頭の中は魑魅魍魎

いつの間にやらブックレビューばかり

三国志を買ったんだども

2009-01-31 | books
私の歴史の知識は、時代が古くなればなるほど曖昧模糊としてくる。いや霞んでいる。19世紀後半以降ならばたいていの歴史は知っている(つもり)(知ってるとここに書いても偽証罪に問われないのだからブログはやめられない。)特に20世紀に入ってからなら、ある特定の地域の歴史には極めて詳しいのだが書くと自分のプライバシー(ベイルートテロリスト養成学校の通信教育を受けていたこと)が明かされてしまうので書かない。

つまり、三国志なんて知らん。世界史の中で学んだことは学んだ(んだろう)がそれほど面白くなかった。周りがそんなに「面白い面白い」としつこく言うので、「お前らが面白いということはつまらないということなのだ」と決めて読まなかった。

しかし、先日観た、「レッドクリフ PART I」にすっかり感化されて、



北方三国志



翌日に買った「北方版三国志」なのだ。北上次郎の評では「すんごく面白い」とのことだったと思うが出たのが随分と前なのに驚いた。本の表紙すらデザインした人の著作権があると思うが、背表紙はまあいいだろう。

他の本も読みながら、とりあえず2巻は終わった。読み飛ばしが出来ないので時間はかかる。2巻の最初の方で孫堅は死んでしまうのだがレッドクリフには孫堅て出てきたよな。赤壁の戦いはこの北方三国志のたぶん8巻ぐらいに出てくるはずなんだが・・・こんな最初で死んでしまうのか・・・ま、いいか。三国志の登場人物の解釈は色々あるらしい。諸葛孔明は非常に優れた人物だと言われてるけど、美化されすぎていてそれほどの人物でもないと確か北方謙三が言ってた。だからそれと同じで孫堅も死んでるという解釈も実は生きていた!という解釈もあるのだろう。

という話をSにした。

S「あーそりゃ親子ですよー」
俺「んー?そんけんて一人じゃないのか?」
S「いやいや。字が違いますよー。孫権と孫堅ですよー」
俺「あーーーーー」

顔から炎が出て、PCのモニターを焼き尽くすほどに恥ずかしかった。


しかし俺という人間がいまだによく分からない。北方三国志が全く終わっていないのに、



吉川三国志


吉川英治の三国志まで買った。

うーむ。俺は何をしたいんだろうか。吉川さんの三国志を読みたいのなら今すぐに読めばいいではないか。しやしかし北方三国志をその前に読まないと。そんなに吉川さんのが欲しかったのか。そんなこというのなら吉川晃司さんでガマンすればよいではないか。モニカ歌えばよいではないか。RAIN-DANCEが聴こえてればよいではないか。

おお取り乱しました。失礼失礼。

本やレコード、CDなど見かけたときに買っておかないと後で絶対見つからないの法則が脳にこびり付いているからなんだろうと思う。しかし吉川英治の三国志が書店からなくなるわけがないのだからやっぱり自分が分からない。







今日の教訓





諸葛孔明って
梅ばっかり食ってる
刑事なんだってさ。
所轄小梅・・・


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『警官の紋章』佐々木譲

2009-01-30 | books

「警官の紋章」佐々木譲 角川春樹事務所 2008年

「笑う警官」「警察庁から来た男」に続く北海道警シリーズ第三弾

冒頭、翌日公判での証言を控えた男が友人に電話をかけ、証言をしない旨を伝えた後、踏切自殺を遂げる。自殺した者は誰かすぐに分かるが、電話をかけた相手は誰かのだろうか。そんなことはお構いなしに、その後は二つのエピソードが関係がないかの如くに進む。一つは「笑う警官」からの引っ張りで、読んだ人なら覚えているであろう郡司事件。盗難車の密輸と麻薬事件が道警のやらせだったのか、個人の暴走だったのか。この事件に佐伯という刑事がしつこく絡んでいく。もう一つは踏切自殺した警官の息子は優良な警官であるのだが、その息子が行方不明になる。時は折りしも洞爺湖サミットの直前。この失踪警官がテロを起こそうとしているのではないだろうか。その謎を津久井が追う。佐伯も津久井も前作で登場している。

私は、「笑う警官」は面白く読ませてもらったが、続く「警察庁から来た男」を読んでいない。「警官の紋章」が出たときに、この間のPART2にあたる作品が存在することを知った。しかし、どうせ読んでいなくても問題ないだろう。とたかをくくって読み始めた。すると、早速前の話が何度となく出てくる。しかも読んでいないとよく分からない。ので、一旦読むのをやめた。それから一週間以上この「警官の紋章」を放置し熟成させたら、なんだか読んでくれという顔になっていたので読んだ。一気に。


