頭の中は魑魅魍魎

いつの間にやらブックレビューばかり

かわいいと思う

2009-09-30 | days

「これがすごくかわいいと思う」と、

A君に言った。

Bちゃんに言った。

Cさんに言った。

D氏に言った。

みんな同じ答。

「え?」




















ミスドのライオン君と、ライオン妻

ライオンと言うより、よーーく見ると小人が変な形のフラフープを頭に巻いてる的な絵柄がかわいいと思う。

そんな私は変わっていますか?



へええ、そうですか。




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『流れよわが涙と、警官は言った』フィリップ・K・ディック

2009-09-29 | books
「流れよわが涙と、警官は言った」フィリップ・K・ディック 早川書房 1989年
Flow My Tears, The Policeman Said Philip K. Dick 1974

早川書房のキャンペーン強い物語100冊に選ばれている。私は、先日東北に行ったとき、持参した本を全て読んでしまったので、出先でこの本を買った。確か鶴岡だったか。この本を選んだちゃんとした根拠などない。

結論から申し上げると、①すごく面白かった ②村上春樹の世界観と重なるところがとても多い。

近未来のアメリカ、主人公のジェイスン・タヴァナーは突如として自分がこの世に存在していない状態になってしまう。透明人間になったわけではない。身分を証明するデータが全て消失してしまったのだ。勿論今までの知り合いたちは自分を認識してくれない。その彼が現実とどう対処していくのか、警察の本部長バックマンの視点と交互に物語が描かれていく。

SFで言うところのパラレル・ワールドとは違う。今生きているように思えるβラインとパラレルにγラインという世界が別に並行して存在しているのだ、ということをディックが言いたいのではない。今生きている現状が<現実>なのか<幻>なのかというテーマはハードSFのパラダイムで描写されるのではなく、ムラカミハルキが提示する (ファンタジー+現実)÷2=ミステリーの皮を被った純文学 というパラダイムで語られている。

フィリップ・K・ディックが只者ではないのは、1974年に書かれたこの本の中で、現在我々を取り巻くITその他の情報社会がそのまま展開されているのだ。勿論一言一句その通りではないが、1974年という文脈で捉えれば、ディックの予言が的中していると言ってよい。例えば、


「性的欲望が電子的に結合され、耐えられるだけ増幅されるの。中毒にもなるわ。電子的に強化されていくものね。なかにはのめりこみすぎて抜け出せなくなる人もいるの。そういう人たちの生活のすべては、週ごとの-それとも、まあ、毎日ってこともあるの!電話のネットワーク代の支払いを中心にして回っているのよ。クレジット・カードでかけられる普通の電話だから、やってるときはただよ。それでスポンサーが一度請求書を回すから、もし払わなかったら、その人の電話をグリッドから切ってしまうの(246頁より引用) 


グリッドとは電話回線で性行為をするようなものであるが、現代におけるチャットや出会い系、援助交際などを包括して予言しているし、電話のネットワークが支払いの中心であるとは、まるでディックに全てお見通しだったようだ。

また、一番印象的だったのは、178頁のエミリー・ファッセルマンのウサギの話。酒井法子の蒼いうさぎとは関係ないが、このウサギの話はこの小説を哲学に域にまで押し上げていると思う。

「流れよわが涙、と警官は言った」とは秀逸なタイトルである。まあ原題Flow My Tears, The Policeman Saidをただ訳しただけとも言えるのだが。鶴岡で思わず買ってしまったのはこのタイトルがもたらす<なんだか読んでみたい感>を感じたからなのだろう。読んでいるとなぜこのタイトルなのか?と疑問に思うのだが読み進めていくうちになんていいタイトルなんだろうとしみじみ思う。

タイトルが大切なのと同じで、メールアドレス、ログインID、そして子どもやペットの名前にも後で後悔しない名前をつけたいものである。ちなみに、うちのビーグルはガリレオという名前である。






流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)
友枝 康子,フィリップ・K・ディック
早川書房

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本・マンガのレビューINDEX 2
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深夜テレビつけたら

