まほろば日記

fujioの日常の出来事、記録等を思いつくままに書いた日記です

大堂海岸と悲しい出来事

2012-01-12 15:52:51 | 日常
平成24年1月6日から9日
昨年に続き今年もまたクライミングをやりに大堂海岸に行きました。
「南国土佐」 その名の通り大堂海岸は輝く大海原、さんさんと降り注ぐ日の光もまばゆい。風も厳しい寒さは感じられずやさしい温かさがあります。今年も3日間ずーとよい天気に恵まれました。参加者は福山組が4人広島から4人の計8人。
大堂海岸の岩場は海岸の絶壁、垂直の岩壁のクラックをボルトはなく、ギアで支点を作りながら上ります。岩の質も粗くてまるで「おろし金」で手をこすりながら登る感じです。クラックも指先がかろうじて入る狭いものから腕が入るような広いものまでさまざまです。第1日目は昨年登ったモンキーエリア、第2日目ははじめて不帰エリアに行きました。潮が満ちてきたら帰れなくなるのでこの名前がつけられたようです。岩場に行途中のルートが悪く落ちれば岩に転落激突。もしくは海中にドボン。転落事故もよくあるようです。ですからリーダーから身軽に行動できるよう必要最小限の装備を厳選するよう指示がありました。第3日目は再びモンキーエリアでクライミング、初日は多くのクライマーで登れない箇所もあったためです。今回は悲しい事故もありました。8日港付近でスキュウバーダイバーが行方不明となり巡視船や漁船など多数が海面を生め、空からはヘリコプターが1時間30分あまりサーチライトで探照していたがとうとう発見されず翌朝も警察官が海岸を捜索されていました。後で聞くと遺体で発見されたとのこと。
今回私は長期間使用したクライミングロープを持参しアプローチルートの補助ロープや終了点の確保のため持参しました。最初の下降箇所に設置しました。何たることかその場所でロープ切断転落事故がありました。その箇所で太いけれどもかなり年数のたったロープをもって登っていた人のロープが切れて墜落したとのこと。うちの仲間の前にいた大阪の人だったとのこと。以後は私の設置したロープが有ったので助かったといわれました。こんなこともあるのですね。
幸い足を痛めた程度で済んだとのこと。翌朝お会いした時には足をひこずっておられました。最後の日、私達福山組の3人がクライミングを終えて急坂を登っているとレスキュー隊が下ってくる。何処で事故があったかよく分らない様子で下の状況を説明しているときヘリコプターが遭難者を発見、吊り上げ収容したとの連絡が入った。死亡しているらしい。この連休には他にも2件も事故があったとのこと。帰宅後インターネットで検索すると「12人パーティ、フリークライミング中に転落して死亡した。ザイルをつけていなかった」との記事が載っていた。どうも昨年も会った12人のグループらしい。今回もあいさつを交わし、隣同士で登っていたし、我々の登はんセットを使い上りでもしていた人なのに信じられない気持ちです。彼らは早くしまい「今度は三倉で会いましょう」と挨拶して帰っていかれたのに何で死んのか。信じられません。
正しい状況が分らないのでなにもいえませんが記事を信じての感想でしょうが、みるに耐えない中傷が満ち溢れ、本人の名誉のためにも反論したいが私も内容が不明なので何とも言いがたく歯がゆい思いです。記事の内容は疑問が多い。もしそのグループなら帰る道中もクライミング中というのか。普通はクライミング中とは言わないよね。12mの高くて危険な岩場をノーザイルで登る人ではない。大勢のクライマーが居たがこの岩場をノーザイルで登る人はいません。隣でクライミングしたのだからその慎重な動作は気が付きます。トップがリードでのぼり、他の人はトップロープにして登っていたので事故を起こすはずがない。何か突発的なことがあったのでしょう。正確な情報は大阪労山の事故報告書を待つしかないでしょう。ご冥福をお祈りします。
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