いやいや。震えた。暖房が壊れたから。そうではなくて佐々木譲のプロット、登場人物造形、最後のまとめ方、文体全てに震えた。「警察庁から来た男」を読んでいないにも関わらず、「笑う警官」を読んで(といってもすっかり忘れた)記憶だけで充分に対応できた。なんだか訳が分からなかったと感じたのは最初の方だけ。

二つの無関係なエピソードが続くとは言っても、元はどちらも郡司事件から来てる(ネタバレしない程度に書いておくと、郡司という刑事が派手に拳銃の検挙を数多くあげていたということと麻薬の売買に手を染めていたのではないかという疑惑とさらに道警の裏金にも大きく関係して道警を揺るがす大変な事態に・・・以下削除)この「笑う警官」のときのネタがまだ続いているというのもまた凄い。「警官の紋章」内の二つのエピソードがどこかで収束に向かうんだろうと想像しつつ読んでいたが、まさかそのタイミングで、まさかその情報を元に収束するのかと驚いた。(作家の使命の一つは読者を死ぬほど驚かせることにある)冒頭に自殺者が電話をかける相手が誰なのか分からないと書いたが、これが後になってボディブローのように効いてくる。佐々木譲はボクサーか?

いわば全ての謎が解決(読者にとっては謎が解けたという意味)したときに、その動機のあまりにも日常的なことに震えた。文字通り震えた。おぞましい殺人事件にはおぞましい動機(普通、周囲の友人が持っているとは思えない心情)があったり、あるいはおぞましい事件に裏には痛ましい、悲しい、同情すべき動機があったりする(松本清張の「砂の器」とか)しかし、「警官の紋章」で結局明らかになったことに、そしてその異常性の無さになんとも心の底の方が寒くなった。

と書くとそれがとてもこの作品で大事なことのように思われるかも知れないが、たぶんそうでもない。一般的な読みどころはなんと言ってもそれまでの第一弾、第二弾で出てきたエピソードがそれ単体で終わらせるものではなく、それを想起させながらきちんと決着をつけるこということだろう。最初から三部構成で書いたのかどうかは知らないが、そうであってもなくても傑作は傑作であり読んで面白ければその裏側に何があったかは我々読者には関係ない。

単体で「警官の紋章」を読む場合、75%の堪能率である。「笑う警官」→「警察庁から来た男」と読んだ後に読む場合120%の堪能率である(総務省調べ)そうそう。元々「笑う警官」は「うたう警官」だったのをタイトル変更したということも鑑みて「警官の紋章」というタイトルにも深い意味があったことを後になってしみじみ思う。(「笑う警官」と言えば、M・シューヴァル&P・ヴァールーのマルティン・ベックシリーズだ。しかし中学生の頃に読んだため忘れてしまった。無論佐々木氏が意識しなかったわけはなかろう)

※追記

「笑う警官」は2009年秋映画公開予定
「警官の血」はテレビ朝日系列で2/7と2/8 21時から2夜連続放送

ちょうど一年前に書いた、「警官の血」のレビュー



警官の紋章
佐々木 譲
角川春樹事務所

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笑う警官 (ハルキ文庫)
佐々木 譲
角川春樹事務所

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警察庁から来た男 (ハルキ文庫)
佐々木 譲
角川春樹事務所

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警官の血 上巻
佐々木 譲
新潮社

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おんなこわい

2009-01-29 | laugh or let me die

古今東西女というものは怖い。いわば魔物なのだ。








脱いだらすごいひとがいるが、もし万が一(万が百?)自分が付き合ったひとがこうだったらどうしよう。などと思っていると夜は更けてゆく。


さて、

「饅頭こわい」という有名な落語ネタがある。あの「自分が一番怖いものをあげてみる」という質問の答えとして「おんな」としてみるとどうだろう?周りが様々な色んな女を熊さん(熊さんじゃないかも知れないが)にあてがってみる。なんてことを想像すると、ピンクな落語が完成してしまう。最後のサゲはどうしよう。さんざ饅頭を食った後で、お茶がこわいだったよな。だったら、さんざ女とあんなことこんなことして、板の間で汗だくになって、●●がXXになって▲▲が▽▽になって、足が腰が背中が床に擦れて痛くって痛くって・・・・・・でもやっぱり気持ちがよくって・・・・・・

