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頭の中は魑魅魍魎

いつの間にやらブックレビューばかり

旅から

2012-09-30 | travel
ちょっくらマレーシアに行ってきて、さっき帰ってきたばかり。

日本が暑くて驚くのと、台風がまた来ていて驚く。

向こうで中国語のニュースを見ていたら、尖閣がどうのこうので和平がどうのこうのって表示されてて河野洋平が映っていたので、大きな動きがあって平和に解決したんだろうと思ってた。しかしどうやら全然違うみたい。

まあここでブログやっている者は政治やら外交やらに熱く語れるようなこともないのでいいか。

行き帰りに読んだ本の話やら旅の話はまたいつか。

では、また。
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『ファイアフォックス』クレイグ・トーマス【再読】

2012-09-30 | books
「ファイアフォックス」クレイグ・トーマス 早川書房 1986年
Firefox, Craig Thomas 1977

東西冷戦の真っ最中。ソ連が超高性能のジェット戦闘機を開発した。ミグ31ファイアフォックスは最高速度はマッハ5、ミサイルの誘導はパイロットの脳パルスから可能。西側の技術を遥かに上回るこの戦闘機と同等の物を作ることができない。開発した技術者を亡命させることもできない。残るは、この戦闘機を盗むしかない。英国の情報部と米国の情報部が共同で立てた作戦とは。盗み出せるのか…

うーむ。何十年かぶりで再読した。冷戦が過去の遺物になった現在でも充分に面白い。

70年代から80年代は、スパイもの、軍事ものなど冷戦や戦争をベースとした作品がたくさん書かれ、面白いものも多かった。ジャック・ヒギンズやフレデリック・フォーサイスが大好物だったこともあった。しかし、私自身の興味が変わったこともあるし、その手の小説のブームが終わったこともあって、あまり読まないカテゴリーになってしまった。

何事も食べ過ぎては飽きる。何事もたまに食べると美味に感じる。

本作は、どうやってファイアフォックスを盗むか、それに尽きる。そういうネタものは一度読んだら再読に値しないはずなのに、ネタを忘れたのでなんら問題はなかった。

では、また。


↓絶版らしい。
ファイアフォックス (ハヤカワ文庫NV)
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『成吉思汗(ジンギスカン)の秘密』高木彬光【再読】

2012-09-27 | books
「成吉思汗(ジンギスカン)の秘密」高木彬光 1958年

高木彬光の小説ではお馴染みの名探偵、神津恭介が入院することになった。退屈を紛らわすために選んだテーマは、成吉思汗=源義経という大ネタ。二人が同一人物だったと、資料を頼りにベッドの上で証明しようというのだ。友人の作家松下研三と、東大の文学部の美人助手に資料を頼みながら、天才神津は証明できるのだろうか…

うーむ。何十年かぶりの再読。実に面白い面白い。

ジョセフィン・テイに「時の娘」という作品がある。スコットランドヤードの名警部が入院中にベッドの上で、極悪非道とされているリチャード3世は言われているような悪人だったのか、実はいい人だったのではないかということを証明するという知的チャレンジに満ちたもの。こちらもとても面白かったのだが、高木のこれは、「時の娘」にインスパイアーされて書いたもの。

(日本史に関して、私が人様に教えられるような知識はないのだが、何も説明しないのもあれなので、よく知らんという人のために)

義経は兄頼朝に怒りと嫉妬を買って、奥州藤原氏にかくまってもらう。頼朝は何度も義経を差し出せと命令する。(勅命だけれど、その辺は割愛)命令を無視してきた藤原泰時も抗しきれなくなって、義経を攻める。自害する義経 というのが定説なのだが、義経は死んでおらず、北海道経由で大陸に渡り、後にモンゴル帝国を築いたジンギスカン(チンギス・ハーン)になったのではないかという話。高木のオリジナルではなく、昔から何度の話題になったネタだそうだ。

歴史的に正しいのか、考証が完全なものなのかは知らないが、エンターテイメントとしうて読むのなら厳密な正しさは不要だろう。しかし、二人が同一人物だという状況証拠の山には驚く。二人が同一人物ではないと論じるキャラクターも出て来るし、ある程度フェアーな気分で読むことが出来る。