2009-09-28 | film, drama and TV


こんなんだった











地デジ10チャンネル

どうして千葉じゃないのにチバテレビが映るのだろう

不思議不思議

これじゃあ眠れないだろう、青少年たちは

これじゃあ眠れないだろう、わたしは

だって画面に写っているのはわたしだか







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『今夜、すべてのバーで』中島らも

2009-09-27 | books

「今夜、すべてのバーで」中島らも 講談社 1991年(初出小説現代1990年10~12月号)

壮絶な人生を生き逝きた中島らも。彼のアル中体験を元にした私小説的なこの作品。なんの因果か再読してみた。

アル中で緊急入院をするフリーライターのおれ。検査と医者と同室の患者たちとの日々。γGTPが1300というとてつもない数値をどうして叩き出すようになったのか過去を振り返りつつ、日本という社会、アル中という病を多方面から分析しながら、決して笑えない物語が炸裂してゆく。

いやいやいや。これはすごい。読んだ記憶がほとんどない。この本が出た当時は訳の分からない人生を送っていたからだろうか。今も訳分からないが。後に読んだ「ガダラの豚」ならよく覚えているのだがね。よく読んでみると、<おれ>とその友人天童寺は中島らもが体験したことを二人に分割しているのが分かる。だからこその壮絶なリアリティなのだ。

アル中であるということ、アル中になるということ、アル中を身内に抱えるということをこれほどシニカルにかつ説得力を持った物語は読んだことがない。アル中を、もっと広げてaddict(中毒者)全般を描いた物語の中でも最高峰にある。

addictで死んだ多くの有名人の中でエルビス・プレスリーを例にあげ、彼が「みじめな状態でいるよりは意識を失っていたほうがマシ」と言っていたのを<おれ>は、それは泣き言だと言う。それよりも同じジャンキーならウィリアム・バロウズについて



 おれは自分が中毒者であるだけに、プレスリーに同情はしない。もちろん、自分に対しても同情やあわれみを持たない。さやかがおれに言ったように、”勝手に死ねばいい”のである。
 同じジャンキーでも、湿けた甘えを自分から叩き出した人間には、さらさらした砂のような、あるいは白く輝く骨のような美しさがある。地上の肉を脱ぎ捨てた美しさ。たとえばウィリアム・バロウズがそうだ。
 バロウズは四十代までの十五年間、麻薬に浸りきった生活を送っていた。その期間に書いた名作『裸のランチ』などは、書いたことさえ覚えていないと告白している。
 彼は、ジャンキー時代に自分の妻を誤って射殺している。夫妻でラリっていて、ドラッグがもたらす万能感の中で「ウィリアム・テルごっこ」をやったのだ。妻の頭の上にリンゴをのせ、それをバロウズはライフルで射った。弾丸は妻の胸に命中した。
 バロウズは、アメリカでも屈指の名家の出身だが、そうしてドラッグに関わる中で、失うべきものは全て失った人間だといっていい。それでも彼はプレスリーのような泣き言は一度として述べていない。どうして麻薬を常用するのか、という問いに対してバロウズは「それは、麻薬以外のことに強い動機を持たないようにするためだ」
あるいは、
「朝起きて、ひげを剃り、朝食を摂るためにそれが必要だから」
あるいは、
「麻薬はひとつの生き方だからだ」
と答えている。(115頁より引用)


この後も続くバロウズの話を何とも言えない、背筋を針でギリギリと引っ掻かれるような気分で読んだ。

おれはその後政府にあり方について考えた上で、アメリカの生活保護について語り、



 アル中の要因は、あり余る「時間」だ。国の保障が行き届いてことがかえって皮肉な結果をもたらしていることになる。日本でもコンピュータの導入などによって労働時間は大きく短縮されてくる。平均寿命の延びと停年の落差も膨大な「空白の時間」を生む。
「教養」のない人間には酒を飲むことくらいしか残されていない。「教養」とは学歴のことではなく、「一人で時間をつぶせる技術」のことである(122頁より引用)



うーむ。ラストに父がアル中である家族に対する医者、ケースワーカーたちの治療、援助のケースタディが出てくる。これが実に読ませる。しかもこれが実際にあった話だと巻末に書いてあるのを読んで、叫びだしたい衝動が襲ってきた。

