頭の中は魑魅魍魎

いつの間にやらブックレビューばかり

『輝く日の宮』丸谷才一

2012-11-29 | books
「輝く日の宮」丸谷才一 講談社 2003年

日本文学の研究者、杉安佐子を中心に進む物語。0章では、安佐子の書いた小説で官憲に追われる極左の学生の話を。1章では安佐子の父親の誕生日に集まった家族の話。2章では安佐子による学会での発表。3章では1987年から1996年にかけての安佐子の男との出逢いを。4章ではシンポジウム「日本の幽霊」5章から7章は、源氏物語にあったかも知れない「輝く日の宮」の話。という具合に章ごとにめまぐるしく変わる不思議な小説…

途中まではよく分かったし、非常に面白かった。

幕末までは日本はきれいだったのにその後きたなくなってしまったとして、

「西洋文化のせいだな。二種類の文化をまぜるとき、美といふものを捨てて、便利のほうだけを気にした」
「文明開化、まづかったのね」
「仕方なかったんだな。何しろ急な話だから。とにかく便利なほうがいいと……人間の本性だから。冷房だつてさうさ。これで助かることは助かる。大助かりだが、風情は失せる」
「公害も」
「街の気温、ぐつとあがる。でも、まあ、仕方ない。戦争だって、もし戦争がなければ、人口があふれて収拾つかなくなる。人口政策とか、産児制限とかいふけどね。むづかしい。結局、一番ききめがあるのは戦争だつた。戦争のおかげ、疫病のおかげで、何とか持つてきた。それがつまり人間の歴史」(単行本160頁より引用)


てな感じ。

しかし、源氏物語の素養がないので、後半は十分には楽しめなかった。これは小説のせいではなく私自身の問題。

なので、長年読まないままでいた源氏物語を読もうと思う(と以前ここに書いたような気がしないでもない…)

では、また


輝く日の宮 (講談社文庫)
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『64(ロクヨン)』横山秀夫

2012-11-26 | books
「64(ロクヨン)」横山秀夫 文藝春秋社 2012年(初出別冊文藝春秋253号~263号)

D県警察、広報官で警視の三田の娘がいなくなった。妻は抑うつ状態。しかし三田の苦悩はそれだけでは終わらない。脇見運転によって女性が老人をはね重傷を負わせた事件。女性が妊娠八カ月だというので加害者にもかかわらず実名を明かさないとすると記者クラブが納得せず、これがしつこく尾を引く。そしてメインの事件は64。昭和64年に発生した「翔子ちゃん誘拐殺人事件」 被害者の子供は殺害され身代金二千万円も奪われたというD県警の誰もが忘れられない大失態。来週、警察庁長官が視察にやって来る。この事件の被害者宅を訪問して捜査員の士気を高めメディアにもアピールしようということらしい。しかし、被害者の親は長官には会わないと言うぜ?事件に付いて調べようとすると刑事たちが話せないと言う。なぜ?警務部の調査官がこの事件を調べているという。なぜ?…

いやいやいや。全てにおいて完璧なエンターテイメントだ。人物造形、台詞、複雑なプロット、リアリティ、文体。

警察の広報という仕事を通して、事件の真相に迫ると言う趣向がただ新しいだけではなく、ストーリー上の必然性まであって流れが滑らか。凡百のミステリとは違う。

刑事部対警務部の闘い、広報官の闘い、事件被害者の闘い。様々な苦闘が絡み合う。そんな物語だった。登場人物が多く、話が複雑で読み終えるのに時間がかかったが、それだけ色々なものが詰まっていた。早く読み終えてはもったいない。こんな作品はめったに書けないのではないだろうか。

では、また。


64(ロクヨン)
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読書に関するコメントレス

2012-11-22 | digital, blog & twitter
スコット・トゥローの「無罪」のレビューでパールさんという方に以下のようなコメントを頂戴した。