X=Aになることを証明するという意味では、Aが殺人犯であることを証明するのもミステリなのだから、本作も十分にミステリである。歴史的トンデモ本のようでいて、実はミステリと言う方が正しいのかも知れない。

特に日本史にあまり興味がない人が読んで、え?日本史ってそんなに面白かったの?じゃ、他の本読もうかなと、日本史読書の起爆剤に充分なりうる本だと思う(「逆説の日本史」は読む気がしない人なんて特に)

最近、日本史って実はすごく面白いんだな、と思いつつ、

では、また。



成吉思汗の秘密 新装版 (光文社文庫)時の娘 (ハヤカワ・ミステリ文庫 51-1)


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『愚管抄を読む』大隅和雄

2012-09-25 | books

『愚管抄を読む』大隅和雄 講談社学術文庫 1999年(平凡社1986年)

藤原忠通の子であり、天台宗のトップ天台座主でもあった慈円の書いた「愚管抄」 歴史書でもあり日記でもあり哲学書でもある。それを易しく(?)解説してくれる本。

法然の教えに対する軽い批判とか、へぇと思いながら読んだ。

全ての存在は道理に支えられているとか、その道理は移り変わるとか、800年も前の人の哲学、思想に「そうそう。そうなんだよな。最近の人の思想にはあまりそうなんだって思わないんだけどね。貴方の方が私と気が合うのかもね」なんてつぶやいたりもした。

次は、北畠親房の「神皇正統記」でも読んでみるかな。いや、それ以前に「愚管抄」の現代語訳を読み、そして原文を読めって話なんだろうな。読まないけど。

では、また。

(すごく良かった本でも、レビューが今回のように短かったりするのは、単にメモを取る�時間�気力�場所/方法、があったかなかったかに依るだけなので、本の良し悪しとは無関係)


愚管抄を読む (講談社学術文庫)
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『なずな』堀江敏幸

2012-09-23 | books
「なずな」堀江敏幸 集英社 2011年(初出すばる2008年9月~2010年9月)

私は40代男性、地方で新聞記者をしている。弟は旅行社で働いているのだが、海外で事故に遭い弟の奥さんは病気で入院してしまった。私が彼らの子なずな(生後2か月)を預かることになった。周囲に助けてもらいながら、大変な子育てをなんとかこなし、そしてなずなから本当に大切なことをたくさん教えてもらう…

うーむ。これはいい本だ。何一つ大きな事件は起きない。淡々とした日々がただ描かれるだけ。なのにじっくり読ませる。

こころを温かくし、落ち着かせてくれる優しい本だ。読んでいて違和感を全く感じさせないのは、句読点の打ち方にあるのかも知れない。

子供をこれから生み育てるかも知れない女性、子供をこれから拵えるかもしれない男性、過去に生み育てた人、子育てなど異星のことだと考えている人にオススメする。あとそうそう。人生に疲れた人や人の愛情に欠けた人は、自分が生まれた時にいかに大切にされたかを感じ取れるかも知れない。(親が自分の子に、感謝させるために読ませるのは間違っているような気もするけど…)

こんな小説を読んでいれば、やれ領土がどうしたとか60年前のこと謝れという諍いや、あるいは長期的&みんなのためにじゃなくて、短期的で自分のためだけにするミットモナイ諍いもなくなるのでないだろうか。

なんてな。


なずな
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『昭和史発掘』(全9巻のうち1~3)松本清張

2012-09-21 | books

「昭和史発掘」松本清張 文藝春秋社 1965年(初出週刊文春1964年~)単行本、旧文庫は前13巻、新しい文庫は全9巻

昭和の大エンターテイメント作家が綿密な取材をもとに描く、昭和初期、歴史の裏側。

<陸軍機密費問題> 後に首相になった田中義一、軍人から政友会入りする時に大金を持参金としたらしい。それを暴露しようとした民政党、防戦する政友会。証言したはずの者の不可解な前言撤回、担当検事の不可解な死…が<石田検事の怪死>で描かれる。

<朴烈大逆事件>では、朝鮮人に対する差別と複雑な日本人の感情が描かれ、<芥川龍之介の死>では、作家の、<北原二等兵の直訴>では、差別との壮絶な闘いが、<三・一五共産党検挙>では、幸徳秋水と大杉栄に対する弾圧以降、闇に潜った共産党と官憲の燃えるような熱い闘いが描かれる。いやいや熱い。

