ 中上健次の生涯』高山文彦

2013-03-21 | books
「エレクトラ 中上健次の生涯」高山文彦 文藝春秋社 2010年

1992年に46歳で亡くなった、作家の人生を描くルポルタージュ。web本の雑誌で、作家桜木紫乃が影響を受けた本としてあげていた。

中上健次は、被差別部落出身という生い立ちを必ずしも自分を鼓舞する動機とは出来ず、自堕落な生活を送る。極端な貧困が彼を形成したのだと思っていたので意外だった。母が再婚した男性が裕福だったからかも知れないし、性格のせいなのかも知れない。この貧乏をプラスのエネルギーに変え切れなかったのは私のことでもあるので、変なシンパシーを感じる。

エネルギーとなったのは、自らのコンプレックス、兄の自殺、彷徨っていた浪人生時代なのかも知れない。

また、他の作家や編集者に暴力をふるったりする無頼派というイメージがあったが、むしろ、文庫巻末解説で勝目梓が

当時の中上は、十四歳年長の私の眼には、<パッシング>どころか、親の仕送りに頼ってジャズ喫茶にいりびたり、薬物に刺激を求めるなどしてのうのうと日を送っている、甘ったれで頭でっかちの、ただの文学青年にしか見えませんでした。けれども彼はたちまちのうちに、油断のならない異様な文学熱を放射しはじめて、雑誌仲間の間で存在感を発揮してきたのです。(457頁より引用)


と書いているように、中上がどう変身してゆくのか、作品を生み出す過程を通して読んでいくと、やめられないとまらない、極上の本だった。

本書を読んだからといって、中上健次の小説を必ずしも読もうという気にはならない。作品が面白いということと、その人が面白いということは全く別のことだからだ。(その人が好きだという事と、その人の作る料理が好きなのは違うし、最低の人間が最高の音楽を作るということもある)

文体がやや苦手なので手を出したことはなかったけだ、まあ、でも読もうかとは思い「岬」と「枯木灘」は買った。いつ読むか不明。その前に大江健三郎を読むべきかと思うけれど、彼の作品も苦手。喰わず嫌いというより、噛んでみたけど飲み込めずだ。飲み込んではみたけれど、消化されずだ。ある種の消化酵素が私には欠けているのか。

では、また。


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『欠落』今野敏

2013-03-20 | books
「欠落」今野敏 講談社 2013年

「同期」の続編。と言ってもちっとも覚えていないけれど。

警視庁刑事部捜査一課の宇田川は狛江市の多摩川で発見された女子の遺体の件を担当する。頸部に索状痕があったので他殺と断定された。宇田川は同種の殺人事件が井の頭公園と沖縄で起きていることに注目する。捜査本部は連続殺人事件として大々的にとりあげようとするが、すぐに撤回してしまった。何かおかしい。

同期の大石陽子が警視庁のSITに異動になった。すぐに上野毛の立てこもり事件が発生し、大石は人質の代わりの人質になる。しかし警察の不手際で容疑者は大石を連れて逃亡してしまい、発見することができない。何かがおかしい。

同じく同期で公安にいた蘇我は懲戒免職になっていた。しかし本当は公安の潜入捜査をやっているという噂もある。この三件が絡んでゆくと…

宇田川は事件の捜査で忙しいはずなのに、大石のことが気になって仕方がないのが不自然であるという難点がある。でもラストにかけての事件の収め方は見事。まさか容疑者は…だったとは。

読みやすく、後に何も残らない。エンターテイメント本なんてそれでよいのだろう。後に残るものばかり読んでいるとたまにはそうでないものも読みたくなるし、軽いものばかり読んでいると、重たいものを読みたくなる。