読書 (パール)
2012-11-20 19:48:43
>本を読むという行為も同様に、何のためにしているのか分からなくなることがあります。

小中学生の頃、これを読まなければちゃんとした大人になれない本 というのがあるのだと 一人で思い込んでいました。
子ども向けの世界文学全集に載ってる作品を一つの目安にしながら、父親の本棚にあった日本の文豪の作品などにも手を出しました…ロシア文学の大作にも…つまんない~と思いながら無理して読んだ本もいっぱい…

20才を過ぎ、世の中にこんなに本が沢山あって、自分の時間には限りがあるのだから、読みたい本だけ楽しみのために読もう と決意。今日に至っております。
でも時々、虚しくなるというか、読書スランプに陥ることもありました。
多分、楽しいだけではいけないのだと、どこかで思っているのです。

自分のことばかり すみません。
ふるさんオススメの「ものがたり宗教史」を読んだら、急に読みたくなった「時の娘」に手を出しています。
昔読んだ時の記憶より、ずっとおもしろいのはなぜでしょうか。
男女の間と同じ? 愛情と縁? タイミング?…
な~んて ごちゃごちゃ言っているより、積読山を何とかしなくては…


これに対するレスを書いていたら長くなってしまった。だいぶカットしたけれどそれでも長いので以下に。



★パールさん、

大人になってからは、つまんないのに無理して読む必要はないかと思うのですが、子供のうちは、つまんなくても無理して読まなくてはいけない本もあるように思います。(いつまでが子供かは人によるので30過ぎても子供な人もいるかとは思いますが)大人になってから身に着けるのが困難な「読む体力づくり」や、雑多なものに触れて視野を広げることなど、純粋に読んで楽しむ以外に必要なことがあるように思います。

>多分、楽しいだけではいけないのだと、どこかで思っているのです。

二つの相反する結論は同一の前提からが導きだされているのではないかと思うのですがいかがでしょうか。
【時間には限りがある】→【読書は楽しむためだけじゃないといけない】
【時間には限りがある】→【読書から何かを学ばないといけない】
普遍的な真実からもたらされるのは、どちらもやや強迫観念めいた「~でなくてはならない」というものであることは興味深いです。(私も同様の感覚を持ちます。)ためにならないといけないと思ったり、楽しむためだけにしたいと揺れるのは極めて健全なことと言えるのかも知れません。あるいは、全ての読書(あるいは他の全ての行為)は純粋に100パーセント楽しむだけということはなく、また学ぶためだけということもないのではないでしょうか。目的は楽しむだけあるいは学ぶだけだとしても、結果として学んでしまったり、楽しんでしまったりということはあるように思います。当初の目的ばかりに目を向けず、結果も見ると、自らの行為に対する評価も変わってくるように思うのですがいかがでしょうか。

>昔読んだ時の記憶より、ずっとおもしろいのはなぜでしょうか。

私は昔読んだ時よりもずっとつまらなくなっている本とずっと面白くなっている本が混在しています。前者にはミステリ系が多く、後者は純文学や社会科学系が多いでしょうか。

>男女の間と同じ? 愛情と縁? タイミング?…

そのような要素もあるやに思います。自らの成長や体験もあるやに思います。よく男女の仲はタイミングだと言いますが、そしてタイミングを否定するわけではありませんが、タイミングと無関係にこいつは絶対嫌だというタイプもあり、そしてどんなタイミングでもこいつのことは好きになるというタイプもいるようにも思います。本も人間も同様に(自分にとって)普遍的な美を感じる対象も普遍的に醜悪を感じる対象も存在して、それは後天的な努力や経験では変えることができないのだろうと想像致します。

時間がないため長文にて失礼致します。
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『日本近代史』坂野潤治