<満州某重大事件>では、張作霖爆殺事件の前と、後の事態の収拾において、田中義一が首相の器でないことを証明する。これほどダメな首相が昔の日本にいたのか。しかもこんな大事な時期に…

<佐分利公使の怪死>では、在中国公使としてこれからいい仕事が期待された公使が一時帰国中の箱根冨士屋ホテルで遺体となって発見された。自殺なのか他殺なのか…<潤一郎と春夫>では妻を譲り渡した渡された関係である作家、谷崎潤一郎と佐藤春夫の関係と二人の作品からこの時代の気分を読み取る。

<天理研究会事件>では、天理教のかなり篤実な宣教者大西愛治郎がどれほど苦労したか、そしてなぜどのように天理教と袂を分かつようになったのか詳しい描写がある。これ、結構読みふけってしまった。

<「桜会」の野望><五・一五事件>は、二・二六事件のプレリュードとも言うべき三月事件と十月事件が描かれる。軍部の暴走は暴走ではなくて、歴史の必然だったのだろうか。陸軍の派閥と右系思想家大川周明と北一輝の対立すらも必然だったのだろうか。

<スパイMの謀略>は、大森で発生した銀行襲撃事件から始まる。実は金に困った共産党の犯行だと判明するのだが、しかし当局が送り込んだ凄腕のスパイMの仕業で…

ふぅ。ここまで文庫全9巻の内の3巻。

陸軍機密費事件と満州某重大事件での田中義一の体たらくと、天理研究会事件が印象深かった。取材の綿密さと作品としても面白さ、どちらも超が付く。


昭和史発掘〈1〉 (文春文庫)[新装版]昭和史発掘<新装版> 2 (文春文庫)昭和史発掘〈3〉 (文春文庫)[新装版]
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『ふくわらい』西加奈子

2012-09-19 | books
「ふくわらい」西加奈子 朝日新聞出版 2012年(初出小説トリッパー2011年秋季号~2012年春季号)

紀行作家、鳴木戸栄蔵の子は、鳴木戸定(なるきどさだ)、もちろんマルキドサドからとった名前。自分の目に入る人の顔を脳内でふくわらいのように分解して遊ぶ、かなりキテレツな子。学生時代に世界中を旅して出版社の編集者になった。そんな超がつくほど真面目は定の日常は…

うーむ。変な人の変な話、などと簡単に切って捨てることはできない。サラッとしてそれでいて、すごく中が湿った話。

定の目から見ると、ノーマルな世界のアブノーマルさがよく見えて来るし、読みながらつい襟を正してしまう。見習ってしまって。三浦しをんの「舟を編む」のまじめ君の言動を目にしたときと同じように。

登場人物では何と言ってもプロレスラーの守口が強烈だ。雑誌で連載しているエッセイを書籍化するので定が担当することになったのだ。彼の言動のイってしまってる感というか、ドライブ感がすごい。こんなキャラを文章で表現できる西加奈子はスゴイと思う。

プロレスを見るということについて、

「あれはよう、プロレス見てた頃の自分に戻ってんだよ。自分でも気づかず、10代とか、もっとちっせい頃の、プロレス見て興奮してた自分の脳みそに、いや脳みそじゃねえな、考えねぇから、体だ。昔の体に戻ってんだよう。」「郷愁ですねぇ。」守口は、ぎろりと若鍋を睨んだ。ひるむことのない定でも、その視線の強烈さにはぎくりとさせられた。守口の右目は、怒った人間のそれというよりは、狙いを定めた鷲だった。そのくせ左目は、ぼんやりとして、まるで右目の怒りを傍観しているようだった。守口の顔は、それぞれのパーツが、それぞれの意思をはっきりと持っている。幼い頃に思ったことを、定は改めて体験しているのだった。
「ワタナベっつったよな。お前はよう、何でも名前を付けて話を終わらそうとするなぁ。そらだめだよ。」「若鍋です。」「郷愁って言っちまったら、もう、それは郷愁だ、て決まっちまうんだよ。呪いだよ、呪い。お前がワタナベって名前つけられんのと同じだよう。ワタナベ以外の何ものでもなくなっちまう呪いだよ。呪い。」(60頁より引用、改行位置は変更)


