頭の中は魑魅魍魎

いつの間にやらブックレビューばかり

gooBLOG(裏)セレクション復活

2007-02-28 | laugh or let me die


「正しい三十路の作り方」の眼鏡牛さんが、2004年8月に始めたこの企画。勝手に復活!

gooブログセレクションというのがあって、そこはいわゆる「上位ランカー」(gooブログランキング・トップ1000の上位)にインタビューするというgooのトップページにあるけど今は更新されてない企画。

それに対抗して眼鏡牛さんが考えたのがこの(裏)セレクション。詳しい説明はここ
インタビューの自作自演のようなもの。

最近は全く誰もやっていないようだけど、眼鏡牛さんの過去記事読んでいたら偶然発掘した素晴らしい企画。ご本人には復活の許可をいただいている。ただし、企画当初みながやっていた本家gooの完全なパロディという形式はかなり面倒なのでとっていない。その点、ご容赦を。眼鏡牛さんの説明読んだ?では!




goo BLOGの中のユニークながら、なぜか不人気なブログを紹介し、作者の個性に迫る「goo BLOG(裏)セレクション」。
第八百六十九回は、キレが悪いことに自覚がない【ふるちんの「頭の中は魑魅魍魎」】のふるちんさんです。
ふる(ちん)さんのブログは、一見意味がありそうに見えて実は読んでみると何の意味もないことをダラダラと長い文章で読む人を疲れさせるだけのブログです。
毎日テイストを変えていると自称してますが、根底に流れているものが何なのか?実は何もないのではないか?ご本人にその真相とブログについてどう思ってるのかに迫ります。





「はじめまして」

「はじめまして、こんばんみ」

「最初に写真撮らせていただいてもよろしいですか?」

「いいけど」

「ずいぶんと無表情ですね」

「余計なお世話だね」

「それではまず伺います。ふる○○さんにとってブログって何ですか?」

「ちょっと待った!なんだよ、その○○って!どう発音するんだよ!ってか失礼じゃねえのか?」

「失礼なのはあなたでしょう!こんなハンドル・ネーム使って!こっちだって困ってるんですよ。サーバーから削除しちゃってもいいですか?」

「あーーー分かりました。ごめんなさい」

「分かればいいんです。で?」

「あー えっと、ブログですよね。ボクにとっては、ブログって排泄物なんですよね。ずっと食べてきた雑多なモノ。すんごい雑食なので、まさに雑多なモノが長い間の消化を経て、それで出てきた排泄物。そんな風に思っておりますです」

「汚いですね。そんなモノ読者にお見せしてどうするんですか?」

「どうするって・・・あ、じゃ言葉を変えれば、読んだ本、体験したことを脳内で咀嚼して熟成させたのちにそ」

「もういいです。キレイなふりするのはやめて下さい」

「すみません。ボクには荷が重いかも知れません」

「じゃあ、別の質問をしましょう。あなたのブログ妙に、不自然に、内容の低さからすると不可思議に最近アクセスが増えてますが」

「あーどうしてなんでしょうね。エヘ。みんなの応援があるからかな。みんなありがとう!」

「自分でクリックしてるだけじゃないんですか?」

「自分でってgooはアクセスしたIPアドレスでちゃんと選別してるんだから、同じPCからいくらクリックしたって関係ないじゃないですか」

「いや。なんかしてるでしょ?組織ぐるみなんじゃないですか?」

「え?どんな組織なんですか?ボクにはそんな力もなんもないですよ。色男、金と力はなかりけり。ってゆうじゃないですかー あはは」

「ぷっ 今日初めてお会いしましたが、色男ですか?全く笑わせますね」

「ごめんなさい。もう言いません」

「じゃあ、仕方ないので記事書くコツでも聞いてあげましょうか」

「あ、お気遣いすみません。コツですか?うーん。どういうわけか、紙に書いたりしてもダメなんですよね。PCに向かってると勝手に手が動いてることが多いですね」

「気持ち悪いですね」

「あー えっとポルターガイストとかではなくて、えっと 全部がそうだというわけでもないんで、頭の中でだいたいの構成が浮かんで、そのタイトルだけ草稿フォルダに入れておいて、後で気が向いたら書くって感じですかね。」

「そんないい加減でいいんですか?読者にも?我々にも?」

「あ、え、いやその・・・えっとだいたい週に一度、まとめて一週間分書くのがいつものパターンでパッターン」

「・・・」

「・・・」

「で、今回の都知事選立候補の意気込みは?」

「は?」

「四文字熟語を使って、しりとりをしなさい」

「・・・」

「ほほお だんまりを決め込んだか」

「・・・」

「おまえがやったんだな」

「・・・」

「やったんだよな!」

「イタッ・・・」

「な!」

「イデッ イダイ・・・」

「な!」

「はい・・・」

「そうだろう。吐いてしまえば楽になっただろう」

「あの・・・」

「なんだ?」

「カ・カ・・カ・・・・・・・・カツ丼とってもらえますか?」






次回は、

+αの部分に映画以外を詰め込んだ、みなさんご存知映画ブログ「極私的映画論+α」の、しんちゃんさんです。

え?なに?断られた?

えー、次回は、

「海外ドラマが好き♪」と言いながら、ドラマ・映画・食べ物と幅広くご活躍。もう既にこのgooBLOG(裏)セレクション特別編にご出演されたことのある、最近めっきりキレイになったと評判の、じゃすみんさんです。

な・な・ななにー!また、断られたのか・・・



復活させたはいいが、一夜限りの花火だった。

しかも、ちっちゃな花火だった。



>眼鏡牛さん、
ごめんなさい。
>誰か
もらって。でないと・・・



次回は、

【(裏)ふるちんの『頭の中は魑魅魍魎』】のふるち子さんです。




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人生で一番ビビったプレゼント、それは15の春だった。

2007-02-27 | days
あれは・・・

忘れもしない中学の卒業式の後。

バカ達らが俺の家にみんなして来ることになっていたので、5人くらいで歩いていたら、同じクラスの女の子が走ってきて俺の名を読んでいた。

ああ、制服の第二ボタンか・・・昨日磨いておいてよかった。

ところが
「これ、○○ちゃんからのプレゼント!受け取ってあげて!」

当人じゃないのか・・・てか、○○ちゃんは数ヶ月前にコクられて断った子だった。

ので、

いらねえよ

と振り切り逃げて来た。

バカだちどもと下らない話で盛り上がった後、自分の部屋の片隅に何やら不吉な物体。ラッピングされている。あれか・・・

One Of バカだち が勝手に受け取って、持ってきやがった。


しかし何が入ってるのだ?開けるのが怖いぞ。



ここで、問題です

四角い物体。縦10センチ横5センチぐらい。厚み1センチぐらい。

中三の俺をビビらせた女の子からのプレゼント。
少し何だったか考えてみてくれたまへ。


------10分経過------

ぶぶー




------3時間経過-----

ファイナル・アンルイス?