2012-11-20 | books
「日本近代史」坂野潤治 ちくま書房 2012年

1850年公武合体から1940年大政翼賛会までの日本近代を6つの時期に分け、

公武合体=改革期 → 尊王討幕=革命期 → 殖産興業=建設期 → 明治立憲制=運用期 → 大正デモクラシー=再編期 → 昭和ファシズム=危機期

詳しい資料を引用しながら振り返るという本。

さあっと一回読んで概略をつかんでから、もう一度熟読してみた。なかなか面白かった。

第1章から2章では西郷隆盛を大きく取り上げて、島津久光とは違う「合従連衡」というレベルの高いものだと論じたり(坂本竜馬や高杉晋作はほとんど登場しない)、廃藩置県は中央政府に金がないから行われたことだとする。板垣退助の民撰議院設立の建白書には、税金を払う者のみが有権者(=地主=農民)だとあったので、後に農民のご機嫌をとるか否かに政権運営がかかってきたりだとか、地租は固定だったので、インフレ策=米価高=農民有利=政府不利だという話(松方デフレは政府にとって必要な政策だったのか…)とか。

この時期の日本史には欠かせないキーワードは織り込みつつ、日本史の教科書に書いてありそうなことは省略するという、売れている本の割に大胆なやり方をとっていて(読者として誰を想定しているのだろうか)、軽く読み飛ばすことはちょっと難しくなっているがしかし色々と考えるヒントをくれる非常にお得な本だった。

現在の政治とこの時代の政治、めまぐるしく政権が変わるという意味では似たようなもの。しかし政権が変わってもたいして何も変わらない現在よりは、ずっとダイナミックで、「読んで面白い」時代だったと思う。

では、また。


日本近代史 (ちくま新書)
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『母性』湊かなえ

2012-11-18 | books
「母性」湊かなえ 新潮社 2012年

絵画教室で知り合った男性田所と結婚した女性。しかし、夫より娘より母が大切。大切な母と娘、どちらの命が大切なのだろうか。そして母は死んだ。子供を生んでも母性を持つことが叶わない女性の話…

うーむ。何を言わんとしているのか今一つ伝わってこないのだけれど、すごくつまらないとも言えない不思議な作品。母性の欠如がテーマのようだけれど、そのテーマが持つ普遍性や教訓は、家族っていいもんだよというようなことなのだろうか。よく分からなかった。当たればカキーンと飛ぶ軽い速球のようにパパッと読む本でもないし、クネクネする変化球のように、後味が非常に悪い人間の底を浚うような作品でもないし、ズシっと重く当たっても飛ばない、桜木紫乃の「ラブレス」のような重厚な作品でもない。野球にたとえるとかえって分かりにくかったか。このカテゴライズできない感じがいい意味でも悪い意味でも湊かなえなのかも知れない。

村上春樹の1Q84では、

「チェーホフがこう言っている」とタマルはゆっくりと立ち上がりながら言った。「物語に拳銃が出てきたら、それは発射されなければならない、と」
「どういう意味?」
「物語の中に、必然性のない小道具は持ち出すなという意味だよ。もしそこに拳銃が出てくれば、それは話のどこかで発射される必要がある。無駄な装飾をそぎ落とした小説を書くことをチェーホフは好んだ」(引用元)
 

そうそう。物語の中での位置づけあるいは必要性がよく分からない箇所がちらほらあった。しかし、「母性について」という章で語る女性が誰だか分かると、お、これは巧いと思った。

湊作品はこれで11作だそう。結局全てを読んでしまった。

では、また。


母性
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『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が観た北極』角幡唯介

2012-11-16 | books
「アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が観た北極」角幡唯介 集英社 2012年

英国から北米へ北極を抜けるルート。1845年英国のフランクリン隊が全員死亡したとされているルートを、2011年著者と北極縦断経験者の萩田と徒歩でたどってゆくドキュメント。

角幡が経験している現在とフランクリン隊に関する過去が交互に描かれる。なんつーか、もちろん北極に行ったことはないのだけれど、本当に人間が行くようなところじゃないスゴイところなわけね。

本筋とは関係ないけれど、GPSは確かに便利だけれどこれは良くないという記述があった。それについてはなぜそう思うのか詳しく書いてあって、この人の書く文章はやっぱり好きだなとあらためて思う。彼の言う「釈然としない感じ」、機械に支配されている「支配-被支配」の感じ。確かに。