本当に凄い作品だった。アル中になりそうな人に、なる前に読んだ方がいいなどと、説教臭いことを言うつもりはない。ある一人の人間の半生を描く壮絶な物語として広く薦めておきたい。
 






今夜、すべてのバーで (講談社文庫)
中島 らも
講談社

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更新本、マンガのレビューINDEX 3
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ケッコンR25がいい

2009-09-26 | days

駅に置いてあったりなかったりするR25 最近はたぶんターゲットにしてなかった、女子中学生や60代の女性が持って帰る姿を見かける。意外と言えば意外。それもまた面白い。9月24日号が<ケッコンR25>でやたらとピンク色になって結婚特集号だった。全文ではないが、ネットで読めるのはここ 50歳の人が今まで一度も結婚したことがない率が15%を越えるというデータに驚いたり、なかなか面白かった。その中で<酸いも甘いもイメージしよう!来たるべき日のためのケッコン金言集>がなかなか。以下に引用する。


 「人は結局、ひとりじゃ淋しいから結婚をする。それもたぶん本能だからしかたない(みうらじゅん)」


なるほど。本能ね。恋愛も同じなのかな。人間は本能が壊れた生き物だというけれど、本能に従って生きているのが一番楽な気がするんだよね。


 「結婚生活を続けたいと思っているならば浮気をしろ(アントニオ猪木)」


独身生活を続けたいのなら、結婚しろ
貧乏生活を続けたいのなら、ギャンブルしろ
不健康生活を続けたいなら、禁煙しろ


「どのような相手と結婚しても、『それなりに幸福になれる』という高い適応能力は(中略)生き延びる上で必須の資質である(内田樹)」


うーむ。さすがウチダさん。いいことおっしゃる。広い意味での環境適応能力って、今の我々に最も必要な能力だと思うよ。うんうん。


「馬鹿な者は独身の間は結婚したときのよろこびを空想し、結婚すると独身の時のよろこびを空想する(武者小路実篤)」



さすが実篤さん。いいことおっしゃる。


「(結婚生活を長続きさせる秘訣は)俺が言う資格はないけど、何度も恋をすること。もちろん、同じ人とね。(神田うのの結婚披露宴で、石田純一)」



はっはっは。さすがジュンイチイシダ。芸能人ゴルフコンペにいないときがない男。


「結婚なんて、結局は男と女が同じ部屋に住むだけって思ってればいいの(ビートたけし)」



なるほどなるほど。兄弟も結局同じ釜の飯を食うだけってことだよね。違う?


「夫にとって、妻の上機嫌ほど慰めになるものはないのである。日常の下らない冗談は、ひとつの思想におとらず人を生かす支えになる(谷川俊太郎)」


妻にとっては、夫の上機嫌がこの上ないヒーリングにはならないのかね。よくワカランけど。



「結婚したらいろいろ分かって来ますよ。今まで謎だったことが(モーツァルト)」



え?そうなの?赤ちゃんはコウノトリが実は運んでることとか?


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スガシカオのYOKOHAMA BLITZライブ

2009-09-25 | music

前々からシカオちゃんのライブには行きたいと思っていた。人呼んで「CDはそれほど売れないのに、ライブのチケットは即完売する男」 「MCが面白くて長い」

SUGA SHIKAO FUNK FIRE'09 横浜ブリッツのチケットが取れた。

そうそう。もちろん全員プリッツをくわえて踊らなければならない。




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ステキなうちわ

2009-09-24 | days




いただいたこのうちわ。










外で使用しているとみんなの目線が釘付けだった。


だから水着を着て歩いていても、全然目立たなかった。




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『世界の終わり、ハードボイルド・ワンダーランド』村上春樹

2009-09-23 | books

「1Q84」を読んだら面白かったと言ったら頼んでもいないのにハルキストのSさんは、膨大な量の村上春樹の本をどーーんとまとめて貸してくれた。あんなにたくさん持ってくると重いだろうと思うんだけど。その中からこの「世界の尾張とハードボイルド椀だ乱打」を選んだ。