ぶぶー




------3日経過------

ファイナル・アンディ・フグちり?

ぶっぶー





開けてみた。

すると本のようなものが。

しかし、

開いて見たら・・・・














日記



日記ですよ。彼女が書いた。

中三のときに一年間書いた自分の日記。

普通、プレゼントにするか?

恐る恐る読んでみると、

「○月X日 今日ふる君が走ってるのを見た。ラッキー」

「○月X日 今日ふる君が△ちゃんと話してるのを見た。あの子のことが好きだなんてくやしー」

みたいなのが延々毎日続いてる(文章はもっと長い)
しかも△ちゃんと話した記憶がないうえ、もちろん好きでもなかった。

いま的に言えばストーカーに限りなく近いのだろうが、そんな言葉も現象もなかった時代なので、

そしてまだ15歳の俺は、


まじビビった。

だってさー

見られてるだもの。いろんなところで。



で、

結局、その日記はさすがに捨てられなかった。

それどころかいまだに取ってある。





今日の教訓




年月が
重いデ全てを
思い出に変える


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英語の恥ずかしい聞き間違い(シカゴの「長い夜」)

2007-02-26 | days
シカゴの「長い夜」という曲がある。

何度も聞いたので耳に残るのだが、サビの部分が不可思議だった。

「トゥエンティ・ファイブ・オー・シックス・トゥ・フォ~♪」

俺はこれを

25 OR 624

という暗号だか郵便番号の類かと思ってた。

歌詞カードなどめったに見ないんだが、歌の内容からして、しかもこれがタイトルになってるんだから、なーんかおかしいぞ と思って・・・

歌詞カードを見ると



"25 or 6 to 4" (4時、25・6分前)だった。



il||li _| ̄|○ il||li



恥ずかしい・・・泣きたい・・・

発音は一緒だけどさ・・・

そうだよな・・・そう聞き取らないと意味通じねえよな・・・

トゥ = 2じゃなくて to だよな・・・




なんてことを思ったのも80年代。みんなが生まれるずっと前じゃ。ゴホッゴホ






そんなわけで、シカゴとアース、ウインド&ファイアーがジョイントしてこの曲を演奏しているという珍しい映像を発見した。クリックで別ウインドウが立ち上がる。

シカゴをあまり知らない人には、ブラス・ロックという言葉を覚えてくれたまへ。

上の映像を見れば分かるが、トランペットやサックスなどブラスで出来たホーンセクションを大きく使ったロックのことだ。シカゴの曲全てがそうではないが、ブラス・ロックという新しいジャンルを開発したのはこのシカゴであろう。

ちなみにこの「長い夜」オリジナル・バージョンは1970年にリリースされたが、上の聞き間違いをしたのは、セルフ・カバーしたもっと現代的バージョンだった。また、シカゴは「素直になれなくて」が有名だが、初期にはもっとメッセージ性の強い曲が多くて、80年代以降メローな感じ、あるいはAORにすり寄って行った。



さて、


シカゴに敵討ち!

というわけでもないのだが、実に歌詞がしょうもない歌「サタデー・イン・ザ・パーク」




いいピアノの曲満載のコンピレーションアルバムPIANO SONGSの中に収録されていたからご存知の人も多いかも知れない。

英語の曲はよく聞くと日本語の曲より歌詞がしょうもないものが多い。しょうもなくないものも多いが。

歌詞の著作権はうるさいので、拙訳では

「土曜日、公園で。今日は確か7月4日。みんな踊ってるよ。歌ってるよ。アイス売ってるよ。わーい楽しいな。この日を楽しみにしてたよ~♪」

実にしょうもない。涙が出てくる。


しかしこの曲が証明しているのは、

歌詞なんてしょうもなくても、
いいイントロ、いいメロディ、いいアレンジ、いいボーカル
があれば
いい曲なのだ。


と、英語の聞き間違いだけを話すつもりが → シカゴうんちく → 歌詞批判

とどんどん脱線して行ったが、ま、実生活の会話となーんら変わらない。

脱線しっぱなしだもの

いろんなものが

伝線しっぱなしだもの

いろんなものが
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アカデミー賞と直木賞にケンカを売る。

2007-02-25 | film, drama and TV
さーて、たまには大きなモノにケンカ売ってみますか。
(コメントレス遅れてますが後で返します。しばしご容赦を)


目次:
1.アカデミー賞
2.直木賞
3.共通点と結論



1.【アカデミー賞】

まずはハリウッドの歴史から。

東海岸で映画の興行していたのはユダヤ系アメリカ人たち。しかし、エジソン・トラストが器材の使用許可をしないとか、もめごとが多く、困っていた。

ちょうどそこに、LAにハリウッドという土地を開発したんだけどこっちに来ないというお誘いがあり・・・西海岸ならやりやすいだろうと・・・

→どーんとハリウッドにやってきた。そこでスタジオを作って、映画製作して大儲け。

映画の都ハリウッドと言うが、ハリウッドという街に映画屋がやって来たって訳だ。
めでたしめでたし・・・とはいかない。


メジャーの映画スタジオ(映画製作会社とは本来意味が違う)はすべてユダヤ系ばかりが所有してた。大儲けをしたはいいが、社会的に認めてもらえない。人々から尊敬を受けない。それでどうしたかと言えば

→ 賞だ!

自分たちが作った映画に、自分たちで賞を与えるというすばらしいシステム!