かなり頭のおかしい守口の口からドキッとするような台詞を言わせるのもまた巧い。いや、守口はいたって正常なのかも知れない。

西加奈子の作り出すキャラクターはまるで本当に生きているようだ。ときには生きているはずの生身の人間よりも。

では、また。


ふくわらい
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『恋肌』桜木紫乃

2012-09-17 | books
「恋肌」桜木紫乃 2009年(初出野生時代2008年6月号~2009年7月号、書き下ろし)

男と女の間をめぐる短編集

<恋肌> 嫁の来ない酪農家にやって来た中国人嫁。日本語は喋れないし、子どもは産めないしで、舅と姑は悪口ばかり言っている。彼女に対して愛情を感じている夫と妻の心のふれあいはあるのか…

<海へ> やる気のない娼婦、新聞社をリストラされた同棲相手。こんな彼女を指名してくれる常連客から店を通さない契約を持ちかけられた…

<プリズム> 運送屋の事務をする女と、付き合っていたが事故を起こして社長ともめているドライバーの彼。バイトで入ってきた大学生の男の子と彼女は…

<フィナーレ> すすきのの夜の情報誌でバイト記者をしていたら、ストリップ小屋の取材に行かされて、そこで知り合ったストリッパーは…

<絹日和> 着付け教室に通い、師範の免状も取得し、先生の助手として働いていたが、夫の仕事の関係で引っ越しをし着付けの仕事は続けられなくなった。しかし夫の仕事は長続きしない。彼女のもとに先生から連絡がある。先生の息子が結婚するのだが式での着付けを頼みたいとのこと。実は中学三年生のときにその先生の息子と関係を持ったことがある…

<根無草> 新聞記者をする私のもとへ、懐かしい人から連絡があった。それは幼いころ親と夜逃げしてきた我が家に、怪しい儲け話を持ち込んでいた男だった…

以上6篇。笑える箇所など一つもなく、鮮やかなどんでん返しもないのに、しみじみと入ってくる。表題作「恋肌」と「絹日和」が特に気に入った。

しかし桜木紫乃に対してはポジティブな偏見を持っているので、他の作家なら愚作だと思うような作品でも高評価してしまっているかも知れない。恋愛と似たようなものなのだろう。

ただし、本を読むことにも、男と女の関係にも長けている私には、少なくとも自分の感情に少し曲がったものがある、そう自分でちゃんと分かっている。

なんてな。


恋肌
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Are You Listening To Me?

2012-09-15 | music

コンサートホールの前を歩いてたら、

多くの人がシッダウンあんどリッスントゥ





何かと思ったら、





三人がそれぞれ、長淵剛を歌っている。

ほほお。

長淵のコンサートの前に、ギター持ってきて、長淵を歌う。

長淵のコンサートの前に、早くやって来て座って、長淵を聴く。

なんというか、

自分の知らないところで、文化は生まれ、文化は育っているのだな。

では、また。





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『百年法』山田宗樹

2012-09-13 | books
「百年法」(上下)山田宗樹 幻冬舎 2012年

2048年日本共和国。経済では中国と韓国に後れを取っている。アメリカで実用化されたHAVIと呼ばれる不老死処置技術。これを受けた者が多いことによって、国力が低下してしまった。ここで登場するのは生存制限法、通称百年法。HAVIを受けた者は100年後に死ななければならない。この法律をめぐって、政治家、官僚の闘い、慌てる一般人…国を大きく揺らす一大事が…

うむ。説明口調なのがちょっと気になる。例えば、

「お急ぎですか」アイズから脳に飛ばされた電気信号が、僕の視界に文字情報として現れているのだ。サイトプロジェクターと呼ばれるこの新機能には、まだ慣れることができない。視界の焦点の位置に関係なく、浮かび上がった文字が読めてしまうのが、どうにも気持ちが悪い。厳密にいえば、視界に現れた文字を読んで情報を認識するのではなく、脳が認識した情報を文字として視界に投射して、それをあらためて読んでいるだけらしい。回り道のようだが、じつはこのプロセスが重要なのだという。人間とは目で確認できないと安心しない生き物なのだ。これが上級者同士ならば、サイトプロジェクター機能をオフにして、意識だけで情報のやりとりが可能のなるとのことで、その場合、情報伝達速度は数十倍にも達する。もちろん初級者の僕は、サイトプロジェクトされた文字をじっくり読んでから、返信、と念じ、新たに現れた白枠に、「別に急いでません」と意識で書き込み、何度も読み直して間違いがないことを確認してから、送る、と呟いた。(上巻215頁より引用)