「なんだよ、お前は本当は何が怖いんだい?」
「えへへへへ。本当は、ふかふかのベッドがこわい」


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とある女子said

2009-01-28 | days
謎の友人、Bちゃん。少し頭がずれている。


だいぶ前、のだめの話をしてた。

俺「しかし上野樹里ちゃん、これで、キたんじゃない?」

B「いや、ますみちゃんが、この役で相当ブレーキしたと思うよ」

il||li _| ̄|○ il||li

ブレーキかかってどうする。

それにますみちゃんは役名であって芸名ではなかろうが。


俺「インファナル・アフェアよかったね。あの二人やっぱめっちゃハリウッド役者よりかっこいいね」

B「誰だったっけ?左とんぺいみたいな人?」

俺「だれだよ、それ。マフィアの親分か?」

B「あの人、主役じゃないのか?」

俺「おいおい、ポスターにもDVDのパッケージにも二人の写真があるだろうが。しかも間違ってもあのおっさんじゃないし」

B「あー 誰だっけ?ア・ア・ア、アンディ・ガルベス?」

il||li _| ̄|○ il||li

アンディ・ガルシアならまだしも、元巨人のピッチャーかよ・・・


○○は死なないと治らないと言うけれど。治らない方が笑えることは笑える。




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『仮想儀礼』篠田節子

2009-01-27 | books

「仮想儀礼」(上下)篠田節子 新潮社 2008年(初出小説新潮2004年4月号~2007年5月号)

「弥勒」や「ゴサインタン」のように宗教が絡んだ作品において卓越した筆力を見せる篠田節子。全ての作品を読んだわけではないが、テーマが興味あるものであれば読むし、そして満足する。

2008年末に出版された「仮想儀礼」は、言わば私の好みのど真ん中を突いてきた。新興宗教を起こすというだけでも少しよだれが垂れてくるのに、その設定が今現在そのものなのだから絶対読み逃すことのできない作品だ。

都庁で成功していたはずの鈴木正彦は、ゲーム本の執筆に専念するために都庁をやめ専業作家になる。しかし騙された彼は妻を失い金を失い仕事を失う。そんな折、自分を騙した矢口を見かけ、なかば強引に話をきくことに。鈴木と矢口という二人の全てを失った者たちが起死回生、乾坤一擲の勝負に出る。それは宗教を起こすということ。簡単に成功するはずもない。

現代日本で新興宗教を起こすということにどのような利点、困難があるのか。信者や教条はどうすればいいのか。宗教とは何か。信じるということの根本における原理とは何か。新興宗教を一つの道具として現代日本を広く深く考えさせる作品。


いやいや。まいった。本当にまいった。新興宗教モノになぜ弱いかというより、怪しいビジネスをきちんと描いた作品は基本的に好物なのだ。スパイとかエスピエオナージュという怪しいビジネスから、売春、風俗、通信販売訪問販売、暴力団、賭博、ドラッグ武器の密売・・・・・・等等。新興宗教もその内の一つなので好物をとりあえず口の中に放り込んでみた。好物だからと言って、食ってみたら不味かったので吐き出すというのもまたよくある話。

暫定ではあるが2009年になって読んだ本でぶっちぎりのベスト1である。ここ3年で読んだ本の中でもベスト3には入ると思う(だったらベスト1と2は何なのかきかないで欲しい。まだ考えてないから)

鈴木と矢口という男がなぜ・どのようにして宗教を起こしてゆくのか。鈴木の視点で物語は進む。鈴木・矢口の二人の人間描写が卓越して上手いのと、何より後になって絡んでくる雑多な人間たちの描写がめちゃくちゃ上手い。新興宗教と言えば、なんといっても会社経営者等社会的地位があってかつ金を持っている人のサポートを連想するがそれについても一癖も二癖あるストーリーで読ませる。ルポライターと出版社のしがらみや代議士の圧力、フリースクールなる現代の徒花(?)等登場する事物が多いから読む人を決して飽きさせない。しかし、最大の読みどころは「女」だと思う。

女という生き物が「信じる生き物」あるいは「信じたがる生き物」であるか普段の生活の中で意識したことなんてなかった。しかし仮想儀礼を読みながらそれについて深く深く深く考えさせられた。篠田節子が女性だから女性のことについて詳しく書ける、とは思わない。篠田の場合、文章が男性が書いているのか女性が書いているのかさっぱり分からないからだ。もしかすると性を超越した人なのかも知れない。

もし万が一新興宗教を起こしたいなんて企んでいる人にとっては非常に良くできたノウハウ本である。しかしむしろそんなことに興味がない人が「新興宗教という一つの道具を使って、重厚長大な人間の物語を読む」そんな本だと思う。