自分たちの 自分たちによる 自分たちのための ご褒美

アカデミー賞がそんな風に始まったということを知ると、少し斜めから見ざるを得ない。

アカデミー賞への批判は過去に多くあったのでここでは繰り返さない。メディア・コングロマリットが生む弊害など新しい問題もあるのだが、下に別の話もあるので、今回は思いきって割愛させていただく。しかし不純な動機から始まったものが何を生み出すのだろう?(以下アカデミー賞については3につづく)


2.【直木賞】

宮部みゆきの「火車」が直木賞を取れなかったときに、腰がくだけた。

俺の記憶では、選考委員の某大物作家がコメントで「○○が最後まで出て来なかったからそれで落とした」

il||li _| ̄|○ il||li  そこに意味があるんだろうが・・・

で、調べてみたら、選考委員の藤沢周平、井上ひさしは高い評価をしていた。しかし渡辺淳一のはヒドイ。五木寛之に至ってはこの作品にコメントがない・・・

火車が受賞しなかったことで、当時評論家たちからの非難が多かったのは言うまでもない。また、ミステリーが直木賞を当然のように取る時代ではまだなかったのかも知れない。その時に受賞した某作家、悪くはないんだが、その後の活躍ぶりを比較すれば、宮部さんに大きく差をつけられてしまった・・・


さて、

直木賞 = 発端は新人賞だったのに、いつのまにか中堅作家のための賞になっていた。大物作家でもなく、新人でもない、中途半端な不可思議な賞。

宮部女史を例に挙げると、後に、

「理由」で直木賞を受賞した。

しかし、書店で直木賞受賞作だからと買ってしまった人にはちょっと不幸だったのではないだろうか。

宮部ワールドは多岐に渡るが、「理由」はかなり読みにくく、最初に読む宮部作品としてはふさわしくないと思う。だから、他にせっかく山のように面白宮部ワールドがあるのに、一冊だけ読んで(たぶん途中で投げ出して)、この作家はもう読みたくないと思われてしまう。直木賞が犯した罪だと言ったら言いすぎであろうか?


なぜこんなことになるかと言うと、

直木賞 = 功労賞的側面が強いから。


それまで宮部さん頑張ったから、じゃこのタイミングであげよう。

もらう方は直木賞作家というタイトルがもらえるのだからまだいい。

不幸なのは読者

業界内功労を、一般読者に広く知らしめる意味がない。

同じような例は枚挙にいとまがないが、大沢有昌が「新宿鮫 無限人形」で直木賞受賞したのも同様であると思う。自分が知る限り新宿鮫シリーズでシリーズ4作目の「無限人形」が最高到達点であると評した者は寡聞にして知らない。第1作、あるいは第2作の「毒猿」の段階で受賞に充分ふさわしい地点に到達したと自分は思ったが。また最初から読んでない読者はいきなりシリーズ4作目が直木賞だとしたら、一体どの作品から読めばいいか困惑するのではないだろうか?ドクター伊良部シリーズの2作目「空中ブランコ」で受賞した奥田英朗も同様。東野圭吾の作品を多く読んでいる人なら「容疑者Xの献身」が功労賞的に与えられたという感想を持ったのではかなかろうか?過去にもっと賞にふさわしい東野作品がいくらでもあったはずである。


もう一つは、選考委員は全員小説家。小説家がいい作品を選ぶにふさわしいだろうか?

小説を書くプロ = 小説を読むプロではない。

そのために本読みのプロ、評論家や書評家という職業の人たちがいるではないか。

功労賞的側面と選考委員の問題があるから、過去の受賞作のある一部は名作、また一部は凡作と玉石混交になっている。


さらには、主催しているのがある出版社であるので、その出版社が出した本が受賞しやすい傾向にあると言う者もいるが、これについては自分で検証していないのでなんとも言えない。

個人的オススメは、もし直木賞作家の作品に興味があるのなら、受賞前に書いた作品を先に読んでみることである。それでどうして「功労」に報いることになったか分かるから。


3.【共通点と結論】

1であえて書かなかったが、2と同様功労賞的側面は同じように強い。また投票をするアカデミーのメンバーに映画を評する資質があるのかについては同様に大きな疑問がある。しかし、疑問の段階を超えないのは、メンバーが非公開であるから資質が「ない」と言いきることもできない。

さて、共通するのは

・功労賞的である
・選考する者の資質に疑問
・だから、年間の最優秀と果たして言えるか?


だからどちらの賞も受賞作だと言う「それだけの理由では」、ぜひ見よう、読もうという気にはなれない。


※しかし、アカデミー賞受賞作品がくだらないとはどこにも書いてない。直木賞受賞作がくだらないとも書いてない。ハリウッドスターが一同に会するお祭り的側面は否定していない。



クダラナイのはその発端やシステムにある。

さて最後に結論を


自分の価値観を他人の価値観と混同させない方がいい。
誰かが決めた「いいモノ」と自分の「いいモノ」が一致することなどめったにない。
ましてや、自分の価値観を多数に合わせることもない。





※以下余談:


自分の目で確かめるのが一番。しかしここはブログ。インターネットと言う名のバーチャルな空間なので、

小説でも映画でもあるいは他の作品でもブログを参考にするのなら、

・そのブロガーが薦めた作品に自分で触れてみて、同感だったのか?
・あるいは自分が既に触れた作品を自分では決して表現できない、心の中に入り込んで来るような言葉で評してくれているか?

もしそんなブログに出会えれば、そのブログが一つ、自分の参考になるであろう。それは、音楽でもドラマでも同じ。俺のような戯言を放つだけのブログでも同じことが言えるかも知れない。

これは価値観を合わせているのではなく、価値観を共有できる者の発見。しかし、自分がよくないと思っているモノを褒めてるブロガーがいたとすれば、すぐに読むのをやめるのではなく、どのように説明しているのかをよく読んでみよう。自分では見つけられないことがあったのかも知れない。自分とは違う考えにも耳を傾けてみよう。


異論を受け入れることで もしかすると 自分が成長できるのかも知れない。


以上で戯言を終わる。





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追記:
アカデミーの作品賞が「ディパーテッド」に与えられた。
リメイク作品が作品賞にノミネートされていることに疑問を抱いていたが、もしこの作品に作品賞を与えるなら、オリジナルの「インファナル・アフェアー」にそれなりのリスペクトをすべきだと思う。


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女性たちへ、こんな愛の告白はいかが?

2007-02-24 | days


彼女「あのね・・・ずっと・・・あなたのことが・・・好きだったの!あたしと付き合って下さい!お願い!」

彼「ちょっと待った!」

「え?なに?」

「今言ったこと、全部忘れて」

「忘れるって・・・ダメだってこと?」

「いいから。今言ったこと全部忘れて。10分前の世界に戻ろう」

「でも・・・どうして?」

「いいから」

「えー・・・」

「ね?いいでしょ?」

「・・・うん・・・わかった」

「じゃあ、10分前に時計を巻戻して・・・



最初に君に出会ったとき、すごくまぶしくてなんだか声をかけるのに勇気がいった」

「…」

「でも、話してみると、すごくお互い通じ合うところが多かったし、なにより話しててすごく楽しかった」

「…」

「友達としてずっと接していたけど、実は俺・・・ずっと前から君のことが・・・」

「…」

「好きだったんだ。もしよかったら俺と付き合って下さい!」

「え?どうして?え?え?」

「…」

「え?あたしが告白したのに・・・え?前からそう思ってたの?」

「そうだよ」

「でもどうしてあたしが言ったこと忘れることにしたの?」

「告白するのは・・・男の仕事だからさ」

「…」

「もう。そんな顔したら台無しだぞ。ほら、涙ぬぐってあげるよ」

「…」

「まだ、答えを聞いてないぞ(笑)」

「あ・・あたしでよかったらお願いします」

「ありがとう。こちらこそどうぞよろしくお願いします(笑)

じゃあ、なんかおいしいお酒でも飲みに行こうか?」

「うん!」







どうですか?お客さん?