インターネット、携帯、スマホ。確かに便利である。しかしそれは「善」なることなのだろうか。隣の競争相手よりも速く情報を得なくてはいけないということが前提になっているのなら確かに便利な方が有利だ。しかしそのような隣の敵は存在するようでいて、ほとんどの場合存在しないだろう。だったら慌てなくていいはず。でも慌てて次から次へと情報を得ようとしてしまうけれど、なんだか機械に支配されているみたいだ。「ほら、もっと速く早く。早く情報を得ないと負けだよ」「ほらほら。もっとスピードの速い機械が出たから買い換えろよ」

おっとつまらん話になってしまった。本作に話を戻そう。空腹に耐えかね、麝香牛食ってやろうなどと言っていたら本当に現れたので散弾銃で撃った。仕留めたのは子牛を産んだばかりの母牛だった。オーマイガッ。

我々は何か別の生き物の犠牲の上でしか生きられないのだけれど、そのことをグッと考えさせられる瞬間だった。

フランクリン隊の跡をたどる過酷な旅。決して真似したいとは思わない。世界の一握りの人々だけが体験できたことを読むという実にドキュメントらしい本だった。

では、また。


アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極
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『無罪』スコット・トゥロー

2012-11-13 | books
「無罪」スコット・トゥロー 文藝春秋社 2012年
Innocent, Scot Turow 2010

衝撃作Presumed Innocent「推定無罪」から22年。続編が登場。

前作では殺人容疑で裁かれたラスティ・サビッチは60歳、州高裁の首席判事になっていた。最高裁判事への道も見えている。そんなところへ、妻のバーバラが急死した。なぜかラスティは遺体を発見してから24時間警察に連絡しなかった。そこから18か月話は遡る。ラスティは元部下の女性と不倫関係を始めていた。22年前にも別の不倫相手の殺害容疑で裁かれたにもかかわらず。妻の死、真相は…

うーむ。だいぶ前に評論家北上次郎さんがリーガル・サスペンスに関して「プロットのスティーヴ・マルティニ派、人間ドラマのスコット・トゥロー派の二つに別れる」とおっしゃっていた。私はそのどちらも好きなのだが、トゥローの作品は久しぶり。そのしつこい人間描写を楽しませてもらった。

罪悪感というのは特殊部隊に似ている。こっそりやってきて、すべてを破壊していく。あの衝動的な行為のあと、わたしはあからさまな恐怖にたえず襲われる。(108頁より引用)

わたしが診てもらっているセラピストのデニスによれば、恋愛というのは何の問題もない唯一の精神病なのだそうだ。だからこそ恋はすてきなのではないだろうか。危険でもあるけれど人をまったく別人にしてしまうこともあるから。恋の本質は変化である、と書いてある本もあった。私にはまだそうとは言えない。(151頁より引用)


とは言うものの、「推定無罪」の内容なんて塵ほども覚えていない。だからと言ってまた読み返すのもなと思っていた。しかし無罪を読んでいたら、前作の内容は紹介してくれるのだが肝心の結末が分からない。気になるので調べてみたらすぐ分かった。

映画「推定無罪」のあらすじは、gooの映画 http://movie.goo.ne.jp/movies/p4674/story.html

そうかそうか。そうだった。ラストはそれだった。なるほど。それをふまえて読むと、ラスティが前の殺人事件について弁解しようとしない態度に頷ける。

基本的には、ラスティというおやじが不倫しようか延々悩むのが前半、後半はラスティの裁判。判決に至る細かい過程が非常に面白い。そして意外な判決。それだけでは終わらずにまた衝撃的なラスト。

重厚長大なのに決して飽きさせないリーガル・サスペンス+純文学だった。

では、また。


無罪 INNOCENT
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ヤヨイ

2012-11-11 | travel
松本市美術館の草間彌生展「永遠の永遠の永遠」に行って来た。ここに来るのは2回目




建物の外にある巨大なオブジェ



中庭にある巨大カボチャ



受付のすぐ隣はリンリン(犬?)