さて、新堂冬樹の「カリスマ」をどうしても取り上げないといけないだろう。似たようなテーマを扱っているということと、篠田節子のこの作品内の書き方がなんとも新堂冬樹っぽいと思ったからである。結論を言えば、「カリスマ」は新堂冬樹作品のベストであるということと、どちらが面白いか言いようがない(甲乙つけがたし)ということと、一見これは新堂冬樹が書きそうな内容なんだが、実は全然違うということが分かる。「カリスマ」が面白いと思った人は「仮想儀礼」がつまらないと思うはずがなく、「仮想儀礼」を堪能した人は(多少辟易しながらも)「カリスマ」を結局最後まで読んで、(多少気分が悪くなりつつ)面白かったと言うはずである。

話をに戻すと、鈴木と矢口の二人の運命は最後にどうなるのかずっと予測できないまま終焉を迎えた。志士は溝壑にあるのを忘れずとハッピーエンドになるのか、はたまた溝壑に擠つとなるかラストまで読んだ人のみ味わえる美味であるとして、レビューを終わりにする。


仮想儀礼〈上〉
篠田 節子
新潮社

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仮想儀礼〈下〉
篠田 節子
新潮社

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カリスマ(上) (トクマ・ノベルズ)
新堂 冬樹
徳間書店

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カリスマ(下) (トクマ・ノベルズ)
新堂 冬樹
徳間書店

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久しぶりに、今日の教訓




そんな服着てるなら、
貸そう、キレイ
な服を。
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映画『レッドクリフ PART I』

2009-01-26 | film, drama and TV





ご存知、三国志の赤壁の戦いの映画化。ロードショーも下火になっているだろうと思ったら、意外と混んでいた。三国志オタクでもなんでもない私が内容について何か懸命に語ることもできない。

1. 一緒に行ったYちゃんは、予想通り金城武とトニ・レオンに萌え心を抱いた。当然と言えば当然。カッコよかった。
2. 金城武の中国語(同行Yちゃんによると北京語だそうだ)が上手い。金城の生まれ育ちから当然だけど。
3.そうそう。のっけからいきなり中国語で始まったのには驚いた。てっきり英語の映画だと思っていたので。三国志の登場人物が英語を喋るのはおかしいけど、でもそんな例いくらでもあるし。
4.ジョン・ウーの映像は、ヨーロッパやアメリカの映像作家のそれよりも黒澤明のそれに似ていると思った。特に今回は刀、槍、馬を使った活劇なのでより鮮明にそう思った。
5.ラストの戦いのシーンが長いので若干ダレてしまった。私の場合、ダレたら時計をチラチラと見始めるので分かりやすい。しかしそれ以外、配役映像全てとてもよかったと思う。
6.ので、PART IIが公開になったら即見に行こうと思った。
7.が三国志が気になるので、翌日北方謙三の三国志を買った。全13巻もあるが一気に読んでしまおう。
8.日頃、「平和が大切だ」「戦争はいけない」「戦争はやめよう」と声を大にして語る人たちがいる。彼らはレッドクリフを見て「すごい」と思わないのだろうか。戦闘シーン、殺戮シーンを見て興奮している自分と、平和平和と叫ぶ自分に何か矛盾するモノを感じないのであろうか。
9.などという話を映画を見終わった後、近くのインドネシア料理屋でYちゃんに語った。「戦争はいいとかいけないというような問題じゃないんだよ!」「ただそこにあるかないかそれだけの物なのだよ!」などと語る私はややウザい。





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最近見かけるチラシ配り

2009-01-25 | days

どういうわけだか知らないが、最近、駅の近辺でチラシを配っている人の風体が以前と変わった。以前なら、アコム的制服とか、インターネットカフェ的、居酒屋的な服装をしているので、チラシもしくはティッシュをもらう前から何の用件は分かった。

しかし、最近配ってる人たちはスーツ。ティッシュは決してなくてチラシオンリー。ゆえにもらう理由が見つからない。こいつらいったい何者なのだろう?と思いつつ、時は流れ。