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人間は生まれながらにして環境に悪い生き物だ

2007-02-23 | days
朝、起きる

歯を磨く 水を流す
テレビをつける
トースターでパンを焼く
コンロで味噌汁をあたためる

電気・ガス・・・ 全て天然資源を取ってきて、それを自分たちのために使ってる

プラスチックなど石油精製されたものは言うまでもなく

木でできたものを作るための森林伐採

ゴミも毎日大量に出している その一部しかリサイクルできない



食物連鎖の頂点に立つのは人間だと言うけれど、
遺体を鳥や虫が食うわけじゃない

火葬や土葬など人間が作った都合で、食物連鎖が破壊されている


環境のために、と言うけれど、
どう頑張っても環境の悪化の度合いを減らしているに過ぎない


だから

謙虚に生きるというカタチもあるだろうし、

どうせ地球は滅亡するんだから、
どう生きたって同じだと思って生きるカタチもあるだろう

どうせ自分が生きてる間には、
何も起こりやしない 知ったことじゃない
そう思って生きるカタチもあるだろう



ただ、人間の存在自体が環境に悪い

ただ生きているだけで

自分たちの環境を、自分たちによって悪くしている



それは忘れたくない










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カラダを鍛えること=「デザイン」すること

2007-02-22 | sport
「ジムでガンガン頑張ってた時期もあるんですよ。ホラ、二の腕とか筋肉ある風でしょ?」


「昔からそうなんですけど、顔がカッコよくても、ひょろひょろは男としてダメだと思う。ヨン様が奇しくも同い年なんですけど、韓国のアイドルとか俳優さんって、脱いだらスゴイじゃないですか。男たるや鍛えてカラダが引き締まっているのが当然で、顔もカラダも含めてカッコいいと評価する文化らしいですね。それが正しい。よくマッチョはバカっぽいとかアホっぽいとか言われますが、マッチョになるまでどれだけ辛い思いして、努力して、克服してるか」



この二つの発言誰が言ったと思う?









上は、モデル田波涼子
下はお笑いコンビ、ペナルティのワッキー




どちらも雑誌TARZAN(第479号)より引用

ワッキーが元市立船橋でサッカーやったこと、腕立て伏せだけで体を鍛えていたことは知っていたが、こっそりファンであった田波涼子(JJのモデル出身、CLASSYやここ数年はニベアボディのCMキャラ)が体鍛えていたのは知らなかった・・・これもまた例の俺を萌えさせる女のギャップにつながってしまう・・・

TARZANの紙面で、田波涼子がノースリーブ、小さめのシャツ、スパッツ履いて走ってる姿。残念ながら、写真を載せられない。しかし引き締まりつつもちゃんと肉がついている二の腕、少しだけ見える少し割れた腹筋、細すぎない足・・・すばらしい。



さて、


人間は美しいものが好きな動物である。

キレイな景色を見る、自然に触れると感動する。
美しい絵画をわざわざ美術館まで足を運んで見る。

「美」というモノが好きなのが、人間の本能のようである。

映画や音楽、小説も形を変えた「美」であり、またもしかすると自分では作れない美なのかも知れない。

メイクをすることによって女性が自分の美を作り、ファッションでも同様。


「腕時計とは男が唯一身につけられるジュエリーだ」という言葉がある。


だとすれば、

筋肉とは
男性が唯一身につけられる「美」ではないだろうか。

女性ももちろん筋肉をつけることは可能だが、それをしたくない人も多いだろう。

また、筋肉など所詮外見に過ぎない。

その通り。

でも人間に美を愛でる本能があるとすれば、

自分のカラダをデザインするできることは

喜びであり、

自分にしかできない特権でもある。

「美」を作ることなんだ!


髪型なんて切ってしまえばみな同じ。

ファッションなんて脱いでしまえばみな同じ。


でも、カラダはいつでも、どこでも、
もれなくついてくる「美」なんだぞ!








今日の教訓






今晩
腹筋触らせる
逆セクハラの
言い訳が完成した



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最近見た映画DVDまとめてレビュー9本+2

2007-02-21 | film, drama and TV


「嫌われ松子の一生」
暗い原作が大好きだったんだが、これは別物だと思えば面白かった。中谷美紀のビックリするような体当たりの演技も見ものだが、監督の作り出す「妙にポップな映像」は石井克人の名作「鮫肌男と桃尻女」を彷彿とさせる。元ネタの方向性を裏切って成功した珍しい例



「グッドナイト&グッドラック」
マッカーシズムが吹き荒れる、アメリカ史上最も暗く殺伐とした時代。これを真正面から捉えた映画は過去にあっただろうか。
モノクロームの映像を現代において使うと、ただ単に時代がかって見せるだけで、実はミットモナイことになりかねない。監督のジョージ・クルーニーはハリウッドでセクシーさを売り物にしてるだけでないことを証明した。脇役である彼のダサイ髪型・ダサイファッション。いまだに髪すら切れないどこかの日本の3流役者とは比べることすら失礼だ(あ、彼は役者じゃなくてアイドルか)主演のエド・マロー役のデヴィッド・ストラサザーン、この役にこれほどフィットした人は望めない。男から見てもカッコイイ生き様をこれまでかと見せ付けてくれた。






「M:i3」
途中で寝た。





「イヌゴエ」
意外な拾い物。犬の声をドスの効いた遠藤憲一がやってるのも笑えるが、臭い判定を仕事にする主人公との触れ合い、成長とこれがなかなか見せる。




「ミリオンダラー・ベイビー」
アカデミー賞受賞作品には期待をしてはならないのだが、女性ボクサーと老トレーナーという、どってことない設定なのに、ぐいぐい画面に引き込まれる。俺がガキの頃からボクシングファンであったことを差し引いても、彼女に待ち受けている運命が衝撃となって、胸に刺さった感覚はまだ残っている。