あらためてハルキムラカミの世界は変わらない。いい意味でも悪い意味(?)でも同じテイスト、同じ文体、同じ展開、同じ登場人物、同じ台詞が別作品で見られる。この独特のムラカミワールドはギラギラしたものがなく、ギラギラしていた私のハートを全くつかまなかったのが、私の油ギラギラが落ちてサラサラガビガビになって、なったがゆえに、私のハートを掴むようになってしまった。簡単に言えば歳食ったら分かるホヤの味のようなモノだ。

でもこのような作品が好きだと中学生男子が言ふようだといけないような気がする。ムラカミ作品は、全体的にリアリティに欠け、嫌な感じのする人物は出てこなくて、まるでふわふわした女の子のランジェリーのようなのだ。ふわふわした女の子のランジェリーを好きなのはいいとしても、ふわふわしていない、妙な毛が生えていたり、蚊に刺された跡が痛々しい女の子の生身がその中に存在することを忘れてはいけない。

現実から<リアル>な部分を抜いて、<ふわふわした>部分だけ楽しむわけにはいかない。アニメオタクやアキバ系の人とハルキストを一緒にしてはいけないのかもしれない。しかし私には生々しい、傷つける人間関係=肉食and/or雑食系 を避けた草食系な生き方が共通して透けて見える。

嫌な人間関係(あるいは物との関係)を避けて逃げ込む先に、一つ、ムラカミハルキの世界があるのではなかろうか。

逃げ込む人を非難する意図は毛頭ない。私自身が読みながら逃避していたのだから。エラそうに上段から言うつもりは全くないが、自己が逃避していると自覚しているのとそうでないのでは、何やらかんやらが違ってくるように思う。何が違うのかはよく分からない。大橋ジムの 田牧 Tトレーナーは、「自分がしていることが間違っているか分かっていればそれでいいのだ」と言っていたけど。

楽しめた、という結論は上で述べたことと直接は関係ない。


 「時間とは楊枝の長さのことです。中に詰められた情報量と楊枝の長さとは関係ありません。それはいくらでも長くできます。永遠に近づけることもできます。循環数字にすれば、それこそ永遠につづきます。終わらないのです。わかりますか?問題はソフトウェアにあるのです。ハードウェアには何の問題もありません」(下巻126頁より引用)



「怖れることはありません。いいですか、これは死ではないのです。永遠の生です。そしてそこであんたはあんた自身になるのだ。それに比べれば、この今の世界はみせかけのまぼろしのようなものに過ぎんです。それを忘れんで下さい」(下巻134頁より引用)




ここでも読み取れるように、1Q84のテーマの核であったIt's Only A Paper Moon的世界観=この世は現or幻 が、出現する。私自身も同じような思念に昔から囚われているので、ぴーんと来る。

まあそんな感じで、<内容に極端なまで触れないレビュー>を終わりにする。冒頭のSさんは私のやはり、内容に触れない1Q84レビューを読んで、1Q84を買ってしまったそうだから、人間とは本当によく分からない。









世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)
村上 春樹
新潮社

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世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫)
村上 春樹
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iPhoneのメール、MMSとEメールの使い分けが分からない

2009-09-22 | digital, blog & twitter

まだ買ったばかりのiPhone ドコモのナンバーポータビリティを使ったので、もうドコモは使えない。しかしアドレス変更したというメールを業務的に日常的にメールの送受信がある人にしか送っていない。ウィルコムのアドエスの方はまだ生きているのでそっちに送ってくれればいい。いやあっちのアドレスも一部の人しか教えていなかった。現代IT社会の波に全く乗れていない私であった。

ドコモは死去、アドエスも11月には解約するため、iPhone一本になる。つきましては、自分のアドレスを伝えたいのでありますが。問題はiPhoneは、Gmailやその他PCのメールを受けることも出来るのだが、それはいらないから置いておいて、携帯的に使えるものとしてMMSとEメールがある。

MMSは@softbank.ne.jp
Eメールは@i.softbank.jp
前はiPhoneは他社携帯とメールのやり取りが出来なかった(MMSがなかった)ので、iPhone用として後者のアドレスが出来たそうだ。しかし現在は他社携帯とやり取りができる(相手にPCと認識されてしまっていたのが、携帯と認識してもらえるようになったので迷惑メールとみなされなくなったようだ) ので、以前よりぐっと良くなったのだ。