どうだろうか。これに違和感がない人にはすらすら読める作品だと思う。ストーリー上それほど、いや全く重要でない部分ですらこれだけ説明してくれるわけで、全体としては勿論説明が多いのだが、こういうのはあまり好まない。このような説明は、意識を伝達している様だけを描写して、ある程度読者に想像の余地を与えた方がよいと思う。この作品はそれほどでもないが、ここ10年くらい説明しすぎの小説が増えているような感じがする。やりすぎると、今どんなシーンなのか(例えば、A君が今B君に怒っています)の説明のテロップがあるドラマのようになってしまう。噛まなくてもいい食べ物のようで、そんなものばかり食べていたら歯が退化しまうし、味気ない。

もう一つ気になったのが、なぜHAVIが国家を疲弊させたのか、今一つよく分からないまま話が進むことだ。そのために我が身を犠牲にしようという者が出て来るのだから、それが分からないと説得力に欠ける。

---以上、苦言---

それ以外では、大きなネタ、未来観と未来感、人物描写は悪くない。面白く読ませてもらった。傑作とは言えなくても、秀作だと思う。

公的職業斡旋団体のユニオンという存在なんて巧いなーと思いながら読んだ。

---以上、下巻を少し読んでから書いたレビュー---

全部読んでみたら、もうちょっとで大傑作というぐらい面白いことが分かった。不老技術などのSF的設定が先行していたのが、段々とテロリストVS捜査当局、大統領VS首相という二つの対決軸を中心に話が進んでゆく。ここから説明口調が減って来てストーリーが走るようになってきた。そして最後の最後、HAVIの弊害が明確になって来てから、首相が打つ手にはちょっと背筋がぞくっとした。

結局、国家の退廃について、HAVIとの因果関係や退廃の具合については何回もあちこちで触れられるものの今一つはっきりとは分からなかった。しかし、それもまーいいかと思える。最後が良ければ全て良し。結局結構面白かったよ。映画化される可能性大の作りだった。

では、また。


百年法 上百年法 下
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『ソロモンの偽証 第I部 事件』宮部みゆき

2012-09-11 | books
「ソロモンの偽証 第I部 事件」宮部みゆき 新潮社 2012年(初出小説新潮2002年10月号~2006年7月号)

城東第三中学校で2年生男子柏木卓也が転落死しているのが発見された。自殺か他殺か。本人の不登校が続いており、遺族はいじめによる自殺ではないと言い、警察も自殺と断定する。しかし学校関係者は揺れに揺れる。不良三人組による他殺だと言い出す者、送られる告発文。告発文の送り先の一つは柏木の同級生でクラス委員の藤野涼子。そして話を複雑にするのは涼子の父は警視庁の刑事であること。不良のリーダーの粗暴な父親、所轄の女刑事、人徳のある校長、無責任な美人の担任モリリン、テレビ局の取材者…多くの登場人物を細かく描写しながら動く事件の行方は…

うーむ。長い。長すぎる。細かい。細かすぎる。読んでも読んでも終わらない。740頁もあるのか。しかもそれほど面白くないぞと思いながら我慢していた。

すると、担任のモリリン先生の住むマンションの隣人が…してから、急に面白くなってきた。そこからは先が気になって仕方ない。まさに、283頁を抜ければそこは雪国だった。いや、一気読みパラダイスだった。(どんな表現やねん)

誰がいつどこで何をしたかという過去の謎を解く、ミステリと見せかけて、実は誰がいつどこでこれから何をするのかで読者を振り回すというジェットコースター・サスペンスに近いと思う。

人物の造形に長けた宮部みゆきらしく、腹の底をえぐるような内面描写が巧い。そして物語の転がり方にも全く無理がない。さすが90年代以降の日本ミステリのトップランナーだ。こんなドキッとする言葉もある。

人生晩年の幸せは、すべての者に平等に用意されているものではない。列に並んだ者には誰にでも手渡されるものではない。待ってさえいれば手に入るものでもない。並んだ列が間違っていなくても、自分の分はなかったということだってあるし、そもそも並ぶべき列が最初から存在していないことだってある。(8頁より引用)