「ホテル・ルワンダ」
随分と見るのが遅れてしまった。中近東・アフリカ・バルカン半島・アジア・南米と内戦が続く地域については人並み以上の関心を持っているし、今更ルワンダの内戦なんて、見なくてもいいだろうと高をくくっていた。しかし、これは旧宗主国の犯罪だ!と、拳を握り締めながら見てしまった。パレスチナの紛争も元を正せば第一次大戦の英国バルフォアの空約束から始まった。大国の責任を改めて思い出させてくれただけでなく、主演のドン・チードルの演技と役へのはまりぶりも見所だ。

兵器を製造する国と使用して荒廃する国は常に別だという現実もまた忘れてはならない。

直接には「ジェノサイドの丘 ― ルワンダ虐殺の隠された真実」が参考文献になるだろうが、古くはクラウゼヴィッツの「戦争論」新しくは「戦争広告代理店」辺りをあげたい。




「SAW2」
前作を見てからだいぶ時間が経っていたのだが、流石のノンストップスリラー!そんなことおかまいなしに、楽しめる。中学生の姪と一緒には見られないが、狭い範囲でしか展開しないストーリーがなんとも言えず好みだ。




「かもめ食堂」
ぶっちぎりで一番良かった。平凡な日常を切り取るという意味では試写会で見た「棚の隅」がいかにダメなのかを痛感した。




「ブロークバック・マウンテン」
ゲイを取り扱った映画は「モーリス」に限らず、妙に美しく、ホモ・セクシャリティへのシンパシーを現そうとしている所が玉に瑕だと思っていた。しかし本作はゲイだけがテーマではなく、美しい自然、カウ・ボーイの日常・・・画面から色んな物があふれ出てくる。ラストの意外さにガツンと来た。ゲイというより、これは「普通の」恋愛物語だと言いたい。人を好きになるということについて、大いに考えさせられた。ラストシーンの余韻がまだ残る。





映画でないおまけ:




「LOST」
アメリカのドラマシリーズ
migたんakoさんが薦めてくれた。
まだ3話しか見てないが超常現象に嫌気がさすかと思ったら、
登場人物の過去がメインテーマっぽくそれなら見続けようと思った。
お二人ともジョシュ・ホロウェイがカッコイイと言うのだが、まだほとんど画面に出てこない・・・





「プリズン・ブレイク」
同じくアメリカのドラマシリーズ
誰からも薦められなかった。
刑務所で死刑執行を待つ兄を脱走させるため、
弟が刑務所に入り・・・
これは面白い!まだ4話しか見てないのだが・・・






他に見たもの、これから見るものもこのような形でまとめてレビューするかも知れない。あるいは一本だけを取り上げるか。


※追記:見たモノ全てレビューした訳ではなく、あまりにもつまらなかったモノは外した。





今日の教訓



映画ブログだと
言っても
ええが?




参照:「マイ・フェイバリット【映画10本】」

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日記ブログの今後を予想する(ちょっと毒かも?)

2007-02-20 | digital, blog & twitter
※毒注意報:日記ブロガーの方が読んで気分を害する可能性があります。もちろん反論は歓迎ですが。
また文面をよく読めば、「全ての日記ブログ」に言及しているわけではなく、また日記ブログ批判は全くしていないことが分かるはずです。


【目次】
1.読みたくなるような日記ブログとは
2.2分化傾向
3.その根拠を三つ
4.今後の予想


1.読みたくなる日記ブログとは

こんな言葉を非常によく耳にする(全て実話)

「面白いブログって少ないねえ」
「ブログってどんなもんかなっていくつか見てみたんだけどロクなもんがないねえ」

あくまでも俺が言ったのではない。

しかし、

mixiの日記って結構面白い。いや日記ブログより面白いものが多いかも?
とは感じていた。

致し方ない部分はあろう。

一応、友達限定で「固有名詞」「特定の人の名前」あげて語る日記と、匿名でやってる日記では面白さが違う。

知ってる人間が、こんなこと考えてるのかとか、今日こんな日だったのかと知ると、笑ったり、感心したり。

しかし、誰だか分からない人がやってるとその部分が「やや」薄い。



日記ブログ = 特定のテーマに絞ってる訳じゃない、今日あったことを書く形式のブログ

と、定義づけした上で、「読んでいて面白い日記ブログ」あるいは「読みたくなる日記ブログ」とは

①ブロガーが有名人で、その人のファン(だから何でも読む)
②顔写真を出していたりして、そのビジュアルのファン
③内容はともかく、その人の生き方・考え方に勝手に共感してる
④すごい波乱万丈・面白毎日を送っている
⑤文章に読ませる何かがある
⑥貼り付けてる画像に見るべきものがある


以上のどれかに当てはまるものではなかろうか。

有名人でなくても特殊な職業や環境にある人の日記ブログは、多くの人が知らない世界を教えてくれるのだから、人気があって当然だろう。

平凡な主婦の毎日と言っても、面白な日々をうまく表現してくれれば楽しんで読めるだろう。


しかしながら、

2.2分化傾向

昨年ぐらいからよく見かけるトレンドは、

身内に見せていい日記はmixiで。
第三者に読ませる自分の意見はブログで。


という2分化だ。

実際そう使い分けている人も多い。mixiだけじゃないSNSもあるだろう(GREEとか)

俺の予想では、このような2分化傾向はこれから進んで行くと思う。


3.根拠

ブログをやめてしまう原因は、

①書く暇がなくなった
②書くことがなくなった
③アクセスが全然ない
④コメントが全然ない
⑤書いていてもつまらない


A.書くことがなくなると

②は特に日記ブログによく見られると思う。特定カテゴリーブログではあまり見ない。そう毎日書くこともないのか、書く気力の問題なのか。

実名や背景を書かないで日記を書くのはなかなか難しい。
特に読者に面白いと思ってもらうと「期待できる」ものは。

書くことがない → 更新頻度が落ちる → 自然消滅

しかし、読んでいる人の顔が見えると、書くことが出てくるという一面があるように思う。

B.リアクションの問題

③と④ → ⑤ ということもあるだろう。

しかし、mixiで日記を書けば、マイミク(友人)たちがコメントをつけてくれる可能性が高い。もちろん知り合いだからだろうが。

なので、↑の③④については、ブログではなくmixi(を含めたSNS)の方が簡単に解決する(と考える人が多くでてくるのは自然だろう)

C.システム上の欠陥

根拠の三つ目はブログというシステムの根本的欠陥と言ってもいいし、日記とのシステム上の適合性が薄いと言ってもいいだろう。

前にも書いたが、元々ブログというシステムは日記のためにあったのではない。日記を公開するサイトがあった。と同時に(出版やジャーナリスティックな意味合いの記事を書くためのシステム)ブログが出てきて、日記をそれでやれば便利だから乗っかった → そのブログのシステムがデファクト・スタンダードになってしまったから → 整合性がないにも関わらず続けている。と俺は認識している。