先日某ターミナル駅の入り口近辺からエスカレーターに乗ろうとしたら、

「ホテル・ライクのクリオ・マンションですー。クリオ・マンションはホテル・ライクなんですー。ホテル・ライクのクリオ・マンションよろしくお願いしますー」

と叫びながら、チラシ配っているスーツ兄ちゃんがいた。

ホテル・ライクというのがセールスポイントになるのか?コンセルジュがいて、「ちょっとツタヤ行って、てきとーなの見繕って借りてきて」とか「ドンキでは売ってないような変なジャージ買って来て」というようなお願いをきいてくれるのだろうか。もしくは、入り口に小さな窓があってお互いに顔を合わせずに「6千円になります」と言われて金を出すと、鍵がすーっと出てくるのであろうか。あるいはまた、部屋まで案内してくれる婆的コスプレをした人がいて、頼みもしないのにお茶を入れてくれるので、ぽち袋に2千円ぐらい入れてその人に渡さないといけないのだろうか。そんなんがホテルライクだとすれば、ややめんどくさい。

まあよく分からないが、ホテルのようである = とても良いことである と信じきってでかい声を張り上げるのもまたいとをかしなのだろう。しかし、マンションのチラシというのは新聞に入り込んでいるのが常なると思っていたので、道端で配るとは、いかにもこのマンションは売れていない = 買わないほうがいい と思ったのは私だけであろうか。




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山下達郎 Performance 2008-2009 福山でのライブ

2009-01-24 | music

テレビに出ない・ホール以上の大きさの会場ではライブをやらない・本を出さない・ディナーショーはやらない 山下達郎の6年ぶりのコンサート・ツアーが昨年12月からスタートした。12月27日28日の大阪フェスティバルホールのチケットは取れなかったので、1月18日(日)のふくやま芸術文化ホール リーデンローズでのコンサートに行って来た(コンサートとライブをどう区別すればいいのか分からない)まあ正確に言うと私はチケットの取り方が分からない古風な人間なので、自分で取ったわけじゃない。山下達郎の高校の後輩にあたるMさんから誘われたので行って来たのだ。






会場は他のアーティストのライブとは全然違う。入り口近辺に普通大量のポスターが張ってあると思うんだが、達郎のそれほど大きくないポスターが一枚置いてあるだけ。それ以外、ここで今日ライブがあるとアピールしている箇所がないということに驚いた。

リーデンローズはたぶんクラシック用に作られたホールなのだろう。音響とても良し。

そうそう。大切なことを書き忘れる所だった。私は山下達郎を嫌いでは決してないが、だからと言ってCDをよく聴くというほどでもない。名盤MERODIESだけは擦り切れるほど聴いたが。なので手に入る達郎CDを片っ端からiPodに入れて一週間ずっと聴いて聴いて聴きまくった。全170曲也。曲を知ってる知らないではライブの楽しめ度が格段に違うから。そして今回が初めて見る生山下達郎である。

さて、18時にライブは始まる。しょっぱなは確かジャングル・スイングだった(かな?)何曲が立て続けに演奏。とりあえずの感想

① 山下達郎、意外とカッコいいぞ。足長いし
② ドラムがとてつもなく上手い
③ 山下達郎、ファッションはかなりダサいぞ

達郎は黒のニットキャップ、紺色の無地シャツ、濃い色のジーンズ、たぶんスエードの革靴といういでたち。全体的に無難と言えば無難だがアーティストがしかも舞台の上で着るような服ではないと思う。しかし一番気になったのは時計とベルト。腕時計はおじさんがしていそうなビジネス風(?)皮のベルトに薄い金色の文字盤。SEIKOのDOLCEっぽい。ベルトはまたおじさんがスーツのパンツにしているような皮ベルト。おじさんがジーンズを履くとこういうベルトをしていることが多い。奇天烈な格好がmustアイテムではないと思うけど、しかしいくらなんでもこれはね。しかし、山下達郎だと、それら全てを含んだ達郎というパッケージ化された像(偶像?虚像?)に見えてくるから不思議。何かを成し遂げた者のみが放つオーラとはこのことか。

ギターは焦げ茶色のフェンダー・テレキャスターとメーカーが分からないエレアコの2本しか使ってなかった。MCのときの太く低く力強い声と歌の高音の落差がすごいと感じる。

アンコールが始まるときに「ほんの小さなお願いがございます。掲示板やブログなど発信できる場所は多いようですが、ネタバレする際にはご配慮をお願いします」と達郎本人が言っていた(場内大爆笑)ので、ライブの場合何がネタバレなのか判断が難しいが曲名もあまり書かない方が配慮なのだろう。

アンコール込みでちょうど3時間。私の場合、映画やライブを楽しめたかの分かりやすいバロメーターがあって、それは途中で腕時計を見るかどうか。つまらないと早くおわんねえかなーと時計をチラチラ見る。しかし今回一度も見なかった。そして3時間があっと言うまで「ええもう終わりなのーもっとやってよーお代わりお代わりー」気分であった。