つまりいついかなる時でも同じ状態でその本を楽しむということは私には、難しい。

では、また。

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『夢を売る男』百田尚樹

2013-03-19 | books
「夢を売る男」百田尚樹 太田出版 2013年

丸栄出版が新人賞や他の賞を創って、そこへ応募してきたカモから出版費用を大きく上回る金を出させて本を出す、という自費出版でもなく詐欺とも言えないアコギなビジネスで儲けている。その中心にいるのは編集部長の牛河原。彼の敏腕ぶりを描く連作短編集…

出版の裏側を描くブラックコメディと言えば、東野圭吾の「黒笑小説」や「歪笑小説」はすごく面白かった。

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また全然違う角度から描いていて、牛河原の台詞のあちこちで頷いてしまう。

基本的には、出版不況・小説家はアホだ・小説を書いて出版しようとする者はもっとアホだ・売れない小説家は手におえない、というような事がベースになっている。小説を好んで読んでいる自分はいかに絶滅危惧種なんだろうかとも思うし、また私自身が「俺は本を読んでいるからエライ」というしょうもない自意識を持っている事をあらためて再確認した。(他の人よりエライという気持ちが外に出てしまうと、いやーな感じの奴になってしまいますわな)

牛河原の口八丁手八丁のお手並みを読むだけで爽快な気分を味わえるし、特に本好き(特に小説家になりたい人)には、色々考えさせるヒントが詰まっている。

では、また。


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『異国トーキョー漂流記』高野秀行

2013-03-18 | books
「異国トーキョー漂流記」高野秀行 集英社 2005年

日本にやって来た様々な外国人とのふれ合いと高野自身の人生、生活を描くノンフィクション。

日本にブトーを学びに来たフランス人(暗黒舞踏を学びに日本に来る…)、コンゴのリンガラ語を教えてもらうために紹介してもらったコンゴ人、アマゾンに行くのでスペイン語を教えてくれたスペイン人、ウエキという名のペルー人、大連で中国語を教えてくれた先生の息子、仕事のないイラク人、盲目で日本のプロ野球の大ファンのスーダン人。

単に外国から見た変な日本とかあるいは変なガイジンを紹介する本、というわけではない。ホロッとしたり、ドキッとしたりしながら、高野の人柄と狭くて広い世界のことを考えさせてくれる本。

彼の語学の学び方は、教えてくれる先生を見つけてマンツーマンで教えてもらうというもの。英語は苦手だそうだが、フランス語、中国語、リンガラ語、アラビア語等数多くの言語を駆使できるのはすごい。語学の学校に行くよりも効果的なのか、あるいは彼にはこのやり方が向いているのか。

また、いい話だなーと思ったのは、コンゴ人の結婚式での高野のスピーチ。考えさせられたのは、盲目なのにもかかわらず広島カープのファンであるスーダン人の話。野球を一度も「見た」ことがないのに野球ファンとはどういうことだ?と思うのだが、

よくよく考えれば、昔の日本人はみなそうだった。ラジオにはりつき、川上哲治や双葉山に熱狂していた私たちの先達は、彼らの打撃や相撲などほとんど見たこともなかったはずである。
人間は言葉と想像力で「見る」ことができる。そうでなければ、誰も十九世紀ロシアの小説なんか読まない。いや、私が今書いている文章だって読まない。なんでこんな当たり前のことに気づかなかったのか。
マフディはロッテの小林雅や元広島のソリアーノの情報だけでなく、私がいかにマヌケな人間であるか教えてくれる。(234頁より引用)


うーむ。「見える」人間には見える世界しか見えていない。うーむ。うーむ。私もマヌケだった。

では、また。

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『透光の樹』高樹のぶ子

2013-03-17 | books
「透光の樹」高樹のぶ子 文藝春秋社 1999年(初出文藝界1998年6月号~1999年5月号)

加賀の鶴来町。25年前に刀工の取材に来たときはテレビ番組制作会社のアシスタントだった今井郷は今は48歳、社長をしている。当時高校生だった刀工の娘、千桐は離婚して、父親の介護をしていた。25年ぶりに出会った瞬間に恋に落ちた二人は…