考えてみてくれたまえ。

今日朝何時に起きた。こんな飯食った。電車乗り遅れた・・・という日記があったとして、それにコメントを付けるというのは(少なくとも過去の常識からすれば)やや異常なこと(間違ったことだとは言ってない)トラック・バックなど送りようがない。もしきちんと日記を書いていればいるほど。

ブログが発生した当時のやり方 = 政治体制への批判を一個人が書く → 同意するコメント、反論するコメント → 同じテーマを扱ってる 「同意見へトラックバック」 「異なる意見へトラックバック」

というのが最もブログシステムにフィットしたやり方だと思うので、現状のブログシステムは少なくとも日記には馴染まないだろう(特定のテーマブログだったらフィットするかと言えば必ずしもそう言えないが)



「日記」と「ブログ」は実はフィットしてない。フィットさせようとして強引に日記をブログに適応させている。
日記用に作られたもっといいシステムがあってしかるべきだ。




閑話休題:面白い例がある。
fumifumiは「ふらっと旅にでかけましょう」という旅ブログをやっていたのだが、妊娠をきっかけにこのブログをやめて、「ふみんち」という妊婦ブログを始めた。通常なら、妊婦ブログを始めたら、検索で同じ妊婦仲間を探して仲良くなるのだろうが、旅ブログ時代の読者をそのまま妊婦日記ブログに持ってきていて、極めて稀な例だ。そして旅ブログ時代とは違って、妊婦日記になったら更新がなかなかされないというもの「特定のテーマブログ」と「日記ブログ」の違いを感じさせる(妊婦がただ単に忙しいだけかもしれんが)



さて、

4.今後の予想

・一部の人気日記ブロガーの繁栄にさらに拍車がかかっていく
・そうでないブログの一部mixiへの移行
・一部のアクセス数もコメントも気にしないハートの強い日記ブロガーのみ生き残る
・あるいは、日記を書くのに適したブログではない別のシステムを使ったサービスが始まる。


となる気がしている。ま、大した予想でもないし、同じこと考えてたという人もおられるだろう。

また日記ブロガーを含めた全てのブロガーたちは、全員がそれぞれの理由でやっておられるであろうから、十把一絡げに語るのは過剰な一般化になってしまう。しかし一般化しないと言葉にできないため、今回なぜか「日記ブログ」について語ってみた。


しかし、

こんな予想に何か意味があるのかと問われれば、そんなものないと答える。






今日の教訓



どんな馬鹿でも危機に直面することは出来る。われわれを疲れさせるのは、毎日毎日の凡々たる生活だ。
ゲーテ
そんなこと言ったって、毎日波乱万丈だったらそれも疲れるぞ。
ふる
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マイ・フェイバリット【音楽10曲】

2007-02-19 | music
シングルカットされた曲を中心に、ノン・ジャンルで好きな10曲を。





シンニード・オコーナーのNothing Compares 2 U
詞もメロディも何度聞いても心に染みる。
YouTubeの映像はここ







雪の華

中島美嘉のLOVEより
不覚にも涙してしまった。
PVはここ







平井堅 
「楽園」
が彼の最高傑作だと今も思う。
PVはここ




アリスの五枚目のアルバム「ALICE V」より「帰らざる日々」




80年代に一世を風靡し、そして消えて行った
ジョー・ジャクソンの「ステッピン・アウト」
夜の都会に似合う名曲
今見てもカッコいいPVはここ










ローリング・ストーンズの「ギミー・シェルター」
音がすごくよく、しかもチャーリー・ワッツにまだ髪がある古い映像はここ







マイルス・デイヴィスの「マイルス・イン・ベルリン」
一曲目の「マイルストーンズ」
トニー・ウィリアムスのドラムにしびれる。










シャーデーの「LOVE DELUXE」より「No Ordinary Love」
PVはここ







SOUL'd OUTの2曲目「ウエカピポ」実は初めて見たPVはここ




サザンオールスターズの2ndアルバム「10ナンバーズ・カラット」より「お願いDJ」


以上ノン・ジャンルでお送りした。


斜めになってるAmazonアフィリエイト画像はもっと手軽でオシャレに!Amazonアソシエイト支援ツール集を参考にさせてもらった。


マイルストーンズがシングルカットされてるかと言えばたぶんされてないだろう。



参照My記事:

「着メロ(ロバート・パーマーとザ・パワー・ステーション)」
「iPodの中身を公開」
「聖子隊に入りそうになった」
「BONNIE PINKの○○に萌えた夏」
「お笑いコンビふるこりんでスガシカオ」


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EU全土で使える運転免許証

2007-02-18 | days

ハンニバル・レクター博士が愛した、孤高の天才、グレン・グールドのゴールドベルグ変奏曲を聴いた後、マリリン・マンソンのIrresponsible Hate Anthemを聴きながら・・・







(クリックすると、でかい裏側が出てくる)



よーく見てみなはれ。



有効期限が2035年・・・





今日の教訓



そんなに
長生き
でぎねえづら



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エロ本の思い出

2007-02-17 | days
ささー・・・ タイトルでいきなりもう女性読者がひいて行くのが目に見える。ここはエログじゃない。アダルト系でもない。男の子を持つ母親、思春期の男の子、男の子の気持ちを知りたい女の子そんな人全てにお送りする極めてアカデミックなお役立ち企画!たぶん。


小学校から高校ぐらいの話。


小学生のときは、そりゃあ気になるさ。立ち読みしたい、買いたい。しかし、本屋のおやじの顔が怖いのでなかなか難しい。と言うより、怒られた。最近のナマちゃんな本屋などなかったのだ。週刊プレイボーイ平凡パンチぐらいなら立ち読みできるが、あんなもんエロ本じゃない。単なるグラビアがチョリっとあって後は字ばっかり。


そこで目をつけたのが、貸本屋。いまは絶滅しただろうが、マンガ3日で30円とかで貸してくれた。しかし某という東京北部のスラムにはディープな店があった。マンガかエロ本しか置いてない。その店に来るガキはマンガ。大人はエロ本という住み分けがあった。しかし、横目に入ってくるので、なんとかゲットしたい。で、友達と大人の格好をして買いに入った。何の本か忘れたが、そっとおやじの前のカウンターに出すと、じろっと見つつ、売ってくれた。どう見ても小学生にしか見えないが、おやじの弱みをにぎってたのだ。それは少年ジャンプのルール破り早売り。確か発売日は火曜だったのだが、そのおやじはこっそり土曜の3時ごろ売ってたのだ。しかし堂々と出してないので「おやじ、ジャンプくれ」というと出してくれる。違法かどうかは知らないがよくないことだとは知ってたので、たぶんギブアンドテイクだろう。毎週ジャンプはそこで買って、まだ読んでないやつに結末を話すというナイスガイが俺だ。