なぜ6年間もライブをやらなかったかと言うと「20年間一緒にやって来た9人のメンバーの内、3人を他のアーティストに取られたから」で今回ツアーを始めたのは「大阪フェスティバルホールの閉鎖に反対していたら、年末27日28日ライブやっていいとの連絡があった。それだったらツアーをやろうか」ということだそうだ。フェスティバル・ホールには行ったことがないが、12月25日は立川談春(先日情熱大陸でやってた)が落語をやったりでどうやらいいホールだったのだろう。

達郎自身久しぶりのライブでもあり、軽妙なトークが持ち味(ラジオでお馴染み)なので、トークを少し勉強しようと綾小路きみまろのCDを聴いたそうな。しかしあまりにもブラックなので真似できないというトークをしてた(これが一番爆笑してた)そう言いながらきみまろの一つのネタを披露していたが、達郎自身の喋り方の上手さと、きみまろのネタのブラックさがあいまって「上手い!」とつぶやいてしまった。

ドラムがすごいと書いたが、山下洋輔とともにフリージャズをやってた人だそう。それとギターは佐橋佳幸でどこかで見たと思ったら松たか子の夫だった。物凄く小さくて足が太いがとにかくすごくいいギタリストだと思った。ギターが子供用の小さなモノに見えたが(フェンダー・ストラトキャスター一本しか使わない)そんなわけないだろう。キーボードは難波弘之。

すごくいいライブに行くと、なぜか涙腺がゆるくなることがある。その空間に自分が存在しているということに表現不可能な何かを感じているようである。今回久しぶりに涙腺がゆるくなった。

ライブって行くまでは若干億劫な気分になるのだが、行ってみると「ああまたいきてえなー」と思う。

ライブが終わって、倉敷駅近くの志乃というとてつもなく旨い魚を食わせてくれる個室風和風居酒屋で山下達郎図を描いたらそこそこ好評だった。現物は持って行かれてしまったので、PCでまた描いてみた。








テレキャスターが、アコギだか三味線だかに見えないこともないが、そこに正確さを求めても仕方ないしそのままにしておく。またご覧の通り、基本的にやや内股というのが達郎ギタープレイの原則のようである。






※余談


俺「動いている山下達郎って、ベストテンに出てたの一回見ただけかな」

Mさん「ええ?達郎ってテレビに出ないので有名なんだけどな・・・」

俺「うーん。あのロン毛でフェンダーのテレキャスターをちゃかちゃか弾いてる映像が脳裏の残ってるんだけど、幻影かも知れない。最近俺よく見るんだよね。幻影とか幻想とか」

とそのままスルーしていたら、後日暇なMさんが調べてくれて、もしかするとベストテンに出てたかも知れないとのこと。

すごいぞ山下達郎。
ネッシーとかツチノコの域にまで達している。顔もそっちに近いと言えないことも・・・・・・




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沢尻エリカの夫

2009-01-23 | days

あのエリカ様が結婚ですか。それはよかったよかった。

某友人と話していたときに、

「あのはいぱーたかしろがブログで書いてたのよ」

俺「ん?はいぱーたかしろ?誰だ?あー!あのハイパー高城かあ!ぐわっはっはっは。君のそのネーミング、2009年度名付け親大賞にノミネートしてあげよう」

ハイパーなんちゃらという肩書き(本人が付けたのではなくてどっかのメディアが付けたとハイパー本人が言ってたが)(そんなことはどうでもいい)は極めて怪しい。それをさらに

ハイパー高城

にしてしまえば、エスパー伊東、ジョー樋口、ダン池田、コモエスタ赤坂と並んで親しみ安いフレンドリーなキャラクターに早がらり!(早く・ガラリと変わるという意味の造語。今作った)



ここで終えてしまいたいがなんだか落ち着きが悪いのでどうでもいい余談でも。

hyperという単語(接頭語?)は「超○○」という意味なのでhyper media creatorという肩書きは「超メディアクリエーター」というこれまた意味不明な言葉になるが、そもそも言葉なんてそんなものなので気にしない気にしない。私が見かけるhyperが付くという言葉だと、hyperactiveがある。「超元気」とか「異常なほど活発」という意味で、子供の精神疾患を表現する言葉として見かけることが多い。それ以外ではHyperactiveというタイトルの楽曲。私がよく知っているのはRobert PalmerのアルバムRiptideに入っているHyperactiveだ。

以上、かえって収まりが悪くなった感、なきにしもあらず。


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愛するといふこと

2009-01-22 | poetic inspiration

君と出合ったのは、いつのことだったろうか。

君は言ったね。

あなたに会った瞬間に恋におちた。

でも、あなたは決してわたしのことを好きにならないと思ったと。

僕は言ったね。

君に会って、エスカレーターに一緒に乗った瞬間恋におちたと。

でも、君は決して僕のことを好きにならないと思ったと。

でも、二人とも間違っていた。



それから月日が経った。


今は君に会えない。

会いたいと願うことも叶わない。

君はもう、僕のことを忘れたかい?