で、私はいったいどちらのアドレスを知り合いに教えたら良いのだろうか?(両方のアドレス取得済)

MMSのメリット
1.相手とのメールがチャット風につながりのある一画面で表示できる。Gmailのスレッドよりさらに見やすい。
2.何か他のことをしていても、メールが来れば、<送信者><本文が5行>表示されるのでいちいち開かなくてもよい。
3.Eメールがどうも不安定。試しに何度か送ってみたところ、送信エラーが出る。すると相手に2通同じメールが届いたのが何度もあった。原因不明

Eメールのメリット
1.CC, BCCが使える(MMSでは使えない。宛先になら複数入れられるが)
2.受信時間の表示 (MMSは送信はいいが、受信の時間が表示されない?)
3.メールが来たというシンプルな表示はされる (近くに他の人がいたとして、見られたくない相手、内容のメールがMMSのように着信時表示で見られることはない)


てな感じ。ネットで調べても、MMSが出たばかりの時点での簡単な機能比較しか見つからなかった。まあどちらにしても携帯のメールなんてあまり来ないんだけど・・・


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『あるキング』伊坂幸太郎

2009-09-21 | books

「あるキング」伊坂幸太郎 徳間書店 2009年(初出、本とも2008年4月~2009年3月号に大幅書き直し)

広島カープの熱狂的なファン夫婦がいたとする。妻が夫に電話をかけてきて「巨人の帽子を買ってきて」と言う。なぜだろう?

いやいやいや。こりゃまいった。こんな風に(残念ながら我が広島カープは出てこないが)ささやかな謎と謎解きがあちこちに詰まっている。巧い。

何小説かと尋ねられたら、「一見野球小説風なんだけど・・・」と言葉が濁る。仙醍(せんだい)キングスというプロ野球チーム。一昔前だと楽天、今は横浜ベイスターズのような弱小球団。ここの熱狂的、を超えた狂信的なファン夫婦に子供が生まれる。王求(おうくと読む。横書きだと球に見えるね。小説は縦書きだからあまり感じなかったよ)と名付けられたその子はバッティングに非凡な才能を見せ・・・

言わば、<王>になるために生まれてきた彼の人生、<王>であるがゆえについて来る不思議な運命、人生哲学があるようでないようであるような伊坂幸太郎らしい、ナックルボールのような作品である。ふわふわ揺れながら予想しないところですぅっと落ちる。スポーツ小説あるいは野球小説という言葉ではくくれないし、だからと言って従来の不可思議伊坂ワールドと少し違う。どう違うか説明しないのが、ネタバレしないこととイコールな気がする。

1200円という値段と薄っぺらい本なので少し侮っていたが、本は厚さや値段ではないんだねえ。しみじみ。

伊坂イズムが感じられたし、私自身の琴線にすごく触れたのは


どうでしょうね、と山田王求は淡々と返事をする。どちらでも良かった。天気と同じだ、と思った。旅行に行く日の天候が、晴れなのか雨なのかはコントロールできない。どうにもならないことを鬱々と悩み、天気予報に一喜一憂するくらいであれば、どんな天気であっても受け入れて、雨が降れば傘を差し、晴れたら薄着をしていこう、と構えているほうがよほどいい(174頁より引用)



そうそう。王求の言うとおり。セオドア・ルーズベルトも言ってるよ。


Do what you can, with what you have, where you are. 


でしょ?





あるキング
伊坂 幸太郎
徳間書店

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「ゴールデンスランバー」レビュー
「モダンタイムス」レビュー
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網戸に蟷螂が

2009-09-20 | days

カマキリを漢字で書くと蟷螂になる。勿論書けない。

網戸を開けようとしたら、茶褐色になった蟷螂がいた。まだ生きていた。

でもそのことよりも、網戸が尋常でないほど汚染していることに驚いた。




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男女が戻ってる?