そこからエロ本への人生が始まる。エロ映画への人生が始まる。



中学のときに当時のにっかつロマンポルノが見たくてしょうがない。ので、友達のおしゃれ兄さんから服を借りて友達3人で某のピンク映画専門館に入った。白いエナメル靴の友達、ロンドンブーツ履いて歩き方がおかしい俺。なぜかおばちゃんは入れてくれた。ちなみにあの手の映画館のオババは必ず無表情だ。間違いない。そしてこれが素晴らしいことなんだが、映画の内容なんて覚えてない。それまでのスリルが楽しいのだ。


中学のときにエロ大好き友達のHがアメリカ直輸入のすっごいもんを買った。みんなでお披露目会をしたのは言うまでもない。そのときに生まれて初めてそのものを見て、ショックとなんだか悲しい思いをしたのを覚えてる。そしてそのHは1万円もしたその本を母ちゃんに見つかって、捨てられた。これもまた悲しい。


スラムの町の中学がスラムにならない訳がないので、男子トイレはひどい。壁は穴だらけ。個室のドアなんて原型が分からない。みんなして蹴ったからだ。俺も相当蹴ったが、まあいい。うんこができないトイレというのもなかなかだ。そのトイレで様々な事件が勃発したのだが、関係ないな。そのトイレの天井に穴が開いており、そこがみんなの共有スペースだ。アーカイブか?種々のエロ本がそこに貯蔵されてた。


授業中に堂々とエロ本読んでいて、先生に何よんどるんだ!と怒られるすごいやつもいた。今思い出したが、あれは俺たち仲間の罰ゲームだった。エロピンナップを筆箱に貼り付ける罰ゲームとかあったな。ま、いいか。(あの究極のバカ時代のことはいつか語るつもり)


で、気づいたら俺の部屋のコレクションがすごいことになっていた。図書館状態だ。俺が買うよりも、誰かが持ってくる。自分ちに置いて置けないので。スイスの銀行がマフィアの金預かるのと同じだな。そしてよく友達が家に来る。エロ本読みに。別にいいんだが、家に持って帰れよ、てゆうかなんで俺がいないのにお前勝手に上がりこんでんだよ、てな具合だ。絶対親にばれない秘密の隠し場所が方々にあったからだ。はっはっは。


コレクションがさらに膨大になったのは、古本屋で買えばいいことに気づいたからだ。週刊誌じゃあるまいし、旬のネタなんてない。スラムの場末に腐りかけた古本屋があった。最初は文庫本3冊100円とか買いまくってた。今でも覚えてるの横尾忠則の「インドへ」だ。表紙の絵にぶっとんだ。俺がぶっとんでたのに気づいた目つきの悪い兄ちゃんが、天井桟敷のポスターを見せてくれて、さらにぶっとんだ。あの頃すでにサブカルチャーにどっぷりつかったらしい。


で、そのボロ本屋にもエロ本はある。中学から高校ぐらいまでそりゃ買ったさ。行きつけさ。そしたらある日、兄ちゃんが袋に入ったもんくれた。家に帰って開けたら、どう考えても違法なもんだった。図書館最大の目玉になった。来たやつ全員ビビってた。


てな具合で高校生ぐらいまでは、(リアルじゃない)そっちが恋愛(じゃないが)の対象的なもんだった。大学入った辺りから、リアルな恋愛の方が遥かに楽しくスリル満点で、それからエロ本には興味がなくなった。



どうでもいい解説:分類と少年たちのその後

中学生あたりの入り方は最初は週刊プレイボーイはみな一緒。いまみたいにヤングジャンプの表紙にグラビアなんてないし。しかしその後のルートは千差万別でもしかするとその少年の未来をも決定したかもしれない。


1.週刊プレイボーイ→月刊PLAYBOY→本家PLAYBOY
このルートはありがち。アメリカ版PLAYBOYはグラビアだけでなく読み物としてもなかなかなのだが、そしてウォーホールのインタビューとか面白かったんだが、むしろそんなもん読んでた俺が健全じゃない。こっから行く方向は→本家アメリカのPLAYBOY 今は知らないが、当時はあの部分が針の先で削ってあった。削る人はどんな気持ちになったのだろう。そしてこの先はだいたい ⇒ 洋モノ


2.GORO、写楽、BEPPIN、すっぴん
アイドルとか女優のグラビアだ。GOROなんかはとっても買いやすかったし、販売部数も相当あった。いまコンビニで売ってるこの手の雑誌となんら変わってないだろう。この辺りを卒業できないと ⇒ アイドルのオタクへの道


3.文書系、もしくは小説系
団鬼六、宇能鴻一郎など、実は文学作品としても巨匠と呼ばれた人がいた。「花と蛇」は杉本彩が主演してた。多少エロっぽい週刊誌とかスポーツ新聞でいまでもこの手の小説ものはある。某知り合いの50ぐらいのおっさんはこの手のものの収集家で何万冊と持ってる。すっごく自慢するんだが、うるさい。また、ここを卒業できないと ⇒ 電車の中でフランス書院の文庫にカバーかけて読みふけるおじさん。たまに見かけるが微笑ましいのか?