恋をするということは

楽しかった過去が

苦しみに変わることだと知った。


愛するということは

この人のために何かをしてあげたいと思うことで

この人のために何もしてあげられないと嘆くことだと知った。






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『エッジ』鈴木光司

2009-01-21 | books

「エッジ」上下 鈴木光司 角川書店 2008年(初出野生時代2004年1月~7月号加筆修正)

本の雑誌2月号の新刊レビューで大森望は悪し様(☆2.5個/満点は5個)に言っていたがどうだろう。稀代のSF読みの大森氏とSF読まずの私とは自ずから読み方が違うだろう。ハードSFの根底になる理論についてはある程度目をつむってエンターテイメントとして面白ければいいだろうと思いつつ新幹線の車内で頁をめくってみた。

2011年、星が消える。無理数πの値をコンピューターが計算していたら、5千億桁を越えた所で0000の繰り返しとなってしまった。
2012年、日本で忽然と人が消える事件が続発。父親失踪のときに得た失踪人追跡のノウハウを元に冴子はテレビ取材に同行する。

物質はスカスカである(182頁)コペンハーゲン解釈(265頁)リーマン予想の崩壊、相のずれ・・・・・・
「宇宙自体が数学的言語で記述されることを望んでいるから」(下巻98頁失踪した冴子の父が残した原稿より)

新横浜から読み始めて新大阪に着く頃に全て読み終わってしまった。物理学の基礎から高度な数学理論へと中途半端な駆使をしながら物語は進む。いや物語ではなく作者鈴木光司の理論を説明するためにくっついてきたプロットのようだ。相対性理論について知りたい読者は少なくないだろうがその説明は薄く、肝心のメインストーリーに関わる「理論」の説明はたっぷりある。

簡単に言えば、我々が現在生きている時空間は壊れつつあるということを言わんとしてる。どうしてそう言えるかは「エッジ」の中にたっぷり書いてある。

そのエッジ理論(?)は悪くないし、その理論的裏付け可能性、カタストロフィがもたらすインパクトも分かり安すぎるほどデカい。そういう意味では悪くない。また新幹線車内3時間かからないで読み終わってしまうことをリーダビリティと呼ぶならそれがきっとあるのだろう。しかし。読後感は週刊ポストと東スポを読んだ後にトンデモ本のムックを読んだような感じ。不快ではない。だからと言って誰かとその時間を共有したいとは思わない。

野生時代に連載していたときは「エッジシティ」というタイトルだったがそれだと、ただでさえなぜエッジというタイトルなのか、別のタイトルの方が良かったのではと思うので、まだ今の方が良いのかも知れない。

大森氏が言うような「上巻最高・下巻最低」というような採点に必ずしも与するものでもないが、確かに上巻で出没したアイデアはすごく面白いのでもうちょっと何とか下巻で上手く纏められなかったのだろうかとは思う。小説の最後の終わらせ方は色々なやり方があるが、鈴木光司が最初この大ネタで物語を始めたときはまさかこんなショボイ終え方をするとは想像だにしなかった。

グレッグ・イーガン等ハードSFでやや強引な理論展開を読ませられるときには読むスピードが猛烈に落ちる。所謂飛ばし読みが出来ない。飛ばしたら何のことだか分からなくなる。若干古文書の解読のような読み方になることさえある。その遅読が強引な理論展開の堪能には欠かせないのだと思う。鈴木光司は飛ばし読みを可能にしてくれる。それが、このSFの文法に則って書かないといけない物語をケータイ小説のような文法で書いた失敗作品を生み出したと考える。

読み安くすればいいってもんじゃないのだ。




エッジ 上
鈴木 光司
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エッジ 下
鈴木 光司
角川グループパブリッシング

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日本語を、知らない俺が悪いのか

2009-01-20 | days

すべからく」という言葉があるが、

これは「全て」からきているので、<例文>ママがつくるご飯はすべからく美味しいよねーのようにallとかeveryの意味だと思っていた。しかしつい最近これは「須らく」で、すべきというようなmustとかto doの意味だと知った。つい最近知った。