ヤヨイちゃん



ナイスなアングルから激写してみた



写真を撮れる数少ない場所



この辺の水玉はまだ目に優しい。絵画は狂気に満ちたものばかり。

この手のいわゆる「現代美術」とか「ポップアート」あるいは水玉はどれも苦手なのだが、彼女の作品だけはなぜか、見たくないのに見たくなる。

NHKスペシャルで紹介していた、テート・モダンの大きな展覧会の映像を見たら、これは行きたかったな、と思うような作品が多かった。

彼女にとっては描くということが生きるということなのだろうか。




本人が会場を訪れた動画

松本のは終わってしまって、今度は新潟に移動するそう。

改行の多さが小学生の作文のようだった。

あそうそう。こんなクリアファイルを買ったんだった。



では、また。
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『第三の時効』横山秀夫

2012-11-09 | books
「第三の時効」横山秀夫 集英社 2003年(初出小説すばる2001年9月号~2002年11月号)

読んだはずなのに、内容を全く覚えていない短編集。「この警察小説がすごい!ALL THE BEST」の一位だったので読んでみた。

<沈黙のアリバイ> 現金集配車襲撃事件、被告が後半になって突然アリバイがあると主張し始めた。取り調べでは最初犯行を否定していたが途中から自白をしていたのに。被告の戦略は、そしてそれに対抗するには。

<第三の時効> 人妻をレイプした男は帰宅した夫を刺殺して逃亡。容疑者は一度彼女の所に「あの子、俺の娘だろう?」と電話をかけてきていた。そして時効の日を迎えるが、容疑者は海外にいた時期があるので実は時効は一週間先。容疑者はもう一度彼女に電話をかけてくると見て、警察は大掛かりな捜査態勢で臨む。

<密室の抜け穴> 女性白骨遺体が発見された。容疑者は元スケコマシの暴力団構成員。早朝を狙って身柄を確保しようと彼がマンションに戻ってからずっと監視していたはずなのに、そこにはいなかった。警察内部の足の引っ張り合いが。

特に印象に残った三本について書いてみた。

F県警の捜査一課の一班、二班、三班という本来協力しなければならない刑事たちの闘いを描き、そしてラストでストンと落としてくれる。巧い。

途中まで読んだことがあるようなないような曖昧な気分でいたけれど、最後まで読んだら読んでいないことが判明。

この世で何よりも当てにならないのはわが記憶力。

では、また。


第三の時効 (集英社文庫)
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『楽園のカンヴァス』原田マハ

2012-11-07 | books
「楽園のカンヴァス」原田マハ 新潮社 2012年(初出小説新潮2010年9月号~2011年6月号)

織絵の母は東京の名門女子大を出て大手商社に就職しエリート社員と結婚。夫の駐在にともなってニューヨークへパリへ。一人娘の織絵はソルボンヌで美術史を学んだ。しかし、織絵は現在は岡山の大原美術館に勤めている。キュレーターではなく、監視員として。過去の輝かしい経歴を隠して。

国立近代美術館と新聞社が組んで大きなアンリー・ルソー展を開催することになった。メトロポリタン近代美術館が改装のためルソーの「夢」を借りることができるかも知れない。すると向こうのチーフキュレーターからオリエ・ハヤカワを交渉の窓口にすれば交渉に応じるとの連絡があった。

MoMAのティム・ブラウンと織絵との出会いは1983年に遡る。バーゼルから受けた奇妙な依頼とは、ルソーの隠された作品の鑑定をするということ。このバーゼルでの不可思議な日々とは…

うーむ。ルソーはそんなに気になる画家ではなかったのに、ものすごく本物を見たくなる画家になってしまった。それだけでもすごいのに、小説も実に面白い。

不遇の画家ルソーの過去、時代背景、ピカソとの交流というような事実と「夢」そっくりな作品が存在したというようなフィクション、それらがうまく混ざり合って、読むのが本当に快感だった。