2009-09-19 | days

男性は草食化し、遺伝子はメス化し、髪型はファッションは男だか女だか分からない型が跋扈している。片や、女性はおやじギャル化(古すぎる・・・)し、吉野家で牛を食い、立ち飲み屋で大酒を飲む。

兎角、男女の差異がなくなっている。男→ ←女 状態だ。

フードコーディネーターSHIORIの作ってあげたい彼ごはんというブログに人気があると言う。彼に作ってあげるご飯のことをそう言うらしい。男に料理を作らせる女性がFemale Ver2だとすれば、この作ってあげる女性はFemale Ver3.01だろうか。乙男(オトメン)というドラマが描いているのは男っぽい女と女っぽい男なのではなく、表面的なそれを見せながら、男としての軸+女としての軸を描いているのだ(なぜ断定口調なのだろうか?)

男女は同権であるべきである。しかし男女は同質ではない。

自分にないモノを求めるのは進化の歴史を考えても正しい行為だ。自分にないモノが欲しくなるのは本能であり、本能のまま生きているとそれが一番楽なんじゃないかなと思ったりする。

別に、何かを<してくれる>女子が好きだというわけじゃないけど、同質化してしまっている男女よりも異質化した男女の方が見ていて心地良いと思う。まあ男らしさって何だ?女らしさって何なのよ?とか、男女関係なく持っている資質とか、色々あるけどね。



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映画『ハッピーフライト』

2009-09-18 | film, drama and TV

テレビ放送を録画して観た。評判が良かったと記憶しているが、これは本当に良かった。

物語はANA羽田発ホノルル行きが途中で機体故障のため引き返す、ただそれを描くだけ。それなのに見せるのは、関わる人たちを真摯に映しているから。

などということは、この映画が公開になったときに書いた方が多かろう。

1.地上職員の田畑智子 仕事は出来るものの、声がでかくて、威圧的(?)な女性に見える。映画を観た女性は「男性からするとああいうひとはあまり人気ないのだろうな」と思うと想像した(間違ってるかも知れないけど) しかし、観ながら「こういう人いいよな」と私は思ったのと、作った本人矢口史靖監督自身がこのキャラが好きだと言っていたので、女性諸君にはかのような女性を目指して欲しいものだ(俺は誰だ?)

2.天気予報のお姉さん、ではなくてオペレーションコントロールセンターで岸辺一徳の下で働く女性が良かった。調べてみたら、肘井美佳という人。blogもやってる。この人の顔やら、映画での表情、所作を観ていたら、昔好きだった人のことを思い出してしまった。

そんなわけで。

みなさん、よいシルバーウイークをお過ごし下さいませ。








ハッピーフライト スタンダードクラス・エディション [DVD]

東宝

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物語の力

2009-09-17 | days

ソフトバンクのCM 最初はそりゃねえだろ、と思った。

お父さんが犬?おじさんがイルカ?

しかし、延々と犬がお父さんとして登場しているうちに、何ら違和感を感じなくなってしまった。上戸彩の父が犬であっても、いや上戸さんのお父さんはむしろ犬でないといけないように思う。

街で白い犬を見かけると、内心「あ、お父さんだ」と思うし。

これが物語のパワーなんだと思う。あるいは連呼のパワー。ファンタジーなんて、基本的にありえない設定が延々と続くわけで、それを信じさせる(ハリー・ポッターの世界しかり、SFの世界しかり)のは作家の力なんだろう。

「君のことが好きだ。君と出会う運命にあった。君は僕と一緒で生きてゆけないんだ」

と朝から晩までずっと連呼していたら、彼女の気持ちはchangeしてしまうのかも知れない(実際某友人はその手で、彼女を付き合ってる別の男から引き剥がして、あろうことか結婚にまで到ってしまった)



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若くて美しくて太った女とは

2009-09-16 | days

「若くて美しい女が太っているというのは、何かしら奇妙なものだった」

という文を読んで、なんだかすごくピンと来た。そうそう、分かる分かる。

「ただの太った女なら、それはそれでいい。ただの太った女は空の雲のようなものだ。彼女はそこに浮かんでいるだけで、私とは何のかかわりもない。しかし若くて美しい女が太った女となると、話は変わってくる」

おおおお!すごく分かる。

どこに出現した文章かと言うと、村上春樹の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の上巻22頁。のっけからいきなりこれ。我輩はずっぽりとその世界に沈んでしまった。




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