いみじくも」という言葉があるが、

これは「すごく」とか「とっても」なので<例文>彼女はいみじく太っている、veryとかmuchだと思っていた。しかし、つい最近「適当な」とか「適切な」というようなappropriateという意味だと知った。つい最近知った。

こんな体たらくでよく名門○○○高校に入れたもんだ。いやたぶん裏口からだったのだろう。思い出せば、確かに正門ではなく裏門からいつも出入りしていた。そうだ。俺は弁当の納入業者だった。

逆ルー大柴バージョンで会話が古文なフルー大柴なる人物がいると面白い。口を開けば

「てふてふが~きこしめして~」

「君の言い方は、こそ~已然形だね~」

うーむ。自分が最近まで知らなかった言葉の話をただそれだけ書こうと思ったのに、脱線してしまった。この「フルー大柴」、もしくは「ふるっ大柴」の会話をもっと膨らませようかとも思ったが、よく考えたら古文はもっと苦手だった。

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『黒百合』多島斗志之

2009-01-19 | books

「黒百合」多島斗志之 東京創元社 2008年

「<移情閣>ゲーム」や「症例A」など寡作なのであるが、その代わり一作一作の完成度はいつも高い、多島斗志之の新作。

1952年、東京から六甲山へひと夏を過ごす僕。一緒に過ごしてくれる父の友人の息子、一彦。そしてそこで出会う同じ歳の美少女、香。1952年夏、少年たちが経験するみずみずしい夏。章が変わると、昭和10年、ドイツに行く(どう見ても阪急の小林さんにしか読めない)宝急の小芝翁、同行する東京電力の寺元と宝急の浅木(前出の男の子二人の父親たちだとすぐに分かる) ナチスが勢いを増すベルリンで出会う日本人女性。その女性がドイツに来る理由・・・・・・様々な前振り、伏線が最後の数ページですっと収束する。

いやいや。さすが多島斗志之。非常にスムーズに読めるのに、最後にそう来る。そこで前を読み返して「あっ」と叫ぶ読者は必ずいるだろう。私はそれを予期していたので、読み返しはしなかったが、しかし「あっ」と叫んでしまった。そして「うまい」と。

本書の扉に「文芸とミステリの融合を果たした傑作長編」とあった。しかしミステリ的側面がめっきりさっぱり出て来ない。謎は確かにそこらかしこにばら撒かれてはいるものの、その謎はたぶんそのまま放置されるか、ラストで解決されたとしてもそれほどのカタルシスが得られるわけでもないだろうから、ゆえにミステリじゃないだろうと思いつつ読んでいた。しかし、違った。充分にミステリだった。すまぬ。

あと「黒百合」というタイトル。読後すぐには何も思わなかったのに、今これ書いていて「あーー!」と思った。うーむ。

この後、鈴木光司の最新作「エッジ」を読もうとスタンバっていたら、「本の雑誌」内の新刊レビューで大森望がこてんぱんにけなしていたので、読む気が多少、いやおおいに失せた。大森いわくは、上巻は素晴らしい、けど下巻は空中分解して最悪とのことなので上巻だけでも読もうか(大森望氏は、数少ない「この人が言うことなら大方信頼できるだろう」という翻訳家兼文芸評論家である)そうそう。大森氏さらにいわくは、下巻がダメないい例なので上巻から、後の下巻をどう変えれば良いのか考えるための良いテキストになるとのことなので、そういう捩れた観点から読むかも知れない。(←珍しく他人の言うことを素直に丸呑みする私)


なお、多島斗志之は川上健一と並んで「寡作」&「読んでもハズレが少ない」作家である。



黒百合
多島 斗志之
東京創元社

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「移情閣」ゲーム―綾辻・有栖川復刊セレクション (講談社ノベルス)
多島 斗志之
講談社

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症例A (角川文庫)
多島 斗志之
角川書店

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クリスマス黙示録 (新潮文庫)
多島 斗志之
新潮社

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特に「<移情閣>ゲーム」(私が読んだときは「龍の議定書」というタイトルだったと記憶しているが)は、そう来たか!と、やられた感満載の傑作なので他の作品と合わせてオススメしておく。



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わたしの夫は痩せています

2009-01-18 | laugh or let me die
















私の夫は

とてもやせています。

骨の上に皮が乗っている様な

いいえ

皮すら

ないかも知れません。

私の夫は

とてもやせています。

まるで何も食べていないよう

まるで何も食べさせてもらって

いないよう。

私の夫はとても

やせています。
























ダーリンは
ガイコツ人





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ペットボトルAVという動画

2009-01-17 | digital, blog & twitter





結構笑わせていただきました。



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