絵画の真贋がメインテーマなので、同一テーマの他の小説と似たりよったりかと言えば、人物造形もストーリーも設定もちょっと読んだことのないオリジナルな作品だった。続編をぜひ読みたい。

美術館に行きたくなって、松本市美術館で開催されていた草間彌生展に行って来た。凄かったね。

では、また。


楽園のカンヴァス
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『バーニング・ワイヤー』ジェフリー・ディーヴァー

2012-11-05 | books
「バーニング・ワイヤー」ジェフリー・ディーヴァー 文藝春秋社 2012年
The Burning Wire, Jeffrey Deaver 2010

鑑識界のアームチェア・ディテクティブ、リンカーン・ライムが今回闘う相手は電気のテロ。何者かが変電所のシステムをいじって、高圧の電気が流れるようにした。最初の事件は変電所の爆発。一人死亡。もう少しでバスの乗客の多くが亡くなるところだった。テロリストの要求は、電力の供給を減らすこと。いつものチーム・リンカーン・ライムのメンバーはアメリア・サックス他全員登場する。すると、ずっと捕えられなかったウォッチメイカーがメキシコにいることが判明した。二つの事件を抱えて…

おお。訳者あとがきにあるように、電気がすごく怖くなる。破壊力がこんなに大きいとは。そして旧エネルギーと新エネルギーの対比、電気に大きく依存している現代社会について考えさせてくれる。

このリンカーン・ライムシリーズに少し慣れてしまったのか、ちょっとマンネリ気味

1.冒頭に犯人側から描いた大きな事件 があって、
2.リンカーンに依頼がある
3.必ず捜査の方向はとりあえず間違える
4.捜査関係者の誰かがかなり危険な目にあう
5.解決したと見せかけて…

ある種の型というのか形式美のようなものはあるので、それも悪くないのかも知れないのだが。冒頭の電気テロが凄かったので、その余波を巧く続けていきたかったのに若干ダレてしまったような感じはある。しかしこのシリーズはそもそも文句なしに面白いので、期待値が高すぎてしまうんだろうとも思う。微細な証拠を追うというシリーズのやり方よりも、スタンドアローンの作品で扱った方が良かったような…環境に「優しくない」電力会社に対して、環境テロリストが仕掛けるというのは、悪い奴らがしていること=いいことのように感じられるので、読者の足の置き所に困るのだ…

などと思っていたら、終盤になって大きくどんでん返してくれた。いやはやさすがディーヴァー。まさかそうなるとは。上に書いた文句は全て撤回する。

来年出る予定のキャスリン・ダンスシリーズ第三弾も楽しみだが、それ以上に短編集More Twistedの邦訳が楽しみだ。

では、また。


バーニング・ワイヤー
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『空の拳』角田光代

2012-11-03 | books
「空の拳」角田光代 日本経済新聞社 2012年(初出日本経済新聞夕刊2010年12月15日~2012年2月1日)

出版社勤務の空也は3年目。ずっと希望していた文芸編集部ではなくて、異動した先は「ザ・拳」という隔月刊のボクシング雑誌の編集部。しかしボクシングに全く興味がない。編集長に取材しろと言われて行ったのが鉄槌ジムのまだ若い選手タイガー立花。スポーツにもボクシングも好きじゃなかったけれど、ジムに入会した。やりたい仕事ではなかったのに、変わってゆく空也。取材対象の立花はヒールのふりをしているけれど実は好青年で…

おお。角田光代が協栄ジムでボクシングを10年以上やっているという話を読んでぐっときたという話を書いたのをすっかり忘れていた。それがこんな形で作品になったとは。

技術的な言葉がすごく多いので、最初ボクシングに詳しくない人が読んで面白いのかなと思ったけれど、「がんばれ元気」や「はじめの一歩」を読んでつまらないという人はあまりいないだろうから、同様に面白くないわけはないだろう。