基本的に性愛を描いていて、ストーリーそのものには意外なことは新奇なことはない。

しかしところどころで、ドキッとするような表現やほーと思う表現がある。

「こっちに帰ってすぐに電話しようと思ったんですが、仕事が忙しくて」
嘘ではないが、男はよくこういう見栄をはる。(50頁より引用)


清濁優劣の置き方が、単純な思考から生まれる幻だとは、本人はまだ充分には気がついていない。ある良きものを守るために良からぬものも身内に許す、という条件のもとで生きているうち、ある良きものが本当に自分の中に存在しているのかどうか、確かめるのを忘れてしまう、ということもある。(113頁より引用)


女は、ほとんど本能的に、手持ちの情報の中から、自分に都合のいいものだけを択んで口にする。男は与えられた情報から幻を描き出し、その幻に押し潰されないために、ひそかに身構える。(130頁より引用)


東京では桜の花が咲き始めたとか。花粉症に悩まされる日々ももう少しで終わり、だといいが。

では、また。


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『こうふく みどりの』『こうふく あかの』西加奈子

2013-03-16 | books
「こうふく みどりの」「こうふく あかの」西加奈子 小学館 2008年

サラリーマン39歳課長。美人にもかかわらず面白くない妻。そんな彼女が妊娠した。3年はやってないのに…という話の「あかの」と、ばあちゃん、お母さん、夫から逃げた子連れの藍ちゃん、猫のカミさんとホトケさんと犬のポックリさんと暮らす緑の描く平凡で非凡な日常は「みどりの」

なんとも西らしい作品。おっちゃんがなぜ緑に競馬の予想の数字を尋ねるかと言えば、緑が赤ちゃんだった頃、タイガーマスクがプロレス初登場したときに「サヤマーッ!」と叫んだからだそうだ(そんなわけないやろっ!と思いきりツッコんでしまった)

あるいは、転入生の名前がコジマケン。漢字で書くと、児島犬(んなわけないやろっ!)
あるいは、

「お客さんは、もうようさん来てるやろ。お客さんがようさん来てるから、取材すんねやんか。皆が美味しいってもう分かってるもんを、わざわざテレビに映してもう一回美味しい言うことあれへんやんか。」
「せやかて……、せやかて、やっぱりテレビは、すごいやん」
藍ちゃんは、うちのことをあきれた顔で見た。
「大体な、テレビで焼いた肉映したかて、味は分からんやろ。インタビューする人がいくら言葉を尽くしたかて、美味しさが伝わるわけあれへん。」
「でも、ゼットンズは、いつも上手に、伝えはるで。面白いし。」
ゼットンズを面白いなんて思ったことあれへん。でも、うちはなんや悔しくて、ムキになってしまった。
「そんなもんな、箸で口に入れたときに美味しい!て思う気持ちには、勝たれへんのよ。どんだけ言葉尽くしても、結局、目の前の人の、美味しいの一言には、勝たれへんの」(「こうふく みどりの」単行本66頁より引用)


あるいは、2039年の世界を描くと、

世界では、人はなかなか「死ねない」状況になっている。チャンの言う」「死にもの狂い」という言葉を、十歳の子供は知らない。「死ぬ気でやる」ということが、どれほど切羽詰ったことなのか分からないからだ。「死」は遠い世界にあり、病院の白い壁の中で、数値的に管理されるものである。(「あかの」79頁)


これこれこういう話という説明はしにくいのでサボらせて頂く。二冊は関連はなくはないけれど、どっちを先に読もうが、片方しか読まなくても構わない。やや強引なセット販売で、ジャパネットたかたの甲高い声で「今日はこれもお付けいたしますっ!」感を感じないわけでもない。むしろこの二つの話を一冊の本にしてしまった方がよかったように思う。

また猪木を中心としたプロレス愛にあふれる作品なので、ストロング小林やダイナマイト・キッドを知らないという人にとっては不可思議な話になってしまう…のか不明。

では、また。


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