先日、全く本を読みそうにない知り合いが本を読んでいたので何を読んでいるかきいたら、宮部みゆきだった。意外なことに宮部みゆきの初期のミステリが一番面白いということで意見が一致した。「レベル7」「魔術はささやく」「龍は眠る」「火車」こんな面白い本があるのかと、生まれて初めてチョコレートを食べた欠食児童のような気分で読んだことを思い出した。

さて、ソロモンの偽証に関しては、第II部を楽しみにしていよう。

では、また。


ソロモンの偽証 第I部 事件レベル7(セブン) (新潮文庫)魔術はささやく (新潮文庫)龍は眠る (新潮文庫)火車 (新潮文庫)
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『神様のカルテ3』夏川草介

2012-09-09 | books
「神様のカルテ3」夏川草介 小学館 2012年(初出Story Box+書き下ろし)

信州松本の市街地にある地域の基幹病院、本庄病院。ここに勤務する内科医栗原一止(いっと)30歳。美しく気立てのいい妻、同じアパートに住む不可思議な住人たち、同僚たち、そして様々な患者たち。「神様のカルテ」「神様のカルテ2」と変わらない世界がそこにある。

今回は、アル中や、孫が引き取ろうとしないおばあちゃん、看護主任の知り合いらしい患者、新たにやって来たミス・パーフェクトな内科医などなど…

期待を全く裏切らない。読む度に、栗原の生き方や考え方に洗われる思いがする。(私のように)新しく出た本をガチャガチャと読むよりも、夏目漱石を愛読し、「ジャン・クリストフ」の台詞を暗唱できる、こんな男になりたいものだ。いい歳して最近の芸能界がどうしたというようなこと詳しいよりも、大正時代の風俗に詳しい方がましだ。いやそれはちがうか。

たまに登場する薀蓄や教養の断片がいい。165頁に出て来るのは、墨子の言葉の「莫若法天」 物事を為すにおいては争わず、つねに公平である天の法則に従えということだそうだ。「天に則るに若くは莫し」 なるほど。

直接引用させてもらうと、

利便とは時間を測定する働きであり、風情とは時間の測定をやめる働きである。(288頁より引用)

「食の味を決めるのは、素材だけではありません。供する者の心遣いと食する者の心意気です。」(285頁より引用)


後者は、食事以外の色々な事にあてはまる。表現とは、伝える者の心遣いと読み取る者の心意気だとか。

ミス・パーフェクトな木幡医師の患者に冷たい挙動の謎が解けるラスト近辺も巧かった。

では、また。


神様のカルテ 3
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『東京プリズン』赤坂真理

2012-09-07 | books
「東京プリズン」赤坂真理 河出書房新社 2012年(初出文藝2010年春号~2012年夏号)

1980年アメリカメイン州の高校にホームステイしながら通っていた私。学校の授業で、日本について発表しなくてはならなくなった。2009年の私と1980年の私がふらふらと行き交いながら、母が東京裁判で通訳をしていたという事実を知り、ベトナム戦争はアメリカ人にとってどういうものであるのか知り、日本の近現代史について知る。その過程で私が得たものは…

過去と現在と行ったり来たりするときの落ち着かない様、文体や行替えのタイミング。あまり好みとは言えない。好みでないから食べないわけでもなく最後までいただいた。

純文学はあまり読まないのでよく分かららないのだが、こういうちょっとまだるっこしのが純文学「的」なのだろうか。

この小説の最大の売りは「日本の女子高生がアメリカでアメリカ人相手に、天皇の戦争責任についてディベートする」ことである。それについて「私」がリサーチして、本意ではないにも関わらず「天皇に戦争責任がある」という議論をさせられ、質疑応答(クロスエギザミネーション)を受け、最終弁論まで持っていく。その過程で、色々と日本の歴史について読者に考えさせてくれる。そこは面白い。

そこだけを凝縮すればもっとずっとコンパクトにまとめられる。だったらそれ以外のやや幻想的な部分は何のために存在するのだろうか。

無駄な部分は絶対必要。無駄のない文学は文学じゃなくてビジネス書とハウツー本。その無駄な部分のデリバリーの仕方で、文学としての価値が違うものになるのではないかと思うけれど。無駄をどう、小説全体の意味ある部分に変えていくのかは大事なような気がする。