ストーリーの一つは、立花の作り上げたキャラの是非。鉄槌ジムのトレーナーではなくて、別のジムで教えていたんだけれど今はレコード屋をしていて、伝説のトレーナーなのにも関わらずボクシング経験がない(長谷川穂積のいる真正ボクシングジムの山下会長をちょっと連想した)萬羽がこんな風に言う。

「でも、あれだよね、みんながみんな正義の味方になっちゃったよね」とひとりごとを言うように、言う。部屋は一瞬静まりかえる。大声で音程の外れた歌をうたいながら、誰かが自転車で窓に下を過ぎてゆく。
「昔、っていうかたった二十年三十年位前はさ、もっと世の中がふざけてたじゃない。みーんな了解の上で笑ってたでしょ。それが今は、ちょっと言い間違えただけで本気で糾弾されるもんね」空也は立花を見る。コップについた水滴を指でぬぐっている。
「立花くんの馬鹿馬鹿しいう嘘なんか、みんなで笑ってやればいいのに、怒るからなあ。なんでこんな正義感の強い世の中になったんだか。正義感強いのにみんないじめっ子みたいに見えるだろ。いじめる快感を世の中が覚えたような気がする時があるんだよね」
正義。空也は酔った頭で繰り返す。立花の試合を見た時、何か考えた。そうだ。青に付けば青が正義に思えるし、赤に付けば赤が正義に思えるのだ。それだけではなくて、青には赤が、赤には青が、不正に思える。そんなもろい何か。(398頁より引用)


政治家の失言や芸能人についてのネット上のバッシングについても考えさせられる。同時に、自分が正義だと思っていることも、自分の立場により大きく歪んでいる可能性についてもまた。

ストーリーは立花だけではなく、空也自身にもある。百田尚樹の傑作「ボックス!」のような爽やか高校生たちとは違う。20代とはいっても中身は40代メタボおじさんのような主人公空也がボクシングという「むこう」の世界を知って自分がどう変わるか、そしてどう世界の見方が変わるかが一番の読みどころ。

私も格闘技には才能がなく、やれば自尊心がへし折れるばかり。幸福の形はシンプルだけれど、不幸の形にはバリエーションがあると言ったのはトルストイだったろうか。できもせず向いていないボクシングを続けるということと、人から分かりにくい内面の葛藤を抱えるという意味では、不幸の形は空也も角田光代も、私もシンプルに同じ景色を観ているのではないだろうか。

しかしその共感に何の意味があるのだろうか。共感するために必ずも本を読んでいるわけではないはずなのに。

では、また。


空の拳
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『ソロモンの偽証 第III部 法廷』宮部みゆき

2012-11-01 | books
「ソロモンの偽証 第II部 法廷」宮部みゆき 新潮社 2012年(初出小説新潮2009年9月号~2011年11月号)

「第I部」「第II部」に続く最終巻 やっと裁判が始まった…

中学生によるおこちゃま裁判なんてバカらしくて読んでられるかと思って読み始めてみたら、どっぷりとハマってしまった。長い長いと思っていたのにそれも慣れてしまった。人間とは慣れる生き物なのね。

事件の関係者の誰もが持っていた闇。事件が照らし出した明るい部分。光と闇のコントラスト、がテーマだと思う。

ラストは賛否両論ではなかろうか。ラストに差し掛かったときにはうーんと思っていたけれど、結局このラストしかないんだと思うようになった。

第I部、第II部で出てきて、あれは何だったんだというような人物も最後までにはまた登場してちゃんとまとめてくれる。さすが。

ヤマシン君の、武道を修める者はいかなるときでも驚いてはいけない、驚きが平常心でなくてはならない、という筋とは無関係な言葉がどういうわけか記憶に残った。

10年後、20年後にもきっと読み続けていかれるであろう良い小説だった。

内容には触れず、短めにて失礼。


ソロモンの偽証 第III部 法廷
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