4.マンガ系
なんと言っても外せないのはエロトピア。週刊だか隔週のエロマンガ雑誌。実は「月下の棋士」「哭きの竜」などで有名な能條純一はここで書いてたし、「沈黙の艦隊」「ジパング」のかわぐちかいじも。後でビックリしたが。ここを卒業できないと ⇒ アニメオタクになるかと言うとたぶん違う。絵がかなりリアルなのだ。アニメのピュアさとは違うし、逆にアニメの異常に胸だけがでかい美少女なんて出てこなかった。あれはたぶん俺たちの後の世代だろう。


5.映画系
いくつかあったんだがにっかつロマンポルノ情報みたいなやつだ。「映画の友」が後でEIGA NO TOMOに変わったが。これは当然 ⇒ AVに行くのだろう。これはちょっとリサーチ不足。と言うより映画の友はマニアックなおじさんが読む雑誌だったので、青少年はあまり買ってないと思う。今でこそ誰も知らないだろうが、美保純、風祭ゆき、なんかはこの時代もういた。


4.ヤヴァイ系
世にも怖ろしい雑誌は昔からあった。SMスナイパーという雑誌はそのものずばりなんだが、その手の趣味がない人間が立ち読みすると腰がくだける。俺は膝がくだけた。若くしてここから入ればその後 ⇒ 想像通りだろう。しかし、昔はロリコンモノはなかった。これは救いだったかもしれない。


その後、ビニールに包まれ本が出てきた。そして80年代に入り、ビデオデッキが家庭にあって当然となり、そしてレンタルビデオが登場してからAV(アダルト・ビデオ)全盛時代を迎える。しかしこの80年代以降の歴史についてはあまり詳しくないので、勇気ある男性(もしくは女性)に続編をぜひ書いていただきたい。



そろそろ結論めいたことを言ってみると、エロ本とかその手のことに青少年が興味持つのは当然のこと。それを押さえつけるのはよくない。これはあながち冗談でもないんだが、俺が出会った数少なくない男たちを見てると、

特に30過ぎた辺りからちょっと変わってくる。絶対とはいえないんだが傾向としては、

・俺たちと一緒にエロ三昧人生を送っていたやつは、後に意外なほどノーマルになる。

・そして詳しくは語らないが、相当ヤヴァイことやってるやつ、かなりアブノーマルなやつ。異常○○なやつ。だいたいこいつらは青少年のときに健全なエロにどっぷりたっぷりつかってなかった。エロ図書館誘っても来ないとか、みんなで鑑賞会来ないとか。

特に男の子供を持つ母親はある程度大目に見てあげて欲しい。そしてだいたい熱しやすく冷めやすいのが男の子である。一時期異常なほど夢中になれば、いつか飽きる。そのプロセスが大事だと思う。こう言っちゃなんだが、30過ぎて電車でエロ本読んでるやつ、エロゲームが恋人など、リアルじゃないバーチャルなものがエロの対象になってるのはヤヴァイと思う。現実の恋愛ができないっていうオタクにありがちな問題もあるが、

そもそも母親として10年後20年後そんな男になって欲しいだろうか?



ガキが一人でいつもその世界にいると危険だが、友達とわいわい言いながらあーでもないこーでもないという未知の世界のバカ会話するのは楽しいもんだ。連帯感も生まれる。それでよいのでは?


たぶん愛は地球を救えないが、エロは地球を救う


だってエロがなかったら、グラビアアイドル全員失業だし、子孫が生まれねえぞ 人類滅亡だっつうの



追記:実はこの原稿9ヶ月も前に書いたはいいが、ずっとお蔵入りしていたもの。さすがにヤヴァイかなと思って永遠に放置の予定だったが、気が変わった。ここまで読んで下さった方には御礼申し上げる。初期に書いた原稿はたいてい長く、自分で読み返してあまりの長さに目がくらんだ。添削をほどこそうかと思ったのだが、過去の経験から推敲すればするほど長くなるのでやめた。また、前編・後編に分けようかとも思ったのだが、分割する場所が見つからないのでこれもやめた。一人の男の子の生態から、男の子を少しでも理解する助けになれば幸いである。


参照:「わが母親の性教育byふるちん」






今日の教訓




エロス
パトス
ロゴス
ラモス
仲間はずれはどーれだ?




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ごめんね

2007-02-16 | poetic inspiration



君は去ってゆく。



ごめん。

何もしてあげられなった。



今、自分が通り抜けて来た道

もう一度歩いてみた。


傷付けた人のあまりの多さに

心臓をギュっとつかまれた。


誰かを幸せにしたなんてことが一度もない

そう気がついた。


誰かのためになる何かなんて一度もしたことがない

そう気がついた。



誰かが幸せなら自分も幸せなんだと思っていたけれど、

誰も幸せにしてないんだから

自分も幸せだなんて思ってはいけない。



「生きる意味なんてない。ただ生きればいい」

と人は言う。

でもただ生きてきたら、ただ傷つけるだけだった。



全て遅すぎたんだね。



ごめんね。



許す必要なんてない。

許さなくていい。



ただ

ありがとう。




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青いバラをもらった

2007-02-15 | days
ブラームスの交響曲第4番ホ短調、カルロス・クライバー指揮、ウイーン・フィルを聞きながら・・・・・・







ピンクとか赤のバラはもらうとちと恥ずかしいが、ブルーだとなぜか恥ずかしくない。

だって男の子だもん。

花ってものはもらうと、速攻で誰かにくれてやるか、「いらない」と言われても投げつけるのが常であったが、

これはなかなか貴重なものだし、キレイなのでドライフラワーにして飾っておこう(俺がやるわけねえよ)


どうやって青く染めるのかなと思った。バラを品種改良してもどうしても出ない色があるんだっけ?黒だっけ?俺の予想では、このブルーはスプレーで色付け・・・してるわけねえ。根に青い水を吸わせるに違いないと思ってた。しかしそんな簡単なことでもないようだ。

青いバラについて

ほほお。オランダなのか。
ところが

レインボー・ローズ

なぬ!レインボーまであるのか・・・

リンク先に行くのが面倒な人のために以下に楽天で買えるやつ。クリックで値段とか分かる。




わーい!この薄汚いふるちんブログがキレイになっちゃった!

ばかーー!


写真を見れば、花びら一枚一枚違う色が付いている。
知らなんだー。
花びらなんまいだー。

母の日には、「もうカーネーションは古い!」ってことでこれをあげる人がいるとか。
バレンタインにチョコじゃなくてこんなものをあげると

レインボーなミラクルが起きるかもしれない(なんだそれ?)(てゆうかもうバレンタイン過ぎたよ)

ブルー・ローズあげると・・・

すこぶるーナイスな彼をゲット!

最後に我が家にあるブルー・ローズのアップ写真 クリックで大きくなる。









今日の教訓






ねぇねぇ♪
バラって漢字で書けるぅ?
あー
バラ肉食ってる感じ?





参照:「花を女性に贈るのは難しいというお話byふるちん」
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今日はバレンタイン・デー

2007-02-14 | days
なのに・・・
一個ももらえないの・・・(涙が7デシリットル)


だって、俺・・・
女性の知り合いなんて・・・
ホントは一人もいないんだ・・・


ずっと嘘ついててゴメン


全然モテないし・・・
あ、そりゃこんな顔なんだから当然なんだけど・・・


自分でチョコ買うお金もないんだ・・・


買ったなんて全部嘘だったんだ・・・



だから・・・


だから・・・





今日の教訓






なんか
くれ



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