天皇の戦争責任ディベート以外の細かいディテールについてはあまり高い評価はできず、「まだるっこしいな」としか思わなかった。正直、全体としてはどう評価してよいのか分からない、怪作だった。幻想的、もしくは独白的な部分については、10年後に読めば評価できるのかも知れない。

しかし、天皇の戦争責任について、たっぷりと明確な意見を書けば書くほど小林よしのり、あるいは他の「作家」の「作品」のようになってしまう。ので、それ以外のものを織り込んでいかないと文学作品とはならないだろう。じゃ、どうすればとても面白い作品になるのかは、私にはまだよく分からない。いつか分かる日が来るというわけでもないのだろうけど。

ではまた。


東京プリズン
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『お友だちからお願いします』三浦しをん

2012-09-05 | books
「お友だちからお願いします」三浦しをん 大和書房 2012年

敬愛し崇拝する作家、三浦しをんがあちこちに書いた短いエッセイを一冊にまとめたもの。一回当たりが2頁程度とかなり短いし、かなりクレイジーなはずの女っぷりが、新聞に書いたものが多いのか、日和ってるものが多い。彼女らしくないなー、しをん師匠どうしたんすかと思って読んでいたら、慣れてしまい、結局面白く最後まで読んでしまった。

食べ物の話、ダイエット、旅行など。何回か出て来る母親に対するネガティブな感情。すごく感じの悪い母親のようなので、そりゃ書きたくもなるわなと思ったり、こういう女性ってやだよな、結婚したくないなとか自分のことに置き換えて読んでみたり。

279頁に、恋に夢中になる男(それって女のこと?)よりも、恋をきっかけにして自分の世界の幅を広げる男の方が魅力的だというような表現がある。それを読むと、やはり「さすがしをん師匠。わかってらっしゃる!」と扇子を手のひらにポンと打ち付けてしまう。

このブログで何度も書いているように、三浦しをんが腐女子の妄想と変な日常をこれでもかとあからさまに書いているエッセイは一読の価値あり。古いエッセイでも気が向いたら読んでみると笑え、そして考えさせられるはず。

では、また。



お友だちからお願いします悶絶スパイラル妄想炸裂
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富士登山2012

2012-09-03 | travel
土曜の午後から日曜にかけて年に一度の徹夜富士登山。先日の失敗を挽回して、5年連続徹夜で今年も登ったよと書こうと思ったら、久しぶりにキックボクシングの練習以上の地獄を見るはめに。

土曜の夜は、神奈川降水確率50%山梨30%、まあ大丈夫だろう。いつもは吉田か富士宮だったのを今回須走口からに変えてみた。駐車場は結構混んでいた。天気も悪くなかった。

6合目から段々とガスが濃厚になってきて、それが霧雨に変わってきた。大丈夫大丈夫、どうせ晴れるよと我慢して登っていたら豪雨と強風。手首から雨が入って右ひじから先がびしょ濡れ。(レインウエアは完璧だったのに)8合目まで来るとリタイアの人たちが結構出てきて我々も結局4時間半ほど登って、下山することに。(だいたい、下山を始めると、晴れるんだろう?どうせそういうことだろう?と思っていたのが大間違い)

それからが大変。豪雨と暗いのと風で、ヘッドランプをつけていても先がほとんど見えない。下るときの岩や段差が見えないまま下るのだ。まえを歩く人の後をついていけばだいたいどのルートで足を進めれば良かったのが、豪雨がゲリラ豪雨並みに変わりだんだん前の人の姿が蜃気楼よりおぼろげにしか見えなくなってくる。それ以前に人がほとんどいなくなる。恐怖が心を折るし、実際に何度もこけ、手は傷だらけ、足の先は岩に強打し爪が割れ、肉体的にも精神的にもダメージを受けながら降りてきた。何年か前の雨の蓼科山以来の「痛い登山」だった。

レインウエアもシューズもゴアテックス、高価なヘッドランプ、リュックというような装備ばかり充実しても、結局本人が充実しないと全然ダメだということを実感した。自分より貧弱な装備の若者たちがスイスイと下山していったし。登山していれば、ずぶ濡れになるというのをいつか体験しなければならないからそれが今回だったというポジティブシンキングで無理やり乗り切ったんだけれどもね。

今年はもう登るチャンスはないけれど、来年また登りまっせ。

では、また。
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